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scene:80 予言対策

新章の始まりです。

 ロマナス王国の王都バイゼルでは、夏が終わろうとしていた。

 道を行き交う人々の肌を痛めつけるようだった太陽の輝きも少しだけ和らぎ、時折吹く風の中に秋の気配を感じられるようになっている。

 ユニウス飼育場で働くジェシカは、元機織り職長のミケーラと機織り機製造職人であるソティリオが作り上げた新型機織り機の前に座り機織り機を動かし始めた。

 この機織り機は特別で、経糸たていとにパイル糸と呼ばれる特別な糸が追加されていた。

 ジェシカが新型機織り機を操作すると、パイル糸が小さな輪を作り、それが生地の表面を覆っていく。


 ジェシカが緯糸よこいとを押し詰めて織り目を整えるおさと呼ばれる部品を右手でトントンと緯糸に打ち付ける。その様子をリカルドとミケーラ、ソティリオの三人が見ていた。

「普通の布を織るより時間が掛かりそうですね」

 リカルドが意見を言うと、ミケーラが。

「仕方ないよ。パイル糸を輪にする作業が追加されているんだから」

 一人の機織り職人が一日に織れる織物の長さは無地の布で七から一〇シュレルだとミケーラがリカルドたちに教える。シュレルは長さの単位で、リカルドの感覚で言うと約一メートルである。

「へえ、柄が入るとどのくらいなんです?」

 リカルドが尋ねると、ミケーラは少し考え。

「その柄にもよるが、簡単なもので一日二、三シュレルだね」


 ちなみにパイル糸の輪を作る工程は、魔術道具により行われている。

 初めは機械的な工夫で実現しようと思ったのだが、リカルドにも織物についての知識はなく、魔術道具でパイル糸を操作する方法を選んだのだ。

 一時間ほどで三〇センチほどのタオルが完成した。新型機織り機からタオル生地を取り出し、ミケーラが織り目や感触を確かめる。

「今までの布とは全く違う手触りだね」

 今回作ったタオル生地はパイル糸の輪を短いものにしたので、手触りはあまり良くない。その代り丈夫である。吸水性も問題ない。


 試しにパイル糸の輪を長めにしたタオルを織ってもらうとふんわりしたタオルが完成した。

「これはいい」

 ミケーラも絶賛する。

 今までタオルが存在しなかったので、手拭いのようなもので顔を拭いたり、身体を洗ったりしていた。タオル作りは、リカルドがタオルなしの生活を不満に思い、ミケーラにタオルのようなものはないのかと尋ねたのが始まりだった。

 ミケーラはタオルがどんなものか詳しく聞いた後、この国には存在しないと断言した。

「そんなにいいものだったら、私たちで作ろうか?」

 ミケーラの提案に、リカルドが資金とタオルについての情報を出し、機織り機製造職人のソティリオを雇って始めたのだ。


 魔術道具を使わないで新型機織り機を開発したら、年単位の開発期間が必要だっただろう。パイル糸をループさせ輪にする魔術道具も簡単に作り出せたわけではないが、リカルドが持つ因子文字の知識が飛躍的に上がっていたので、短期間に作り出せた。

