scene:77 猪頭鬼との戦い
戦いの準備を終えたアウレリオ王子たちは、王都を出発しクレム川の上流へと向かう。
「殿下、その腰のものは?」
サルヴァートはアウレリオ王子の腰に見慣れない装備があるのを見て尋ねた。
「これか。ガイウス兄上から護身用にと贈られた最新型の魔功銃だ。魔彩功銃と呼んでいるらしい」
ガイウス王太子は弟のために、【風】の魔彩功銃を贈ったのである。
「このタイミングで武器を贈られたということは、我々が熊喰い鷲討伐の準備をしていたのを、知っていたことになりますね」
「ふん、どうせサムエレ将軍あたりが知らせたのであろう」
「なるほど。ところで最新型と言われましたが、今までの魔功銃と何が違うのですか?」
「詳しくは知らんが、威力が上がっているらしい」
アウレリオ王子は旧来の魔功銃を持っていなかったので、どれほど威力が上がっているのか判らなかった。
「試し撃ちはされたのですか?」
「当たり前だ。試しもしない武器を持ち歩くものか」
サルヴァートは王都に魔獣が現れた時に、魔功銃を持った者が魔獣を撃退したという話を聞いていた。小鬼族やウルファルなどなら撃退可能で、それ以上に手強い魔獣は難しいという話である。
「我々の魔砲杖と比べて、威力はどうですか?」
「魔砲杖が上に決まっておる。但し魔彩功銃は触媒を必要としないので、連射ができる。場合によっては有効な武器だ」
サルヴァートは魔術士にとって最適な武器なのではないかと思った。魔術士は接近戦に弱いのだ。その弱点をカバーしてくれる武器が、魔功銃や魔彩功銃なのではないか。もしかすると魔功銃や魔彩功銃の開発には、魔術士が関係しているかもしれないとサルヴァートは推理する。
魔砲杖も魔術士の武器として役に立つと思ったが、魔砲杖は発射毎に高価な触媒を必要とするので、運用コストが高くなるのが欠点だ。
途中、アウレリオ王子の一行は妖樹トリルの群れに遭遇した。
「殿下、我々が」
魔砲杖を装備する砲杖兵士が申し出た。
「いや待て、トリル程度に使うには触媒カートリッジがもったいない。『雷嵐の守護者』と『青狼戦士団』の者に任せる」
妖樹トリルの数は六体、魔獣ハンターたちは剣と槍で妖樹トリルを倒した。
サルヴァートは魔獣ハンターたちの動きを見ていて、中々腕利きの魔獣ハンターらしいと感じる。
倒した妖樹トリルは、王子が収納碧晶に仕舞った。
高さ四メートルほどの塀で囲まれたアバーテ村が見える位置まで近付いた時、門が堅く閉ざされているのが見えた。さらに近付くと一本だけ建てられている櫓の上で村民が武装し見張っているのが見える。
「アウレリオ殿下である。門を開けよ」
門の内側で慌てる村民の気配がして、門が開いた。
村に入ったアウレリオ王子たちは村長の家に案内され、もてなしを受ける。とは言え、貧しい山村だ。村長の取って置きの紅茶が出されたくらいで、他は何もない。
サルヴァートが村の様子を尋ねるとシワだらけの顔をした村長が状況を説明する。
その話によると、二、三匹の猪頭鬼が村にちょっかいを掛けてきたが、追い返したようだ。しかし、姿を見せる猪頭鬼の数が段々と増えており、村人の不安は頂点に達しているらしい。
「お願いします。この村を助けてください」
村長が王子に深々と頭を下げた。
「心配するな。猪頭鬼は余と配下の者が退治してやる」
「あ、ありがとうございます」
村長は感激したようだ。
その夜、王子とサルヴァートは村民たちに命じ、塀の内側に幾つかの小さな櫓を作らせた。塀越しに外の敵へ魔砲杖で攻撃するためである。
