3夜目 ~記憶の中の微かな残り香~
それは突然の出来事だった。
作業中の店員達と談笑を楽しみながら夜のお供を選ぶ客に襲い掛かる。
店員は顔をしかめ呼吸をはばかられ客は既に選んでいた商品をカゴごとその場に置いたまま慌てて店から逃げ出す。
正直、店員達も逃げ出したかったのだが職場を放棄するわけにもいかずこの事態の原因を探る。とはいえ、探るほど難解ではなくひと目で原因は判明したのだが。
店員達の視線の先にはおそらくこの事態を引き起こしたのは自分であると自覚をしている長髪の男が申し訳無さそうに立っている。
「いらっしゃいませー」
店員はそう告げると作業にもどる。が、彼の先輩店員は我慢できなかったのかそれとなく店から抜け出し外の新鮮な空気を心の底から堪能している。
唯一、店内に残された店員はその事には特に気を止めたわけでもない様子で黙々と検品を進めていた。
既に商品を選び終わった長髪の男がレジへ行くのを確認すると店員はすぐに接客へと行動を移す。
「いらっしゃいませ。」
鼻につく強烈な異臭。
それは明らかに長髪の男から発しており体臭を煮詰めたような匂いと何度も繰り返された排泄物の匂いを混ぜたような生臭さ。体臭と言うよりは獣臭に近い。
店員は特に顔色も表情も変えることなくいつも通りの接客をする。レジに置かれた三つのお弁当を袋へ入れ割り箸も入れる。
「割り箸は六本いいですか。」
少し吃音のあるその声は非常に怯えたような声色をしている。店員は素直に返事をすると申入れ通りに三本追加し合計金額を伝え、ここで初めて店員の表情に変化が見られた。
客が取り出したのは三つの筒。それは某スナック菓子が入っている筒で、上辺にはそれぞれに『1円』『5円』『10円』と書かれている。
客はその中から小銭を取り出し合計金額ピッタリの支払いを済ませる。
「ありがとうございましたー」
長髪の男が退店後、先輩店員が戻り自動ドアの電源を切ってドアを開けっ放しにし店内に充満していた異臭を出来るだけ早く出ていくように試みていた。
接客を済ませた店員は営業妨害や出禁などと文句を並べる先輩店員に適当な相槌をしつつ受け取った小銭の処置に頭を悩ませている。
「うわっ!何だこの金!」
「ベタベタで気持ち悪いです。」
「こりゃ釣り銭としては使えないなぁ。暫く洗剤につけとこう。」
「はーい。」
小一時間ほど原液の洗剤につけていてもあまり成果は出ず結局、長髪の男が持ってきた小銭は釣り銭として使えないのでそのまま入金用の金として使うことになった。
それから週に一度、必ず長髪の男は来店するようになり毎回必ず弁当を三つ買って帰るようになる。彼が来ると毎回、客が逃げ出し一時間位は店内に匂いが残るため彼が帰ったあとに来た客もすぐに帰る。当然、オーナーは出禁にしていいと言い含めていたが最初に接客した店員は特に何もしないまま長髪の男の対応をしていた。
近所の居酒屋の女将がその男とこの店で出くわした翌日、他のコンビニでことごとく出禁になっている事を教えてくれた。そのためここの店に来ているようだとのことだった。
二ヶ月ほど、長髪の男は通い続けたがなんの前触れもなく彼は姿を見せなくなった。そのことについて、店員同士の間で話題が出るわけでもなく、誰もが忘れてしまっていた。
長髪の男が来なくなって三ヶ月ほど経った頃、彼を最初に接客をした店員は出勤してすぐに接客した一人のスーツ姿の男にお礼を言われる。
ありがとうございました、と。
スーツ姿の男が去った後、微かにあのときの匂いが、店員の鼻に漂ってきた。
「ありがとうございましたー」
今日は週末のため、客が多い。相変わらずこのコンビニは様々な人が来ているようだ。