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scene:88 海賊対策

 リカルドは海賊と聞いて。

「海賊、そんな奴らが居るんですか?」

「聞いたことにゃーのか。ビゴディ海賊団だがね」

 ビゴディ海賊団はロマナス王国の沿岸を荒らし回る海賊の中で最大規模の海賊団らしい。首領のビゴディの下には三〇〇人ほどの海賊が居て、沿岸の町や船を襲っていると言う。

「キルモネはそこそこ大きな港町だったはず。兵士が守っていたんじゃないんですか?」

「あそこを守っている兵士なんて、五〇人ほどだがや。ビゴディ海賊団に敵うはずがないがね」


 リカルドは五〇人と聞いて、それでは敵わなかっただろうなと暗い表情になる。

「町の被害はどれほどなんです?」

「いや、キルモネから第一報が届いただけなんで、詳しい状況とかは分からんがね」

「そうですか。しかし、パトリックは情報通ですね」

「何言ってるんだがね。研究室に閉じ籠もってばかりじゃ、耳に入らないのは当たり前だがや」

 リカルドは苦笑する。パトリックが地獄耳なのではなく、リカルドが情報に疎かっただけのようだ。


 バイゼル城へ次々に状況報告と救援要請がキルモネから届き始める。その状況報告の中身が街中まで漏れてくるのは、城内部で働く使用人が漏らしているからだ。

 海賊の被害は何年か置きにあることらしく、口止めされていないのだ。また、キルモネから逃げてきた商人や住民が王都に到着し襲撃の様子を話すと国王がどういう対応を取るのか注目されるようになった。


 リカルドは魔術士協会からの帰りにベルナルドの店に寄る。店の主人でありベルナルドの娘婿であるロタリオとベルナルドが話をしていた。

「いらっしゃい」

「お忙しそうですね」

「いやいや、例の海賊団について話をしていたところです」

 王都の何処に行ってもビゴディ海賊団の話で持ちきりだった。


「海賊の影響がこちらにもあるんですか?」

 ベルナルドが難しい顔をしたが、否定する。

「いえ、まだ影響はないです。ですが、これから先も海賊の被害が増え続ければ、他領からの仕入れが難しくなるかもしれません」

 ベルミラン商会では他領で触媒を買い付け、船便で送って貰っている。海賊が横行すると、その船便が止まる可能性が有るようだ。



 その前日、キルモネの町ではビゴディ海賊団が暴れ回っていた。

「倉庫にあるものを根こそぎ奪え!」

「男は殺せ! 若い女は船に連れてこい!」

 海賊の誰かが放火したのか、町の一画が燃えていた。家に隠れていた住民が探し出され、ほとんどの者が泣き叫びながら殺される。

 路上にはおびただしい数の死体が積み重なっていた。大人の男性が多かったが、中には小さな子供の死体もある。


 その様子を薄笑いを浮かべながら見ている男が居た。身長一九〇センチ、広い肩幅と分厚い胸、腰には幅の広い刀を提げている。

「おめえら、時間がねえんだぞ。国王の奴はアルド砦から兵士を派遣するに違いねえんだ」

 アルド砦はキルモネの北東にあるボニペルティ領との境にある関所を兼ねた防衛施設である。その砦は二〇〇〇人の兵士が常駐しており、何かあれば駆け付けることになっている。

 ビゴディは国王がアルド砦から五〇〇の兵士を引き抜き、キルモネへ向かわせるだろうと睨んでいた。よって、兵士が駆け付ける前に、キルモネから退散するつもりなのだ。


 間もなく海賊たちは船に引き上げた。ビゴディ海賊団は三隻の帆船を保有しており、旗艦オバルエに引き上げたビゴディは、離れていくキルモネの町を睨み付ける。

「最後の仕上げをやるか」

 ビゴディは高価そうな魔成ロッドを収納碧晶から取り出し、その先を町に向けた。魔力を放出したビゴディは触媒を撒き呪文を唱え始めた。


ファナ(火よ)ボレゼラーヤ(爆炎となって)フェルベスカ(降り注げ)


 ビゴディの眼の前に巨大な炎の玉が生まれ山なりの曲線を描きながら町の方へ飛ぶ。町の上空で炎の玉が数十個の小さな炎の玉に分かれ、それが雨のように町に降り注ぐ。炎は町に着弾すると爆発音を響かせ破裂し炎を撒き散らす。上級魔術【爆炎散撃】だった。広域制圧魔術と呼ばれるもので、魔獣退治より戦争に使われることの多い魔術である。

 キルモネの町全体が燃え上がった。

「ギャハハハハ……」

 その様子を見つめるビゴディは楽しそうに笑う。その声は悪魔の笑い声のように海に響き渡った。


 その翌日、アルド砦から派遣された兵士五〇〇が、灰燼となったキルモネの町に到着する。

「これを海賊がやったのか」

 指揮官であるポンティが、呻くような声を上げた。

 海賊は奪うものを奪えば、とっとと逃げるものだ。町をここまで破壊する意味がない。破壊しなければ、船もキルモネの港に来るようになり、海賊が獲物を襲うチャンスが生まれたはずだ。

