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scene:89 ロマナス王国の医療

 翌日、リカルドが魔術士協会へ行くと、究錬局がざわついていた。何だろうと思い、タニアを探し理由を尋ねる。

「イサルコ理事が、キルモネの町へ支援に行く人を募集しているのよ」

「海賊は撤退したと聞いたけど、何のために行くんです?」

「生き残った住民に怪我人が多いらしいの。治療の手伝いをして欲しいのよ」

 この国の医療は、薬学中心の医学と【命】の魔術を学んだ魔術医が担っている。だが、その数は少なく、代わりとなる魔術士協会の魔術士をキルモネの町へ派遣したいということなのだろう。


 イサルコが究錬局の研究員を集め、【命】の魔術を習得している者に呼び掛けた。イサルコと一緒にキルモネの町へ行き、怪我人の治療を手伝って欲しいと訴える。

 イサルコの呼び掛けに応える研究員は少ないようだ。そのイサルコがリカルドとタニアを認め歩み寄る。

「リカルドとタニアは、【命】の魔術を習得していたな?」

「「はい」」

「頼む。キルモネの町へ治療支援に行ってくれないか」

「そんなに怪我人が多いのですか?」

「ああ、魔術医が不足しているようだ」

 イサルコが暗い顔で答えた。キルモネの町が酷い状態なのだ。

 討伐局や雑務局には、海岸付近の町の警護に参加せよという国王の命令が出されている。残っているのは究錬局の人間だけらしい。


「分かりました。自分の魔術が役に立つなら行きます」

「私も行きます」

 リカルドとタニアはキルモネの町へ行くことになった。その準備のために帰宅し着替えなどを用意する。家族にキルモネの町へ行くことを伝えると心配されたが、海賊はもう居ないから心配ないと宥めた。

 飼育場に居る子供たちの世話は、近くに住む主婦に頼むことにした。教育に関してはお休みになるが、仕方ないだろう。

 集合場所へ行く途中、小麦粉やジャガイモ・人参・玉ねぎなどの野菜と毛長角牛の肉を大量に購入し収納碧晶へ入れる。キルモネの町で食料が不足している場合を考えてのことだ。

