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副会長と黒猫、時々花。01  作者: つばさ
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01

どうも、つばさです。

少し前に書いた小説です。

どうぞお手柔らかに。

 なんとなく肌寒い季節になってキャメルのセーターを引き出しから引っ張り出した。

 入学式の時期にあまりに寒かったため急いで購入した安物だ。昨日の内に出しておけばよかった。

 失敗した。昨夜、今日ある英語の小テストの勉強で少し遅くまで起きていたから、少し寝坊した。別に再テストがあるわけではないが、ネチネチしつこく言われるから面倒臭い。

 セーターを羽織ってみると少し毛玉が浮いていた。まあ、仕方ない。安物だから。

 こういうのに限って長持ちする。100均のポーチとか。

 他の子だったらもっと高くて可愛いのを使っているのだろうが、100均のポーチで十分。

 生理用品入れるのに2000円もかけてられない。

 人生は長いのだ。そんなに物欲はないからあまり気にはしない。欲しいとは思うけど買うまでにいたらない。

 制服を来て鏡でチェックする。ネクタイはきちんと締める。スカートは膝丈。

 周りの可愛い女の子たちはこぞってスカートを短くしたがる。寒いのに。お腹痛くなりそう。なんて思う自分はきっちり膝丈。

 短いスカートに憧れがないわけではないけど、なんとなく似合わないことはわかってる。

「需要ないし。」

 これが諦めの口癖である。

 諦めと言うには軽すぎる事象だが致し方ない。スカート長くて陰キャといじめられるような高校ではないので大丈夫。この世にはそんなくだらないことでレッテルを貼る人がいるらしい。私の高校はそこまで偏差値は低くない。

