scene:93 海賊船vs小型装甲高速船
「今のうちに、船の点検を行え!」
モラッティ団長の命令で点検が行われ、異常がないと確認された。
その間にも海賊船と小型装甲高速船の距離は縮まっている。リカルドが乗っている小型装甲高速船が大きい方の海賊船と戦い、別の小型装甲高速船がもう一隻の海賊船と戦うよう指示が出された。
一方、海賊船の方では少し混乱していた。
二隻の変な小型船が近付いたと思ったら、仲間の海賊船が攻撃を受け燃え上がったのだ。ビゴディ海賊団の頭目ビゴディは、燃えている海賊船を睨み。
「あんなチンケな船にやられやがったのか」
「お頭、かなり凄腕の魔術士が乗っているにちげえねえ」
「そうかもな。だが、あんなチンケな船だ。魔術士は一人か二人だろう。獲物は後にして、奴らを沈めるぞ!」
ビゴディは近付いてくる小型船を見て、どうやって進んでくるのか分からなかった。帆もなく誰かが漕いでいる様子もない。
「あの小舟に火矢をお見舞いしてやれ」
ビゴディの命令で海賊船から火矢が放たれた。火矢は山なりの曲線を描き、二隻の小型船に降り注いだ。だが、ビゴディの期待を裏切り、火矢は装甲に当たると虚しく海に落ちて消えた。
「な、どうなってやがる?」
海賊たちは目を大きく見開き驚きで動きを止めた。
「お頭、あの小舟のホロみたいな奴は鉄でできてるんじゃ」
「馬鹿言うな。そんな船はちょっとした波でひっくり返る。魔術士共、あの小舟に魔術を放て」
二隻の海賊船に乗っている魔術士は、ビゴディを含めて九人。上級魔術を使えるのは、ビゴディと二人の魔術士だけだが、二隻の小型船を沈めるには十分だとビゴディは考えた。
普通なら大型貨客船でも沈められる戦力なのだから当然だ。
九本の閃光が二隻の小型装甲高速船へと伸び、六つの魔術が命中する。
小型装甲高速船の中にいる者たちは、激しい揺れと爆音に耐えた。揺れが収まった時、リカルドはホッとして強張っていた身体から力が抜けた。
「だ、駄目かと思った。海戦を甘く考えていた」
大きな魔力の塊が小型装甲高速船に迫っているのを、リカルドは魔力察知で気付いていた。敵の攻撃魔術が迫ってくるのを、ただ待つしかないのは心臓に悪い。
その気持はモラッティ団長も同じだったようで。
「速度を上げろ。奴らに近付いて攻撃するんだ!」
ラッパが吹き鳴らされ、小型装甲高速船の速度が上がった。海賊船に衝突するような勢いで近付く。すれ違いざま炎鋼魔砲杖の一斉射撃。
海賊船の舷側に炎の花が三つ開いた。炎が消えると、そこに暗い穴が現れた。その一つは喫水線近くだ。穴から海水が流れ込む。
「クソッ、穴が空いてやがる。誰か板を持ってきて塞げ」
海賊たちが慌てて船の修理を始める。
海賊船の甲板では、怒りで顔を赤らめたビゴディが魔術の準備をしていた。選んだ魔術は上級魔術【地爆崩散弾】だ。これはリカルドも知らない魔術で、東の隣国クレール王国で開発された魔術だった。
憤怒の表情を浮かべたビゴディは、リカルドが乗っている小型装甲高速船を睨み付け、最強の魔術を放った。上空に大きな岩の塊が現れ、小型装甲高速船を目掛け落下を始めた。
リカルドは頭上に巨大な魔力の塊が現れたのを感じ、操舵手に逃げるように指示する。
「どうした?」
モラッティ団長が尋ねた。
「上級魔術だ。上から何かが来る」
操舵手が出力レバーを最大に上げ逃げ始める。その直後、音速を超えた大きな岩が海面に落ち爆散した。その衝撃で小型装甲高速船が空中に投げ上げられ、一回転すると船尾から着水し何とか海に浮く。
中に居たリカルドたちは支柱や船縁に叩き付けられあちこちに痣を作った。リカルドが倒れたまま呻き声を上げていると操舵手の声が聞こえる。
