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scene:85 スラム街

第6回ネット小説大賞において受賞し、宝島社様より書籍化される事になりました。

活動報告のコメントにて多くのお祝いの言葉を頂き、感謝しています。

ありがとうございます。

 リカルドたちは王都に帰ってきた。

 魔術士協会に戻ったタニアは自分の研究室に入ると、賢者マヌエルの魔術大系を広げた。この魔術大系は図書館にあったものをタニアが書き写した写本である。

「ない。やっぱり載っていない」

 リカルドから教えられた【真雷渦鋼弾】の呪文には聞き覚えのない系統詞が使われている。リカルドに確認したら未発表である複合魔術の系統詞だと言っていた。

 これにはタニアも驚いた。それ以上に驚いたのが、新しい系統詞が魔術大系にも載っていない魔術単語であるということだ。


 賢者マヌエルも魔術大系の中で魔術単語の全てを記載しているわけではないと書いているが、今まで新しい魔術単語を発見した者はいなかった。

 タニアはリカルドの研究室へ行き。

「ちょっと。『アムヴァル(地炎よ)』という魔術単語はどこで発見したの?」

 リカルドが困ったという顔をして。

「済みません。それは王太子殿下との約束で言えないんです」

「王太子殿下が関係しているの……悔しいけど仕方ないか。……それで論文として発表するの?」

「当分は発表しないつもりです。なので呪文の詠唱は小声でお願いします」

 魔術士を目指す者が魔術を習い始めた頃、呪文ははっきりと声を大きくして唱えるように言われる。何故か、その方が魔術が発動しやすいからだ。

 だが、熟練してくると小声で唱えても発動するようになる。なので大声で呪文を唱える者は初心者だと思われる。


「当たり前でしょ。これでも究錬局の研究員なのよ」

「済みません。余計なことを言いました」

 タニアはリカルドがあっさりと新しい魔術単語を教えたことで、一つではないのではないかと考えた。

「ところで、発見した魔術単語はこれだけじゃないんでしょ?」

 リカルドはニコッと笑い。

「これ以上は秘密です」

 タニアが残念そうに肩を落とす。

「そうよね。教えてくれるはずがなかった」


 タニアが自分の研究室に戻ると、リカルドは報告書と経費の精算書を書き討伐証明部位である双角鎧熊の耳を添えて、討伐局の事務担当に渡した。報酬は経費などをチェックした後、支払われることになる。

