前編 ひなたぼっことベレー帽
#ファンタジーワンドロライ 参加作品
お題:「二つの姿」、「人気者」、「朽ち果てたもの」
執筆1時間40分オーバー
昼下がりの心地よい陽気の中、市民公園のベンチに座ってうとうとと頭を揺らしている、褐色肌の小さな少年が一人。道ゆく人々が楽しげに話す声を、夢うつつに聞きながら。
「ーー西町に出没してた宝石商専門の盗賊、ついに捕まったってさ」
「またレンゼスさまたちがーー」
「ーー市長からたくさんの褒美を賜ったとかーー」
「こうも活躍されると、警官たちは暇だろうなーー」
かくん、と少年の頭がひときわ大きく下がる。二つに結わいた長い金髪の束が風を含んでふわりと揺れ、その天頂部近くから斑色の獣耳がぴょっと生えた。とっさに両眼を大きく見開いた少年が、あわてて耳を押さえーー
「あ、れ?」
手触りが違うのに気付いて、キョトンと頭上に目をやった。
耳を隠すように自分の頭の上に載っていたのは、真っ白な毛皮のベレー帽。ふわふわのそれを両手で撫でながら首を傾げる少年に、隣に座っていた女性がにこにこしながら声をかけた。
「よろしければ、飼い主のふり、してましょうか?」
真っ白なカーディガン、オフホワイトのフレアスカート。きちんと揃えた細い脚には、革製のショートブーツ。
ベレー帽の持ち主だと気付いた少年が、慌てて帽子を返しながら首をかしげて、すぐにその言葉の意味に気づいて。
「……いいの?」ぱあっと顔を輝かせる。
笑顔でうなずく女性に、わぁいと歓声をあげた少年がすぐ後ろの茂みに飛び込んだ。がさごそと音がしたあと同じ場所から飛び出してきたのは、緑の葉をいくつかくっつけた全身斑色の山猫。ぴんと立った両耳は、先ほどの少年のものとまったく同じ。
ベンチに飛び乗った山猫が、女性の膝に小さな頭を乗っけて丸まると目を閉じる。日をあびてつやつやと光る毛並みを、女性の細い手がゆっくりと撫でる。
*
ふあー、とあくびをしながら目を開けた山猫の頭上で、白い女性もつられて、ふあーと大きなあくびをした。口元を隠す白い手の隙間から、尖った牙が見える。山猫はぱっと身を起こして「交代!」と言った。
うーん、と女性は嬉しそうな困ったような顔をして、道ゆく人々を眺めた。ゆるく巻かれた前髪の下、たれ目がちの目尻が、さらにぐっと下がる。
「ありがたいですけど、でも私は……」
「えぇ、なんでぇ」不満そうな顔をする山猫。ぴんと立ったしっぽから、ぱちぱちと放電音が鳴る。フレアスカートをてしてしと叩く、前脚の肉球。
「うーん」公園の石畳を行き交う人々を眺めながら、女性が穏やかに言った。「それでは、場所を変えても良いですか?」
「いーよ!」
*
ざあざあと風に揺れる、丈の長い草たち。その奥に広がるのは、積み上がった岩が作り出す、壮大な光景。
「わああー!」歓声を上げて手前の岩に飛び乗った山猫が、ぴょんぴょんと楽しげに、岩から岩へと飛び移っていく。「あっ、なんか書いてある!」
「昔の人の名前です。私の一族の古墳なんです、ここ」
そう言った女性が、真っ白なスカートを揺らして手近な岩の陰に入ると、次の瞬間、同じ岩陰から、真っ白な毛並みを持つ大きな獅子がのそりと歩み出てきた。
「うわああかっけぇえ」身軽に方向転換した山猫がダッシュで戻ってくる。5倍くらいありそうな体格の、勇ましい獣を見上げて目を輝かせ、何度も何度も飛び跳ねる。しっぽの先からぱちぱちと放電音。
「光栄です」細い尻尾をゆったりと左右に揺らしながら、白い獅子は目を細めた。
ふと顔を後方に向けた山猫が、きゃう、と甲高い声で叫んだ。鋭い威嚇の声に、少し離れた岩陰に潜んでいたいくつかの人影が慌てたように頭を引っ込める。
