scene:92 乱心
サムエレ将軍が小型装甲高速船の詳細をガイウス王太子に伝えると、直接見たいと連絡が来た。
リカルドは将軍と相談し、小型装甲高速船でヨグル領の領都ヤロの港へ行くことにした。リカルドと将軍、それに将軍の部下四人を乗せ、小型装甲高速船はヨグル領へ向かう。
この船の速度なら、一時間ほどでヤロに到着する。ヤロの港では、ガイウス王太子が待ち構えていた。
「リカルド、ご苦労だった」
王太子は小型装甲高速船を値踏みするように観察する。
「乗ってもいいか?」
「どうぞ」
小型装甲高速船を見て回った王太子は、乗り心地を確かめたいと言い出した。港の周辺を一周する。船の速度を体感した王太子は満足そうに頷く。
「速度は海賊船を上回るようだな。だが、攻撃力が【雷渦鋼弾】の魔砲杖だけというのは心許ない」
サムエレ将軍が困惑した表情を浮かべ。
「しかし、この大きさでは他の武器を積めません」
軍船に搭載する武器として、バリスタなどを装備することがあった。だが、バリスタを積むには小型装甲高速船は小さい。
「木造帆船は火に弱い。【火】の魔術を組み込んだ魔砲杖を用意できないだろうか」
それを聞いたリカルドは眉間にシワを寄せる。【火】の魔術を組み込んだ魔砲杖は、すでに作られている。初級上位の【炎翔弾】、中級下位の【爆炎弾】などである。但し、それらは射程が短かった。射程の長い上級魔術を魔砲杖に組み込むのは、今の技術では無理だとリカルドも思っている。
海賊退治に関しては、何でも協力しようとリカルドは決めていた。王太子がさらなる武器が必要だと言うのなら、作ってやる。
「王太子は、海賊を退治してくれるんですよね?」
リカルドの質問に相変わらずの悪人面で王太子が。
「陛下が準備している対海賊部隊が失敗した場合、そうするつもりだ」
将軍は王太子に視線を向け。
「対海賊部隊が成功するとは、思えません。ウドルフォ将軍は口の達者な奴ですが、軍人としては二流です」
「だが、ウドルフォ将軍の部下が無能ばかりとは限らない。我々は万一の時に備え、海賊を始末する戦力を準備するのだ」
王太子としては、自分に任せてくれない国王にもどかしい思いをしているのだろう。だが、一国の国王である父親を押し退けてまで、国政を手にする決心は着かないようだ。
王太子は小型装甲高速船を気に入ったようだ。
「それにしても、この魔力炉と魔術駆動フライホイールの組み合わせは、革命的だな。この技術を活用すれば、国力を飛躍的に伸ばせるのではないか?」
リカルドは地球における産業革命が、幾つかの生産技術の発達と動力源となる蒸気機関の発明に起因することを知っていた。
王太子が言うように、リカルドが開発した二つの技術は国力を伸ばす原動力となる技術だが、今の国王では手に余りそうだ。王太子が国王になってからでないと広めるのは危険かもしれない。
リカルドは不安になった点を王太子に伝えると、王太子は苦笑した。
「そう言われると反論のしようがない。現状でも上手く国政を治めているとは言えんからな」
ロマナス王国は、日本の戦国時代に似ているとリカルドは思っていた。戦国時代は室町幕府の権威が失墜し、戦国大名が台頭してきた時代である。
戦国時代の室町幕府ほどロマナス王家は落ちぶれていないが、油断すれば東部のメルビス公爵や北部のオクタビアス公爵に国を乗っ取られかねない状況だった。
かつては守護貴族と呼ばれていた子爵以上の貴族は、国王から領地を貰い領民を守る役目を果たしていた。だが、王威が衰えた今、守護貴族は領地をなかば独立させたような自治領として治めており、勝手に戦争し領地の奪い合いを始めている。
そんな状態の国にしたのが、先々代から現在までの国王なのだ。
しばらく魔力炉と魔術駆動フライホイールの話で盛り上がったが、海賊問題に話が戻り王太子は苦い顔をする。それを見たサムエレ将軍が気になっていた点を伝える。
「海運がとどこおり、王都に住む庶民の生活にも支障が出ています。何とか早く海賊問題を解決せねば、東の女狐や北の古狸に付け込まれますぞ」
「分かっておる。だが、余が出しゃばり強引に別の海賊討伐部隊を創設すれば、陛下が怒り余から部隊を取り上げようとするだろう」
王太子は、国王が海賊退治に失敗し海賊対策が行き詰まった時に、小型装甲高速船の存在を国王に話し海賊退治を自分に任せてくれるように頼むつもりのようだ。
だが、それでは海賊退治が遅くなる。被害者も増えるだろう。
話を聞いていて、リカルドはアイデアが閃いた。正体を隠した部隊を創設し、海賊退治を任せたらと思ったのだ。海賊を退治した後、速やかに解散すれば王家にもバレないで済む。
