scene:95 触媒学の授業
リカルドたちはシェザの町に戻った。ボニペルティ侯爵が作戦会議を開きたいと言い出し人を集め始める。出席者は侯爵領軍の参謀長クラスと王家派遣軍の指揮官とリカルド。
リカルドは作戦会議みたいなものに、何故呼ばれたのか不思議に思いながらも出席した。モンタは眠くなったようで、リカルドの膝の上で丸くなり寝息を立てている。
王家派遣軍の指揮官は、近衛軍でサムエレ将軍の副官をしていたオルランドだ。リカルドとも顔見知りである。
会議が始まり、ボニペルティ侯爵が一番気になっていた点を問い質した。王家派遣軍がいつまで協力できるかという点だ。
「クレール王国軍を撃退するまで……と言いたいのですが、補給、その他の事情で来月末までが限度だと思われます」
オルランドがはっきりと告げた。
侯爵も最後までとは思っていなかった。だが、期限を切られると状況の厳しさが身にしみてくる。
「来月末までに決着を着けねばならんのだな」
侯爵の言葉に、オルランドが申し訳無さそうな顔をする。
「あれほどの陣地を構築した敵を、短い期限内に倒せとは酷なことだと分かっているのですが、王領でも不穏な状態が続いており、大きな戦力を長期間派兵するのは難しいのです」
補給物資の補充や負傷者の代わりなどを用意すると一ヶ月などすぐに過ぎてしまう。そのことを熟知している侯爵は頭を悩ませる。
「だが、敵の防御陣地は堅い。どうやって突破すれば……」
「それは自分にも分かりません。ですが、王太子殿下はロマナス王国に二つの強みがあると言っておられました」
侯爵が興味を示す。
「ほう、その強みというのは何かね?」
「一つ目は、この国で開発された新しい武器です」
「魔砲杖のことを言っているのかね?」
「ええ、王太子殿下は五〇丁の魔砲杖が有れば、戦いが変わると……」
侯爵は難しい顔になって考え込む。
「私とて、魔砲杖が素晴らしい武器だと分かっている。だが、我が領地の魔導職人は、独自の魔砲杖を開発できずにいる。一ヶ月以内になど無理だ」
オルランドは頷いた。
「私も王太子殿下の話を聞くまで、そう思っていました。ですが、王太子殿下が新しい魔砲杖の開発を依頼した人物は、一ヶ月も掛けずに二〇丁の新型魔砲杖を送ってきたそうです」
リカルドが複雑な表情を浮かべ、侯爵が驚嘆したような顔をする。
「それは誰なのだ?」
「その人物こそ、我が国の二つ目の強みである。リカルド・ユニウス君です」
リカルドはもの凄く持ち上げられ、誇らしく思うと同時に恥ずかしかった。これが褒め殺しというものじゃないかとさえ思ってしまう。
オルランド以外の全員が、リカルドを見つめた。
「本当なのかね?」
侯爵の声に、リカルドが。
「一応そうですけど、その新型魔砲杖は以前に作ったものを元に、魔術回路を変更しただけのものだったからです」
少しだけ魔砲杖の仕様を変えるだけでも、長い開発期間と多くの資金が必要なことを侯爵は知っていた。それは因子文字の知識が不足しており、試行錯誤する必要があるからなのだ。
「リカルド君に頼めば、短期間で多数の魔砲杖が用意できるのかね?」
「王太子殿下のために開発した魔砲杖と同じであれば、大丈夫です」
それを聞いたオルランドが口を挟む。
「その魔砲杖で、クレール王国軍の陣地を攻略できるのか?」
リカルドは指摘された点を考える。炎滅タートルの甲羅を破壊可能かという意味なら、無理だろう。現在作成可能な魔砲杖で、あの甲羅を破壊するのは不可能だ。
甲羅の破壊ではなく、その周囲を魔術や魔砲杖で攻撃することは可能だが、こちらが攻撃可能ということは相手も攻撃できるということだ。防御陣地の内側にいる敵と外にいる味方が魔術を撃ち合えば、味方の方が被害が大きくなるのは必定である。