 その担当は、二〇代前半の女性で、リカルドが書類と討伐証明部位の耳を渡すと驚いた顔をする。

「究錬局の方ですよね。もう、討伐したんですか?」

 リカルドが何故驚いているのか尋ねると、魔獣ハンターを雇う手続きをしていなかったので、まだ討伐には行っていないと思っていたようだ。

 魔獣ハンターを雇う場合、討伐局の事務担当を通して契約する決まりになっている。

「魔獣ハンターは必要なかったんです。その代わり、究錬局の同僚と雑務局の友人に手伝っても貰いましたが、問題ないですよね」

「魔獣ハンターは雇わなかったのですか……ちょっと、お待ちください」


 リカルドが待っていると、彼女は討伐局の局長シスモンドを連れて来た。

「おい、魔術士だけで双角鎧熊を倒したというのはお前か?」

「そうですが」

「危険な真似をしたな。盾役を用意しないとは何事だ。討伐局の仕事を甘く考えているのか!」

 シスモンド局長は魔獣討伐の仕事がどれほど危険なものか承知しており、事務担当から魔術士だけで討伐を行ったと聞き説教を行うために来たようだ。

「危険は承知しています。なので、今回は魔砲杖を用意して行きました」

「何? 魔砲杖だと……相手は双角鎧熊だぞ。魔砲杖では足止めにもならんだろう」


 シスモンド局長は王権派で魔砲杖の利用を推進しているはずだが、魔砲杖はまだまだ使えないと思っていたらしい。

「新しく開発した魔砲杖です。双角鎧熊を仕留めることはできませんでしたが、足止めは可能です」

「新しい魔砲杖?」

「魔砲杖の技術は日進月歩です。アウレリオ王子がエミリア工房に開発させた魔砲杖を使い、猪頭鬼を退治された話は聞いているはずです」

「しかし、あの魔砲杖はアウレリオ王子の承認がなければ、手に入れられんはずだ」

「新しい魔砲杖は、アウレリオ王子の魔砲杖だけではありません。究錬局の研究員も開発しています」

 タニアが開発した魔砲杖は、論文として発表する予定なのでシスモンド局長に話しても問題ない。タニアの研究は正式に究錬局に届けを出し研究費が出ているものだ。

「リューベンの奴め、そんなものを開発しているのなら、討伐局に報告すべきだろう」

 小声で文句を言うシスモンド局長に、リカルドは白い目を向ける。そういう武器は討伐局が究錬局に開発を依頼すべきものだと思ったのだ。

 どうやら局長の地位は派閥の力関係で決まり、実力はあまり考慮されていないらしい。


 シスモンド局長に納得してもらったリカルドは、自分の研究室に戻り後片付けをして帰宅した。

「リカルド兄ちゃん、お帰り」

 庭で遊んでいたパメラがリカルドを見付けて駆け寄る。リカルドはパメラを抱えてクルクルと振り回す。これがパメラのお気に入りなのだ。

 キャッキャッと嬉しそうなパメラの声が響き、モンタとセルジュも寄ってきた。

「次は僕も」「モンタも」

 少しの間、弟と妹、それにモンタと遊ぶ。モンタはリカルドをトウモロコシ樹の種を植えた場所まで引っ張っていき、自慢する。

「見て、大きくなった」

 モンタはトウモロコシ樹が大きくなったことが嬉しいようで、毎日のように自慢する。トウモロコシ樹は恐ろしいほど成長が早く、すでに一三〇センチを超えている。その代わり肥料を多めに与える必要があるらしく、農園で買った堆肥を多めに与えていた。

「モンタの樹、すごい」

 モンタが胸を張る。その姿は可愛らしかった。


 騒ぎが聞こえたようで、アントニオが庭に出てきた。

「リカルド、飼育場で新しく雇う従業員の件で相談があるんだけど、時間はあるか」

「兄さんの部屋で話そう」

「ええーっ、もっと遊んでよ」

 もっとと要求するパメラを『後でね』と言って、アントニオの部屋に行く。


 アントニオの部屋はリカルドの部屋と間取りは同じなのだが、広く感じた。リカルドの部屋は散らかっているわけではないのだが、本や魔術道具などが所狭しと並べられており雑然とした感じがするのに比べ、整理整頓されているので広く感じるのだろう。

