scene:84 新魔術の威力
「今のは何の音だ?」
近くの研究室に居た魔術士たちが、廊下に出て騒ぎ始めたようだ。
リカルドが研究室の床に穴を開けたことは、すぐにバレた。
イサルコに呼び出され説教を聞かされる羽目になり、リカルドは溜息を吐きながらイサルコの部屋に入る。
「リカルド、何をやっていたのだ?」
「済みません。新しい魔術の研究をしていて失敗しました」
リカルドは謝った。
今度はイサルコが溜息を吐く。
「そういうことは、訓練場でやりなさい」
イサルコから厳しく咎められ、リカルドは久しぶりにへこんだ。
そこに究錬局の局長であるリューベンとジャンピエロが来た。
「リカルド君が騒ぎを起こしたそうだな」
リューベンがリカルドを睨みながら言った。
「そのことは、私がきつく叱ったところです」
「イサルコ理事、叱るだけで済ますつもりなのかね」
リカルドは嫌な予感を覚えたが、口を挟まず黙って見ていた。
「どういうことでしょう。研究員が誤って魔術を暴発させる騒ぎは、年に一度くらいはあることです」
騒ぎを起こした魔術士は、叱るだけで済ましていた。
「リカルド君の活躍は、私も聞いている。元気が有り余っているようじゃないかね」
「彼は優秀な研究員です」
「分かっている。だがね、討伐局から応援要請が来ていてね」
討伐局からの応援要請はいつものことであり、それに応じたことは一度もなかった。
討伐局にしても、本気で究錬局からの助っ人を当てにしているわけではなく、討伐局の局長であり王権派であるシスモンドが、長老派のリューベン局長に嫌がらせ的な意味で応援要請を出していたのだ。
「それは前々からのことで、局長は断わっておられたではないですか」
「だがね。彼なら立派に応援要請に応えられると思うのだよ」
今まで応援要請があったにも関わらず究錬局から人を出さなかったのは、安心して出せるほどの人材が居なかったのも理由の一つだった。だが、リカルドは討伐局のメンバーと比較しても遜色ない実力がある。
そして、リューベン局長が、討伐局の応援にリカルドを行かせようと考えた理由はもう二つある。一つは王権派のシスモンドに貸しを作るためである。
最後の一つは、リカルドに研究する時間を与えないためだ。
リカルドが雷の魔術に関する研究発表をして以来、何人もの魔術士が雷の魔術を研究し始めた。長老派のジャンピエロもその一人で、威力を上げた雷の魔術を懸命に研究している。
そして、雷の魔術には大きな可能性が潜んでいると知り、この分野の第一人者になりたいと思い始めた。そうなると一番邪魔なのが、リカルドである。
ジャンピエロがリューベン局長にリカルドが邪魔だと相談している時、リカルドが騒ぎを起こしたと知らせが届いたのだ。
リューベン局長はチャンスだと考え、リカルドを研究から遠ざけようと討伐局の応援要請を利用することにした。
リカルドは研究に集中したかったのにと思いながら、その依頼の内容を確かめる。
「あの~、その応援要請というのはどんな依頼なんですか?」
リューベン局長がニヤッと笑い。
「ほう、リカルド君は興味があるのかね。応援要請のあった依頼は、双角鎧熊の討伐だ。王都の東にある小麦の町ルリセスと王都を繋ぐコグラ街道近くに巣を作ったらしいのだ」
魔術士協会に依頼したのは、ルリセスの農園主組合だということだ。
リカルドは【真雷渦鋼弾】の威力を確かめるには、丁度いい依頼だと考えた。
「期限はいつまでなんです?」
「一ヶ月以内に討伐すればいいようだ」
リカルドは引き受けた。これが床を壊した罰だというのなら、さっさと引き受けた方がいいと判断した。
「本当にいいのか?」
イサルコが確認する。リカルドは頷き。
「双角鎧熊程度なら問題ありません」
その言葉にジャンピエロはイラッときた。討伐局のメンバーでも、双角鎧熊を倒すのに中堅以上の実力者を選んで派遣すると聞いている。
そんな魔獣の討伐を簡単に引き受けるほど実力があるらしいリカルドに、ジャンピエロは嫉妬した。そして、実戦では敵わなくとも魔術研究だけは負けたくないと思い始める。
リューベン局長とジャンピエロが去った後。
「引き受けなくとも良かったんだぞ」
イサルコが告げた。
「いえ、新しい魔術を開発したので、その威力を確かめるのに丁度いいと思ったんです」
「なるほど。それはどんな魔術なんだ?」
「パトリックとタニアに教えた【雷渦鋼弾】の改良版になります」
「聞いといてなんだが、話しても良かったのか?」
「ええ、使い勝手のいい魔術なんで、今後の実戦でどんどん使っていこうと考えています」