ただ戦術の一つとして、射程の長い魔術を使える魔術士や魔砲杖を揃えれば、一方的に攻撃するのも可能だ。但し、甲羅の周囲を破壊しても進軍路を炎滅タートルの甲羅が防御したままなので、陣地内に攻め入ることはできない。
「無理です」
リカルドは正直に告げた。
「そうか。だが、多数の魔砲杖は強力な戦力となる。リカルド君に製作を依頼した方がいい」
オルランドが魔砲杖の製作依頼を勧めるということは、王太子が承認しているということだ。王太子は侯爵軍に多数の魔砲杖を使った戦い方を試させ、新たな軍制の参考にしようとしているのかもしれない。
侯爵はリカルドと王太子で取り決めた価格で代価を支払うと約束し、炎鋼魔砲杖五〇丁の製作をリカルドに依頼した。
「お引き受けします。但し、魔術回路と魔成ロッドだけ、こちらで製作します。他の部品は設計図を書いて渡しますので、侯爵様の方で製作してもらえませんか。もちろん、その分は価格を割引きます」
さすがに魔砲杖五〇丁の製作は、リカルドでも荷が重い。そこで部品の供給という形に変えてもらった。
「それで構わない。感謝する」
その後、クレール王国軍の補給線などに話題が移った。クレール王国軍はウォダル河の浅瀬を渡って、補給物資を陣地に運び込んでいる。その補給線を叩けないかとオルランドが提案した。
「それは難しい……浅瀬は陣地の背後にあり、河の両岸をクレール王国軍の兵士が警備している」
クレール王国軍は補給線も万全な体制を目指し構築しているようだ。
その後、話が戦術論になり、リカルドの知識では付いていけなくなる。リカルドは膝の上で寝ているモンタを撫でながら、炎滅タートルの甲羅について考え始めた。
あの甲羅を破壊するには、【空】の魔術を完成させる必要があるようだ。どういう魔術を構築するか、触媒はどうするのかという問題がある。
初めに【空】の魔術をイメージした時、無敵の槍を連想した。魔術を放つとすべてのものを破壊し貫く槍の形をした破壊のエネルギーである。
だが、槍で甲羅を貫けるだろうが、穴が空くだけだ。貫いた後、爆散し周囲のものを破壊するようにできないか。
リカルドは頭の中で魔術単語を検索し組み合わせ始める。
会議が終わった後、リカルドはイレブ銀山で働いていた人たちはどうなったのか、侯爵に尋ねた。
侯爵が顔を曇らせ。
「抵抗した半数が殺され、残りは強制的に銀の採掘をさせられているようだ」
銀山には多くの罪人が送り込まれ働いていたが、反抗した者たちは罪人ではなく技術者が多かった。たとえ銀山を取り返したとしても、銀の生産は確実に落ちると侯爵は覚悟している。
シルヴァーノが起き上がれるほど回復したので、リカルドとグレタは王都に戻ることになった。グレタは残りたいと言ったが、侯爵は許さなかったのだ。戦場が拡大する可能性もあったからだ。
リカルドがボニペルティ領から離れる時、侯爵から魔砲杖製作の手付金として、革袋に入れられた金貨を渡された。
王都に戻ったリカルドの所へ、小僕だったロブソンとニコラが訪ねてきた。承認が下りたので小僕を辞め、飼育場で働くためである。ロブソンとニコラを兄のアントニオに紹介し、次の日から働いてもらうことになった。これで子供たちや従業員の教育を進められる。
リカルドは、設計図と触媒の調合法を書いてボニペルティ侯爵に送った後、魔術回路と魔成ロッドの製作に取り掛かった。五〇丁分というのは多いが、リカルドにとっては手慣れた作業である。材料はベルナルドに用意してもらい一〇日ほどで製作し侯爵に送った。
