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scene:78 王都の危機

 モンタが放った【風斬】の魔術は威力こそ人間の魔術と同じだが、形成された空気の刃が小さかった。モンタ自身の大きさを基準に刃の大きさをイメージしているのだ。

「凄いぞ、モンタ」

 リカルドが褒めるとモンタが走り寄り、リカルドの身体によじ登って頭に抱き付く。

「リカ ノ オカゲ 大スキ」


 そこにセルジュとパメラが駆け寄る。

「ずる~い。モンタちゃんだけ魔術が使えるぅー」

「ずるいよ、リカルド兄ちゃん。僕にも魔術教えてよ」

 リカルドはセルジュとパメラにも魔術や他の学問を教えるつもりでいる。だが、まずは読み書きを教える予定である。

「魔術は読み書きができるようになってからだよ」

「そんなー」

 セルジュは六歳になった。母と兄と相談し、そろそろ読み書きの勉強を始めさせようかと考えている。

 この世界の読み書きは、親族が教えるか家庭教師を雇うかして学ばせる。

 王都の有名な学校である王立バイゼル学院初等科では、読み書きができるという前提で生徒を集めるので、読み書きを教えてくれないのだ。


 リカルドたちの様子が示すように、王都は平和である。その時までは───。

 その直後、巨大な影が王都を横切った。

 巨大な怪鳥の姿を目撃した王都民は大勢いた。訓練場で近衛兵を鍛えていたサムエレ将軍も、その一人である。王都の上空を旋回しているのが熊喰い鷲だと気付いた将軍は、見張り塔の兵士に非常警報用の鐘を打ち鳴らさせた。

 非常警報用の鐘の鳴らし方は幾つかあり、その時の鐘は『屋内に避難せよ』という鳴らし方だ。

 その鐘を聞いた官僚たちが何事かと逆に外へ出てきた。


「馬鹿者、中へ避難せんか!」

 サムエレ将軍の大声が鳴り響く。その声に呼応するように、熊喰い鷲が急降下を開始した。

「伏せろ!」

 官僚の数人は将軍の命令に従ったが、大部分は訳が分からず立ち尽くす。

 巨大な怪鳥は立ち尽くす官僚の一人に巨大な爪を突き立て引き裂いた。その官僚は血を撒き散らしながら倒れる。撒き散った血を全身に浴びた官僚たちから上がる盛大な悲鳴。

 辺りは阿鼻叫喚地獄のような騒ぎとなった。

 サムエレ将軍は腰のホルスターから【風】の魔彩功銃を抜いて引き金を引く。衝撃波が巨大な怪鳥の顔を直撃した。

 ホーン狼なら即死させる威力がある衝撃波だったが、熊喰い鷲はダメージをほとんど受けず少し嫌がるだけで飛び立った。そして、鐘を鳴らしている見張り塔の屋根を破壊して飛び込み、そこに居た兵士を皆殺しにする。

