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scene:97 ムナロン峡谷

 ムナロン峡谷へ行く目的は、影追いトカゲの触媒を得るためだと、リカルドはタニアたちに告げている。タニアたちは珍しい魔獣から採取した触媒を調べ、論文を書くつもりなのだと思ったようだ。

 リカルドたちは馬車でアプラ領へ向かった。ルリセス経由でアプラ領の領都ブレルへ行き、そこからムナロン峡谷の近くに存在するフェドル村へ歩き始める。

 アプラ領は魔境クレブレスの東側に隣接する領地であり、魔境から出てこようとする魔獣を押し止める役目を担っている。そのため、アプラ侯爵の配下には精強な兵士も多く、王家も重要視すべき貴族家の一つとしていた。

 フェドル村へ向かう道は、街道から外れた細く整備されていない道だ。小さな石が転がっており歩き難い。その道を西へ向かう。


「モンタはどうする。バッグの中で寝ている?」

「馬車の中、退屈。だから外で飛ぶ」

 馬車の旅はモンタにとって退屈だったらしい。バッグから出たモンタは、近くの木に登ると、美味しい樹の実はないかと見回す。

 リカルドたちが歩き始める。モンタは樹の実を探しながら、道沿いに生えている木から木へと飛び始めた。空中を優雅に滑空する姿は楽しそうだ。


「アプラ領は思っていた以上に、森が多いがね」

 パトリックが周囲を見回しながら声を上げた。モンタが滑空してきて、リカルドの肩に着地。リカルドは慣れているので大丈夫だが、最初に着地された時は転びそうになったものだ。

「どうした、モンタ?」

「トリル、来た」

 モンタが右側の森を指差した。リカルドたちは魔成ロッドを抜き構える。灌木がガサガサと音を立てたかと思うと、その背後から妖樹トリルが四体も姿を現す。

 グレタが眼を丸くして妖樹トリルを見つめる。リカルドは貸し与えた【風】の魔彩功銃を抜いて構えるように、グレタに指示した。

「で、でも、大丈夫でしょうか」

 実戦を経験していないグレタは、不安そうに魔彩功銃を構えた。貸し与えた時に射撃練習をしたのだが、あまり命中率がいいとは言えない。

「グレタは構えるだけでいいです。引き金に指を掛けないで、妖樹の急所を狙う練習をしてください」

 魔獣を見て怯えているグレタを観察し、リカルドは魔獣に慣れるという時間が必要そうだと判断した。


 アルフィオがグレタに付けた二人の護衛ラッジとロンディは、彼女の両脇で短槍を構えていた。グレタを護衛するためだけに来ているようだ。ちなみに眉毛が繋がっている中年兵士がロンディで、ずんぐりした若い兵士がラッジである。

 タニアが触媒を取り出そうとしたので、リカルドが止めた。

「トリルを倒すのに、魔術は不要です」

「ええっ! どうやって倒すのよ」

「魔功銃と魔成ロッドを使います」

 パトリックが首を傾げる。

「魔功銃でトリルの急所を攻撃しても、仕留められないがね」

 妖樹の急所である樹肝は、硬い瘤で守られている。トリルの瘤は岩並みに硬く、魔功銃の衝撃波では亀裂を入れられない。


「試しに、タニアとパトリックは樹肝の瘤を撃ってみてください」

 二人は近付いてくる妖樹トリルの樹肝の瘤を狙い撃った。急所に衝撃波を受けた妖樹トリルが、ゆらゆらと揺らせていた閃鞭をだらりと下げ動きを止めた。

 だが、動きを止めていたのは三秒ほどである。

「見ましたか。急所に衝撃波を受けたトリルは、一瞬動きを止めるんです」

「分かったがや。その一瞬の間に魔成ロッドを打ち込めと言うんだがね」


 タニアとパトリックは、リカルドが指示した方法でトリルを仕留め始めた。パトリックは実戦経験が多いので、躊躇いなく踏み込んで魔成ロッドの衝撃波を打ち込み。タニアはまだ力強さに欠ける動きではあるが、それでも確実に妖樹トリルを仕留めていく。最後の一体は、タニアが魔功銃の衝撃波を撃ち込み、動きが止まった瞬間に飛び込んで、魔力を流し込んだ魔成ロッドを樹肝の瘤に打ち込んだ。