 アントニオが椅子に座り、リカルドが寝台に腰掛けた。

「今日、ベルナルドさんと会って、スラム街の孤児たちについて相談したんだ」

 アントニオはミコルたちからスラム街に住み着いている孤児が数十人も居ると聞き、ベルナルドに相談したらしい。


「ベルナルドさんが言うには、孤児たちを引き取るのは簡単だが、教育し仕事を教える人手が足りないと言うんだ」

「そうですね。ユニウス飼育場には、すでに八人の孤児が居ますからね。教育もできるような人材となると……」

 単純作業の労働力なら、ベルナルドと近隣の村を回って集められる。だが、孤児たちに必要な教育を行える人材は、アントニオかリカルドしか居なかった。

 飼育場で働くダリオたちも勉強しているが、まだまだ他人に教えられるほどにはなっていない。


 リカルドは記憶の底に何か引っ掛かり、それが何か気になった。

「どうしたんだ?」

 黙ってしまったリカルドを気遣ったアントニオが声を掛けた。

「人材について考えていたら、何か引っ掛かったんだけど、その正体を思い出せなくて」

 突然、魔術士協会で小僕として働いているロブソンたちのことを思い出す。

「そうだ。魔術士協会で働いている小僕たちなら」

 リカルドはロブソンたちのことをアントニオに説明した。

「だけど、その小僕たちは魔術士になりたくて頑張っているんじゃないのか?」

 アントニオの質問に、リカルドは頷く。

「そうだけど、飼育場でも勉強はできます。報酬の一部として、魔術について教えると説得すれば、飼育場に来てくれるかもしれません。明日にでも確認してみます」

「急ぐ必要はないんじゃないか。孤児たちを引き取るにしても、住まわせる建物もない。もう少し孤児たちの様子を確かめる必要があるかもしれない」


 この時点で、ベルナルドとリカルドたちはスラム街に住んでいる孤児たちの状況を甘く考えていた。

 翌日、アントニオとリカルドはもう一度ミコルたちから詳しい事情を聞き出した。それにより孤児たちの状況が深刻だと判る。

 孤児たちにとって冬場は地獄らしい。冬場は食料を手に入れるのが難しく、碌な暖房器具のないスラムでは、飢えと寒さで死ぬ孤児が何人も出るようだ。


 その後、ベルナルドの店に行ったリカルドとアントニオは、孤児たちの状況を相談した。

「なるほど、冬になる前に何か手を打たないと、孤児たちの何人かが死ぬのですか。深刻ですね」

 アントニオが真剣な顔で。

「孤児たちを何とか助けられないですかね?」

 ベルナルドが少し考えてから。

「孤児だけでよろしいのであれば、私共が建てた作業小屋に引き取り保護することは可能でしょう」

「本当ですか?」

「しかし、聞いた状況だと孤児だけでなく、スラムの他の住民からも死人が出るのではないですかな」

 リカルドとアントニオは暗い顔になった。

 二人も薄々感じていたが、スラム街での生活は厳しいものだ。ちょっと風邪をひいただけで死につながる環境だと判ってきた。しかし、リカルドたちだけでスラム街の住人全員を助けるなど無理だと判っている。


「……スラムの住人が冬場に働く仕事があれば、彼らの生活も少しはマシになると思うのですよ」

 ベルナルドの意見を聞いて、リカルドは冬場の仕事について考える。冬は一番労働力を必要とする農作業も仕事がなくなる。残るのは道の整備などの土木工事だが、国王は王室の予算を増やし国土整備に掛ける予算を減らしている。

 増やした王室予算で何をやっているのか疑問に思ったベルナルドは調べたらしい。

「王室行事が華やかで盛大になっているのです」

 アントニオが首を傾げ。

「王室行事とは?」

「年賀パーティーとか、アウレリオ王子の凱旋パーティーなどです。それに王室予算が増えている原因に、王妃や国王の愛妾たちが浪費していることもあるのです」

 国王は浪費癖のある女性が好みのようだ。

 また、パレンテ炭田の採掘権を貸し出すことで得た資金は、アウレリオ王子の軍事費として一部が使われ、残りは王家の借金の支払いに消えたらしい。

 王家は四大商を相手に年度末の二ヶ月前頃になると借金をする。

 因みに、王家には莫大な資産がある。借金は一時的に運用資金が不足した為に借りているもので、税金を徴収した後に、毎年返している。


 王家に金を貸し出せる商人は、四大商の財閥に限られている。普通の商人では王家の権力で借金をチャラにさせられる可能性があるが、四大商の財閥は王領だけでなく他の貴族領や他国にも商売の基盤があり、王家が裏切った場合、借金の契約書を他国に売るという離れ業をやってのけるだけの実力があるからだ。

 リカルドは自国の商人に借金をしているのに、何贅沢しているんだと怒りを覚えたが、考えてみると日本も同じようなものだった。膨大な借金が有るにもかかわらず、未だに不必要な出費を抑えられずにいる。