イサルコがリカルドの方へ鋭い視線を向け。
「本命の魔術は別にあるんだな」
「さすがイサルコ理事。勘がいいですね。もう一つ開発中の魔術があるんですが、完成したら凄い魔術になると思うんですよ」
「ほう、リカルドが凄いと言うのなら、相当な威力がある魔術なんだろうな」
「まだ完成していないので本当の威力は分からないんですが、期待しています」
当分の間、【空】の魔術については誰にも教えるつもりはなかった。威力が桁違いに凄いと判明したからということもあるが、この魔術に関する技術が未完成であるというのが理由だ。
「ところで、相手は双角鎧熊だ。奴の足を止める盾役が必要になるぞ」
リカルドは盾役と聞いて、タニアが研究している魔砲杖が頭に浮かんだ。あの魔砲杖は盾役の代わりに使えるようにとタニアが考案したものだ。
それに一丁だけだが、【雷渦鋼弾】を再現した試作品の魔砲杖もある。仕留められるかどうかは微妙な威力だが、確実に足止めはできる。
とは言え、通常なら魔獣ハンターを雇う状況である。
「知り合いの魔獣ハンターに声を掛けてみます」
「それがいいだろう」
討伐に掛かった費用は魔術士協会から出るらしいが、妥当な費用かどうかチェックされるようだ。
リカルドはイサルコの部屋を出て、タニアの研究室に向かう。
「はあ……何か急に忙しくなったな。近隣の村を回って飼育場で働く人を探さなきゃならないし、双角鎧熊の討伐もすることになった。本当は研究に集中したかったのに」
リカルドは珍しく愚痴を溢しながら廊下を歩く。
タニアの研究室の前に来てドアをノック。中から返事があり、部屋に入った。
「リカルド君か、どうしたの?」
リカルドが双角鎧熊討伐の件を話し、タニアに会いに来た理由を伝える。
「【重風槌】の魔砲杖を使いたいのね。分かった、私も一緒に行く」
「いや、魔砲杖を貸してくれるだけでいいんですけど」
「私が一緒に行きたいのよ。作った魔砲杖の威力を試したいの」
そういうことで、タニアも双角鎧熊討伐に参加することになった。
リカルドが双角鎧熊討伐に行くと聞いたパトリックが自分も行くと名乗り出る。
「いいだろ、実績を上げたいんだがね」
「まあ、いいですけど。相手は双角鎧熊ですよ」
「双角鎧熊ぐらいじゃ驚かんがね。この前の炎滅タートルは滅茶苦茶凄かったからな」
リカルドは炎滅タートルを思い出し、顔を顰める。
「あれは失敗です。パトリックを危険な目に遭わせてしまいました」
「ええんや、結局、リカルドの魔術で逃げられたんやから」
お馴染みの三人で双角鎧熊を討伐に行くことになった。とは言え、三人共魔術士なので盾役はどうするか話し合う。
「必要ないがね」
「そうね。そのために魔砲杖を開発したんだもの」
タニアが【重風槌】の魔砲杖を開発したのは、魔術士だけで強力な魔獣を倒せるようになりたいと考えたからだ。試作品が完成し、テストも完了している。
翌日、三人は王都を出て、コグラ街道をルリセスの町に向かって進んだ。コグラ街道は地方都市と王都を結ぶ主要街道の一つである。
道幅は一〇メートルほどで石などの障害物は取り除かれているが、土を踏み固めただけの道路。天気の良い日に旅するなら歩き易い道だ。しかし、雨が降り一旦ぬかるむと途端に歩き難い道に変化する。
大雨の日などにコグラ街道を徒歩で旅する人々は、泥だらけになって旅することになる。
双角鎧熊が出没するようになって、この街道を使っている商人たちは護衛の人数を増やすなどして対応しているようだ。
街道ですれ違う商人たちの荷馬車を護衛する魔獣ハンターの姿が目立つ。護衛の費用も大変なので単価の高い商品を扱う商人だけが商売を続けているらしい。
農産物などの単価が安いものは流通が止まり、王都では食料品が少しずつ高くなっていた。
ルリセスまでの道程を三分の二まで来た時、リカルドの魔力察知に魔獣の反応があった。
「ここから北の方角に魔獣がいます」
「双角鎧熊なの?」
「まだ分からないです。ですが反応は二つ。番かもしれません」
リカルドとタニアの話を聞いていたパトリックは、背中から【雷渦鋼弾】の魔砲杖を取り出した。その魔砲杖はリカルドが製作した試作品をパトリックが預かっているものだ。
タニアは魔砲杖、リカルドはデスオプロッドを取り出す。
三人は街道から離れ、森の中を北へと進んだ。
突然、凄まじい咆哮が響き渡る。
「来ます。タニアさん、魔砲杖を!」
リカルドが声を上げた直後、藪から大きな熊が飛び出してきた。体長三メートルほど、額に二本の短角がある。双角鎧熊で間違いなかった。
