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scene:79 王子の凱旋

 リカルドとアントニオは第二南門を通って街に入り、バイゼル城へと向かう。

 城が見えて来るとアントニオが躊躇うように。

「俺も行かなきゃならないのか?」

「城の見物に来たつもりで行けばいいよ。報告は自分がするから」

 城門に到着したリカルド達は、サムエレ将軍に取り次いでくれるように門番兵に頼んだ。

「身分証明書を提示してくれ」

 リカルドは魔術士協会が発行した身分証を見せた。

「魔術士協会の者か。将軍は今忙しいので会ってくれないと思うぞ」

「熊喰い鷲の件だと伝えてください」

「何……熊喰い鷲の行方を知らせに来たのか。ちょっと待っていろ」


 少し待つと将軍自身が現れ、リカルド達を城の中へ案内する。

 サムエレ将軍は歩きながら。

「熊喰い鷲の行方を知っていると連絡を受けたが、奴はどこにいるのだ?」

「あの馬鹿でかい鳥は倒しました」

 将軍は何かに躓いたかのようによろめいた。

「な、何だとぉー!」

 あまりの大声に近くに居た人々が視線を向ける。

「将軍、声が大きいです」

「済まん、それで証拠になるものはあるのか?」

「死骸なら持ってきました」

 将軍は行き先を訓練場に変えた。そこで熊喰い鷲の死骸を検分したいと言い出したのだ。


 訓練場は誰も使っていなかった。

 リカルドが収納碧晶から熊喰い鷲の死骸を出す。

「おおっ、本当だったのか」

 将軍が国王に見せるので首から上だけ貰えないかと頼んできた。

 頭の部分は【陽焔弾】により焼け焦げ、触媒としても使えそうになかったので、リカルドは承知する。


 熊喰い鷲の討伐は、その頭と共に国王へ報告された。

 馬の頭より一回り大きな熊喰い鷲の頭を確認し、アルチバルド王は満足そうに頷く。

 その報告を国王と一緒に聞いていた宮廷魔術士長のヴィットリオは悔しそうな表情を見せた。自分の獲物を横取りされたと感じたようだ。

 熊喰い鷲の脅威を自らの目で目撃した国王は、それを倒した魔術士に興味が湧き、城に招こうと思った。

「仕留めた魔術士を城に呼び、余自ら十分な褒美を与えよう」

 国王がそう言った時、アルフレード男爵が止める。

「お待ちください。先例によれば、褒美を与えるだけで十分なはずです。それに……その魔術士なのですが、王太子と懇意にしている者らしいのです」

 アルチバルド王が眉をひそめる。

「ガイウスの仲間なのか……だからと言って、褒美を渡さぬわけにはいくまい」

 リカルドを褒め称えれば、王太子の評判が上がると聞いた国王は、リカルドを城へは呼ばず、将軍が褒美を渡すようにと命じた。

「承知致しました」

 これほど王太子を嫌うのは何故なのだろうかと、サムエレ将軍の頭に疑問が浮かんだ。


 将軍を退出させた後、国王とアルフレード男爵、ヴィットリオが話を続けた。

「陛下、このまま魔術士協会の魔術士一人が栄誉を独り占めにするのは納得できません」

 ヴィットリオが国王に訴えた。

「どういうことじゃ?」

「我々宮廷魔術士が熊喰い鷲にダメージを与えていたからこそ、魔術士一人に熊喰い鷲が倒せたのです」

 アルチバルド王はなるほどと頷く。

「しかし、仕留めたのは魔術士協会の者、否定することはできんぞ」

「それはそうですが、熊喰い鷲を撃退するために宮廷魔術士や兵士の犠牲者も出ています。彼らの名誉を考慮してほしいのです」

「具体的には何をすれば良い?」

「犠牲者の遺族を城へ招き、感謝の言葉を御願い致します」

 国王は承知した。


 そこに侍従が、アウレリオ王子の知らせを携えてきた。

「陛下、アウレリオ王子がアバーテ村で猪頭鬼を討伐され、戻ってこられます」

「おお、素晴らしい」

 国王が喜びの声を上げた。その様子を見て、ヴィットリオが提案する。

「この偉業を王都民に知らせるために、凱旋パレードを行うのはどうでしょう」

 この提案に国王は喜び、凱旋パレードの手配を命じた。


 将軍が国王への報告をしている頃、リカルドたちは城を出て道を歩いていた。

「将軍と一緒に王様の所へ、報告に行かないで良かったのか?」

「そんな肩の凝るような所へは、行きたくないです」

 リカルドの正直な返答にアントニオが溜息を吐く。

「名誉なことだと思うんだがな」


 王都の町並みは少しずつ以前の姿を取り戻し、活気が戻ってきていた。とは言え、一番被害の大きかった工房街は、未だに工房を建て直している最中の所が多く、生産活動は休止している。

