002-002 賭けるって、何をですか?
スウィッチ(参天堂スウィッチNEXT)を画面に繋いで、僕とyou先輩は、その前に置かれたソファーに座る。
「じゃあ、3本勝負で先に2本取った方が勝ちな」
ルールはストック制。
場外に飛ばされるとストックが1つ減り、先に0になった方が負けと言うルールだ。
今回は3ストックを先に失った方が負け、相手に1本入るルールだ。
「良いですよ」
僕の選ぶキャラは、エース(ウトラス開発のゲーム「イマージュ5」の主人公)だ。
you先輩は、ケイ(参天堂開発のゲーム「ファイヤーエンブレム 青炎の軌跡」の主人公)を選んだ。
「なあなあ、モモちゃん。ただ戦うだけじゃつまんないからさ、賭けね?」
「賭けるって、何をですか?」
「…そうだなぁ〜。モモちゃん、部活で使うHN決めてある?」
「えっ、いや、まだですけど。まあ、普段使ってるのにしようかなと」
「じゃあ、それを賭けよう。オレが勝ったら、モモちゃんのHNは『MoMo』な」
「逆に僕が勝ったら、どうするんですか?」
「ジュース1本、奢ったげる」
「わかりました。やりましょう」
HNとジュースを賭けた戦いが今始まる。
―――
2本目終了。
この時点での戦績は、僕が2勝で、you先輩が0勝、つまり、3本目をやることなく、僕の勝利は決まっていた。
あれ?なんか、you先輩の方が強い体で話が進んでいたけど、もしかして、弱い?
それとも、単純に僕が強いだけなのか?実のところ僕は、オンライン対戦でVIPに乗ったことがある程のエース使いなのだ。
「…な、なぁ、モモちゃん」
気不味そうに、you先輩は口を開く。
「はい?」
「あの、5本勝負にしてくれない、かな?」
「えー、嫌ですよ。僕にメリットないじゃないですか」
「じゃあ、じゃあ、もし、それで負けたら、モモちゃんの言うこと何でも1つ聞くから…。お願い!」
you先輩は、僕の方を向いて前のめりになるようにソファーに両手を付く。
両腕に挟まれた胸が強調される。
猫背だからわかりにくかったけど、you先輩、意外と大きい。
…。
ゴクリ。
「わ、わかりました。2本追加して、5本勝負にしましょう。僕が2本取った状態から再開しますよ」
「わ〜い。ありがとう。じゃあ、オレもそろそろ本気、出しちゃうね」
僕が残り1本を取れば良いのに対して、you先輩は残りの3本全て勝利しなければならないこの状況は圧倒的に有利。
さらに言えば、1本目は接戦だったけど、2本目は2ストック残して僕は勝っている。
つまり、you先輩に負ける要素は無い。
次の1本サクッと取って、僕の勝ちだ!
―――
5本目終了。
う、嘘だ。
「わ〜い、わ〜い、オレの勝ち〜!じゃあ、これから部活ではMoMoちゃんね」
僕は1本も取れなかった。
それどころか1ストックも取れなかった。
僕の攻撃の大半はカウンターで返され、逆にこちらのカウンターは全て掴みで流された。
「ちょ、ちょっと待ってください。後、2本、追加でお願いできませんか?」
「え〜、しょうがないなぁ。良いよ、来なよ」
―――
7本目終了。
3〜5本目と展開変わらず。
「完膚無きまでに叩きのめしたから、もう文句、無いよね?」
「もしかして、最初の2本、手を抜いていたんですか?」
「いいや、しっかり『仕込み』に使わせてもらったよ」
「どう言うことですか?」
「MoMoちゃんは、にぶちんだなぁ。この賭けクラシスはずっとオレの掌の上だったんだよ」
you先輩は、いつの時代の人なんだろう。『にぶちん』なんて、僕の親でも使わないぞ。
「僕が先に2勝するのも、その後の延長戦を認めるのも、そして、逆転負けするのも、全部you先輩の描いたシナリオ通りって言いたいんですか?」
「そうそう。オレの思った通りに動いてくれる可愛い後輩は好きだぜ。愛してる」