 熊喰い鷲は見張り塔の上で翼を広げ、背筋が凍るような鳴き声を上げた。


 サムエレ将軍は状況を見極め。

「お前たちは、負傷者を城の中に運び込め。私は宮廷魔術士長に会いに行く」

 近衛兵が走っていくのを見送った将軍は、宮廷魔術士たちが待機している王城の一角に向かう。

 途中、外へ出ようとしている宮廷魔術士の集団に出会した。

「将軍、何があった?」

 先頭を歩くヴィットリオ宮廷魔術士長が、サムエレ将軍に尋ねる。

「熊喰い鷲が現れ、役人と兵士の何人かが死んだ」

 ヴィットリオは宮廷魔術士の何人かに備品庫の触媒を持ってくるように命じた。


「それで、熊喰い鷲は今どこに?」

「見張り塔だ」

 窓の所まで移動した宮廷魔術士達が、見張り塔を見上げる。

「なんて大きさだ」

 宮廷魔術士の一人が声を上げた。同意するように周りの魔術士たちが頷く。

「ヴィットリオ殿、私は陛下に報告に行く。貴殿には熊喰い鷲の対処をお願いしたい」

「ふん、剣や槍が通用しない敵だからな。近衛兵どもは見物でもしていろ」

 近衛軍の指揮官である将軍は、ヴィットリオの言い方にムッとした。だが、顔には出さず。

「いや、私の部下にバリスタで攻撃させましょう」

「不要だ」

 宮廷魔術士たちはサムエレ将軍を残し、外へ向かった。


 将軍はアルチバルド王の下へ行き、状況を説明する。

「また、春のようなことはないのだろうな」

 国王は暗殺者が城に入り込んでいる可能性を不安に思っているようだ。

「地下道は近衛兵が封鎖しておりますので、心配はございません」

「暗殺者の心配はないと言うのだな?」

「今回の魔獣は、召喚されたものではなくベルーカ山脈から飛んできた熊喰い鷲ですので、暗殺の可能性は低いと思われます」

「ふむ、問題は魔獣だけだと言うのだな。宮廷魔術士に倒せるのか?」

「相手が空を飛ぶ化物ですので、倒せるとは断言できませんが、撃退は可能だと思われます」

 空を飛ぶ強力な魔獣を倒すことは、非常に困難なのだ。特に熊喰い鷲ほどの魔獣になると一撃で仕留められる魔術も限定される。


 側近のアルフレード男爵は、アルチバルド王に地下避難施設へ避難するように願った。

「いや、王たる者が一番に避難するようでは、示しがつかぬ。将軍は王妃や娘たちを避難させてくれ」

 アルチバルド王は凡庸な王だが、王としての気概はあるようだ。

 サムエレ将軍は侍女や侍従に指示を出し、王城に住む女性を地下避難所に退避させた。

 その指示を出した後、部下と一緒に国王を守りながら、熊喰い鷲と宮廷魔術士の戦いを見守る。


 見張り塔の周囲に展開した宮廷魔術士たちは、熊喰い鷲を塔から叩き落とそうと魔術を放つ。

 その魔術は、熊喰い鷲が巻き起こした風に阻まれ、ほとんど命中していない。何度も人間の放つ魔術を受け、熊喰い鷲も学習したようだ。

「あの翼は厄介だな」

 ヴィットリオが呟く。

 熊喰い鷲が羽ばたくことで巻き起こす風には、翼から漏れ出た魔力が含まれているとヴィットリオは気付いた。その魔力を含む風を利用し、熊喰い鷲は防御に使っているのだ。

 宮廷魔術士たちも初めての事態なので戸惑っていた。


 しびれを切らしたヴィットリオが。

「メルロ、モンデロ、ネスタ、得意な上級魔術を放て!」

 上級魔術の射程は短いものが多い。そこで射程の長い中級上位の魔法を選んで攻撃していたのだが、ヴィットリオは一か八かで上級魔術を使う決意を決めた。

 三人は意を決して見張り塔に近付き、魔術の準備を始める。

 最初に上級魔術を放ったのは、ネスタである。彼は見張り塔の傍まで近付き【風】の上級魔術【九天裂風】を放った。

 【九天裂風】の魔術により発生した風の刃は、熊喰い鷲へ向かって飛ぶ途中に、巨大な翼が引き起こした風により軌道を逸らされ城の壁に命中。その結果、城の壁に大きなヒビが幾つも生まれた。

「し、しまった」

 ネスタが青褪める。


 次に上級魔術を放ったのはメルロ。彼は【火】の上級魔術【火焔剛槍】を発動した。

 【火焔剛槍】は巨大な炎の槍を投擲する魔術である。命中した時の威力は上級下位の魔術の中でも指折りだが、飛翔速度が遅く躱される可能性が高い。

 案の定、巨大な炎の槍が迫るのに気付いた熊喰い鷲は、塔の上から地面に向かってダイブし躱す。巨大な炎の槍は見張り塔に命中し塔の上部を消し飛ばした。

 宮廷魔術士たちを吹き飛ばすような勢いの爆風が起こり、ヴィットリオたちは身を伏せる。


 その時、急降下した熊喰い鷲は、近くに居たネスタを巨大な爪で引き裂いた。

「急げ、モンデロ」

 ヴィットリオは地上に下りた熊喰い鷲を見て、チャンスだと気付きモンデロの魔術を急がせる。

 モンデロは仲間を引き裂いている巨大な怪鳥に向け、【水】の上級魔術【竜爪斬】を放った。

 【竜爪斬】は竜の爪のような水刃の斬撃が敵に向かって四連続で飛ぶ魔術。その威力は竜爪と呼ばれるだけのものが有り、岩さえ切り刻む。

 一撃目と二撃目は熊喰い鷲を捉えられなかったが、三撃目と四撃目は敵の胸と足を切り裂き大きなダメージを与えた。


 ダメージを受けた熊喰い鷲は、耳が痛くなるような絶叫を上げる。

「今だ、一斉に魔術を放て!」

 宮廷魔術士たちが各々が得意とする魔術を放つ。

 だが、熊喰い鷲は健在だった。地上で翼を羽ばたかせ風を起こし魔術の軌道を逸らす。

 結果、軌道を逸らされた魔術の幾つかが城に向かった。


 城の中で宮廷魔術士たちの戦いを見守っていたサムエレ将軍と国王は、魔術の流れ弾が自分達に向かってくるのに気付き慌てる。

「危ない!」

 将軍は国王を抱え、横に飛ぶ。その直後、窓から飛び込んだ炎の塊が部屋の中で爆発した。

 その爆発に気付いたヴィットリオは慌てた。宮廷魔術士たちに攻撃を止めさせる。


 ヴィットリオの判断は間違っていた。熊喰い鷲はダメージを受けており、仕留めるチャンスだったのだ。

 攻撃が止んだ隙に、熊喰い鷲は空へと舞い上がる。

 宮廷魔術士たちは襲い掛かってくるのかと身構えた。だが、巨大な怪鳥はあっさりと飛び去ってしまう。ヴィットリオ達が考えている以上に、熊喰い鷲のダメージは大きかったのだ。