 工房街で働いていた人々の一割ほどが仕事を失い、スラム街へ落ちた者も大勢居る。

 機織り娘ジェシカたちのように再就職が決まる者は少数だった。


 その夜、国王の側近であるアルフレード男爵の屋敷に、一人の魔術士が訪れた。

「期待したほど王家の評価は下がらなかったようだな」

 アルフレード男爵がメルビス公爵家の魔術士アルベルトへ告げた。

「もう少し、あの化物が暴れてくれると思ったのですが」

「あっさりと魔術士協会の者に仕留められたそうだ」

 それを聞いたアルベルトは興味を示した。

「あれほどの魔獣を倒した魔術士ですか。何者なのです?」

 アルフレード男爵が不機嫌な顔になり、吐き捨てるように。

「王太子が贔屓ひいきにしている魔術士だ。名前はリカルドとか言ったか」

 アルベルトはその名前に聞き覚えがあった。

「また、あの小僧ですか。邪魔な存在となってきたようですね」

「あの魔術士を消そうと思ったのではないだろうな。奴はガイウスのお気に入りだぞ」

「承知しています。不自然な死に方をすれば、王太子が徹底的に調べるでしょう」

「判っているのなら良い。それより、熊喰い鷲などという不確かな手段を使ったのは何故だ。王家の評価を落とすのが目的なら、別の方法があっただろう?」

 アルフレード男爵が疑問を口にした。

「あれはアプラ侯爵の覚悟を決めさせたのです。王家も馬鹿ではないのですから、アプラ侯爵が王家に反抗の意思があると感じたはず、侯爵は我が陣営にくみするしかなくなったのです」

「本当にそうか。国王はアプラ侯爵を敵視していなかったが」

「国王はそうでも、王太子は確実にアプラ侯爵が敵だと思ったはず」

 アルベルトが薄笑いを浮かべたのを見て、アルフレード男爵は彼とその背後に控えるメルビス公爵に恐怖を覚えた。


 二日後、アウレリオ王子たちが戻ってきた。

 大勢の王都民たちが北門からバイゼル城へと続く道に集まり、王子たちの凱旋を祝う。

 サルヴァートは兵士たちに猪頭鬼の死骸を担がせ、猪頭鬼退治の成果を披露させる。出迎えた王都民は凶悪な猪頭鬼の顔を見て驚き、倒した王子一行の実力に感心した。

 盛大な歓声に包まれながらアウレリオ王子たちは進む。その様子を、リカルドとセルジュ、パメラ、モンタが見ていた。

 豪華な馬車に乗ったアウレリオ王子がリカルドたちの目の前を通り過ぎる。

「ねえ、リカルド兄ちゃんも魔獣を倒したんでしょ。あの人たちと一緒に歩かないの?」

 パメラがリカルドに尋ねる。

「倒した魔獣の種類が違うんだよ。それにパレードをしているのは王子様とその部下の人たちなんだ」

「あの馬車に乗っている人が、王子様なんだよね」

 セルジュの言葉に、リカルドは頷いた。

「モンタ アンナ馬車ニ乗リタイ」

 モンタが目をキラキラさせて王子が乗る馬車を見ていた。


 この凱旋パレードにより、国王はアウレリオ王子の名声が上がることを望んだ。王太子であるガイウスが何か失態を演じた時に、王太子を廃しアウレリオ王子を新たな王太子にしたいと考えているのだ。

 国王はどうしても王太子と相容れない感情を持っている。王太子の顔を見ると先代国王である祖父ジェルマーノを思い出してしまう。

 ジェルマーノ王は名君と言われた人物だったが、ガイウス王太子と同じく凶相の持ち主だった。他人にも自分にも厳しい人で、アルチバルド王の教育にも厳しかった。

 少しでも勉強を怠ければ怒鳴られ、誠心誠意許しを請わなければならなかったのだ。アルチバルド王の父親と兄が流行り病で死んだ時、ジェルマーノ王は何故アルチバルドではなく優秀な長男が死んだのかと嘆き、それを聞いたアルチバルド王は全身が震えるほどの衝撃を感じた。

 そして、アルチバルド王は祖父を憎むようになり、年老いたジェルマーノ王が病に倒れた時、無理やり隠居させ王位継承を果たしたのだ。


 リカルドはサムエレ将軍から熊喰い鷲を仕留めた褒美を貰っていた。

 だが、リカルドにとって、熊喰い鷲の素材が手に入ったことの方が嬉しい。熊喰い鷲の羽根、爪、骨が【風】の触媒となるからだ。しかも羽根は触媒格三級、爪は触媒格二級なので上級魔術に使える。