「あたしたち、これからタオル作りを仕事にするんですか?」

 ジェシカがリカルドに尋ねた。

 リカルドはタオルを商売にするつもりで開発したのではなかった。単純に欲しいと思ったから開発を始めたのだ。

「このタオル生地が売れると思う?」

 リカルドが機織り娘達に確認すると、全員が肯定する。

「絶対売れます」

「貴族様は珍しいものが好きですから」

「この生地をシーツにしたら、売れると思います」


 リカルドは本格的にタオル生地を生産しようと決めた。ソティリオに三台の新型機織り機を追加で注文する。

 飼育場で生産されたタオル生地は、普通のタオル、タオルシーツ、タオルケットに仕立てられ販売を開始した。

 このタオル生地の商品を扱うのは、ベルナルドの友人であるロレンツァーニである。彼は布製品と仕立て服を商う商人で、顧客には貴族が多い。

 ロレンツァーニの店に、贔屓にしてもらっているマルガリオ子爵の夫人テオドーラが訪れた。

「頼んだものはできているかしら?」

「はい、出来上がっております」

 ロレンツァーニが奥から、注文されたドレスを持ってくる。テオドーラ夫人はドレスを確認し召使いの女性に渡し、店の中を見回す。


「あらっ、これは何かしら?」

 テオドーラ夫人はタオル生地で作られたタオルを手に取った。

 ロレンツァーニはにこやかな笑顔で。

「それは新しい生地でして、よく水を吸い込む布だそうでございます」

「何に使うものなの?」

「顔を洗った時に水気を拭き取ったり、水浴びの後に使うものでございます」

 テオドーラ夫人はタオルの手触りを確かめ、購入することに決める。

 屋敷に戻ったテオドーラ夫人は水浴びをした後、タオルを使ってみた。

「これはいいわ」

 吸水力の高いタオルをテオドーラ夫人は気に入った。


 タオル生地の製品は口コミで評判が広がり、最初に貴族たちの間で流行り、数年後には庶民にも広まった。

 工場長となったミケーラは生産量を着実に増やし、ロマナス王国の代表的な輸出品の一つとなるまで発展させることになる。


 リカルドは魔術士協会の研究室で椅子に座り考え込んでいた。

 タオル生地が一段落したので、セラート予言について考え始めたのだ。九〇年周期ということは、リカルドが十五歳になった年の冬から異常気象が始まることになる。

 猶予は今年を含めて三年だ。第一の懸念事項である食糧問題についてリカルドは考えを巡らす。

 王都の食料は、回りの町村で栽培されたものが運ばれ、街で消費される。

 豪雪の為に冬小麦の栽培が難しくなった場合の対策として考えられるのが、春小麦への転換だ。ただ、秋に種を播いて次の夏に収穫する冬小麦と違い、春に播いて秋に収穫する春小麦は生育期間が短いこともあり収穫量が減少する。

 二割ほど減少した場合、作付面積をその分増やすか他の作物を食べるようにするかしかない。


 今から作付面積を増やすのは、かなり難しいだろう。

「他の作物を栽培するしかないか。有望な作物となると……ジャガイモに似たモル芋か、サツマイモに似たチャライモだな」

 モル芋は貧者の食べ物と呼ばれているもので、スラム街の住人の主食がモル芋らしい。リカルドは割とモル芋が好きなので、不当な呼び名だと思っている。

 モル芋やチャライモは、貧しい者たち用に少量作られているだけらしい。農民が芋類をあまり作らないのは、芋類の値段が安く、儲からないからだとリカルドは聞いている。


 食料の増産を実現するには、王領の農民にモル芋やチャライモの栽培を奨励するのが一番簡単だが、それができるのは国王だけである。

 ガイウス王太子がヨグル領に遠ざけられている今は、難しいだろう。


 この国では輪栽式農法が普通に行われている。連作障害とならないように、小麦・カブ・小麦以外の麦・マメ科植物の順番で耕作地を利用しているのだ。

 このサイクルに別のものを組み込もうとするのは、難しいとリカルドは思っていた。

 リカルドが期待しているのは、モンタのトウモロコシ樹と海産物である。

 トウモロコシ樹については、庭に植えて実験しているが、結果が出るには時間が掛かりそうだ。

「そうなると、海産物なんだが……」


 前々から漁業については考えていて、網を作る職人に巻き網の製作を頼んでいた。巻き網漁は大型の網を円形に広げ、泳ぎ回る魚を群ごと素早く包み込むようにして獲る漁法である。