 それにあんまり短くできない。生徒会副会長だし。

 1年生なのに頼むと現会長に懇願された。夏近くに副会長が転校したらしい。会長いい人なのに気が弱いから、いろんな人に断られたらしい。

 何はともあれ、頼られることはいい事だ。

 階段をトコトコ降りる。

 リビングに行くとお父さんがテーブルについて新聞読みながらコーヒーをすすってる。やたら渋い顔。株価でも下がったのかしら。

 お母さんは台所でお弁当を作ってる。こちらは鼻歌。

 私の足音に気が付いたのかお母さんが顔をあげた。

「おはよう、仁愛。」

 仁愛。にちか。ニチカ。私の名前。

 割と気に入ってる。あんまり人と被らないし、何より可愛い、気がする。素敵な名前。

「おはよう」

 そう言って私はテーブルについた。お父さんの向かい。

 座って朝ごはんを食べる。トーストと目玉焼き。

「バナナ食べていきなさいね。」

 お母さんはやたらとフルーツを食べさせたがる。しかもきっちり食べないと怒られる。

 お父さんに。

 こういうのって普通お母さんじゃない?お父さんがむかいの席で睨みをきかせてる。

 渋い顔でコーヒーすすりながら。

 お父さんは嫌いじゃない。むしろ好き。ちょっと怖いとこあるけど筋が通ってる。

 お母さんも好き。おっちょこちょいでお茶目。というにはあまりにもぶっ飛んでいるけど。

 お似合いの夫婦。この家でこの2人を嫌いになったら終わる。一人っ子だし。

 猫もいる。すらっとした綺麗な黒猫。名前はマツイくん。

 ほんとにこんな名前。由来はこの子を拾って飼うことが決まった夜、

「この子の名前何がいいかな。ポチ?ミケ?」

 犬でもないし三毛でもないのに素っ頓狂な名前を連発するお母さんの後ろ、ソファーで爆睡してたお父さんが突然

「マツ、イ、、くん、。」

 と言ったから。どうやら寝言らしい。

 お母さんと大爆笑した。もちろん採用。

 松井さんからしたら寝言で名前が決まるなんてさぞかし迷惑だっただろう。ちなみにお父さんの知り合いにマツイくんっていう人はいないらしい。

 お母さんがちょっぴり焦がしたトーストをもごもごしていると

「仁愛、今日帰りどれくらいになりそう?」

 お母さんが聞いてきた。

 私は生徒会で副会長をする傍ら園芸部で細々と花壇の手入れをしている。部員は5人。幽霊部員8割。つまり私以外全員。

「多分6時くらいかな。」

「晩御飯いるよね。」

 もちろん。お母さんのご飯はいつだっておいしい。毎日それが楽しみだ。

「いってきます。」

 そういうとマツイくんがお見送りに来てくれた。

「ナー」

 マツイくんが普通の猫みたいにニャーってなくところ見たことない。ちょっと低い声でナーってなくの。男の子だからかな。関係ないか。

 マツイくんに見送ってもらって靴を履くとお父さんも家を出ようとした。

「今日おそくなるのか。」

 遅くなるって言っても6時には家に帰るけど。

「気をつけろよ。」

 過保護か。過保護だな。

 お父さんはでかい。昔ボクシングをしていたそうな。強かったらしい。「行くか。」

 朝はこうやっていつも一緒に家を出る。一緒に駅まで行って同じ電車に乗る。私は三つ目の駅で降りる。お父さんは沿線の一番大きい駅まで乗っていく。

「今日は冷えますな~。」

「じゃ、」

 そう言って私だけ降りた。

 駅から学校までがまた長い。もう秋口にさしかかるから今はそうでもないが夏になると太陽がアスファルトに反射して暑いのなんのって。しかも街路樹もそんなにないからひと夏通えば黒焦げになるのだ。

 歩いていると、

「仁愛。」

 振り返ると今学校で一番仲のいい柑奈がいた。同じ生徒会のメンバーで書記。ついでにクラスも同じ。柑奈は制服の下にカーディガンを着ていた。

「そうだね。」

「今日は生徒会なかったよね。」

「多分。」

「それって、会長がデートだからでしょ。」

 会長は学校で一番の美少女と付き合ってるらしい。

「解せないわー。」

 その人も生徒会に入る予定だったらしいのだが、色々と忙しいらしく断られたそうだ。

「じゃあ、今日は放課後予定ないよね、遊んじゃう?」

 柑奈に言われるが、園芸部があるからそうもいかない。

「ざーんねん。」

 柑奈はそう言って頭をかいた。ショートカットがよく似合う活発な女の子。対して私はロングののんびりマイペース派。合わなさそうで実は合う組み合わせかもしれない。


 煩わしいような、そうでないような、そんな学校が終わって園芸部の部室に行く。

 と言ってもそこはただの校長室なのだが。

「失礼します。」

 校長室の扉を開ける。

「やあ、有瀬さん。ご苦労様です。」

 そこには身長158cmの私よりもちっちゃい、ちょこんとした校長がいた。室内の観葉植物に水をやってたらしい。

「今日もご苦労様です。」

 校長が私に声を掛ける。

「いえ、私以外にいないので。」

 部員の8割が幽霊部員、つまり、実質部員が私一人なものだから、花の手入れをする人がいない。このコロポックルみたいな校長が我が園芸部の顧問だからこそ廃部にならずにすんでいるのだ。

「それに花は嘘をつきませんから。」

 私がそういうと、校長はにっこりとして、

「そうですね。」

 とだけ言った。校長の微妙にはげた頭に西日が反射してちょっとまぶしかった。


 トイレでジャージに着替える。制服がよごれてしまう。一回制服を汚してしまってたいそう面倒だった。

「あんた、泥美容にはまってるの?」

 お母さんの意味不明なボケが繰り広げられ、挙句の果てには泥美容にハマってしまった。ツッコミ不在は恐ろしい。

 バケツに放り込んだ園芸用品をかかえ、ジャージ姿で廊下を歩く。小豆色のジャージは10月になっても未だにしっくりこない。微妙にごわごわしていて気持ち悪い。3年生の真緑のジャージよりかはましだと思う。個人的には2年生の紺のジャージがよかった。