「生存者を探し保護しろ」

 ポンティが兵士たちに命じた。


 この町の様子は王都へ報告された。

 報告の内容を聞いた王家財務官が、血の気を失い何かうわ言を口にし倒れた。町一つが灰燼に帰したのだ。この先何年も、その町から税が取れなくなったと判り、相当なショックを受け貧血を起こしたらしい。

 国王はゴルドーニ内務大臣とウドルフォ将軍を呼び、対策を話し合う。

「直ちに海賊共を退治すべきです」

「しかし、海賊共は海の上。どうやって退治する」

 国王の疑問はもっともなことだった。ロマナス王国には海軍が存在せず、海賊を追う手段がなかったのだ。

 ゴルドーニ内務大臣が眉間にシワを寄せ。

「王太子殿下が、海軍を作るべきと提案されたおり、財政状況が思わしくなく御前会議で否決されたのが悔やまれます」

「ふん、過去を悔やんでばかりでどうする。対策を考えんか」

 国王の叱責で、ゴルドーニ内務大臣が身体を縮め頭を下げる。

「将軍、どうすればいいと思う?」

「海岸付近の町に砦から兵を送り、警護させるべきかと思います」

「うむ、それしかないか。だが、海賊共の中には魔術の遣い手が居ると聞く。それはどうする?」

「宮廷魔術士や魔術士協会の者を派遣するしかないでしょう」

 兵士による警護と魔術士の派遣を国王が承認した。


「それだけでは、町は守れても船は守れんだろう。別な手が必要だ」

 国王の言葉に、ウドルフォ将軍は目を瞑り考える。

「アウレリオ王子の部隊に、海賊のアジトを探させてはどうでしょう。彼らなら海賊に対抗できる武器を持っています」

 ゴルドーニ内務大臣が異議を挟む。

「しかし、彼らは五〇人ほどしかいない。アウレリオ王子が危険です」

「いや、アウレリオ王子は城に留まってもらいます。殿下の部下たちだけを借りるのです」

「ですが、指揮官の居ない部隊は弱いのでは?」

「代わりの指揮官を指名すればいい」

 取り敢えず内務大臣が納得すると、国王が質問する。

「アジトを見付けたらどうする。アウレリオの部下だけでは手に負えんのではないか?」

「その時は兵を集め攻めます」

 国王が頷いた。



 海賊対策会議に呼ばれなかったサムエレ将軍は、港近くの大通りに有る海運業のランギ商会へ立ち寄っていた。

「お宅の船は海賊に遭遇し逃げ切ったと聞いたんだが、本当か?」

「ええ、本当でございます。うちの船は業界でも速い船ですから」

 日焼けした海運商会の店主が自慢する。

 サムエレ将軍は船が借りられないか店主に頼んだ。海賊の件を聞いたガイウス王太子が、将軍に船の手配を頼んだのだ。


 店主は目的が海賊退治だと聞くと断った。

「無理です。たとえ私が承知しても船乗りたちが拒否します。私共の船より、漁師が使っている船の方が速いようです。そちらをお借りになったらどうです」

 将軍は首を捻った。漁師の船は手漕ぎの船がほとんどで、海賊船に対抗できるような船ではなかったからだ。

 詳しく話を聞いた。最近、手漕ぎでも帆船でもない小舟を漁師が使っているのを見たそうで、店主も手に入れたいと思っているらしい。

 但し小型船なので、店主も本気で言っているわけではないようだ。

「私が求めているのは、小舟ではない」

 サムエレ将軍は他の海運商会にも話を持っていったが、承諾する者は居なかった。


 王太子の命令を果たせず肩を落とした将軍は、帰りに飼育場へ寄った。将軍が久しぶりに見る飼育場は、大きく発展していた。

 従業員のダリオに案内され、従業員宿舎の前にある空き地に行くと、リカルドがボーッとした目で子供たちが遊んでいるのを見ている。

 海運商会の主人たちから変わった小舟を見たと聞いた時、リカルドが関係しているのではないかと思い寄ったのだ。だが、リカルドの顔を見て、先程聞いた漁師の船は、リカルドとは関係ないのでは、と思えてきた。それほどリカルドの顔が間の抜けた顔だったのだ。


「あっ、将軍」

「何をやっているんだ?」

「この子たちの世話ですよ」

 リカルドは子供たちの世話をダリオに任せ、将軍を雑用小屋に案内し相手を始めた。

「魔術士協会は暇なのか?」

「暇ではないんですが、人手が足りなくて仕方なく。ところで将軍は何故?」

 サムエレ将軍は船のことを相談した。

「船ですか。この飼育場が所有する船は小型船だけですよ」

「それは知っている。誰か貸してくれそうな者を知らないかと思って寄ったのだ」

「どんな船が必要なのです?」

「兵士を五〇人ほど乗せ、海賊船と同等以上の速度を出せる船が必要なのだ」

 五〇人という数は、一隻の海賊船と戦うのに必要な最低限の兵力である。但し海の専門家である海賊とまともに戦えば、負ける確率が高いので時間稼ぎを行い、護衛する船を逃がすという戦術を基本とするらしい。