 魔術士協会の北門前に集合し、イサルコに先導され王都を出発する。

 メンバーはイサルコ・リカルド・タニア・ライモンド・マウリの五人である。マウリはタニアと仲がいい若い女子研究員で、【命】の魔術について研究しているらしい。

 リカルドたちはイサルコが用意した馬車でキルモネへ向かう。


 キルモネへ行くには、王都の東にあるルリセスを経由するか、港町ジブカを経由するかである。距離的にはルリセス経由が近いので、今回はそちらを選んだようだ。

 リカルドは討伐局と雑務局に出された命令が王命だと聞いて、王家と魔術士協会の関係はどうなっているのかと疑問に思い、イサルコに尋ねた。

「魔術士協会と王家とは、ある契約を結んでいる」

「契約?」

「そうだ。国内で自由に活動するのを承認する代わりに、王家や国の危機に際して協力するという契約だ」

「今回は国の危機と判断したのですね」

「ああ、町に住む二割の人々が殺されたと聞いている。非常事態だ」

 殺された人々は、町から逃げ出すという選択を取らず、家の中などに隠れるという選択肢を選んだ人々だった。


 しばらく馬車で揺すられ尻を攻撃され続けた。いい加減尻が痛くなった頃、ルリセスに到着した。

「ここで一泊し、翌朝早くにキルモネへ向かう」

 イサルコが皆に告げた。リカルド達は宿を取り早目に休むことにする。

 翌朝、キルモネへ向けて出発。

「クッションか何か持ってくれば良かった」

 イサルコがリカルドに視線を向け笑う。

「馬車に乗り慣れていないようだな」

「こんなにガタガタ揺れるなら、船でキルモネへ行けば良かったです」

「船だと遠回りになるだろ。到着が遅くなる」

「飼育場の小型船なら、馬車より早く着きますよ。でも、海賊と遭遇する危険もありますね」

「いや、海賊の心配はしなくていいのではないか。奴らは小型船は襲わん」

 そう聞くと余計に船を使った方が良かったとリカルドは思い始めた。


 キルモネに到着し、リカルドたちが見たのは魔術により焼かれた町の残骸だった。

 腹の底から絞り出すような声で、イサルコが。

「海賊め……」

 火は消えていたが、周囲には焦げた臭いが漂っている。

「イサルコ理事、手当てが必要な怪我人が先です」

 リカルドたちは怪我人が集められている大地母神ヴァルルの神殿に向かった。神殿は石造りなので焼け残っていたのだ。

 神殿の中には手当てを待っている数十人の人々が居た。大勢の人々が苦痛を訴え、うめき声を上げている。


 イサルコは神殿の神官を捕まえ、自分たちが魔術士協会の者で【命】の魔術が使えることを伝えた。

「助かります。【命】の魔術を使える者は殺され、薬も底をつき困っていたのです」

 神殿の治療院で働いていた神官たちは、海賊に殺されたらしい。

 魔術士たちは散らばって負傷者の手当てを始めた。リカルドは神殿の東側の角に陣取って治療を始める。

 最初の患者は背中に刀傷を負っていた。神官達が薬を塗り包帯を巻いていたが、傷口は開いたままで血が滲んでいる。

 包帯を解き傷口を確かめる。あまり状態が良くない。医学知識のない者が手当てしたのだと判る。

 その傷口を見ても、リカルドは気分が悪くなることはなかった。魔獣の解体などを経験し、血などに慣れているからだ。

 リカルドの持つ医学知識は僅かなものだが、この傷は縫わないと駄目だと判った。念のため、針と糸を持ってきていた。但し、針は普通の針を半円状に曲げただけのものである。万一のために作ったものだが、今まで出番がなく収納紫晶の中に仕舞っていたものだ。

 リカルドは患者を【麻痺】の魔術で痛覚を遮断してから、カップに汲んだ水を掛け血管を傷つけないように綺麗な布で拭きながら傷口付近を洗う。

 普通なら痛がるはずの患者が【麻痺】の魔術が効いているので静かである。その様子を見ていた神官が。

「この人は何故痛がらないのです?」

「【麻痺】の魔術を掛けたからです」

「そうなのですか。初めて見ました」

 傷の洗浄が終わり、リカルドは針と糸を使って傷口を縫い合わせ始める。一針目は躊躇いがあり指が震えた。意を決して傷口の近くに針を刺し傷口を縫い合わせる。

 慣れていないので不器用な縫い跡になったが、傷口は閉じた。

 ジッと見ていた神官が目を見開いて驚いている。

 その後、【治癒】の魔術を掛けると縫い合わされた傷口が細胞レベルで再生し治り始める。

「治療完了です」


 一方、タニアは同じような刀傷の患者に、傷口を洗浄するといきなり【治癒】の魔術を掛けていた。傷がパックリ開いた状態で【治癒】の魔術を掛ける。傷口は塞がろうとするが、傷口を引っ張られるような感覚と少しの痛みを伴うらしく、患者は声を上げ身体を動かそうとする。