「それならやっぱり、最初の2本は手を抜いてたってことじゃないですか!」
「違うね。最初の2本で、オレは2つの目的を達成するように動いた。1つは、MoMoちゃんの癖を見抜くこと。もう1つは、MoMoちゃんに特定の思考パターンを植え付けること」
「1つ目はともかく、2つ目の意味がわからないんですけど」
「人間と言う生き物は、学習する生き物だ。つまり、『わざと』、『敢えて』、オレが後の試合でして欲しい行動で、MoMoちゃんが勝つように立ち回ることで、MoMoちゃんを教育、いや、洗脳したのさ」
「?」
「気付いていないのか?いや、気付く筈もないか。3本目以降、MoMoちゃんは、掴みを1回も使っていないし、大振りな攻撃ばかり振っていたんだぜ。おかげさまでオレは遠慮なくカウンターを使えた訳だ」
「えっ…」
確かに、言われればそんな気がする。
「あひゃひゃひゃ。可愛いなぁ、MoMoちゃんは」
「で、でも、もし、僕が延長戦を認めなかったら、僕の勝ちでしたよ」
「いいや、オレはわかっていたんだよ。MoMoちゃんが延長戦を認めてくれるってな」
「どうしてですか?」
「延長戦をした場合のMoMoちゃんのリスクとリターンを調整しておいたからな。延長戦の話が出された時は、MoMoちゃんはこう考えたんじゃないか?『you先輩は3戦全勝しなければならないけど、僕は1戦でも取れば良いんだ』ってな」
「確かに」
確かに、そう考えていた。
「それに、最初の2本で接戦を演じてやったからな。実力差はほぼ無い、もしくは、自分の方が上って考えていたんじゃないか?」
「…」
「あっひゃっひゃっひゃっ。図星みてぇだな。だったら、MoMoちゃんにとって、延長戦のリスクはあって無いようなもんだよなぁ。逆に、リターンは?まあ、健全な男子高校生にとっちゃあ、こっちの方が大事だよなぁ。『何でも言うことを聞く』って言った時、オレのおっぱい凝視しながら生唾飲み込んでたけど、そんなにこれを揉みしだきたかったのかい?」
you先輩は、自分の胸を手で持ち上げながら、そう言った。
「ち、違いますよ」
「えっ!もしかして、それ以上のことを…!や〜ん。でもでも、ざ〜んねん。敗者の筆下ろしはお手伝いできないから〜、今晩は1人でその短小包茎童貞ちんぽを慰めてね♡あひゃひゃ」
くっ、なんて下品な人なんだ…。
いきなり、ぶち込まれた品の無い言葉の数々に僕は絶句する。
「いい加減にしなさい」
「痛って!何すんだよ、K.A.I.」
ソシャゲのスタミナ消費を終えたK.A.I.先輩が、you先輩の背後から、頭に手刀を振り下ろした。
「何で、入って間もない後輩を虐めてるのよ。それに、敗者を徹底的に煽るのは、あんたの悪い癖よ」
「良いじゃねぇかよぉ〜。それが勝者の特権だろ」
「猿子家ではそうかもらしいけど、外でそんなことしてたら嫌われるわよ。そうでしょ、MoMo?」
良かった。K.A.I.先輩はまともだ。
「そうですね。僕、既にyou先輩のこと、若干嫌いです」
「そんな…ッ!」
何でこの人はそんなに驚いているのだろう。
異性に下ネタ満載の煽りをしておいて、嫌われないとでも思っていたのかな?
「まあ、でも、今回は大目に見てあげてもらえないかしら?」
「えっ、まあ、はい」
「この子、父親の影響で煽り癖があるのよ。you、あんたももう必要以上に煽るんじゃないわよ。良いわね?」
「…善処します」
あれだけ煽っておいて、嫌われるのは嫌らしく、you先輩は、大人しくそう返事をした。
「じゃあ、次はわたしが相手になるわね」
「えっ、K.A.I.先輩もやるんですか?」
「だって、あんた、わたし達の実力を知りたいんでしょ?」
「えっ、あっ、はい。まあ、そうですけど」
そんなわけで、you先輩の席を、K.A.I.先輩が奪い取る形で、選手交代となった。