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scene:90 潮吹き竜鮫と小型動力船

 チェトル湾には岩礁の多いポイントが幾つかあり、小型動力船は岩礁ポイントを避けながら湾の外へと進んだ。湾の入り口辺りに来た時、外海の方角に水柱が上がる。

 リカルドがクジラでも居るのだろうかと思った時、カルボン棟梁が慌てたように出力レバーを下げた。

「どうしたんです?」

「ありゃあ、潮吹き竜鮫だ。近付くと食われるぞ」

 潮吹き竜鮫については、本を読んで知識だけはある。遠くの海面に潮吹き竜鮫が姿を見せた。実際に見る潮吹き竜鮫は巨大だった。全長十二メートルはありそうだ。

 その巨大さにリカルドは驚く。小型動力船より巨大なのは確実で、馬力も潮吹き竜鮫の方が上だろう。


 リカルドは初めて見る海の魔獣に驚きながら、本で読んだ知識を思い出す。この世界の海には魔獣が存在する。但し、その数は少ない。

 海の魔獣は水深の深い場所を好むようで、人間との関わりは薄い。ただ大型の回遊魚を追って海岸付近まで来た海の魔獣が船を襲うことはあるようだ。とは言え、それも年に一、二度あるかどうかである。


 カルボン棟梁が。

「静かにしろ。音を立てるな……奴が消えるまで待つんだ」

 潮吹き竜鮫は音に敏感らしい。リカルドは小声で。

「待つしかないんですか?」

「おいおい、こんな小舟じゃ奴の一撃で轟沈だぞ」

 リカルドにも轟沈する様子が想像できた。体当りされただけで沈んでしまうだろう。

「魔術は効かないんだろうか」

「止めとけ。潮吹き竜鮫の皮は魔術に耐性がある。特に【火】の魔術には強いらしい」

 リカルドたちはジッと待つしかないようだ。


「はあっ、漁師たちも気の毒に」

 カルボン棟梁が溜息を吐いて言った。

「どういう意味です」

 リカルドには何が気の毒なのか分からなかった。漁師たちの漁場は、潮吹き竜鮫が居るポイントから離れていたからだ。

「潮吹き竜鮫が湾内に現れると不漁になると言われとるんだ」

 チェトル湾の入り口に潮吹き竜鮫が居座ると、湾外から回遊魚が入ってこなくなると同時に、湾内の魚も警戒を強めるので、不漁になるらしい。

「大変じゃないですか。そういう時はどうするんです?」

 カルボン棟梁は力なく首を振る。

「何もせんよ。潮吹き竜鮫が居なくなるのを待つしかない」


「魔術士協会に討伐依頼を出すとかは、しないんですか?」

「言っただろ。奴は魔術に対する耐性も高いんだ。それに体のほとんどは海の中だ。海面に出ている部分だけ攻撃しても致命傷にはならんのだ」

「結局、静かに待つしかないのか」

 リカルドは操舵室に備え付けてある椅子に座る。


 潮吹き竜鮫がまた潮を吹き上げた。この行為は獲物を捕らえ食事をしている時にするもので、どうやら食事中らしい。

 獲物はマグロに似た回遊魚のようだ。

「ありゃあ、モルバだな」

 カルボン棟梁がマグロに似た魚の正体を教えてくれた。人間の背丈ほどもあるモルバを、潮吹き竜鮫が追い掛け捕らえ貪り食う。

 モルバの一匹が潮吹き竜鮫から逃げ出した。しかも小型動力船の方へ逃げてくる。


「チッ、まずいぞ。潮吹き竜鮫がモルバを追ってくる」

 リカルドは出力レバーを上げ、舵輪を回す。小型動力船は旋回しながら速度を上げていく。

 何のつもりか、モルバが小型動力船を追ってきた。そして、潮吹き竜鮫も。

「追い付かれるぞ。速度を上げろ!」

 カルボン棟梁ががなり声を上げる。

 リカルドは出力レバーを最上段まで上げてから、操縦をカルボン棟梁に代わってもらう。リカルドは船尾の方へ向かった。その背中にカルボン棟梁が。

「どうするんだ?」

「迎え撃ちます」

「しかし、奴の魔術耐性は高いと言っただろ。魔術じゃ仕留められんぞ」

「……」

 リカルドは完全な魔術耐性など存在しないと思っている。要は魔術の威力と防御力の力比べだ。最大威力を持つ【陽焔弾】なら潮吹き竜鮫の防御力を押し切りダメージを与えられるかもしれない。