 校舎裏のじめっとした舗装された道、体育館の前を抜けると、運動場の延長線に園芸部の花壇がある。野菜なんかも育てられる、かなり立派な花壇。

 ふと、人影が見えた。校舎は運動場よりも一段高くなっている。そこに誰かが腰かけている。しかも、花壇に向かって座っている。

 ちょうど日陰から日向に変わったその場所に、影と見まごう男の子が座っていた。

「黒猫。」

 思わず私はつぶやいた。

「ん?」

 男の子がこっちを見た。随分と髪が長い。

 しばらく沈黙。

 あんまり前髪が長いものだから、目が合ってるかどうかさえも分からなかった。

「えと、」

 私が言いよどんでいると、

「園芸部の人ですか?」

 と聞いてきた。

 思わずコクコクと頷いてしまう。すると、

「そうですか。」

 とだけ言って花壇のほうに目を向けた。

「…。」

 この後どうしろと。

 とりあえず荷物をおき、雑草抜きに取り掛かる。

 しばらくして、

「じゃあ。」

 とだけ言って男の子はふらりとたちあがり、運動場の方へ消えていった。運動場の横にあるボクシング部の練習場へ。

 ボクシング部の人だったのだろうか。

 公立にはめずらしく、この学校にはボクシング部がある。なんでもこの学校のOBにボクサーがいて、出資してるらしい。早耳の柑奈に聞いた。

 しかし、そんなボクシング部の男子が何故ここにいたのか、甚だ謎だ。

 なにかしたかしら。と思い返してみるがなんにもない。

 そもそもボクシング部とはなんの関わりもない赤の他人状態だから。

 はてさて。

 すると花壇に咲いたコスモスと目があった。当然コスモスに目はない。だから目が会うはずがないのだが、ふと目があう瞬間がある。気がする。

 私は気分をとりなおしてもくもくと手入れを続けた。今花壇に咲いているのはコスモスで、漢字は秋桜と書く。その横には白いゼラニウム。綺麗だ。

 もろもろ全てが終わり、汗をひとふき。花壇の手入れは基本しゃがんでやるから腰が痛くなってしまう。

 大きくのびをして、仕上げにお水をやって、おしまい。荷物をもって花壇を後にした。

 花壇には生徒会がない日にしかいけない。しかし花壇はかなり巨大でちょっとしたピクニックができるくらいにはなっている。だから今は一部をのぞいて荒れ放題。

「ごめんよ、有瀬君。」

 次の日の放課後、私は生徒会室にいた。

 昨日生徒会が何もなかった分、今日作業をしてしまおうという話になり、生徒会のメンバーが集まった次第である。

「いいですよ、会長。」

 私は会長に笑いかける。 先日の体育祭の折、後片付けの最中に夕立が降ってきてしまい、片付けが中途半端に終わってしまった。そこからコツコツと生徒会メンバーで体育倉庫の片付けをすすめ、私は最終チェックをまかされたのだ。

「はいはいはーい、」

 柑奈が声を上げる。

「私も仁愛と一緒に行きまーす。」

「あんたは活動報告書書かなきゃいけないでしょ。」

 柑奈に一喝するのは会計の福島 咲先輩。

 私達は咲さんと呼んでいる。

「でも仁愛一人じゃさびしいでしょー。」

 別にさみしくはないのだが、ここは柑奈に甘えよう。

「咲さん、」

 やいやい言い合ってる柑奈と咲さんに割って入る。

「ダブルチェックの意味もかねて、、柑奈連れて行ってもいいですか?」

「…。どうぞ。」

 咲さんはやれやれという顔で頷いた。

「やー、さすが仁愛。」

 廊下を歩いていると柑奈が言った。

「なにが?」

「なんか、仁愛がしゃべると空気がしまるからさー、」

 そうなんだろうか?

