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お雪が何気なく視線を足元に転じると、他とは異なる「岩」があった。それは明らかに誰かの手で柱状に整えられて立っていた。お雪の膝下辺りの高さまで小さく立っていた。
方形の断面を持つ石柱の前でお雪はしゃがみ込んだ。
そこには少しかすれた文字が刻まれていた――「白狐塚」と彫られていて、それはここの谷一帯の名称であった。お雪は母親から教わって、その齢の集落の者にしては文字の読み書きが非常によくできて、書物もある程度読む事ができた。
さらにふと左隣に目を遣ると、上方を仰ぐように僅かに傾斜した大岩の側面に、均したように平らに削られた部分がある事にお雪は気付いた。
そこには文字が刻まれていた。文章であった。お雪はしゃがんだまま岩に近寄り、側面の雪を手で払い落とした。
細かい文字は崩れかかり、周囲は暗くて非常に読み辛かった。それでも途中までは何とか読めた。
……こんこん山の中 山の中
母親探して 歩き回り
里を求めて こんこん鳴いて
雪の上に 足跡残して ……と縦書きで彫られていた。
――何かの童謡の詞だろうか?お雪は考え込んだ。
前半の句の方にある「母親」の二文字は他の文字と比して相当崩れかけていた。
周りはいよいよ真っ暗になりかけていた。
その時に何かが、自分の名を呼んでいるようにお雪には聞こえた。初め空耳だと思った。風の音かとも思った。惑わす狐の声かとも思った。色々思いが巡った。