 そうすると傷口が広がり血が流れ出す。

「暴れちゃ駄目です」

 タニアが必死で患者を押さえつける。神官たちも手伝った。結局、二度、三度と【治癒】の魔術を掛けなければならなくなった。


 気が付くとリカルドの周囲に神官や患者が集まり見守っていた。

 傷口を縫合するという医療技術が珍しかったようだ。この世界には【治癒】の魔術が存在するので、怪我人に対する医療技術があまり発達していなかった。


 その様子を見ていたイサルコは、縫合が必要な重傷の患者をリカルドへ回し、火傷や打撲の患者を他の者が治療するように指示を出す。

 リカルドの下に運ばれた次の患者は、小さな男の子だった。左肩を切られている。リカルドは唇を噛み締め、怒りを堪える。

「こんな子供にも刃物を向けたのですか……許せん」

 思わず、リカルドの口から怒りの言葉が漏れた。

「痛いよぉ……」

 子供が涙を流しながら痛みを訴える。

「大丈夫、治してあげるからね」

 リカルドは治療を続けながら、腹の底に怒りが溜まり始めているのを感じた。


 治療を始めて二時間ほどが経過する。そろそろ魔力が尽きた者が出て治療可能な魔術士が減っていく。タニアも魔力が底をつき、リカルドの手伝いを始めた。

「タニアは傷口を洗ってください」

「分かった」

 治療可能な者がリカルドとイサルコだけになり一時間が経過した頃、ようやく全員の治療が終わった。

 但し、全員を助けられたわけではなかった。治療が終わる前に亡くなった者もおり、治療に使っていた神殿の部屋は重苦しい雰囲気になっている。

 だが、助かった人々は魔術士たちに感謝の言葉を口にする。その言葉だけが、落ち込みそうになる魔術士の心の支えとなった。


 治療が終わりホッとしたタニアが。

「あんな治療法、どこで習ったの?」

 リカルドが怪我の治療方法を知っていたのは、自分自身が怪我をして治療を受けた経験があったからだ。一週間程度の入院だったが、暇だったので傷の手当てについて学習したのだ。

「ファビウス領に居た時に知り合った魔術医に、少しだけ習ったんです」

「羨ましい。リカルドは師匠に恵まれているのね」

 リカルドは微妙な顔をする。本当に弟子となった相手は、ファビウス領の魔術士アレッサンドロだけだったからだ。


 神殿の外は暗くなっていた。魔術士達は神殿に泊まることになり、リカルドも小部屋を一つあてがわれ中で休む。夕食は保存食が配られた。

 あまり美味しそうではなかったが、少ない食料の中から提供された食べ物だと思うと残すわけにはいかなかった。

 慣れない治療をしたせいで疲れていたリカルドは、寝台に横になった途端寝てしまった。

 次の日も治療活動を続けた。昨日ほど重傷ではない者たちが治療を求め新たに来たのだ。治療が一段落した後、リカルドとタニアは町を見て回った。

「あそこは何をしているの?」

 兵士たちが穴を掘っているのを目にしたタニアが、リカルドに尋ねた。リカルドは視線を向けると顔を強張らせる。何であるか分かったからだ。

「たぶん、墓を掘っているんですよ」

「墓? ……そうね。でも、あんなに……」

 リカルドたちが考えていた以上に死者が多かった。


 タニアが墓穴に視線を向けたままポツリと問う。

「海賊たちは、何故こんなに殺したの?」

「自分には分かりません……いや、理解したくもない!」

 珍しく怒りが籠もったリカルドの言葉に、タニアが驚いたような表情を見せた。

「いつも冷静なリカルドが、珍しく怒っているのね」

「理不尽に殺された人たちを見ると、昔を思い出して」

 タニアは、リカルドの父親が小鬼族に殺された話を思い出した。だが、リカルドが思い出していたのは、轢き逃げされた妻と娘のことである。


 悲しみと怒りでざらついた心を抱きながら、二人は町の様子を見て回り神殿に戻った。

 リカルドは持ってきた食料を神殿の人たちに渡し、炊き出しに使ってくれと頼んでおり、神殿では炊き出しが行われていた。

 疲れた顔の人々が、神官から料理を貰っている。神官たちが作ったのは、毛長角牛の肉で出汁を取ったすいとんのようなものだった。

 リカルドたちもすいとんモドキを貰って腹を満たす。

 翌日は一日目に治療した人達の抜糸を行うと同時に、軽い火傷を負った人々の治療を行った。全ての怪我人の治療を終えた魔術士の一行は、キルモネを出て王都への帰途につく。


 王都に戻ったリカルドは、サムエレ将軍に提案した小型装甲高速船の建造を本気で考え始めた。キルモネで見た光景が頭から離れず、海賊に対して何かしなければと思ったのだ。

 ガロファロ工房から届いた試作のストーブ型燃焼室に魔術回路を組み込み魔力炉を完成させた。燃焼室に薪を入れ火を点ける。薪が燃え始め燃焼室の温度が上がる。その熱エネルギーを白い煌竜石に刻まれた魔術回路が魔力に変換し魔力炉に繋がっている導線へ流し始めた。