「船外機が動いていません」
着水の衝撃で故障したらしい。
「まずい、このままだと海賊共に袋叩きに遭う」
モラッティ団長の声も聞こえた。
海賊船ではビゴディが高笑いしていた。小型船が動かなくなったのを確認し、故障したか中の人間が動けなくなったと判断したのだ。
「ギャハハハ……今だ、あの小舟に近付いて仕留めろ!」
海賊達が威勢のいい声で返事をし、海賊船の帆を操り始めた。
一方、小型装甲高速船ではリカルドが痛みを堪えて起き上がり、ドアから外に出て装甲の上に登った。
「何をするつもりだ?」
モラッティ団長の声がリカルドを追い掛けてきた。
「あんな奴らには負けられない。やり返します」
装甲の上に立ち上がったリカルドは、デスオプロッドを構え海賊船に向ける。だが、身体がふらふらして狙いが定まらない。このままでは駄目だと判断したリカルドは、精神を落ち着け瞑想を始める。
心の底に溜まった怒りが早く魔術を放てと急き立てる。その怒りを精神の力でねじ伏せ、意識を精神の奥へと向かわせた。源泉門に近付き力を求める。源泉門から湧き出る力には善悪の区別はないようだ。リカルドが海賊とは言え人を殺そうと力を求めているのに、いつものように力が流れ込んできた。
流れ込んだ力を魔力に変え、身体中に溜め込んだ。その過程で傷付いたリカルドの身体は癒やされ、痛みが消える。
瞑想を止め、全身から魔力を絞り上げロッドに注ぎ込む。触媒を撒き属性励起した魔力が、灼熱の光玉となった。これを外すことはできない。リカルドは光玉に必ず当たるようにと強烈な意思を込める。その事が効果を発揮するのかリカルドにも分からなかったが、やらずにはいられなかったのだ。
呪文を唱えた途端、陽焔弾が海賊船を目指し飛翔を始めた。
リカルドは祈るような思いで見守る。その時、陽焔弾が軌道修正したかのように見えた。陽焔弾は海賊船の真ん中に命中。舷側を灰にして船の中に飛び込んだ陽焔弾は、その内部で溜め込んでいる熱量を解放する。
炎の帯がフレアのように開いた穴から吹き出した。吹き出した炎は帆にも燃え移り、海賊船全体が炎に包まれる。
炎に包まれた海賊船の中で、ビゴディが吠えていた。
「何でだよ。もう少しで貴族になれるはずだったのに!」
甲板に居た海賊が海に飛び込むのが、リカルドにも見えた。
炎から逃れるために海に飛び込んでも近くに助ける者は居ない。陸地まで距離があるので泳いで辿り着くのも無理だろう。
「見事だ」
モラッティ団長が装甲に登ってきて、リカルドに声を掛ける。
「もう一隻は?」
リカルドが尋ねると、モラッティ団長が指差した。その方向には、舷側に大きな穴が開き、海水が大量に流れ込んでいる海賊船の姿があった。
「俺たちは任務をやり遂げたんだ」
「良かった」
リカルドは装甲の上にへたり込む。その脳裏にキルモネで治療した子供や墓穴に埋められる住民たちの姿が浮かんだ。そして、心の奥底に溜め込まれていた怒りが、少しずつ消えていく。
その後、怪我をした団員たちの手当てをしていると、もう一隻の小型装甲高速船が近付いてきた。リカルドの乗る小型装甲高速船の船外機は、造船所に戻って修理するしかないようだ。
もう一隻に曳航され、リカルドたちは王都の港に戻った。
因みに海賊に襲われていた貨客船は近くの港に逃げ込めたようだ。
リカルドは故障した小型装甲高速船をカルボン棟梁に預けると家に戻った。家族には海賊退治に行くとは言わず、研究が忙しいので魔術士協会に泊まり込むと言ってあった。