侯爵からの依頼を果たしたリカルドは、【空】の魔術について研究を始める。魔術のイメージと当て嵌まる魔術単語を探し出し、幾パターンも組み合わせて検証する。
検証方法は黒い煌竜石を使って少量の魔力を黒く属性励起させ、呪文を唱えるのだ。触媒なしに属性励起する方法を取っても良かったのだが、その方法だと時間が掛かるので黒い煌竜石を使った。
だが、黒い煌竜石は少量の魔力しか属性励起させられないので、ちゃんと魔術を発動させることはできない。発動に失敗した時の手応えで何とか見当を付け、三つの組み合わせに絞り込んだ。
後は触媒の問題を解決すれば、【空】の魔術が使えるようになる。
リカルドは図書館に関連する資料がないか調べたが、収穫はなかった。触媒調べが行き詰まってしまい、気分転換に街へ散歩に出る。
海賊の影響で活気を失っていた街も、憂国自衛団が海賊を退治したことで元の活気を取り戻していた。ただクレール王国がボニペルティ領に攻め入ったのを知っている王都民は不安に思っているようだ。
リカルドはぶらぶらと歩きながら王立バイゼル学院の方まで来た。
ここら辺りは、ちょっとした公園や一戸建ての民家が建ち並ぶようなのどかな場所だ。今の時間は、王立バイゼル学院の初等科で学んでいる子供たちが帰宅する時間だった。
「リカルド様!」
三人の友人と一緒に歩いていたグレタが、リカルドを見付け駆け寄ってくる。
兄の容体が回復したので、少し元気になっている。
「馬車で通っているのかと思っていた」
グレタは魔術士協会に馬車で来ているので、リカルドが尋ねた。
「学院は、王族以外の馬車通学を禁止しているのです」
「そうなんですか」
グレタの友人たちが寄ってくる。
「この人はグレタの恋人?」
グレタが慌てたように顔を真赤にして否定する。
「ち、違います。魔術を教えてもらっている先生です」
友人たちは挙動不審なグレタの様子を笑い。
「へえ、先生なの。グレタが高等魔術教育学舎に行くって言い出したのは、先生の影響なの?」
「逆よ。高等魔術教育学舎を目指すことになったから、先生と出会ったの」
「そうなんだ」
リカルドは自己紹介をして話に加わる。
「グレタは卒業に必要な単位を取得済みだと言っていませんでしたか。何を勉強しているんです?」
「叔父さんが、魔術士になるには触媒学が必要だって言うので、触媒学を教えているルジェーロ先生の授業を受けてるの」
リカルドは触媒学という独立した分野があることを初めて知った。そのルジェーロなら、黒の触媒を知っているかもしれない。
リカルドはグレタたちからルジェーロについて、詳しい情報を聞き出した。
ルジェーロの屋敷は、エミリア工房の近くらしい。
グレタたちと別れ、エミリア工房へ行くと、職人たちが忙しそうに働いていた。
「どうしたの。また、何か作るのかい?」
エミリアがリカルドを見付けて声を掛けた。
「いえ、気分転換の散歩です。忙しそうですね」
「ああ、あちこちの貴族様から魔砲杖の注文が来てるんだ」
特に【爆散槍】の魔砲杖が人気らしい。とは言え、魔砲杖は高価だ。戦いが起きそうな貴族を除いて、二、三丁を注文する者が多いようだ。
「そういえば、アプラ侯爵が大量の魔砲杖を注文してきたよ」
アプラ侯爵が三〇丁の魔砲杖を注文したと言う。
「戦争でも始めるつもりでしょうか?」
「あそこはクレール王国軍が攻め込んでいるボニペルティ領の西隣だよ。用心のために武器を用意しているんじゃないのか」
「でも、王太子殿下が送られた王家派遣軍が、クレール王国軍を押し返しましたから、必要ないはずなんですが」
「押し返したと言っても、まだボニペルティ領内で戦いは続いているんだろ。アプラ侯爵としては不安なんじゃないか」