 魚の群れを発見可能で、ある程度の速力がある船を持っているなら有効な漁法だ。但し群れごと捕獲するので、水産資源の乱獲に繋がると問題視する人々も居た。

 とは言え、それは地球の話である。ここの世界の水産資源は豊富で巻き網漁を導入しても、影響が出るのはずっと先の話だろう。

 リカルドは、当座の食料確保のために、巻き網漁を成功させたいと思っていた。狙う魚はバカラである。夏の終わり頃になると数え切れないほどのバカラの群れが現れる海域は、漁師のステファンから聞いている。


 ある晴れた日、朝早くに船外機を備えた二隻の漁船が漁に出た。先頭を行く漁船を操っているのはステファン。もう一隻の漁船はステファンの弟ヴィニチオが操船している。

 それぞれの船には四人の若い漁師も乗り込んでおり、ステファンとヴィニチオを手伝っていた。ステファンの船には、リカルドも乗船している。

 二隻の漁船は穏やかなチェトル湾を南西へと進んだ。船首が海を切り裂き力強く航行する漁船は、ステファンとヴィニチオの持ち船だ。

 船尾で魔導船外機を操るステファンがリカルドに声を掛ける。

「魔導船外機だっけ、こいつはいいな」

「でも、魔力が動力源ですから、魔力バッテリーに充填するのが大変なんですよ」

「俺達にも魔力を充填できりゃあ一つ欲しいんだが、無理だろうな」


 二隻の漁船がバカラが群れる海域に到着した。リカルドが船の上から海の中を覗く。

「これは凄い!」

 タラに酷似したバカラが、川を遡上する鮭の群れのように寄り集まって海中を移動している。その数は軽く万を超えるようだ。

 もちろん、この海域には王都の漁師全員が集まって漁をしていた。リカルドが見回した範囲で三〇隻ほどの漁船が見えた。

 ここの伝統的な漁法は延縄はえなわである。大部分の漁師は船の上からたくさんの釣り針を付けた糸を垂らし、バカラを釣っていた。


「ステファンさん、説明した通りに動いてください」

「おう、分かった」

 ステファンの漁船は、リカルドが特注で作らせた巻き網を海中に投じながら、バカラの群れを囲い込むように円を描いて船を走らせた。

 とは言え、巻き網自体が大きなものを作れなかったので、群れの一部を囲っただけである。

 一周して戻ってきた漁船は、ヴィニチオの漁船と協力して巻き網の下の部分を閉じ始めた。そうすることで網が袋状になりバカラを逃さないようにするのだ。


 巻き網が引き上げられると、大量のバカラが巻き網の中に捕らえられているのが判った。

「こいつはまずいな」

 ステファンが呆然とした表情をして呟く。その呟きを耳にしたリカルドが。

「どうしたんです?」

「大漁過ぎて、船に上げられないんだ」

 リカルドは船の大きさと網に捕らえられているバカラの量を比べ。

「そうか、そこまで考えていなかった。運搬用の船も必要だったんですね」

 リカルドは収納碧晶に入れてはどうかと考えたが、一匹ずつを収納碧晶に入れる手間を考えると現実的ではないと思った。それに生きたものを収納碧晶に入れた場合どうなるのか試したことがない。


 結局、他の漁師達の漁船にも手伝ってもらい、飼育場近くの海岸へ運んでもらうことになった。

 ステファンは漁師仲間である者の漁船を呼び寄せ頼み込む。

「何をやっとるんかと見とったが、こいつは凄いな」

「大漁過ぎて持っていけん。お前の船で運んでくれんか」

「しかし、それだと漁を中止せんといかんだろ」

「半分は手間賃として持っていってくれていい」

 このまま漁を続けたとしても、手間賃として貰える分と同じだろうと計算した漁師たちは引き受けてくれた。

 三〇隻の漁船が限界までバカラを積んで漁場から去っていく。それを見送ったリカルドたちは、最後に残ったバカラをタモ網で掬い上げ、限界まで船に積むと僅かに残ったバカラを海に逃し、巻き網を引き上げた。