「に、逃したか」

 ヴィットリオは呟いてから、重大な事態を思い出した。城に駆け込み国王の居る部屋とへ入る。そこには怪我の治療を受けている国王の姿があった。


「陛下、お怪我されたのですか」

 アルチバルド王は憮然とした表情で頷いた。

「爆発時に腕に掠り傷を負っただけ、心配無用じゃ。それより、化物はどうした?」

「我々の魔術に恐れを抱き逃げ出してしまいました」

 それを聞いたサムエレ将軍は舌打ちをしそうになる。

「由々しき事態である。すぐに行方を捜させよ」

 国王の命令を聞いたサムエレ将軍は部屋を出て、熊喰い鷲の行方を捜させるように手配した。


 一方、バイゼル城から飛び立った熊喰い鷲は、海岸付近の上空を飛んでいた。

 海の上には小舟が漂い、船上で人間が何かをしている。城で獲物を取り損ねた熊喰い鷲は、今度こそと思い急降下した。

「ダリオ、船外機を起動。最高速力だ」

 船で昆布漁をしていたリカルドは上空を飛ぶ熊喰い鷲に気付き、一緒に来ているダリオ、エリク、フレッドの三人に指示した。

 小舟が動き始め、海面に波が立つ。

「ひええー、で、でかい」

 エリクが慌てて伏せながら声を上げる。

 リカルドは魔術を準備する時間がないと判断し【地】の魔功ライフルを取り出し、熊喰い鷲に向けて引き金を引いた。ブンという発射音と同時に衝撃波が放たれ、熊喰い鷲の頭に命中した。

 その衝撃で急降下の軌道が逸れた熊喰い鷲は、小舟の横を通りすぎた後、上空へと舞い上がる。

「あ、危なかった」

 リカルドは恐怖を感じ背中から嫌な汗が出た。魔功ライフルの衝撃波が命中しなかった場合、巨大な爪で四人の誰かが引き裂かれていたと予想が着いたからだ。


 熊喰い鷲が諦めていないと悟ったリカルドは、デスオプロッドと触媒を取り出した。

 ロッドに魔力を流し込み、触媒を撒く。

 熊喰い鷲は再び急降下しようとしていた。

 デスオプロッドの先を熊喰い鷲へ向けたリカルドは、自己最強の魔術である【陽焔弾】を発動する。ロッドの先に超高温の光の玉が生まれ、襲い掛かる巨大怪鳥へと飛翔した。

 光の玉は熊喰い鷲の頭を捉えた。陽焔弾に含まれる膨大な熱量が熊喰い鷲の脳まで浸透し焼き焦がす。

 熊喰い鷲は海に落ち、少しの間藻掻いていた。だが、段々と動きが小さくなり静かになる。


「仕留めたんですか?」

 恐る恐るという感じで、フレッドが尋ねた。

 リカルドは頷き。

「ダリオ、船をあいつの近くに寄せてくれ」

 船を近付けると、リカルドは海を漂っている熊喰い鷲にデスオプロッドを叩き付けた。反応はない。本当に死んでいるようだ。

 リカルドは熊喰い鷲を収納碧晶に入れ、船を海藻が生い茂る岩場まで戻させた。

「さあ、続きをやりますよ」

「そんなー。死にそうになったのに、昆布漁を続けるんですか?」

「当たり前です。今日の目標量には達していないじゃないですか」

 リカルド達はしばらく昆布漁を続けてから飼育場に戻った。


 飼育場で待っていたアントニオが。

「どうだ。ダリオたちは船を操れるようになったのか?」

「ええ、大分慣れてきたようです」

 リカルドがダリオたちと船に乗っていたのは、彼らに船外機の扱い方と昆布漁を教える為だった。

「そんなことより、昆布漁をしていたら馬鹿でかい鳥に襲われたんですよ」

 フレッドが興奮した口調で、アントニオに報告する。

「へえ、それでどうしたんだ?」

「リカルド様が仕留めてしまいました」

「さすが、リカルドだな。どんな奴だったんだ?」

 リカルドが収納碧晶に仕舞った熊喰い鷲を出すと、アントニオは絶句した。これほど大きな鳥だと思っていなかったのだ。

 アントニオはしばらく巨大な鷲を見詰めてから。

「こ、こいつは魔獣じゃないのか?」

「そうですね。たぶん噂の熊喰い鷲だと思います」

「凄いな……ん、守備隊か城の誰かに知らせる必要があるんじゃないか」

「そうですね」

 リカルドはサムエレ将軍に知らせようと考えた。



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