 樹肝の瘤が破裂し樹肝油が流れ出す。

「お見事。二人ともコツを掴んだね」

「リカルドの御蔭だがね」

「同じぽやぽや派ですからね。強くなってもらわないと」

 リカルドはセラート予言の対策を取るために、仲間の存在が必要だと感じ始めていた。リカルド一人で全ての対策を行うなど不可能だからだ。


 王太子が王都に戻ったので、セラート予言の対策を王太子に任せるという選択肢もあるが、王太子の立場も微妙なものだった。今は国王の容体が思わしくないので、王太子が代わって政務を執っている状況なのだ。国王が回復したら、王太子はヨグル領に戻されてしまう可能性が高い。

 全てを王太子に任せるのは、ハイリスクだとリカルドは判断した。王都の住民に可能な対策は、リカルドたちで進めようと考えている。


「皆さん、凄いです!」

 グレタが興奮して声を上げた。タニアが笑顔を浮かべ。

「これくらい、グレタもできるようになるから」

「本当ですか。それだったら嬉しいのですが」

 その後も妖樹トリルやホーン狼に何度か襲われた。その度にリカルドたちが返り討ちにする。グレタはリカルドたちの戦い方を学び、魔獣という存在に慣れ始めた。


「日が傾き始めたがね。そろそろ野営の準備をするきゃ?」

「そうですね……向こうに見える大きな木の下はどうでしょう」

 樫の木に似た大木が聳える場所の周りに、野営するのに適した草地があった。

 護衛二人が困ったという顔をする。ロンディが声を上げる。

「野営の準備は、必要ないと聞いていたのですが?」

「ええ、必要なものはこちらで準備していますから」

 ラッジとロンディがリカルドを見た。彼らはリカルドが収納紫晶を使っているのを見ていた。最近になって広まった魔術道具で高価だが、収納容量は大きくないと聞いている。

「もしかして、収納紫晶に入れているのですか?」

「いや、野営の装備はこちらに入れています」

 リカルドは懐から金属製の筒のようなものを取り出した。この金属筒には三個の収納碧晶が入っている。一つは通常の収納碧晶、もう一つは冷蔵収納碧晶、最後は冷凍収納碧晶である。但し、冷蔵収納碧晶は以前にユニウス料理館で使用していた容量が二割ほどしかない失敗作である。個人で使う分には大型冷蔵庫ほどの容量があれば十分なのだ。


 リカルドは収納碧晶からコンテナハウスを取り出し大木の下に置いた。

「何だ、これは!」

 ラッジとロンディが驚いていた。グレタも初めて見た時は驚いたので、同じ反応をしている護衛たちを見て面白がる。グレタはちょっと変わった野営を経験し、貴重な体験をした。

 次の日、朝早くから出発したリカルドたちは、夕方少し前頃にフェドル村へ到着。村ではアプラ侯爵の命令を受けた村長が出迎えてくれた。その日は村長宅で歓待を受け、翌朝早く村長の案内で出発。リカルドは昨日から村長の様子がおかしいのに気付いていた。

 変に緊張しているのだ。ボニペルティ侯爵の娘であるグレタが一緒に居るからなのか、とリカルドは憶測する。


「ムナロン峡谷への入り口は、こちらでございます」

 村長は村から南へ三〇分ほどの場所にある洞窟に案内した。洞窟は二人の人間が並んで歩けるほどの大きさがあり、斜め下へと続いている。村長は用意してあった松明たいまつに火を点けてから洞窟に入った。リカルドたちは村長に続いて入る。

