輝くシルバーシート
この話は、主人公の目線で、一人称です。
知識の足りない主人公は、平気で間違った知識をしゃべっています。
作者としても、突っ込みたくなりますが、介入出来ません!
だから、フィーネさんが、必要になったのです。
バケットシートか、メッサ座り心地良いな。ただ、ハンドルが届かない。
〈少し前進して貰えますか?〉
おおっ! 電動シートの様に動く。ハンドルを掴み、肘が曲がる程度まで・・・
〈ストップです。少し、太ももを降ろして下さい〉
足が床に着き、腰が固定される。
〈ストップです。これ位が丁度踏ん張りが効いて良いです〉
ハーネスと迄はいかないが、簡易のシートベルトも付けた。
〈へぇー、5位だったんだって?〉
〈そうなんですよ、自信有ったんですがね〉
〈残念だったわねぇ。でも、明日が勝負じゃない〉
〈実はボクも、今回のレースが初めての体験なんですよ〉
〈そうなの?〉
〈前の世界では、TVゲームで少しやった程度ですが〉
〈TVゲーム? 初めて走った感想・・・ 教えて・・・〉
〈そうですね、あまり思い通りにいかなかったのですが。
ドリフトをしようと、思いっきりブレーキを踏んでみましたが、フロントが流れるだけでドリフトしないし・・・〉
〈うん、それで?〉
〈コーナーを曲がっていたのですが、速度が出過ぎていた様なので、ブレーキを踏むと、余計に曲がらなくなるし・・・〉
〈なぜ、曲がる時はブレーキを踏むの?〉
〈えーっとですね、コーナーを曲がっている時は遠心力と言う横方向の力が発生するんです。
速度が高ければ高い程、遠心力も大きくなり、タイヤのグリップが限界を超えるんです〉
〈成る程・・・ すると、タイヤがゴムで出来ているのも同じ理由から?〉
〈そうです。遠心力に抵抗する為にゴムで出来ているんです〉
〈ねえ、エンジン? ブレーキを思いっきり踏んでも、ドリフトしなかったんだよね・・・〉
〈ええ、そうなんです〉
〈曲がりながらブレーキを踏むと、余計に曲がらなくなる・・・〉
〈はい〉
〈タイヤはゴムで出来ていて、グリップする為にある・・・〉
〈?〉
〈エンジン? ゴムは変形すると、元に戻る様に成っている・・・〉
〈はあ?〉
〈つまり、遠心力で横方向に引っ張られると、遠心力とは逆方向の力が発生する。曲がり易くなる力、それがグリップだと思う・・・〉
〈成る程!〉
〈でも、遠心力に加えてブレーキも踏んだから、タイヤが限界を超えて、グリップしなくなった〉
・・・何から何までその通りだ。ボクの悩みに全て答えてくれている・・・
クルマを知らないフィーネさんが。
〈フィーネさんのお陰で、明日の準備が整いました〉
〈?〉
「みなさん、明日はレースですし、今日は仕舞いませんか?」
「おっ、エンジン。問題は解決したのか?」
「ええ。それも、こちらのフィーネさんのお陰でして」
「何よりだ。じゃあみんな、今日はお仕舞いだ。俺はスライムさんも居る事だし、ここに残る」
「ありがとうございます、ドリュウスさん」
ボクは意気揚々と宿に帰る事にした。
朝である。今日はいよいよ本戰だ。もしかして緊張で寝られ無いのではと思ったが、充分睡眠も取れた。
さて、このレースだが ¹未勝利戰¹と、言う。
今まで勝利を掴んだ事の無いドライバーのみで、争われるレースだ。18~20台でレースを行い、1位を決める。賞金はたいした額では無いが、¹未勝利戰¹で1位にならないと、次のレースには出走出来ない仕組みである。
レース観戦は基本、無料で❨VIP席あり❩有るが、レース参加者は、コース使用料1シルバーを支払う。20台立てレースで1位に成ると、賞金20シルバーを総取り出来る。大会側に何のメリット無いが、クルマとレースを普及させる為と、割り切っている。
¹未勝利戰¹.¹オープン戦¹.¹カテゴリー3¹.¹C2¹.¹C1¹と、クラスが有り、勝利を重ねる事で、上のクラスへの挑戦権が与えられる。
レギュレーションは、各レース毎に様々だが、¹未勝利戰¹は、20HP以下と、馬力制限を設けている。これは、未熟なドライバーへの安全対策であろう。
参加者は、ディラー、ショップ、パーツメーカー等の、レーシングクラブが大半を占めるが、個人参加も有りである。ピットクルーの依頼や、マシンのレンタルも可能だ。
工房に着くと、ドリュウスさんが、リズのエンジンを起動していた。リズの変貌ぶりには、少し驚いてしまう。タイヤの二重履き、それを覆う白いオーバーフェンダー、ギラリと輝く銀色のシート。もはや、別のマシンだ。
リズをスターティンググリッドに並べる。
レースは、ローリングスタート方式なので、1周走った後、スタートラインを越えた所で、レース開始となり、5周の勝負だ。
ローリングスタート方式を採用するのは、第1コーナーでの混雑を防ぐ為で、安全性の面からだろう。
フラッグを持つ係員の手が上がり・・・ 下がった。スタートである。
先頭のペースカーが、40Km/h程度の速度でコースを1周する。
〈フィーネさん、軽く1周するので、感じを掴んで貰えば良いと思います〉
〈了解です〉
最終コーナーの手前で、ペースカーはピットロードに入る。
〈さあ、いよいよ本番です〉
異世界で、なぜレースなのか。なぜクルマが必要なのか。
そんな事をモンモンと妄想しつつ、今日も中二病全開。
初期の原案ノートでは、しゃべるシートでは無く、干からびたスライムでした。でも、しゃべるシートの必要性を考えている内に、ネイティブアメリカンに成り、女性に直しました。もう、ノートはボロボロになって来ました。