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「お雪!お前何で、そんな所にいるの」
声は斜面を下る方向から聞こえた。少し離れた位置に立っていたのは笠を被った母だった。
お雪はそれに気付くと驚きで目を見開き「母上」と声をあげ、立ち上がった。もしや誰か別の者かも――と不安が一瞬頭をよぎったが、駆け寄ると確かにそれはお雪の母本人だった。
「全然戻って来ないから、おかしいと思って ――ちょっと。雪が凄い」
白い手がお雪の頭や肩の上の粉雪をぱっぱと払った。確かに母の白い手だった。
「こっちには行くなと、以前に言ったじゃないか?……まあとにかくいいから、帰るよ」
他には母の小言は無かった。母は自らが被っていたものとは別にもう一つ笠を持ってきていて、それはお雪に手渡された。お雪は笠を被って顎紐を結び、母に手を連れられ歩き始めた。荒野に積もりつつある雪を踏みしめる度に、ざっくざっくと音が鳴った。
さて母と娘は、不思議な事にあの三本の並ぶ木々の方へと向かっていた。
――あれ、おかしいな。
お雪がそう思っているうちに、それらは後方へと過ぎて行った。夕刻の闇の中、前方には降る雪に混じって集落の姿が僅かに見えてきた。
そこでお雪は認識した。自分は荒野を回りに回って、集落から見て問題の地点の裏側に行ってしまっていたのだと――地点を裏側から見ている状況で引き返せば、さらに地点の奥へ進む事になってしまう。進めば進む程、集落が見えなくなる。