「五〇人ですか。知り合いは漁師だけなので、小型船の持ち主だけです。たぶん七、八人しか乗せられません」

「そうか。残念だ」

「三ヶ月後なら、魚の運搬船が完成するのですが、遅いですよね」

 将軍が口をへの字に曲げ頷く。

「そういえば、王太子殿下から造船許可証を貰っていたんだったな。どんな船を建造しているんだ?」

 将軍が興味を示した。

「十二人乗りの小型漁船が二隻、先程言った魚の運搬船が一隻です。運搬船の方なら、五〇人ほど乗れたんですが、完成は三ヶ月後になります」

 リカルドは漁師ステファンに紹介され、船大工の棟梁カルボンに仕事を依頼した。カルボンとステファンに相談しながら船の仕様を決めた時、小型漁船なのに十二人乗りというのは多過ぎないかと疑問が浮かんだ。

 だが、網の巻き上げや魚の引き揚げも全部が人力なので、その分労働力は必要なのだそうだ。


「小型漁船の方は、どれくらいで完成するのだ?」

「一〇日後ですが、小型船ですよ。五〇人なんて乗れません」

 将軍が分かっているというように頷き。

「その小型船で、海賊船を仕留めることは可能だろうか?」


 そう訊かれたリカルドは、地球における戦争の歴史を思い出した。小型船で大型船を仕留めると言えば、魚雷艇である。

 魚雷を魔術道具として作り出せないかと考えてみた。不可能ではないが、長期の開発期間が必要だろう。

 海賊船を仕留める方法で、一番簡単なのは腕利きの魔術士を乗せた船を海賊船に近付け、威力のある魔術で破壊させることだろう。だが、そんなことは海賊だって分かっている。近付いてくる船があれば、弓矢や魔術で攻撃し沈没させるに違いない。

 聞くところによると、海賊の魔術士は射程の長い魔術を得意とする者が多いらしい。

 リカルドが知っている魔術の中で、射程が長いのは【鋼矢散弾】【爆炎散撃】【雷渦鋼弾】【真雷渦鋼弾】【陽焔弾】である。

 射程が長いと言っても【陽焔弾】以外の魔術は、二〇〇メートルほどが限度で、【陽焔弾】だけは五〇〇メートルほどある。しかも遠くの的を狙うと命中率が極端に下がるようだ。


「そうですね……防備を固めた高速小型船で近付き、魔術士の魔術か魔砲杖で攻撃するしかないと思いますけど」

「しかし、小型船の防備を固めると言っても限度がある。海賊共と魔術の撃ち合いをすれば、小型船の方が先に沈没する可能性が高い」

「防御力の高い装甲があれば、敵の魔術を防げるかも」

「鋼鉄か何かで船を覆うという案なら、以前に試されたことがある」

「成功だったんですか?」

「いや、海が荒れた日に転覆し沈んだ」

 重い鋼鉄で覆ったのでトップヘビーとなり、横波を受けて転覆したのだろう。当然の結果だ。


「その案を実現するには、軽い装甲が必要だな」

 リカルドは自分の胸当てに使っている鋼鉄サソリの外殻が頭に浮かんだ。だが、船を装甲するには鋼鉄サソリ何匹分が必要か考えると現実的ではなかった。

 そのアイデアをサムエレ将軍に話すと。

「そのアイデアを活かすには、装甲ワーム以上の魔獣を仕留めねばならんのだが……」

 装甲ワームは炎滅タートルほどではないが、高い防御力を誇る魔獣である。弓矢や槍などが効かないのはもちろん、魔術に対しても高い耐性を持つ装甲を纏っている。

 そんな魔獣を倒す方法は、何人もの魔術士が強力な魔術で袋叩きすることだ。そうすると手に入れようとしている素材がボロボロになる。


「難しい狩りになると思いますが、可能です」

「装甲がボロボロになったら、意味がないのだぞ」

 将軍は少し疑っているようだ。これまでに何度も行われた防御力が高い魔獣との戦いを知っており、人間側が勝利したとしても、魔獣はボロボロになっていたからだ。

「その点も大丈夫です。魔獣の素材を用意しましょうか?」

 リカルドには自信があった。装甲ワームは素早い動きをする魔獣ではないので、地の利と強力な魔術を利用すれば仕留められると判断したのだ。


「いや待て、王太子殿下に相談せねばならん。勝手に五〇人乗り以上の高速船を、小型装甲高速船に変更するわけにはいかんだろう。何か他に考えがあり、五〇人乗り以上の高速船を求められているのかもしれん」

「それもそうです」

 サムエレ将軍が帰り、リカルドは一人になると小型装甲高速船について、本当に必要になるのか考える。

 この時リカルドは、海賊の問題について本気で考えてはいなかった。王都の偉い人たちが対処すると思っていたからだ。


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