「なんていうの?ほら、あれ、鶴の一声!」

 はあ、

「この前だって、生徒会に文句言いに来た野球部と陸上部に会長がタジタジになったときあったじゃん。」

 そういえばそんなときもあったか、たしかグラウンドで野球部が練習するとどうしてもボールが飛んでくる。それが原因で陸上部員がけがをしたのだ。

「まあ、あれもマージ意味わかんなかったけどさ、」

 その文句をなぜか生徒会に言いに来たのだ。はた迷惑な話である。

「あんときの仁愛かっこよかったよー。

『代表者一人ずつと話します。それ以外の方はお引き取りください。』ってさー。」 柑奈は私のモノマネのつもりなのか、やけに仰々しくしゃべっている。

「そんなことないよ。あれだけ口々に言われたらさすがにね、」

 やかましかったのは事実である。

「仁愛のそういうさっぱりしてるとこ好きよー。」

 そういって柑奈が抱きついてきた。そうやってワイワイしゃべりながら体育倉庫にむかった。

 校舎のの正面にあるグラウンド。校舎をでてグラウンドのはじの方を歩く。

 ついでに花壇をのぞいてみるが、昨日の男の子はいなかった。

 もう少し進むとボクシング部の練習場が見えた。

「どうしたの?」

 練習場を見ていた私に柑奈が声をかけた。

「ボクシング部?」

「うん、」

「結構強いらしいよ。公立高校で珍しいよね。でも試合見たことないんだよね。」

 全校集会で表彰されているのは何度か見たことがある。全国大会に食い込むような強豪校らしいが、残念ながら校内での注目度は低い。生徒会費から部費の補助は行なっているが、OBが熱心でお金には困っていないらしい。

「ボクシング部がどうしたの?」

「いや、こないだ花壇にボクシング部っぽい人が来ててさ、」

「え、なんで。」

「わかんない。花見てたよ。」

「そりゃそうでしょ、花壇なんだから。何年?」

「どうだろ、見たことない人だった。ジャージが紺だったから2年かな?」

 なんとなく記憶をこじ開けて喋る。

「なんか、めちゃくちゃ背がデカかった。」

「あー、わかった。」

 柑奈には思い当たる節があるらしい。

「多分あの子だ。マツイくん。」

 ギョッとした。マツイくんって、飼い猫の名前だから。

「2組のマツイくん。天才ボクシング少年。」

 どうやらボクシング部期待の新人らしい。すでに大会で入賞したりしてるそうだ。

「悪い子じゃないんだけど、全然喋らないんだって。すっごい暗いって、2組の子が言ってた。」

「2組に友達いるの?柑奈3組じゃなかった?」

「いるよー。選択科目が一緒で仲良くなったんだ。めちゃくちゃ背がおっきいのに声小さくて、先生も迷惑してるってさ。」

 いわゆる朴訥としているタイプなんだろう。また花壇に来たら話してくれるだろうか。

 そうこうしているうちに体育倉庫に着いた。校舎とは対角線に離れており、なかなか遠い。

 目の前ではソフトボール部が練習をしていた。

「お邪魔しまーす。」

 柑奈が扉を開けると、埃っぽいジメッとした匂いがした。

 柑奈と協力してひとつずつ元の場所に戻されているか確認していく。体育祭の準備と後片付けは主に運動部が協力して行う。それぞれ担当の部活が決まっているため確認がスムーズだ。