 導線の先は魔術駆動フライホイールと繋がっており、そのフライホイールが回転を始める。

「よし、取り敢えず成功だ」


 リカルドは満面の笑みを浮かべ、満足そうに頷く。

「これで船外機と繋いで本格的な動力船が開発できる。残るは武器と装甲か」

 武器については、【雷渦鋼弾】の魔砲杖を予定している。複合属性色ロッドの問題は、黒の煌竜石を砕いて粉にしたものを水で溶いて魔力コーティングしたくない部分に塗ると魔力コーティングされないという研究結果を魔術士協会の図書館で見付け解決していた。

 黒の煌竜石は【空】の属性色か無色の魔力しか受け付けず、それ以外の属性色に染まった魔力は弾く性質が有るようなのだ。その性質を利用し複合属性色ロッドを作り上げ、廉価版の魔砲杖を完成させた。

 何度か試射を行い不具合のないことを確かめた後、同型のものを一〇丁製作しサムエレ将軍経由でガイウス王太子へ送った。


 造船所から小型船が完成したと連絡を受け、リカルドは船外機と魔力炉を造船所に持ち込んだ。

 船大工のカルボン棟梁は、持ち込まれた船外機と魔力炉を見て目を丸くする。

「何なんだ、これは?」

 リカルドは船外機と魔力炉について説明した。

「ほう、そんな物ができたのか」

 カルボン棟梁が率先して、船外機と魔力炉の設置を手伝い始める。手伝いながら、船外機と魔力炉の機能を学び取ろうとしているのだ。

「試運転が必要だな。儂も乗せてくれ」

「いいですよ」

 二隻の小型船が、小型動力船に生まれ変わった。

 小型動力船は狭い操舵室と機関室を持ち、機関室には魔力炉と燃料の薪を置いておく棚が備え付けられていた。機関室をわざわざ作ったのは、波を被って薪が濡れてしまわないようにだ。また、魔力炉も波を被ると温度が下がり出力が低下するので、機関室は必要だった。


 試運転をするため、小型動力船を海に押し出し、リカルドとカルボン棟梁、若い船大工三人が乗り込む。

 若い船大工の一人が薪を魔力炉に放り込み火を点けた。魔力炉が加熱し魔力が船外機の方に流れ出し始める。

 操舵室にはリカルドとカルボン棟梁が入り、船外機のスイッチを入れた。船外機のスクリュープロペラが回転を始める。

 以前の小型船に取り付けた船外機は、船尾に座って操縦するようになっていた。だが、今回の船外機はフライホイールを三連魔術駆動フライホイールに換えることでパワーアップすると同時に操舵室で操縦可能なように改造してある。


 青い海を小型動力船が波を掻き分け進む。速度は時速一〇キロメートルほどだろう。この国で造られる帆船の平均速度が時速五キロほどだと聞いているので倍の速度が出ていることになる。

 但し、帆船は風の向きや強さによって時速二〇キロ以上を出せる時もある。

「これが、この船の最高速度なのか?」

 カルボン棟梁が尋ねた。

「いえ、速度の調整は三つの出力レバーを動かして行います」

 この出力レバーは船外機の三連魔術駆動フライホイールに繋がっており、出力レバーを上げることで出力が上昇するようになっている。

 リカルドが三つの出力レバーを同時に上げる。少しタイミングを置いて速度が上がり、時速は四〇キロほどとなった。

「帆もないのに、何て速さだ!」

 カルボン棟梁が驚きの声を上げた。

 この速度なら海賊船に対抗できるだろう。


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