リカルドが王太子と将軍に提案すると二人は検討を始めた。
「しかし、そういう部隊の創設にはかなりの資金が必要だ。もちろん、創設すると決まれば、余も出す。だが、全額を賄えるかは分からんぞ?」
二隻の小型装甲高速船を運用する部隊を創設するには、戦える者を含めた三〇人以上の人材と運用基地、訓練と実戦に必要な触媒カートリッジ、維持費用を用意しなければならない。
黙って話を聞いていた将軍が。
「ミラン財閥とナスペッティ財閥の総帥に協力を持ち掛けてはいかがでしょう。彼らも海運業を営んでいますから、利害は一致するはずです」
「ふむ、ミラン財閥はベルナルド経由で、ナスペッティ財閥は将軍経由で協力要請を伝えれば良いか」
「王太子殿下が関係していることは、秘密にするよう約束させれば大丈夫でしょう」
相談が纏まり、サムエレ将軍が中心となって動くことになった。
王都へ戻ったリカルドは魔砲杖の開発を開始した。
【雷渦鋼弾】の魔術を元にした魔砲杖を改良し、電流ではなく炎を撒き散らす魔砲杖を開発することは、それほど難問ではなかった。組み込む魔術回路の変更だけで対応できたのだ。
ガイウス王太子は、リカルドが作り上げた新しい魔砲杖を『炎鋼魔砲杖』、元になった【雷渦鋼弾】の魔砲杖を『雷鋼魔砲杖』と名付けた。
リカルドは炎鋼魔砲杖を二〇丁、それに専用の触媒カートリッジを王太子に送った。
ガイウス王太子とサムエレ将軍は密かに人材を集め、海賊に対応する『憂国自衛団』という部隊を編成した。資金は二つの財閥が出すことを承知している。
現在、憂国自衛団は小型装甲高速船の操縦訓練と炎鋼魔砲杖の射撃訓練を繰り返しながら、出番を待っていた。
団員は元魔獣ハンターや兵士などで戦う訓練を受けている者たちである。
一ヶ月が経過し、ウドルフォ将軍が創設した対海賊部隊と海賊が海戦を行ったという知らせが王都に伝わった。結果は対海賊部隊の惨敗である。
アルチバルド王は謁見の間にウドルフォ将軍を呼び出した。謁見の間にはサムエレ将軍と数人の近衛兵、それにアルフレード男爵、高官の貴族たちが立ち並んでいる。
ウドルフォ将軍は玉座の正面に片膝を突き頭を下げ、国王の言葉を待っていた。謁見の間で武装できるのは近衛兵だけなので、ウドルフォ将軍の腰に剣はない。
「失敗したそうだな」
青褪めた顔のウドルフォ将軍は声を震わせ。
「申し訳ありません」
ウドルフォ将軍は何度も何度も謝った。その度に国王の顔は怒りで紅潮する。
「謝って済む問題だと思っておるのか。この役立たずが!」
その怒りは相当なものだった。ウドルフォ将軍はブルブルと身体を震わせながら身を縮めている。
その様子を見た国王はますます怒り、玉座から立ち上がる。片膝を突いて頭を下げているウドルフォ将軍にスタスタと歩み寄り、その頭を蹴った。
「貴様は口だけなのか!」
国王の怒りを見て、周りの者たちも顔を青褪めさせた。
頭を蹴られたウドルフォ将軍はパニックを起こしたようだ。変な声で喚き声を上げたかと思うと立ち上がり、国王に向かって突進した。
ウドルフォ将軍は国王を押し倒すと両手で首を締める。
「何をする!」
そう叫んだサムエレ将軍が駆け寄る。
「陛下!」「近衛兵、何をしている!」
高官たちの間から叫び声が上がった。
アルチバルド王は恐怖で顔を歪め、ウドルフォ将軍の手を外そうと抵抗している。駆け寄ったサムエレ将軍は剣を抜き。
「慮外者め!」
サムエレ将軍は抜いた剣をウドルフォ将軍の背中に振り下ろした。ウドルフォ将軍の背中が大きく斬られ血が飛び散る。その血は国王にも掛かり、その顔が真っ赤になった。
「ひいいっ!」
ウドルフォ将軍の手が首から離れた国王が悲鳴を上げた。
近衛兵がウドルフォ将軍を国王から引き離す。アルチバルド王は恐怖で顔を歪めたまま悲鳴を上げている。
「何をしている。魔術医を呼べ!」
「陛下を奥の部屋にお連れするのだ!」
慌てた高官たちが自分勝手に命令を出している。バイゼル城中が大騒ぎとなった。
サムエレ将軍はバイゼル城を閉鎖するように命じた。噂が城の外にまで伝わるのを防いだのだ。
一方、対海賊部隊惨敗の知らせを聞いた王都住民から悲鳴のような声が上がる。
「王様は何をしているんだ」
「このままだと商売が成り立たないよ」
王都住民が嘆いている頃、ヨグル領の王太子の下へも対海賊部隊惨敗の知らせが届き、憂国自衛団へ作戦開始の命令が出された。
リカルドは自分から願い出て、憂国自衛団の作戦に参加することにした。王太子から連絡が来て、飼育場近くの海岸で待っていると小型装甲高速船が迎えに来た。