「んー?」

 奥の方に入って確認していた柑奈が怪訝な声をあげた。

「なんか、マットの数足りてない?かも」

 体操の授業で使うマットは体育祭で障害物競争で使った。確か担当の部活は、

「ボクシング部。」

 どうやらボクシング部と縁があるらしい。



 結局足りなかったのはマットの数だけだった。ないものはないので、ボクシング部に確認に行くことになった。もう下校時間が迫っている。急がなくてはいけない。

 ボクシング部は体育館の横、半地下にある。薄暗い廊下の先に練習場がある。

 ミットに打ち込む音だろうか、何かが破裂する様な音が廊下に響いている。

「なんか薄暗いし、寒いし。なんか出そう。」

 柑奈がつぶやいて、私の手を握った。

 練習場の向かいは食堂だが、もうこの時間だ。すでに閉まっておりひっそりとしている。

「ここ開けたらいいのかな。」

 練習場の前の扉でガラス窓を覗き込みながら柑奈が背伸びをする。

 扉に手をかけてスライドさせるが、開かない。

「ちょ、開かない。」

 柑奈は構わずガタガタと開けようと扉を引く。流石にまずい。扉の向こうは練習場だ。

「柑奈、ストップ!」

 私がそう言い終わる前に勢いよく扉が開いた。

「何の用だ。」

 扉の向こうからは熊のようなおじさんが出てきた。柑奈はびっくりして声が出ない。

「こっちは練習してるんだ。邪魔するな。」

 ギロリと睨まれ、ますますすくんでしまう。柑奈が強く私の手を握った。

「コーチ、ストップ。その子達多分生徒会。」

 コーチと呼ばれたおじさんの後ろから声が飛ぶ。短髪の背の低い人が出てきた。

「どうしたん。なんか用?」

 おじさんよりもよっぽど優しい声色で聞いてくれた。確かこの人はボクシング部の部長だ。

 いまだに声が出ない柑奈を横目でチラ見して私は口を開く。

「練習中失礼します。生徒会の有瀬です。今体育祭の後片付けが完了しているか体育倉庫を確認しておりまして、」

 喋っているうちに練習場中の視線を集めてしまい、心臓が跳ねる。

「ボクシング部さんの担当だった体操用のマットの数が合わなくて、確認に来ました。」

 なんとか喋り切ったが、どうしよう。この場をどう収めよう。すると、人影の奥に髪の長い背の高い男の人と目が合った。見覚えのあるひとみ。

「体操用のマット?これか?」

 熊のおじさんが床を指差す。その声で呼び戻される。そこには探していたマットが敷かれていた。どうやら練習に使っていたらしい。

「一応、職員室には借りる届は出しているはずだけど・・・。」

 部長さんがミットのまま頭をかく。体育倉庫の備品を借りる時は職員室に借用届を出すのがルールだ。

「そ、そうだったんですか、失礼しました。」

 声がひっくり返りそうになりながら懸命に喋る。だって、ものすごい見られている。練習場には20人ほどいて、全員男性。汗の匂いと湿気でものすごく暑い。

「返却、よろしくお願いします。」

 なんとかそれだけ言うと丁寧にお礼を行って練習場を後にした。


「びっっくりしたー。」

 やっと声が出せるようになった柑奈が胸を撫で下ろした。

「あのおじさんめちゃ威圧感あるんだもん、マジで怖かったー。」

「確かに声も大きかったしね。」

 生徒会室に戻ると先輩たちは帰る準備をしていた。

「遅かったね。備品は全部あった?」

 咲さんが声をかける。

「マットが足りなかったんですけど、ボクシング部が使っていて。職員室にも届けは出しているそうです。」

「そう、ならよかった。これで体育祭もひと段落ね。」

「あれ、会長は?」

 柑奈があげた声で会長がいないことに気づく。

「会長は例の彼女が待ってるって先に帰った。私たちも早く帰ろう。」

 スマホの画面を見ると下校時間が迫っている。あと5分。

「ほんとだ、早く帰ろう。」

 咲さんが生徒会室の鍵を閉めてくれる。

「あ、」

「どうした?」

「ごめん、ちょっと花壇見てきてもいい?昨日綺麗にしたところ、馴染んでるか見たいんだけど、」

 朝確認しようとして忘れていたのを思い出した。

「全然いいよー。じゃあ、また明日ね。」

 柑奈が手を振ってくれるのに甘えて廊下を駆ける。急いで階段を降りて花壇に向かう。




 もう10月だ。辺りはすっかり暗くなってしまっている。寒い。セーター引っ張り出して正解だった。

 校舎を出て花壇に向かう。

 花壇の目の前に、誰か立っていた。

 その黒い影に私は吸い寄せられるように近づいた。

「マツイ、くん?」

 ほとんど喋ったことないのに、声をかけて変な奴だと思われるだろうか。

「さきほどは、どうも。」

 声が、硬くなる。どうしてこんなに緊張しているんだろう。

「どうも。」

 マツイくんが口を開いた。小さくない。しっかり聞き取れる、声。

「花壇好きなの?」

「うん、好き。」

 マツイくんがこちらを見る。

「いつもキレイにしてくれてありがとう。有瀬さん。」

 言葉が出ない。

 そうしているうちにマツイくんは私の目の前を通って行ってしまった。






 

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