 リカルドは目一杯の魔力を込め【陽焔弾】を準備する。

 波に揉まれ上下する船の上から狙いを付けるのは思っていた以上に困難だった。

 潮吹き竜鮫が近くまで迫っている。地球のサメと同じように背びれだけを海上に出し泳いでくる。その時、リカルドの頭の一部がパニックを起こしていたようだ。恐怖が湧き起こり、何故か有名なサメのパニック映画でサメに襲われる時に流れる音楽が頭の中で繰り返された。

 リカルドが背びれを狙って魔術を発動する。

 超高温の光球が海に向かって放たれた時、船が波に乗り上げ激しく上下に揺れた。陽焔弾は狙いが外れ、潮吹き竜鮫の目前の海面に着水する。海水が超高温で大量の水蒸気となり、水蒸気爆発が起こった。


 小型動力船と潮吹き竜鮫が同時に吹き飛ばされた。

 リカルドたちは叫び声を上げ、船から投げ出されないように船縁にしがみ付く。

 揺れが収まった時、リカルドは全員が船に乗っているのを確認する。本格的に海戦を行うなら、船に身体を固定する安全ベルトが必要だと思った。

「良かった。船外機は無事だ」

 次に船外機が無事なのを確認したリカルドは、潮吹き竜鮫を探す。


 潮吹き竜鮫は少し離れた場所で、ピクリともせず漂流している。だが、目を回しているだけで死んではいないようだ。

「チャンスです。カルボン棟梁、奴に近付いて!」

「お、おう!」

 カルボン棟梁もチャンスだと思ったようで、小型動力船を旋回させ、潮吹き竜鮫に近付く。リカルドは至近距離で【真雷渦鋼弾】を叩き込む。

 真雷渦鋼弾は潮吹き竜鮫の頭に命中し火花を散らした。渦を巻いた鋼弾がサメの皮膚をズタズタにするが、そこまでだった。

「一発じゃ駄目なのか」

 リカルドは同じ箇所にもう一度【真雷渦鋼弾】を叩き込んだ。今度は脳をズタズタに引き裂き、巨大なサメの息の根を止めた。


「凄えな。潮吹き竜鮫を一人で仕留めちまいやがった」

「凄い!」

「信じられん!」

 カルボン棟梁と若い船大工たちが声を上げる。

 興奮が収まった後、潮吹き竜鮫の死骸をどうするかという話になった。大き過ぎて収納碧晶に入らないのだ。

「尻尾にロープを結んで引っ張って帰るしかねえな」

 カルボン棟梁が提案し、若い船大工たちが動き始めた。リカルドはちょっと休憩である。


 リカルドたちが潮吹き竜鮫を引いて、漁師たちが住む区画まで戻ると漁師たちが驚いて出迎えた。

「おいおい、嘘だろ。潮吹き竜鮫じゃねえか」

「ありゃあ、カルボン棟梁だ」

「あの船は、ステファンたちが使っていた漁船と同じ奴なのか」

 騒ぎを聞き付けたステファンが浜に出てきた。

「ん、リカルド君じゃねえか。魔術で仕留めたのか?」


 リカルドが状況を話すと、漁師達が騒ぎ始める。最近、不漁続きで原因が分からなかったらしい。

「こいつの所為だったのか。何にしても助かったよ」

 ステファンがリカルドに礼を言う。そうすると周りの漁師たちも口々礼を言い始めた。

「今回は、運が良かっただけなんです」

 リカルドは謙遜した。

「いやいや、凄えよ」

 漁師たちはこのまま宴会を開きそうなテンションである。


 リカルドは漁師たちを宥め、カルボン棟梁に。

「こいつの皮を鞣して、船の屋根にしたら装甲になりますかね?」

 潮吹き竜鮫の皮は、竜という名が付いているように細かい鱗が付いていた。カルボン棟梁は漁師たちに手伝ってもらい巨大なサメを浜に引き上げ、その皮を確かめた。

「そうだな。試してみる価値はありそうだ」

 その後、漁師たちに手伝ってもらい潮吹き竜鮫を解体した。皮を切り裂くには特別な道具が必要で、革細工工房から借りてこなければならなかった。


 大量の皮と肉が手に入った。皮の使い道は決まったが、肉はどうするか、リカルドは迷った。漁師に訊くとサメの肉は、燻製にして食べるのが一般的らしい。

 リカルドは手伝ってくれた漁師たちに燻製用として肉の一部を配った。それでも大量に余る。取り敢えず、残りは冷凍収納碧晶で冷凍保存する。

 後日、潮吹き竜鮫の肉はかまぼこに加工され、ユニウス料理館で売られた。


 リカルドは造船所に戻り、カルボン棟梁にサムエレ将軍と話した小型装甲高速船について説明した。

「王太子殿下が海賊退治を考えていなさるのか。そういうことなら、儂らも協力せねばなるまい」

 リカルドとカルボン棟梁は相談し、小型動力船にアーチ状の屋根を取り付け、そこに潮吹き竜鮫の革を貼り付けて装甲とすることにした。

 その装甲には、片側に五箇所ずつ銃眼を設ける。その銃眼は直径二五センチ、長さ三〇センチの鋼鉄製パイプを取り付けただけのもので、そこから魔砲杖を撃つ仕様になっている。