憂国自衛団の団長は、元魔獣ハンターのモラッティという三〇代の男性だった。
「団長、よろしくお願いします」
「こちらこそ。この船の開発者であるリカルド君が、一緒に行ってくれれば心強いよ」
リカルドはモラッティを大人だと評価した。こんな少年が海賊退治に一緒に行くと言えば、邪魔だと思うはずだからだ。
この時、リカルドはバイゼル城で起きた大事件を全く知らなかった。それは憂国自衛団の者たちも同じである。
海賊船はボニペルティ領の領都ベリオと王都を結ぶ航路に出没するという情報が憂国自衛団に届いていた。リカルド達は港町ジブカを経由しキルモネに向かう。
リカルドたちは海岸沿いの町で海賊の情報を仕入れながら、二日間ベルセブ諸島の周辺をうろうろした。三日目の昼過ぎ、見張り役の団員が装甲の上に乗って周りの海を見張っていると、海賊船らしき船を発見。
「左舷前方に海賊船らしき船を発見!」
その知らせを受け、団員達は戦闘態勢の準備を始める。
海賊船は三隻である。三隻揃って一隻の貨客船を追っていた。ボニペルティ領へ向かう船らしい。
団長のモラッティが号令を発し、二隻の小型装甲高速船は全速で海賊船を追う。風は横風、波は少し高く小型装甲高速船が速度を上げるとかなり揺れ始めた。
小型装甲高速船が追い掛けている途中、貨客船が海賊船に捕まった。貨客船の帆が燃え上がりガクッと速度が落ちる。
一番大型の海賊船が貨客船に接舷した。海賊共が貨客船に乗り込み船員や乗客を襲い始める。船員の一部が武器を手に抵抗しているが、時間稼ぎにしかならない様子だ。
もう一隻の海賊船も接舷した。貨客船の乗客が悲鳴を上げ、悲惨な状況になっている。
小型装甲高速船二隻が近付いていることに接舷していない海賊船が気付いた。一番小型の海賊船だが、小型装甲高速船に比べれば何倍も大きい。
その海賊船が小型装甲高速船の方へと向かってきた。相手が小型船だと判り侮っているようだ。
モラッティ団長が海賊船を見ながら叫ぶ。
「あいつを仕留めるぞ!」
団員達が『おう!』と大声で返事をする。
リカルドは小型装甲高速船同士が連絡を取り難いのに気付いた。装甲で覆われているので旗で合図することもできず、船尾に居る団員がラッパを吹き鳴らして合図する。
「無線機があれば便利なんだが……」
リカルドが呟く。魔術道具として製作できないかチラッと考えたが、リカルドの知識では数十年の時間が掛かりそうだった。
小型装甲高速船は海賊船の左舷と右舷に分かれ進み始めた。距離が近付いた海賊船から多数の矢が放たれる。山なりに飛んできた矢が小型装甲高速船の装甲に当たり、頑丈な鱗によって跳ね返された。
中に居るリカルドには、カッカッと矢が当たる音が聞こえただけだった。装甲に問題はない。
団員たちは炎鋼魔砲杖に触媒カートリッジを詰め、銃眼から海賊船を狙う。少し波が高いので狙いを付けるのが難しい。
炎鋼魔砲杖の引き金が引かれ、片側に五つある銃眼から炎を纏った鋼の渦が飛び出した。三つは外れたが、二つが海賊船の舷側に命中し爆発した。
三〇センチほどの穴が開く。もう少し喫水線に近ければ海水が船内に流れ込んだだろう。
反対側の小型装甲高速船から発射されたものは、海賊船のマストに命中し帆に炎を撒き散らかした。
二隻の小型船は速度が落ちた海賊船の周りを回り始める。
そんな状況で、海賊船から【爆炎弾】らしい魔術が飛んできて装甲に命中し爆発。装甲は爆炎を跳ね除けた。小型装甲高速船が激しく揺れ、爆発音でリカルドの耳が馬鹿になる。それは他の団員も同じようだったらしく、皆が耳を手で押さえている。
「クソッ、耳栓を用意すべきだった」
リカルドは久しぶりに悪態をつき、銃眼から海賊船を睨む。デスオプロッドと触媒を取り出し海賊船を狙う。
魔力を放出し狙いを付る。触媒を振り掛けるのに手間取ったが、何とか成功し【陽焔弾】を放った。
陽焔弾は海賊船に向かって飛び、船首に命中すると船首を灰にした。それだけではなく海賊船が燃え上がる。
海賊船は船首から沈み始めた。
「さすがだな。王太子殿下が乗せるように命じたのも頷ける」
モラッティ団長がリカルドに声を掛けた。
「えっ、何だって」
リカルドは耳に手を当て、聞こえなかったことをアピールした。耳栓が絶対に必要だとモラッティ団長も思った。
二隻の小型装甲高速船は燃えている海賊船を放置し、貨客船の方へ向かう。貨客船に接舷していた海賊船では、貨客船に乗り移っていた海賊が戻り始めている。
全員が戻ると、海賊船は貨客船の側を離れ、小型装甲高速船の方へ向かってきた。




