2話 愛と正義の使者! マジカルアリーサ誕生!
薄暗い地下牢の檻の向こうに、二人の衛兵が立っていた。
「しかしまさかアリーサ様が無魔力だったとは……」
「おいおい、あんな女に様なんて付けなくていいんだぜ」
「そうっすねー。あんなクソビッチ……」
私が大きく歯ぎしりすると、パチパチと火花の散る音が地下牢に反響した。
「ひいっ! 何だ今の……?」
「もしかして……この女が出したのか……?」
それっきり衛兵達は黙り込んだ。
――私としたことが口から魔法を出すなんて……何てはしたないことを。
私は部屋の隅で胡坐をかきつつ腕組みをして考え込んでいた。
今の衛兵二人と、クソ王子とブスマーデルは私を侮辱したのでブッ殺していいとして、他はなるべく殺したくない。
しかし、私の強すぎる魔力では4名だけを殺害するのは難しい……。
それに檻の大きな錠前は紫の反魔結晶でコーティングされている。
……いくら私の魔力でも不可能だ。
「……力が……欲しいか……?」
「誰ですの!?」
「静かに……聞かれるとまずいから小声で話そう」
ふと顔を上げて見ると、茶色いティディベアがプカプカと私の眼前に浮かんでいた。
「俺は……そうだな。ベア太とでも名乗っておくか」
喋るティディベアの姿に、私は胸の鼓動が高鳴って行くのが分かった。
「これはもしかして……魔法少女への勧誘という物でしょうか?」
「魔法少女だって!? ……あんた何でそんな事知ってる? ……世界観どうなってんだ?」
「古い文献で読みましたわ! 膨大な魔力を秘めた少女が変身して、マスコットと呼ばれる不思議な妖精と外道の輩に立ち向かって行く! それが魔法少女ですわ!」
――この私が……ずっと夢だった魔法少女になれる!
私は心の底から歓喜に打ち震えていた。
「いや、もう少女って年じゃないだろ……それにあんたはっきり言って魔法の才能全く……」
「――ブチ殺しますわよ?」
私が独り言を呟くと、ベア太は急にしおらしくなった。
「ご……ごめんなさい。……しかしどうなってんだこれ? もしかしてこれカオスモードになっちゃってんのか? 困ったな……カオスモードはやってないんだよな……」
「カオスモードとはなんですの?」
「……こっちの話だ。とにかく一つ確かな事がある。俺は味方だ」
「それはもちろん。マスコットは一部のレアケースを除いたら基本味方だと文献にも書いてありましたわ」
「……ならもういいよマスコットで。とにかく、ここから脱出するぞ!」
「あら……その前に変身がまだ済んでいませんわ」
檻に掛かっている大きな錠前は開錠魔法対策の反魔結晶でコーティングされている。
いくら私が強大な魔力を持っているとは言え、魔法少女にでも変身しなければ開けるのは難しい。
「ほら、早く私を変身させるのです!」
「……変身? ってどうすればいいんだ?」
「とぼけないでください!」
「そんな事言われても……ほんとに知らねえんだよ……本来そういう乙女ゲーじゃないし」
「もういいですわ……私が自分でやるからあなたは文献通り変身メロディーでも歌っていてください!」
「……何で俺が」
「歌いなさい!」
「……はい」
そして、私は意を決して叫んだ。
「行きますわ……! マジカル! 変身!」
「……ちゃんちゃらちゃんちゃんらー」
私はハイヒールで牢獄の石畳を軽く蹴った。
魔法により発生した火花の閃光が、私の全身を包み込んで行く。
「ちゃんちゃんちゃー」
メロディーと共に踊る様にステップを踏みつつ、私は火花で輝いていく。
「ちゃんちゃんちゃー」
私は輝きながら、赤いドレスの袖をそっと引きちぎった。
丸太の様にか細い腕が露わになる。
「ちゃんちゃららーらー」
引きちぎった袖で、大きなリボンを作って胸に付ける。
そしてロングスカートを千切って、文献通りミニスカートにする。
「ちゃんちゃっちゃー」
最後に、スカートの布で大きなリボンを作って、私の金髪をボリューミーに結び付け、大きな火花を上げてより一層光り輝く!
「ちゃんちゃんちゃん!」
「古今東西の悪を惨殺処刑! 正義の魔法少女、マジカルアリーサ!」
拳を突き出し、ポーズを決める!
「きらきらきらーん」
「……何やってんだあんた」
衛兵二人が口を開けて、麗しく変身した私の姿に見惚れていた。
「アリーサは二人を引き付けておいてくれ。俺がカギを取って来る!」
ベア太が私の耳元に小声で囁くのを無視して、檻へと手を伸ばす。
「その必要はありませんわベア太」
私は檻の向こうに掛かっている大きな錠前に手を掛け、全身の魔力を集中させると、大声で叫んだ。
「うおおおおおおおおお! ……開錠魔法!」
錠前は私の魔力でいとも簡単に外れ、鉄扉は開いた。
「……えっ!?」
衛兵二人は青ざめた顔で立ち尽くしていた。
私は落ちた錠前を拾って、再び魔力を込めて衛兵を魔法で殴りつける。
「――魔衝撃!」
「ゲエッ!」
「まだまだ行きますわ! ――魔衝撃!」
「グハアアアアアアアア……こ……この女……人間じゃねえ……」
衛兵二人は私の魔法を受け、泡を吹いて倒れてしまった。
「や……やり過ぎだろ」
ベア太は少し怪訝そうにして私の傍に浮かんでいた。
「錠前を介して最弱レベルの衝撃魔法を放っただけなので死んではいませんわ。……もし拳から直接魔法を放っていたら即死だったでしょうが」
「……そうなんだ」
「魔法少女になった以上、なるべく殺しはしたくありませんわ。魔法少女は優しい存在だと文献にも書いてありました」
「まあいいや。とっとと行こうぜ。道案内は俺に任せろ!」
「お願いしますわ」
私はベア太の先導で薄暗い階段を駆け上っていった。