001-006 はい、すごいです
ここまでの出来事を振り返っておこう。
念願のゲーム部入部を胸に、日々原高校に入った僕、桃井響は、ゲーム部は廃部になったと言う知らせを耳にする。
人数不足で同好会となってしまったゲーム部に入るため、僕は試験を受けることになった。
現ゲーム同好会の会員である先輩は、Tomo先輩と、you先輩と、K.A.I.先輩の3人。
試験の合格と共に僕に知らされたのは、3人の先輩が実は全員、男ではなく、女性だったと言う衝撃の事実だった。
「…なっ、えっ、どうして…?」
僕は狼狽える。
「あひゃひゃひゃ。モモちゃん、混乱しちゃってるぜぇ」
you先輩は笑いながらそう言った。
「騙すような真似をしてしまい、すまない。ちゃんと自己紹介をさせてもらうよ」
「えっ、あっ、はい」
「私は2年の犬飼智。このゲーム同好会の会長、おっと、モモイ君が入部してくれたら、部に昇格するから、ゲーム部の部長になるね」
「あの、さっきまでの声は…?」
「ああ、このボイスチェンジャーを使って変えていたんだよ。普段から野良の人とVC繋ぐ時は、このボイスチェンジャーを使っているんだ」
「わざわざ、声を変えているんですか?」
「そうだね。私が女だとわかると、露骨に連絡先交換を要求してくる人が多くてね。だから、オンライン上では、私は男としてゲームをプレイしているんだ」
「なるほど。大変なんですね」
「次は、オレかな?同じく2年、猿子優だ。オレは部長と違って、声を変えたりはしちゃいないぜ。女にしちゃ声が低いし、喋り方も女らしくないから、大体中学生男子だと思われてんだろうな。まあ、なんだ、よろしくな、モモちゃん」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
「最後はわたしね」
聞き覚えのない声に、僕は困惑する。
「そいつ、K.A.I.な」
困惑が顔に出ていたのだろう。you先輩が、補足してくれる。
確かに、残りはK.A.I.先輩しかいない。
「わたしも同じく2年の雉尾海よ。普段からゲームをする時は、声を変えているの。こんな風にね」
K.A.I.先輩の声が変わる。ネットで言う所の両声類って感じだ。
「K.A.I.先輩も、Tomo先輩と同じ理由ですか?」
「そうだね。出会い厨を寄せ付けないためってのもあるけど、ぼくの場合は、普段の自分と違う自分を演じたいからってのもあるかな」
変えたままの声で、K.A.I.先輩はそう言った。
「そうなんですね」
「だから、ゲームをしている時に、ぼくを『海』って呼んだり。部室以外で、わたしを『K.A.I.』って呼ばないでよね。わかった?」
器用に声を変えながら、K.A.I.先輩はそう言った。
「はい、わかりました。よろしくお願いします。K.A.I.先輩」
「うん、よろしく」
「自己紹介もひと通り済んだところで、モモイ君、この入部届にサインして貰えるかな?」
「あっ、はい」
僕は入部届に「ゲーム部」、「桃井響」と記入し、Tomo先輩に渡した。
「私は、モモイ君の入部と、『ゲーム同好会』を『ゲーム部』にする手続きをしてくるから、みんなは好きにしていてくれ」
そう言って、Tomo先輩は部室を後にした。
「あのっ…」
「ん?どうした、モモちゃん?」
「さっきの入部試験、どうやって負けたか、理解できてなくて…」
「あー、あれな。あれは普通に、K.A.I.が撃ち抜いただけだよ」
「でも、K.A.I.先輩の射線は切って移動していたんですよ」
「いや、モモちゃん達が切ってたのは、オレの射線だよ」
「???」
「しゃあない。時系列に沿って説明してやるよ。最初にモモちゃんがダウンしたろ?」
「はい」
「あれは、K.A.I.の狙撃だ。で、モモちゃんの蘇生を通している間に、K.A.I.には移動してもらったのさ」
「じゃあ、僕達が見つけたK.A.I.先輩は…」
「そりゃ、オレだ。つまり、勘違いしてたんだよ。モモちゃん達がK.A.I.だと思っていたのはオレで、本物のK.A.I.はモモちゃん達の移動ルートを狙撃できる位置にいてもらったのさ」
「なんで僕達の移動ルートがわかったんですか?あの時点では、次の安地もまだわからないから、僕達がそのルートを通るなんて予測できないと思いますが」
「K.A.I.は安地読みが得意だからな。その読みを信頼したまでのことさ。で、次の安地と、モモちゃん達の位置がわかってるなら、どう圧をかければ、モモちゃん達がどう動くかなんて、オレには余裕でわかっちゃうわけよ」
「すごいですね」
「いやぁ、それほどでも…、あるかな!」
嬉しそうに笑って、you先輩はそう言った。
「K.A.I.先輩もすごいですよね。あんなに正確に狙撃できるなんて」
「まあ、わたしはそこに全てを注ぎ込んでいるから。できて当然よ」
「なあなあ、モモちゃん。実は、あの1ゲーム、全部オレの掌の上だったんだぜ」
「どう言うことですか?」
K.A.I.先輩に向いた僕の興味を取り戻すように言ったyou先輩の一言に、僕は食い付いてしまう。
「時系列順に話すと、まず最初に、オレ達は即降りしただろ?」
「そうですね」
「あれはモモちゃんの性格を読む一手なのさ。あのゲームはモモちゃんを見るための試験だった。となれば、部長はチームの司令塔をモモちゃんにするはず。つまり、オレ達の行動への対応でモモちゃんの性格がわかる。オレ達を追うように速攻を仕掛けてくるのか、それとも安定を取るのか。モモちゃんは後者だった」
「確かに、あの時は負けられないと思っていましたし、後降りして、運ゲーに持ち込みたくありませんでしたから」
「モモちゃんは、このゲームを知っていた。だけど、速攻を仕掛ける判断を避けたから、そこまで腕に自信があるわけじゃないと見た。つまり、立ち回りで勝つつもりなんだろうと予測したわけだ」
「まあ、確かに、そう思っていたかも知れないです」
「だから、オレ達は、序盤に無理矢理攻めに行った。こうすることで、モモちゃん達の動きをある程度絞り込めるからな。だから、その時点で、第1収縮が終わったあのタイミングで、あの状態になるようにオレは仕組んでいたってことさ」
「そうなんですね」
「すごいだろ!?」
「はい、すごいです」
「あひゃひゃひゃ」
you先輩はご機嫌だ。
これ、永遠にyou先輩の自分語りに付き合わなきゃならないのかな?
僕は、K.A.I.先輩に助けを求めるように視線を送るも、「あんたが撒いた種でしょ。自分で何とかしなさい」と言わんばかりの表情をされた。
「あと、あれだぜ。オレ達がダサT着てたのも、作戦のうちだぜ。オレとK.A.I.のコスをダサTにすることで、入れ替わりの策を使おうと思ってな。まあ、今回はそこまで縺れ込まなかったけど」
「そうなんですね」
やばい。このままじゃ、本当に、you先輩の自分語りを永遠と聞くことになる。
何か、話題を…。
僕が困っていると、部室の扉が開く。
「Tomo先輩」
「書類、提出できたよ。これでモモイ君は晴れてこのゲーム部の一員さ」
「ありがとうございます」
「ゲーム同好会が無事、ゲーム部になったところで、早速みんなでゲームをしようか。せっかくだし、今日は公式バトロワで遊ぼうか」
そんなわけで、僕は無事、念願のゲーム部に入部できた。