疲れた顔をしているリカルドを見て心配する家族に大丈夫だと言いながら、部屋に戻ると寝てしまう。かなりの疲労が溜まっていたようだ。
翌日、リカルドが目を覚ますと日が高く昇っていた。
腹が空いたリカルドは、食べ物がないかダイニングルームへ行くとパメラがちょこんと椅子に座り、朝食を食べていた。
「パメラ、一人なのか?」
「うん、今日お寝坊したから一人なの」
セルジュは朝食を食べ終わり、モンタと一緒に庭で遊んでいるらしい。
台所では、ジュリアが後片付けをしていた。
「よく眠ったようだね。お腹空いただろ」
ジュリアがリカルドの朝食を用意する。久しぶりにゆっくりと朝食を食べ。
「何か変わったことはなかった?」
「変わったこと? そうね、店のお客さんたちが噂していたんだけど、お城で何かあったみたい。商人たちの出入りが禁止になったみたいなの」
「へえー」
リカルドは少し気になった。
支度をして魔術士協会へ行く。途中ですれ違った守備隊が厳しい顔をして見回りをしている。
イサルコの部屋に行き、海賊退治から戻ったことを報告した。イサルコにだけは本当のことを伝えていたのだ。そうしないと魔術士協会に無届けで休むことになるので仕方ない。
「良かった。無事に帰ってこられたか」
「はい、海賊船を沈めてきました」
「さすが、リカルドだ。他の人々に大声で喧伝できないのが悔しいよ」
「王太子殿下との約束ですから、秘密は漏らせません」
リカルドは城で何があったか知っているか尋ねた。
「いや、判らない。城の様子から何かあったのは確実なんだが……」
イサルコでも情報を入手していないということなら、サムエレ将軍に尋ねるしかないかとリカルドは考えた。魔術士協会からの帰りに、サムエレ将軍の屋敷に寄って、会えないかと書いて手紙を執事に渡す。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
グレタの父親であるボニペルティ侯爵が治めるボニペルティ領の東隣にクレール王国がある。
クレール王国の首都ペッキア。その中央にあるクレール城では、国王のメーメットが宰相ゼルマルから報告を受けていた。
「陛下、ビゴディ海賊団からの定時連絡が途絶えました」
「遅れているだけではないのか?」
「いえ、ロマナス王国へ潜入させている者からの報告で、海賊に襲われた貨客船が、奇妙な小型船に助けられたという情報も入っております」
「その奇妙な小型船に、ビゴディ海賊団が沈められたと言っておるのか?」
「可能性の段階ですが……そうでございます」
「何者だ?」
「ロマナス王家が隠していた戦力ではないか、と推測する者もおります」
「なるほど……だが、もう少しというところだったのだ。問題は作戦を中止するべきかどうかだ」
「現在、ロマナス王国のアルド砦には、およそ五〇〇人の兵士しか居りません。今のタイミングなら、ボニペルティ領のイレブ銀山を奪い取れます」
イレブ銀山はロマナス王国最大の産出量を誇る銀山である。以前からイレブ銀山を狙っていたクレール王国は、奪う機会を窺っていたのだ。
「だが、ビゴディ海賊団が沈められたとの報告がアルチバルド王に届けば、海岸付近の町に派遣した兵士をアルド砦に戻すよう命令を出すだろう」
アルド砦はボニペルティ領に最も近い王家の兵力常駐基地である。王家に味方するボニペルティ領がクレール王国に攻められた場合、通常ならアルド砦から兵力を派兵し、ボニペルティ領の戦力と協力して敵を排除しようとする。
ところが現在、アルド砦の兵力は五〇〇しか居ない。
「当初の計画より、国境付近に集まっている兵力は少ないですが、イレブ銀山付近に存在するボニペルティ領の戦力を退けるには十分でございます」