この村には木材が豊富にあるので可能だった。但し急拵えの櫓なので、縄で縛って組み立てただけの粗末なものだ。
それが終わった後、王子は村長宅で休み、配下の者は交代で見張りを行った。村民は不安な夜を過ごし、次の日の朝を迎える。
アウレリオ王子が布団の中で微睡んでいる時、切迫した声が上がる。
「猪頭鬼だーーー!」
全員が起き装備を整えると外に出た。
サルヴァートが王子に近寄り。
「村が猪頭鬼に囲まれているようです」
「敵の数は?」
「二十数匹だと思われます」
王子とサルヴァートは門近くに立っている急拵えの櫓に登り村の周囲を見渡す。
ギラギラと光る目をした猪頭鬼たちが、村の方を見ていた。その様子を見て、二人は息苦しさを感じる。
これだけの数の魔獣から受けるプレッシャーは相当なものがある。
アウレリオ王子は意を決して号令を出す。
「村民は村長の家に隠れろ。砲杖兵士は櫓に上がれ!」
村の中が騒がしくなると、外に居る猪頭鬼が叫び声を上げ始めた。
その叫び声に怯えた村人の子供が泣き声を上げる。その瞬間、猪頭鬼が突撃してきた。
「砲杖兵士、狙って撃て! 他の者は塀を越えてきた猪頭鬼を仕留めろ!」
王子の声に応えて、野太い声が上がる。
塀に近付いた猪頭鬼に向け、魔砲杖が発射された。発射のタイミングはバラバラ。一斉射撃による攻撃という訓練を行っていないのだ。
魔砲杖が発動した【鋼矢散弾】により生成された七本の矢は、猪頭鬼に向かって飛ぶ。鋼鉄の矢は猪頭鬼の体に突き立ち血を流させた。
最初の攻撃により矢を受けた猪頭鬼の中で、三匹が死んだ。頭や首、心臓などの急所に矢を受けた猪頭鬼の息の根を止めたのだ。
仕留められず怪我を負った猪頭鬼は、苦痛の叫びを上げながらも突撃を再開する。
村の塀に取り付いた猪頭鬼が、仲間と協力しながら塀をよじ登ろうとする。
「魔術士は後方の猪頭鬼を狙え。砲杖兵士は塀を乗り越えようとする猪頭鬼を狙い撃て!」
サルヴァートは後方に居る猪頭鬼に向け、【風】の中級魔術である【滅裂雨】を放つ。上空から降る衝撃波の雨が猪頭鬼にダメージを与えた。
その魔術で二匹の猪頭鬼が死に、一匹が負傷する。
砲杖兵士と魔術士の攻撃でも、全ての猪頭鬼を足止めすることはできず、数匹が塀を越え村の中に入ってきた。
その猪頭鬼に対して、魔獣ハンターたちが突っ込んでいく。
塀を乗り越えた猪頭鬼の一匹が、アウレリオ王子の方へ突進した。このまま櫓に体当りされれば、急拵えの櫓が倒壊する。
それに気付いた二人の護衛兵が猪頭鬼の突進を防ごうとを立ち塞がる。
「グルウアアーーー!」
猪頭鬼が雄叫びを上げ、護衛兵に向け棍棒を振り回した。一人の護衛兵は剣で受け止めようとするが、剣は折れ飛び護衛兵の腹に棍棒が減り込んだ。
血を吐き出し倒れる護衛兵。
アウレリオ王子は魔彩功銃を抜き、猪頭鬼に発射した。衝撃波は猪頭鬼の右膝に命中。その右膝の骨が砕ける。
「今だ。仕留めろ!」
王子がもう一人の護衛兵に命じる。
護衛兵は剣を突き出し猪頭鬼の胸を刺した。だが、分厚い筋肉で剣先が止まる。猪頭鬼が棍棒を振り上げるのを見た王子は、もう一度魔彩功銃の引き金を引く。
再び発射された衝撃波が猪頭鬼の頭に命中する。ガクリと崩折れる猪頭鬼。
猪頭鬼は死んだ。その死体を見つめるアウレリオ王子は、喉がカラカラに乾いているのを感じた。
サルヴァートは砲杖兵士の射撃に問題があるのに気付く。複数の砲杖兵士が同時に一匹の猪頭鬼を狙う時が何度もあったのだ。
そうかと思うと簡単に見逃し、塀を越えてくる猪頭鬼もいる。
