表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

第1話

   

 自動ドアが開き、電子音が鳴る。

 しいて擬音で表すならば「カランコロン」だろうか。ドアベルの音を模しているようだが、本物みたいな軽やかさは感じられない。

「いらっしゃいませ!」

 という挨拶と同時に、バイト店員の涼子(りょうこ)は、来客の方へと営業スマイルを向けた。

 入ってきたのは、黒縁眼鏡をかけた男。水色のシャツの上から青いジャケットを羽織り、紺色のスラックスをはいている。

 毎週水曜日にこの喫茶店を訪れる、数少ない常連客の一人だった。

 いつものように、彼は店の隅へ。一番奥の席に座る。


 涼子は彼のテーブルまでメニューを持っていくが、

「ご注文が決まりましたら……」

 彼女に「……お呼びください」まで言わせずに、男はサッとメニューを開くと、その右上を黙って指し示していた。

「チーズケーキセットですね、承りました。ご注文は以上でよろしいですか?」

 涼子の確認に対して、男は何も言わず、ただ首を縦に振る。

 ここまで注文の仕方も注文内容も、完全にいつもと同じだった。


「チーズケーキセット、ひとつです」

 涼子がカウンターまで戻り、その奥へと声をかけると、フロアにいた先輩バイトが、彼女に小声で尋ねてきた。

「やっぱり今日もチーズケーキなのね。やっぱり今日も無言?」

「はい、そうです」

 いくら小さな声とはいえ、店内で常連客についての噂話はいかがなものか。涼子はそう思いながら、もしも当の本人に聞こえても問題ないよう、当たり障りない言い方をする。

「うちのチーズケーキ、美味しいですものね」

 あえて「うちのチーズケーキ」と言ったが、この喫茶店のオリジナルではない。店の主人は飲み物にしか頓着しておらず、ケーキは近所のケーキ屋から調達していた。ピラフやスパゲッティーなどの軽食に至っては、業務用の冷凍食品だ。

「まあショートケーキよりチーズケーキの方が美味しいのは、私も同意だけど……」

 先輩バイトが苦笑する。彼女が「ショートケーキよりチーズケーキの方が」と比較したように、この店で出しているケーキは2種類のみ。どちらも単体ではなく、ブレンドコーヒーとのセットメニューだ。

「……そんなに気に入ったなら、直接ケーキ屋へ買いに行けばいいのにねえ」

 身も蓋もない言い方をする。涼子としても、本来ならば「うちのコーヒーと一緒に食べたいからでは?」とフォローするべきなのかもしれないが、この店のコーヒーがそれほど――店の主人がこだわっているほど――美味しくないのは、バイト一同の共通認識。だから何も言えなかった。

 そんな涼子に対して、半ば独り言のように、先輩バイトが言葉を続けている。

「いったい何が目当てで、うちに(かよ)ってるんだろうね? あの『沈黙』は」

   

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