「あれ、おねーさんの家族のひと?」山猫が不思議そうに目玉をくりくり動かしながら聞く。
「いいえ。冒険家の方ですね。時々、副葬品の盗掘目当てにいらっしゃるんです」
「なにそれ。追い払ってきたげる!」
前脚をぐっと折り曲げた山猫はそう言うと、大きく跳び上がって一気に岩を登る。ばちばちと鋭い電気を発しながら甲高く吠えた。人間たちが慌ただしく逃げ出す足音。岩をいくつか飛び越えて人影を追い立てる。
少し離れた岩場からその様子を眺めている白い獅子が、長い毛に覆われた前脚を伸ばして、ゆったりとした伸びをひとつ。吹き上がる風に、白い毛が草原のように揺れる。身をかがめ、山猫と同じような人間離れした跳躍で宙を舞い、近くの大岩に飛び乗った。衝撃と振動で、砂粒がパラパラと落ちる。
小さな山猫が意気揚々と戻ってくる。
「どうもありがとうございます」
「どーいたしまして!」
山猫を招くように、獅子は更に高いところにある岩に飛び乗り、「私と弟の、お気に入りの場所なんです」と言った。くりくりと目玉を動かしながら、山猫がそれに続いて同じ岩の端に乗っかり、ほぉう、と歓声を上げた。
風で揺れ動くだだっ広い草原と、その奥に広がるミニチュアのような街並み。さらにその向こうには、きらきらと光る青い大海が見える。
山猫が嬉しそうに鳴いて、岩肌をのぼってくる風を胸いっぱいに吸い込む。
「弟いるんだ。いーなー、仲良し?」
「いまちょっとケンカ中です。私が怒らせちゃって」
「あらー」
山から吹き下ろした風が、並んで座る二匹の背中の毛を同じように揺らす。
「仲直りしてね」
「がんばります」
「ぼく、ここにまた来てもいい?」
「いつでもどうぞ」
山猫が嬉しそうに鳴いて、しっぽをゆらゆらと揺らした。
***
数人の剣士が、紙切れのようにあっけなく後方へと吹っ飛ばされた。
「どいていろ」
煉瓦色の髪をきっちりと固めたジャケット姿の青年が、彼らを押しのけて前に出る。革靴の足元にぶわりと広がる、三重の精緻な魔法陣。
レンゼスさまだ、と野次馬の中から誰かが期待たっぷりに言うのに、抵抗を続けていた盗賊たちの表情が変わる。
頭から血を垂らしている盗賊の一人が、意を決した顔をして剣を構え、
「うわあああああ」
わめきながら、野次馬たちの方に駆け出しーー
そこに、しなやかな動きで、白い大きな獣が下り立った。
ぎょっと足を止める男の頭部を白い獅子がぱくりと咥える。逃げ出そうとしていた群衆たちから悲鳴が上がる。
獅子が大きく首を振って、咥えた男を警官たちの集まるほうへと放り投げた。すぐさま警官たちが取り押さえる。
おお、と民衆たちから歓声があがった。
「遅いぞ」と煉瓦色の髪の青年が噛み付くように言う。ゆったりとした足どりで彼のもとへと歩み寄った獣は、少し頭を低くして青年の指示を待つ仕草をする。のこりの盗賊たちがすっかり戦意を喪失してへたりこむところに、警官たちがわっと押し寄せる。
周囲を見回した青年が、獣を追い払うような仕草をする。人々が怯えた目を向ける中、白い獣は来たときと同じようにしなやかな動きで近くの屋根に飛びあがり、駆け出してすぐに見えなくなった。
肩を杖で叩きながら、顔見知りの魔法遣いがレンゼスに歩み寄ってきて、労いの言葉をかける。「今の、獣化種?」
「いや、ただのノロマな使役獣だ」
「へぇ使役獣」魔法遣いが目を輝かせる。「獣化種みたいに忠実だな。うらやましい」
「もういいか。ーー嫌いなんだ、この話」
足元の魔法陣をさっと消し去り、青年は硬い表情と低い声で呟くと歩き去る。