第1話
自動ドアが開き、電子音が鳴る。
しいて擬音で表すならば「カランコロン」だろうか。ドアベルの音を模しているようだが、本物みたいな軽やかさは感じられない。
「いらっしゃいませ!」
という挨拶と同時に、バイト店員の涼子は、来客の方へと営業スマイルを向けた。
入ってきたのは、黒縁眼鏡をかけた男。水色のシャツの上から青いジャケットを羽織り、紺色のスラックスをはいている。
毎週水曜日にこの喫茶店を訪れる、数少ない常連客の一人だった。
いつものように、彼は店の隅へ。一番奥の席に座る。
涼子は彼のテーブルまでメニューを持っていくが、
「ご注文が決まりましたら……」
彼女に「……お呼びください」まで言わせずに、男はサッとメニューを開くと、その右上を黙って指し示していた。
「チーズケーキセットですね、承りました。ご注文は以上でよろしいですか?」
涼子の確認に対して、男は何も言わず、ただ首を縦に振る。
ここまで注文の仕方も注文内容も、完全にいつもと同じだった。
「チーズケーキセット、ひとつです」
涼子がカウンターまで戻り、その奥へと声をかけると、フロアにいた先輩バイトが、彼女に小声で尋ねてきた。
「やっぱり今日もチーズケーキなのね。やっぱり今日も無言?」
「はい、そうです」
いくら小さな声とはいえ、店内で常連客についての噂話はいかがなものか。涼子はそう思いながら、もしも当の本人に聞こえても問題ないよう、当たり障りない言い方をする。
「うちのチーズケーキ、美味しいですものね」
あえて「うちのチーズケーキ」と言ったが、この喫茶店のオリジナルではない。店の主人は飲み物にしか頓着しておらず、ケーキは近所のケーキ屋から調達していた。ピラフやスパゲッティーなどの軽食に至っては、業務用の冷凍食品だ。
「まあショートケーキよりチーズケーキの方が美味しいのは、私も同意だけど……」
先輩バイトが苦笑する。彼女が「ショートケーキよりチーズケーキの方が」と比較したように、この店で出しているケーキは2種類のみ。どちらも単体ではなく、ブレンドコーヒーとのセットメニューだ。
「……そんなに気に入ったなら、直接ケーキ屋へ買いに行けばいいのにねえ」
身も蓋もない言い方をする。涼子としても、本来ならば「うちのコーヒーと一緒に食べたいからでは?」とフォローするべきなのかもしれないが、この店のコーヒーがそれほど――店の主人がこだわっているほど――美味しくないのは、バイト一同の共通認識。だから何も言えなかった。
そんな涼子に対して、半ば独り言のように、先輩バイトが言葉を続けている。
「いったい何が目当てで、うちに通ってるんだろうね? あの『沈黙』は」