 一〇分ほど歩いた頃、洞窟は三つに分かれる分岐点に到達した。

「東の谷へはどちらを選べば?」

 村長が額に吹き出した汗を拭い、真ん中の洞窟を選択し進み始めた。


 洞窟の先に光が見え始める。リカルドたちの進む速度が速くなり、洞窟の出口に辿り着いた。

「うわーっ! 綺麗な眺めです」

 グレタが眼前に広がる光景を見て感嘆する。洞窟の出口は谷の底から二〇メートルほど上の崖の途中にあり、そこから東西に広がる谷が見えた。

 谷底を流れる川と、その川に沿って広がる森が何十キロと続いている。

「ここがムナロン峡谷か、美しい谷です。こんな場所にまで魔獣が居るとは信じられない」

 リカルドたちは脳裏に焼き付くまで眺めてから。


「ここから、どうやって下りるんきゃ?」

 パトリックの質問に、村長が慌てたように説明を始める。村長の話では縄梯子を用意してきたそうだ。村長が背負い袋から縄梯子を取り出し、端を出口の近くにある岩に結び付け下に垂らす。

「なるほど、これで下りるんだがね」

 村長とは三日後の昼に迎えに来る約束をして、リカルドたちは縄梯子を下り始めた。


 村長を除く全員が下りると、村長は縄梯子を引き上げ姿を消した。

「縄梯子が引き上げられると、逃げ道を塞がれたようで、嫌な気分になる」

 タニアが帰り道である洞窟を見上げながら言った。

「三日後には迎えに来てくれるんだから、大丈夫ですよ。王太子殿下が交渉してくれたんだから、裏切るなんてことはないでしょう」

「そうだがね。それより目的の影追いトカゲを探すがや」

「水辺近くの木に登っていることが多いそうです。川に向かいますよ」

 リカルドは少し気が高ぶっていた。ここで新しい触媒が見つかるかもと思うと胸が高鳴るようだ。


 谷の底は緩い斜面になっており、川に近付くに従い背の高い木が多くなった。リカルドの肩の上では、モンタが耳をピコピコさせながら警戒している。

「あそこ見て、黒ウサギ」

 モンタが黒ウサギと呼んだのは、頭突きウサギだった。

 リカルドはそろそろグレタに『恩恵選び』をさせようと考えていた。その相手に頭突きウサギは丁度いい。

「グレタ、頭突きウサギと実戦をしてみましょうか」

 顔から血の気が引いたグレタが、ゴクリとつばを飲み込んだ。

「じ、実戦ですか」

 グレタに【風】の魔彩功銃で頭突きウサギを狙わせる。魔彩功銃を握る手が頭突きウサギの方へ向く。

「慎重に頭を狙って……引き金に指を掛けゆっくりと引くんだ」


 グレタが眼を大きく見開いたまま引き金を引いた。衝撃波を浴びたウサギがバタリと倒れる。その瞬間、グレタが魔彩功銃を取り落とす。

 彼女の頭の中で神の声と言われているものが響いているのだ。リカルドは五番目の【魔力量増強】を選ばせた。魔術士になるなら、その恩恵が必要だからだ。

「これで私も、リカルド様と一緒ですね」

 グレタが嬉しそうに言う。リカルドは複雑な顔をして。

「……そうだね」

 全面的に信頼を寄せてくる者に、嘘を吐くのは心が痛む。いつか本当のことが言えるようになればいいのだが、とリカルドは思う。


 川の近くまで来た時、モンタが警告の声を上げる。

「リカ、大きいのいる」

 モンタの鋭い聴覚が、大型魔獣の近付く音を捉えたようだ。リカルドは魔成ロッドを構え、触媒を入れている触媒ポーチに左手を突っ込んだ。

 川近くの藪から現れたのは、双角鎧熊だった。額から二本の短角が伸び、体長三メートルほどある。

「うわっ!」「グ、グレタ様、後ろへ」

 護衛たちが短槍を構えるが、双角鎧熊の巨体に比べると頼りなく見える。グレタもそう感じたようで顔を強張らせ一歩も動けずにいた。

 タニアとパトリックは双角鎧熊を見て短時間だが思考停止し、魔術の準備が遅れた。一方、リカルドは何度も強力な魔獣を倒した経験の御蔭で、冷静に対峙することが可能だった。素早く【雷渦鋼弾】の触媒を選んで取り出し、魔力を放出すると同時に触媒を撒き、呪文を唱え始める。