「この船を使って、海賊共にキルモネでやったことを、後悔させてやる」

 リカルドはキルモネで見た光景を思い出しながら、心の中で誓った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 リカルドたちがキルモネに行っていた頃、アウレリオ王子の部隊を実質率いるサルヴァートは、苦虫を噛み潰したような顔で王家から派遣された軍人を見ていた。

 アウレリオ王子の代わりに指揮官として指名されたのは、サルヴァートではなくウドルフォ将軍配下の軍人だった。名前をウンベルト・アニェージという四〇代前半の男である。

 ウンベルトが指揮官に指名されたのは、海賊と戦った経験があるからだ。但し、一〇年以上も前の経験である。一〇年以上前には、海賊取締り部隊という一種の海軍があり、ウンベルトはそこに所属していた。

 だが、十二年前に大規模な海賊との海戦があり、王国の軍船は沈んだ。海賊の船も海戦で沈んだので、相打ちだったのだが、海賊取締り部隊は再建されず消滅した。

 ウンベルトは数少ない生き残りなのだ。


 だが、サルヴァートにはウンベルトが有能だとは思えなかった。

 まず、ウンベルトが選んだ船だ。船速は速いという点は合格でも華奢きゃしゃな作りの貨客船だった。船室が豪華だったのが気に入ったらしい。

 その貨客船は王都で最大の海運商会であるゾッティ商会の持ち船ゾッティ号である。それを王命により徴発し、部隊の軍船としたのだ。


 サルヴァートはゾッティ号を見た時、今回の任務には向かない船だと判断した。戦闘を目的とする任務ではないので、華奢な作りだという点に関して目を瞑ったとしても、ゾッティ号は派手な船だったのだ。船体も白と赤で塗り分けられ遠くからも見える。

 その点をウンベルトに尋ねる。

「白い帆を持つ帆船なんだぞ。船体の色が少しくらい派手でも大した違いはない。そんなことも分からんのか」

 逆に、サルヴァートが叱られてしまった。だったら、帆の色を変えればいいと反論したが、そんな時間はないと言われた。


 ゾッティ号の件は諦め、サルヴァートは今後の予定を確かめる。

「ウンベルト隊長、海賊のアジトを探さねばなりません。どこから調べますか?」

「ベルセブ諸島に決まっとる」

 ビゴディ海賊団がベルセブ諸島の中の島をアジトにしているという噂は古くからあったようだ。ベルセブ諸島は王領の南にある島々で、小さな島まで含めると百を超える島がある。

 その一つ一つを調べるとなると大変な作業だ。


 必要な荷物をゾッティ号に積み込むとサルヴァートたちも乗り込み出港した。

 操船は元々の船員が行っている。風を受けたゾッティ号はチェトル湾から外海に出て、南東の方角に進む。

 左手に港町ジブカが見えてくる頃、右手の方角にベルセブ諸島の島の一つが見え始め、船はそちらに向かう。

「まずは、ミャゼル島から調査する」

 ウンベルトがベルセブ諸島の一番西に在る島を指定した。


 ミャゼル島はハズレだった。無人島で、人の気配が全く無い。

 次々に島を確認しながら東へと向かう。ベルセブ諸島の一割を調べ終わった時、港町ジブカからベルセブ諸島へ向かう小舟を発見した。

 臨検しようということになり、ゾッティ号が小舟を追う。その小舟もゾッティ号を確認したらしく、逃げようとした。

「怪しい奴らだ。逃がすんじゃないぞ!」

 ゾッティ号が小舟を追い詰めた。ウンベルトは弓を使える者に、小舟に乗る三人の男を狙わせる。

「抵抗すれば、弓を射るぞ。おとなしく上がってこい」

 複数の弓に狙われた男たちは観念したようで、ゾッティ号の舷側に垂らされた縄梯子を登り甲板に上がる。

 むさ苦しい男たちだった。ボサボサの髪に日焼けした顔、眼だけはギラギラしサルヴァートたちを睨んでいる。

 ウンベルトによる尋問が始まり、三人の正体が判った。男たちは海賊一味の下っ端らしい。食料を買いに港町ジブカへ行き、帰る途中で捕まったようだ。


 ウンベルトは男たちを拷問し海賊のアジトを聞き出した。


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