ゼルマル宰相の言葉に、メーメット王が頷き。
「勝算はあるか……状況次第ではボニペルティ領全体が手に入るかと思ったが、今回はイレブ銀山だけで満足するとしよう」
メーメット王の決断で国境付近に集まっていたクレール王国八〇〇〇の兵力が、ボニペルティ領に攻め込む準備を始めた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
サムエレ将軍の執事に手紙を渡した翌々日、サムエレ将軍から連絡が来た。夜に会うことになり魔術士協会からの帰りに屋敷に寄る。
屋敷で待っていた将軍の顔には、濃い疲れの色が浮かび上がっていた。
「海賊の件は報告を受けた。素晴らしい働きだったそうだな」
「海賊を退治できたのは嬉しいのですが、魔術の攻撃が飛び交う海戦において、小型船で戦うのは難しいと判りました。敵が予め小型装甲高速船のことを知っていたら、結果は逆になっていたかもしれません」
「どういうことだ?」
リカルドは海賊の上級魔術で小型装甲高速船が持ち上げられ、船外機が故障した様子を説明した。そのことは威力のある上級魔術を小型装甲高速船の近くに撃ち込むだけで勝負が決まることを意味していた。
「そうか。小型装甲高速船を大量に建造し、海軍を再建できないかと考えたが、無理そうだな」
「そんなことを考えておられたのですか。装甲をどこから入手するかという問題もあります。小型装甲高速船の大量生産は困難です」
「装甲に関しては、王太子殿下が魔境で調達すると言っておられた。だが、小型装甲高速船に弱点があるなら、再考する必要があるな」
リカルドとサムエレ将軍は海軍の再建に必要な装備について話し合った。
その後、リカルドがバイゼル城で何が起きたか尋ねる。サムエレ将軍の顔に影が差す。
「訊いてはいけませんでしたか?」
「いや、リカルド君にならいいだろう」
アルチバルド王がウドルフォ将軍を召喚した日の出来事を、将軍はリカルドに語った。
「それを聞いて、城には近付きたくなくなりました」
「そう思うのも仕方ない。君なら宮廷魔術士長にだってなれると思うのだが」
リカルドはゾッとした。失敗したら、将軍でさえ足蹴にされる世界なんかに属したくはない。
「陛下は大丈夫だったのですか?」
リカルドの質問に、将軍は苦々しい顔になる。
「陛下は、襲われたショックで熱を出され臥せっておられる」
本当は襲われた恐怖で城の奥に引き篭もってしまっているのだ。これだけはリカルドにも言えなかった。
「そうすると、王太子殿下が王都に戻ってこられるのですか?」
「一時的にだが、そうなる」
リカルドはチャンスだと思った。王太子が一時的にでも王権を掌握した今、セラート予言対策を進めようと思ったのだ。
「明日、王太子殿下が王都へ戻ってこられる」
以前、ベルナルドと話した海岸沿いの広大な土地を購入するという話を将軍に相談した。
「そのぐらいのことなら、簡単に承認が下りるだろう」
将軍の言葉に嘘はなかった。王太子が戻ってきた日に、土地売却の承認が下り格安で広大な土地をリカルドは手に入れた。日本でなら大問題になる行為だが、その土地は国民ではなく王家に所有権があるので、問題にする者など居なかった。
ただ格安とは言え広大な土地である。リカルドが蓄えていた資金のほとんどが消えた。
リカルドは残った金貨の数を数え、溜息を吐いた。魔術の研究や新しく購入した土地の開発を考えると、資金を増やさなければならない。
魔術士協会の研究室で、リカルドがぼんやりしていると血相を変えたグレタが飛び込んできた。