アムリル(大地よ)ガルシャムズ(鋼の粒を生み出し)ヒュレバグ(高速の渦となり)ザルダキシュル(雷を纏いて翔べ)


 リカルドたちを見付けた双角鎧熊が走り出していた。迫ってくる大熊は相変わらず物凄い迫力がある。リカルドの雷渦鋼弾がカウンター気味に大熊の顔面に命中した。肉と骨を抉る音がして双角鎧熊の顔面がズタズタとなり、巨体が地面に倒れる。

 双角鎧熊ほどの魔獣を中級魔術の一撃で倒すのは難しい。今回はタイミング・命中箇所・角度が最適に近い状況で命中した結果、一撃で倒せたのだ。

 グレタの隣でラッジとロンディが死んだ双角鎧熊を見つめている。驚いているようだ。

 タニアは双角鎧熊の死骸を見て。

「ねえ、ここって本当に東の谷なの?」

 東の谷に生息しているのは、妖樹トリルやホーン狼などの比較的弱い魔獣だと聞いていたのだが、違ったようだ。

「村長さんが案内してくれたんだから、そうだと思いますけど。情報が古かったかもしれません」

 タニアが納得できないという顔で。

「どういう意味?」

「前回、調査が行われたのは七年前だという話です。その間に生態系が少し変化した可能性があります」

 リカルドの意見に、その可能性もあるとタニアも考えた。だが、双角鎧熊は変化し過ぎではないかと思う。


 双角鎧熊は血抜きをして、触媒となる角や牙、それに毛皮を剥ぎ取る。未消化の食物が詰まっている消化器系の内臓は捨てた。胃袋とかは食べられるという話を聞いたことがある。だが、食べるにはちゃんとした後処理が必要なので諦めた。

 内臓は冷蔵収納碧晶へ、残りの肉は冷凍収納碧晶に仕舞う。


 リカルドたちは影追いトカゲを探した。魔力察知で魔力を探し、それらしい反応を川上の方で見付ける。この魔獣は体長一五〇センチほどの黒いトカゲである。爪が鋭く木登りを得意とするらしい。

 モンタがリカルドの肩に乗り、その頬をペチペチと小さな前足で叩く。リカルドがモンタに注意を向けると、モンタは可愛い指で近くにある木の上を指差した。

 黒い大きなトカゲが、木の幹に張り付いている。リカルドは獲物を発見したことを手の合図で知らせた。

 グレタの横で槍を構えているラッジが黒いトカゲを目にして。

「あっ」

 その小さな声で影追いトカゲがリカルドたちに気付き、口から黒い霧のようなものを吐き出し始める。


 リカルドたちは魔成ロッドを構え、魔術の準備を始めたが、準備が終わる前に影追いトカゲの姿が消えた。パトリックが【嵐牙陣】を発動し十数もの風の刃を黒いトカゲが張り付いていた場所に向かって放つ。

 風の刃は木の幹や枝を傷付け消えた。だが、影追いトカゲには当たらなかったようだ。

「どこに消えたんだがね?」

「素早く動いて、消えたという風には見えませんでした」

 リカルドが見た感じを言うと、タニアとパトリックも頷いた。


「あの黒い霧が問題だがね」

「そうね。あの魔獣独自の魔法じゃないかしら」

 話を聞いていたグレタが小首を傾げる。

「魔法ですか?」

 タニアが魔法について説明する。

「知りませんでした。魔獣が放つ魔術みたいなものを魔法と呼ぶんですね」


「モンタ、あのトカゲがどこに居るか分かるかい?」

 可愛い賢獣は耳を澄まし、鼻をピクピクさせる。しかし、影追いトカゲの居場所は分からなかったようだ。

「消えた。臭いしない」

 消えると同時に、臭いもなくなったらしい。ということは、擬態や透明になったわけではないようだ。


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