「そうですね」
工房の見習いがお茶を淹れてくれたので、感謝して飲む。
「エミリアさんは、触媒について詳しいですか?」
「一応は調べたよ。触媒がどうかしたのかい?」
「今、珍しい触媒について研究しているんです」
「ふ~ん、うちでは一般的な触媒しか使わないからね。そうだ、コレクターのルジェーロさんに聞いてみたら」
ここでもルジェーロの名前が出た。リカルドは一度会って話を聞いてみようと思った。
リカルドがルジェーロに会ってみたいと言うと、エミリアが紹介すると言ってくれた。
翌日、王立バイゼル学院でルジェーロと会えることになり、リカルドは魔術士協会のローブを羽織って学院に出向いた。学院の門で身分証を見せ学院に入る。魔術士協会の魔術士は、学院の教師を引き受けることもあり、学院では信用されている。
この時間、ルジェーロは訓練場で触媒を実際に使う授業を行っていると聞いていた。リカルドが訓練場へ行くと九歳くらいの子供たちが訓練場に集まり、ルジェーロの話を聞いている。グレタが居るか確かめてみたが、居ないようだ。
ルジェーロは赤髪の天然パーマ、少し太った三〇代後半の男性だった。
「魔術の歴史は、触媒学の歴史でもある。先人たちが発見した触媒の知識を受け継ぎ、さらなる発展に繋げていかなければならない」
子供の一人が質問する。
「先生、魔術には絶対に触媒が必要なんですか?」
「そうだね。絶対というわけではない。十分に訓練した魔力制御力を持つ魔術士なら、触媒無しで魔術を発動することは可能だ」
「先生はできますか?」
ルジェーロは苦笑した。
「いや、私はできない。魔術士でも可能な者は少ないのだ」
子供の一人がリカルドに気付いた。
「あの魔術士さんにも無理なんですか?」
ルジェーロがリカルドを見た。
「えーと、君は?」
「初めまして。今日お会いしていただく約束になっている、リカルドと申します」
「ああ、そうか。エミリアさんから聞いている」
最初にリカルドに気付いた子供が。
「ねえ、魔術士なんだよね。触媒無しの魔術はできないの?」
リカルドが答える前に、ルジェーロが。
「待ちなさい。熟練の魔術士でも難しいことなんだぞ」
子供たちが騒ぎ出した。
「できないんだ」「魔術士なのに」
リカルドはちょっと傷付いた。
「できますよ」
「やって見せて」「やって」「やって」
「仕方ないですね」
リカルドにルジェーロが心配そうな顔で。
「大丈夫なのかね」
「問題ないです」
リカルドはロッドは使わず、右手を前に突き出し精神を集中する。その掌から魔力を放出し、意志力で制御下に置く。
見守っていた子供たちは何も起きないのでザワッとする。
だが、リカルドが魔力に振動を加えるよう意志力を発揮すると、制御下の魔力が茶色に変化した。
それを見た子供たちが驚きの声を上げる。
「アムリル・パロセピオル・スペロゴーマ」
槍が訓練場に並べてある標的に向かって飛び、命中し爆散する。【爆散槍】だった。
「うそーっ!」「触媒、使わなかったよね!」
子供たちが大騒ぎを始めた。ルジェーロが子供たちに静かにするように呼び掛ける。
授業が終わった後、ルジェーロの研究室へ行き触媒について話を聞いた。
ルジェーロの話では、触媒も不明なものが多いらしい。特に珍しい魔獣の素材は属性も判っていないものがあるようだ。
リカルドが珍しいと言われる魔獣には、どんな奴が居るのか尋ねた。
「そうだね。魔境の魔獣がほとんどなんだが……巨蟻ムロフカ・天黒狼・ティターノフロッグ・風魔鳥というところかね」
それらの魔獣は、脅威度8の化物である。