 そう考えると思わず、リカルドの口から溜息が漏れ。

「はあっ、政治家や官僚というのは、どこも同じなんですね」

 ベルナルドが不思議そうにリカルドを見る。

「リカルド君は、他の国の内情にも詳しいのですか?」

 知らず知らずのうちに日本と比べていた自分に気付いたリカルドは慌てて。

「いえ、本から学んだ知識です」


 リカルドは学生時代に習った経済学者ケインズの理論を思い出した。不況になって失業者が増えた時には、政府が公共事業を執り行うことによって、その不況から脱出できるというものである。

 うろ覚えなので正確ではないと思うし、今回の場合は不況とは違うので当て嵌まらないかもしれないが、スラム街の住民のために仕事を作り出すことは可能ではないかと思ったのだ。

 だが、王家は借金するほど余裕がないので、公共事業は無理だろう。

 リカルドにも資産はあるが、公共事業と呼べるほどの大きな事業を行える資産ではない。そこでベルナルドに相談した。


「スラムの住民のために、仕事を作り出すというのですか……ふむ、面白い」

 ベルナルドは興味を持ったようだが、アントニオは不安になった。

「でも、スラム街には数百人の住人が居るんですよ」

 ベルナルドは真剣な顔で考え。

「そうですな……中にはスリや泥棒などの犯罪を職業にしている奴らも居るようです。農作業などの仕事を探している者は二〇〇から三〇〇人程度なのではないでしょうか」

「飼育場の仕事は、人手が足りないと言っても五人もいれば十分です」

 アントニオの言葉にベルナルドも。

「私の所も一〇人ほどいれば……それに……」

 ベルナルドの言によれば、スラムの住民の中には、素行の良くない人物も居るので、正規の従業員を選ぶなら近隣の村から真面目で正直そうな若者を選んだ方がいいらしい。

 また、スラムの労働力は農繁期に農園が当てにしているので、リカルドたちが作り出した仕事で農繁期の労働力を奪えば農園が困るようだ。


「冬だけの仕事ですか。難しいですね」

 三人はアイデアを出し合い検討した。だが、いいアイデアが出ず、取り敢えず公共事業代わりに広い土地を購入し農地化する作業をスラムの住人に依頼することにした。

 もちろん、農閑期限定での作業になるので、農園の労働力には問題ない。

 作った農地には、モンタのトウモロコシ樹を植える予定である。

「しかし、どれくらいの土地を購入すればいいでしょう?」

 現在、飼育場がある海岸沿いの土地は、リカルドが三〇ヘクタールほど、ベルナルドが五〇ヘクタールほど購入し飼育場としている。他にベルナルドを真似して五〇ヘクタールの土地を購入し、妖樹の飼育場にしている商人もいるが、その他は手付かずの広大な土地が存在する。


「この際、岩山まで伸びている海岸沿いの土地を全部買いませんか?」

 ベルナルドは一〇〇〇ヘクタールほどの広さがある土地を買わないかと提案した。リカルドはそこまで広い土地をどうするのかと思い。

「そこまで広い土地が必要ですかね」

「いやいや、ユニウス飼育場は注目されています。一部の例外を除き他の商人たちは、妖樹の飼育が儲かるかどうかを見定めている段階です。儲かると判れば必ず近隣の土地を買い漁るはず」

 商人としての判断だというのは、リカルドも判った。だが、国王は広大な土地を売ってくれるだろうかと疑問に思う。

「海岸沿いの土地は、無価値だと陛下は思っています。今なら安く買えるはずです」

 ベルナルドは断言するので、任せることにした。


 アントニオは気になったことを確かめた。

「ベルナルドさん、他の商人たちもユニウス飼育場が触媒であるシュラム樹の実を売り利益を上げているのは知っているはずです。なのにまだ、見定めている段階だというのは何故でしょう?」

「それは妖樹を使って、シュラム樹を育てる技術を持っているのが、ユニウス飼育場だけだからです。彼らはそんな特殊な技術を持たない私の飼育場が成功するまで待っているのです」

 ベルナルドの飼育場では頑丈な塀を作り、妖樹トリルを飼育する準備をしていた。来春になれば、妖樹トリルの飼育を始める予定であり、それが成功すれば真似する者も多くなるだろう。


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