「訓練不足だな。全く連携が取れていない」
その時、門近くの塀に多数の猪頭鬼が取り付き塀を破壊しようと体当たりや棍棒を叩き付け始めた。
複数の猪頭鬼による体当たりで塀を支えている杭が傾き始める。
「まずい、サルヴァート。塀が倒れたら魔術を叩き込め!」
アウレリオ王子の命令を聞き、サルヴァートは上級魔術である【九天裂風】の準備をする。
杭が傾き塀がミシミシと音を響かせる。次の瞬間、塀の一部が崩壊した。そこを通って猪頭鬼の一団が村に雪崩れ込む。
サルヴァートは【九天裂風】を放った。空気で形成された九つの大きな刃が猪頭鬼に襲い掛かる。
三つの刃が猪頭鬼を切り裂いた。
残ったのは四匹の猪頭鬼。
その猪頭鬼たちが護衛兵と戦い始め、乱戦となり護衛兵の中から負傷者が続出した。
その状況を見て、サルヴァートが舌打ちする。
「チッ、まずい状況だ。アウレリオ殿下」
サルヴァートは王子の傍に行き。
「どうした?」
「魔彩功銃を貸してください」
アウレリオ王子は腰のホルスターから魔彩功銃を抜く。
「これで猪頭鬼を仕留めるつもりなら、慣れている余がするべきだろう」
「ですが、猪頭鬼に近付くことになります」
「危険は承知しておる」
乱戦の中で猪頭鬼を仕留めようとすると、味方を誤射しないように近付く必要がある。
王子は暴れている猪頭鬼の一匹に近付く。護衛兵は盾を使って猪頭鬼の攻撃を防いでいるが、無骨な棍棒の一撃が盾に命中すると身体ごと吹き飛ばされてしまう。
気付かれずに猪頭鬼に近寄った王子は、味方を誤射しないよう猪頭鬼の足を狙って引き金を引いた。
魔彩功銃から発射された衝撃波は、猪頭鬼の足に命中し血管や神経にダメージを与えた。
足にダメージを受けた猪頭鬼は地面に転がった。サルヴァートは護衛兵を後退させ、砲杖兵士に魔砲杖で仕留めさせた。それが一番確実だと考えたのだ。
王子の魔彩功銃と砲杖兵士の魔砲杖との組み合わせは、猪頭鬼に有効だと分かる。次々に猪頭鬼を仕留め、最後の一匹が地面に倒れるまで、それほど時間が掛からなかった。
「負傷者の手当を急げ」
護衛兵の仲間が負傷した者の傷口を洗い、魔術士たちが【治癒】の魔術を施す。
アウレリオ王子はテキパキと動き出した配下を見届けてから、魔彩功銃に付いた埃を拭いホルスターに戻す。
「魔彩功銃というのは、中々使える武器ですね」
「そうだが、新型はガイウス兄上が独占販売権を持つものだそうだ」
「さすが王太子様。抜目がないです」
サルヴァートの言葉に、王子がムッとした表情をチラリと見せる。
負傷者の手当が終わり、死者の亡骸をアウレリオ王子が収納碧晶に入れる。王都に帰って遺族に渡さなければならないからだ。
「遺族には相応の弔慰金を出さねばなりません」
サルヴァートの意見に王子も同意する。そうしなければ、あの王子は遺族への見舞金をケチったと悪い噂が立つ。そうでなくとも、王族である自分を守ろうとして死んだのだ。費用を惜しむべきではないとアウレリオ王子も感じていた。
その頃になって、村人が村長宅から出てきて猪頭鬼の死骸を恐恐と覗き込む。
「猪頭鬼の死骸はどうされますか?」
「取り敢えず収納碧晶に入れて、後で考えるとする」
村の中の猪頭鬼の死骸を片付け、外に倒れている奴を片付けようとした時、上空から風を切る音が聞こえた。
アウレリオ王子とサルヴァートは、上を向いて音の正体を探す。
「殿下、あそこに」
サルヴァートが指差す先には、上空を舞う巨大な鳥の姿があった。
「熊喰い鷲……村の中へ戻り戦闘準備だ!」