 飼育場近くの海岸では、アントニオが鷲肉ジャーキーを大量生産した時に手伝ってもらった主婦たちを指揮して運び込まれたバカラを処理していた。

 タワシを使ってウロコとヌメリを取り除き、頭を落とし内臓を取り出した後、三枚におろす。この時腹骨も削ぎ落とし、たっぷりの塩をまぶす。

 取り出した内臓の中で卵巣と白子、肝は別に保存し、他は魚醤の材料とする。


 最初は手間取っていた主婦たちも段々と慣れてきて、手際が良くなる。

 だが、リカルドやアントニオが予想していた以上に大漁だったので、一日で処理できそうになかった。

 漁から戻ってきたリカルドに、アントニオが。

「今日処理しきれなかったバカラはどうする?」

「冷凍収納碧晶に入れて保存し、後で処理するしかないです」

 リカルドは魔境で手に入れた碧玉樹実晶を冷凍収納碧晶に加工し所有している。


 その日、主婦たちに遅くまで頑張ってもらい、獲れたバカラの半分ほどを処理した。残りはリカルドとアントニオが冷凍収納碧晶にバカラを入れる。

 塩漬けにしたバカラは風通しの良い所で干され、塩干しバカラとなった。カチカチになるまで乾燥させた塩干しバカラは、一年間大丈夫な保存食となる。

 リカルドは雪に閉ざされるかもしれない王都の冬に食べられる動物性蛋白質として、塩干しバカラを作ったのだ。ただ、塩干しバカラの料理法はあまり普及していないので、広める必要があるかもしれない。


 その日、漁に参加した者やバカラの処理を手伝った者たちの家では、この季節の風物詩となっているバカラを使った鍋が作られた。

 まだ残暑が残る王都で鍋というのは早いのだが、バカラ鍋を食べると秋が来たと感じる者が多いらしい。


 翌日、バカラ漁は行われなかった。運搬船の用意や十分な加工処理の労働力が必要だと判ったからだ。

 運搬船に関してはすぐに用意できないと判断したリカルドは、その日、魔術士協会へ行った。魔術論文を少し進めておこうと思ったのである。

 研究室でしばらく調べ物をしていると、小僕のロブソンがイサルコからの伝言を伝えに来た。イサルコの部屋に来て欲しいというものだ。

 リカルドはイサルコの所へ行き、挨拶をした。

「昨日は研究室に居なかったようだが、何をしていたのだ?」

「バカラ漁に行っていました」

 イサルコは呆れた顔をして。

「もはや、魔術士という肩書では収まらなくなっているな」

「仕方ないのです。これもセラート予言の対策の一つなんですから」

「それは、陛下が王太子から、内務大臣へ引き継がせた仕事じゃないのかね?」

「いえ、役人が動いている様子はないですね。このままだと三年後には悲惨な事態が起こるかもしれません」

「チッ、どうなっているのだ。役人が動かない場合、魔術士協会としても何か対策を行う必要があるということか……どんな対策が必要だと思う?」

 リカルドは首を傾げた。

「冬の期間の食料備蓄と暖房の用意は最低限必要です」

「なるほど、考えておこう。……さて、本題なのだが、来月の初めに魔術研究発表会が行われる」

「へえ、そんな発表会があるのですか。初めて知りました」

「これは王家の人々や貴族に、魔術士協会は有益な組織なのだと分からせるための対外的なもよおしだ」

「もしかして、参加せよと?」

「ああ、今年は論文が不作で発表に値するものが少ないのだ。リカルドが研究しているものの中から発表できるものはないかと確かめるために呼んだのだ」

 リカルドが現在用意している論文は、来月には完成する予定である。

「今、執筆している論文ならあります」

 イサルコがホッとしたような表情を浮かべた。

「頼む。発表してくれ」

 イサルコの頼みなので、リカルドは引き受けた。その魔術研究発表会で発表することは、魔術研究者にとって名誉なことらしい。


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