 高級な【風】の触媒は金があっても中々手に入らないものなので、リカルドは【風】の上級魔術に関する研究に関して手を付けていなかった。


 リカルドは熊喰い鷲の死骸をベルナルドの所へ持ち込み解体してもらった。

 解体した後に残った肉は、収納碧晶に入れてある。

 この肉を焼き鳥などにして食べると美味しいのだが、一つだけ欠点があった。微かに独特の臭みがあるのだ。

 それさえなければ、一級品の肉なのだが……とリカルドは残念に思った。


 凱旋パレードの見物を終えたリカルドたちは、母親が働いている店へ向かう。

 そこには、新しい料理店が完成していた。名前は『ユニウス料理館』、一部レンガ造りの木造二階建て、一階の入口付近に従来通りの中華まんとかき氷を売っている売店がある。

 夏も終わりの時期だが、かき氷を求めて来店する人々は多く活気があった。それだけではなく、店の厨房では料理人として雇ったラヴィーナが冷やし中華を作っていた。

 店内で出しているものは冷やし中華とかき氷だけだが、行列ができるほど人気がある。

 この二つだけなのは厨房の設備がまだ完成しておらず、天ぷらなどの料理を出せないのだ。

 ちなみに、店の壁にはお馴染みの『冷やし中華始めました』の張り紙がある。なんとなく物足りなさを感じて、リカルド自身が貼ったものだ。


 リカルドは厨房のラヴィーナに熊喰い鷲の肉について尋ねた。

「臭みのある鳥肉ねぇ。一番簡単なのは香辛料で臭いを消すことじゃないかい」

「香辛料を使えば、問題なく食べられると思うんですが、香辛料は高いですからね」

 ラヴィーナは少し考え。

「それなら燻製にしてみちゃどうだい」

「燻製ですか」

 リカルドは試してみることにした。


 翌日、燻製にした熊喰い鷲の肉は、ラヴィーナの手で絶品料理となった。

 もちろん、そんなもので熊喰い鷲の肉は食べ尽くすことなどできず、リカルドは鷲肉ジャーキーを作ることにした。薄くスライスした鷲肉を塩と乾燥ハーブ、蜂蜜を使ったソミュール液に浸し一日置いた後、流水で塩抜きをする。

 その後、乾燥させ香りのいい木片を使っていぶした。

 完成した鷲肉ジャーキーは、エールのツマミとして最適なものだとラヴィーナが太鼓判を押す。

「エールか、飲んでみたいな」

 リカルドが思わず口にすると。

「あんたにゃまだ早いよ」

 ラヴィーナが笑いながら告げる。

 これは売れると試食した店で働く主婦たちに言われたので、近くの主婦たちを総動員して大量の鷲肉ジャーキーを作った。

 鷲肉ジャーキーは今だけの限定品として売り出すと評判になり、瞬く間に完売した。


 その鷲肉ジャーキーをリカルドから手に入れたサムエレ将軍は、自分で試食した後、半分をガイウス王太子へ送り、後の半分をアルチバルド王に献上した。

 それを口にしたアルチバルド王は、サムエレ将軍に。

「先日、将軍から貰ったジャーキーは素晴らしいものだった。どこで買ったものなのじゃ?」

「この夏からかき氷を売り出した店より購入した期間限定品でございます」

「おお、あの店か。チューカマンやかき氷だけでなく、あのようなものも売っておったのか」

「はい。ただ、残念なことに限定品ですので瞬く間に売り切れたそうでございます」

「何、もう売っておらんのか?」

「中々手に入らない食材を使っておりましたので、その食材が手に入らなければ作れないとのことでございます」

「そうか、残念じゃ」

 サムエレ将軍は『宮廷魔術士たちが熊喰い鷲を仕留めていれば、好きなだけお召し上がりになれたのですが』と言おうとして止めた。

 宮廷魔術士長に逆恨みされそうだと思ったからだ。


 間藤未来生がこの世界に辿り着き、リカルドとして生活を始めてから三年の歳月が流れた。

 初めは生きていくだけで精一杯だったが、この世界の知識を深めるに従い、この世界が奇妙だと思えてきた。

 まずは、この世界の穀物。小麦・大麦・ライ麦・燕麦などを中心に栽培されている。間藤が歴史の本から得た知識によると、科学知識や農業技術が発達する前の時代においては、小麦の収穫倍率は数倍だったはずである。

 だが、この世界の小麦は誰かが品種改良したかのように二〇倍ほどもある。小麦だけでなく芋類や野菜も収穫量は多いようなので、リカルドは不思議に思ったのだ。


 それに魔獣の存在だ。魔獣は魔境と呼ばれる場所で発生し、外へと広がったようだ。

 その証拠に、魔境に近いほど魔獣は多く、遠くなると魔獣は少なくなる。魔境から離れた地域の町は、防壁が不要になると聞いていた。

 しかし、ロマナス王国の中心には魔境クレブレスが存在する。

 世界には幾つかの魔境が存在するが、魔境クレブレスは広さにおいて最大級の魔境だった。


 魔境は謎に包まれている。しかも異星人の研究所まで存在するのだ。

 リカルドは知れば知るほど住んでいる世界が分からなくなった。


第3章 王都復興編は今回で終了となります。

次章をよろしく。

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