タニアが【重風槌】の魔砲杖を発射する。
周囲の空気がゴオッと音を立てながら集まり、圧縮された空気が巨大な砲弾となって双角鎧熊に向かって飛んだ。その砲弾は双角鎧熊に命中すると圧縮されていた空気を解放し爆散する。
ドンという爆音が響き、双角鎧熊の巨体が弾き飛ばされた。空中で四肢を振り回し暴れた双角鎧熊は地面に落下すると転がる。
タニアが嬉しそうな声を上げた。
「やった!」
そこにもう一匹の双角鎧熊が現れたのを、リカルドは確認。
「パトリック!」
【雷渦鋼弾】の魔砲杖を構えたパトリックがもう一匹の双角鎧熊を狙って引き金を引く。
魔砲杖の前方に銀色に輝く鋼の粒が現れ回転を始め、紡錘形の塊となった。バチッと音がして双角鎧熊目掛けて弾け飛ぶ。
雷渦鋼弾は双角鎧熊の顔に命中し、電流が動きを止め鋼の粒が熊の顔を削り頭蓋骨にヒビを入れる。
リカルドが放つ【雷渦鋼弾】より威力が低いようだが、それでも双角鎧熊に十分なダメージを負わせるだけの威力があった。
リカルドは止めを刺そうとして、タニアが【雷渦鋼弾】の準備をしているのに気付く。
「タニアさん、放てる?」
「任せて」
タニアはパトリックの魔砲杖で負傷した双角鎧熊に【雷渦鋼弾】を放った。その一撃は双角鎧熊にとって止めとなり死んだ。
リカルドは【重風槌】の魔砲杖により弾き飛ばされた双角鎧熊の方へ視線を向ける。
起き上がった双角鎧熊が、相方が死んだのを見て凄まじい怒りの咆哮を上げ、リカルドたちの方へ向かってきた。その眼光から漏れ出る殺気は尋常ではなく、パトリックとタニアは顔を引き攣らせる。
この時、リカルドは【真雷渦鋼弾】を放つ準備を終えていた。
「リ、リカルド、任せたがね」
パトリックは実積を積むのを次回にしたようだ。リカルドも迫ってくる巨大な熊の姿に恐怖を感じていたが、それを堪え【真雷渦鋼弾】の呪文を唱えた。
「アムヴァル・ガルシャムズ・ヒュレバグ・ザルダキシュル」
【真雷渦鋼弾】の魔術効果は元の【雷渦鋼弾】と同じだが、込められている魔力量が増えているため、鋼の粒の数が増え纏う電気量も増えている。それに加え飛翔速度が倍になり、威力がとんでもないものになっていた。
双角鎧熊の頭に命中した真雷渦鋼弾は、その頭蓋骨を粉砕し頭部を消し飛ばす。頭を失った巨体がドウッと地面に倒れた。
「凄えぇ!」
パトリックが感に堪えないという感じで声を上げた。
タニアも【真雷渦鋼弾】の威力に驚き、目を見開いて倒れた双角鎧熊を見詰めている。
「今のは【雷渦鋼弾】じゃないよね?」
その質問に、リカルドは頷き。
「ええ、【雷渦鋼弾】を改良した【真雷渦鋼弾】です」
リカルドは【真雷渦鋼弾】についてちょっとだけ説明した。
「説明してくれるということは、教えてくれるつもりなのよね」
タニアが真剣な顔で確認する。
「その前に、双角鎧熊の巣を確認して、他に居ないか確かめよう」
リカルドは双角鎧熊の死骸を収納碧晶に仕舞い、巣を探し他に双角鎧熊が居ないことを確かめる。
「依頼は完了だがね」
リカルドは、二人に【真雷渦鋼弾】を教え始めた。デスオプロッドと用意した触媒を使って、【真雷渦鋼弾】を実際に発動させ要領を教え込む。
「魔力量が半端じゃないがね」
「しょうがないでしょ。【真雷渦鋼弾】は上級魔術なのよ」
タニアとパトリックの魔力量では、一日に一回しか【真雷渦鋼弾】を発動できないようだ。
一応二人が覚えたので帰路に就いた。
その帰り道で、タニアが。
「ねえ、何で教えてくれたの? 今更だけど、【真雷渦鋼弾】は凄い魔術よ。自分の切り札にしようとは思わなかったの?」
リカルドは笑顔で。
「切り札なら別にあるからね。それより戦力が欲しいんだよ」
「何のための戦力?」
「セラート予言です。大寒波が続いた三年目に魔境から魔獣が溢れ出すという予言があります。その時に備え戦力を確保しておきたいんです」
タニアはリカルドからセラート予言については聞いていたが、未だに半信半疑だ。
「その予言は信用できるの?」
「八割ほどの確率で予言通りに大災害が起きると思っています。だから、王太子殿下も【雷渦鋼弾】の魔砲杖を開発しろと言われたんです」
ガイウス王太子にセラート予言について相談した頃は、後は王太子に任せ、少しだけ手伝えば大丈夫だろうと思っていた。
だが、肝心の王太子が王都に戻ったのは短期間で、すぐにヨグル領へ追いやられてしまうと、王太子が進める予言対策が計画通りに進まなかった場合の対策をリカルドは考えるようになった。