アウレリオ王子の号令が響いた。
上空を旋回していた熊喰い鷲が急降下する。急速に大きくなる熊喰い鷲の姿に全員が息を呑んだ。
熊喰い鷲の狙いは、村の外に倒れている猪頭鬼の死骸らしい。
アウレリオ王子はチャンスが一度しかないかも知れないと考え、砲杖兵士に同時攻撃するように命じた。魔術士に攻撃を命じなかったのは、準備する時間がないと判断したのだ。
猪頭鬼の死骸の周りに強い風が吹付け砂埃を舞い上げ始め、上空からバサッバサッと風を切る音が大きくなった。熊喰い鷲が足を先にして舞い降り、猪頭鬼の死骸を鷲掴みにする。
「撃て!」
アウレリオ王子の合図で、急拵えの櫓に登った砲杖兵士が攻撃した。
魔砲杖一丁で七本、合計七〇本の鋼矢が熊喰い鷲目掛けて撃ち出され羽毛に包まれた体に突き刺さる。
熊喰い鷲は防御力が優れているわけではない。ただ巨体を空中に浮かせ飛び回る筋肉は、尋常なものではなかった。猪頭鬼なら貫通するだけの威力を持つ鋼矢は、その強力な筋肉に止められ拳一つ分ほどしか突き刺さっていない。
刺さり方が浅いと判断したアウレリオ王子は、魔術士たちに魔術を放てと命じる。魔術師たちが魔術の準備をしている間、砲杖兵士が二度目の射撃を行い、熊喰い鷲の反撃を阻止した。
サルヴァートは【砕崩炎】、他の魔術士は【火炎竜巻】を選択し魔術を放った。
熊喰い鷲は炎に取り囲まれ、凄まじい叫び声を上げながら巨大な翼を羽ばたかせ強烈な風を巻き起こす。
その風は炎を吹き散らし魔術によって生成した炎を打ち消した。
「馬鹿な……【砕崩炎】の炎が消されるなんて」
サルヴァートは唖然とした表情で、飛び立とうとしている熊喰い鷲を見詰める。熊喰い鷲の周囲には大量の血が流れているが、致命傷には程遠いようだ。
熊喰い鷲はもう一度叫び声を上げると飛び立った。その爪には猪頭鬼の死骸が握られている。
「何っ! 逃げただと」
アウレリオ王子が南西の方角へ飛んでいく巨大な怪鳥を見ながら声を上げた。
サルヴァートが険しい表情を浮かべ。
「殿下、まずいです。あの方角には王都が」
その頃、リカルドは自分の部屋でモンタのために小さな魔成ロッドを作っていた。
材料は妖樹デスオプ製で、書道に使う毛筆ほどの長さがある。【風】の属性色である紫に属性励起した魔力でロッドの表面加工を始めた。
紫に変色したロッドの表面に、細かいが複雑な模様をした雪華紋が浮かび上がる。
「モンタ ノ ロッドハデキタ?」
「出来たぞ。ほらっ」
リカルドが魔成ロッドを渡すと、モンタは嬉しそうに受け取った。
そのまま使おうとするモンタを、リカルドが止める。
「部屋の中じゃ駄目だ」
「庭ナラ イイ?」
リカルドが頷くと、モンタは嬉しそうに外へ行く。
リカルドも庭の方へ行き、モンタを見守る。
モンタは小さな魔成ロッドを握り締め、魔力を放出した。その魔力は紫色に属性励起している。リカルドが魔力を属性励起する場合は、かなりの集中力を発揮し時間を掛けなければならない。
だが、モンタは違う。割と簡単に属性励起した魔力を放出するのだ。それも【風】の魔力限定で。
魔境の研究所で検査を受けた影響は、リカルドだけではなくモンタにもあったらしい。あの検査の後、モンタは属性励起した魔力を放出可能になり、魔術も使えるようになっていた。
モンタは以前も魔術を使おうと試したが、呪文がネックとなって駄目だった。ところが、今は。
魔成ロッドに魔力を流し込んだモンタが。
「キュキュエ」(風斬)
そう叫び魔術を発動した。
モンタは呪文を省略し魔術を発動してしまった。空気が刃を形成し前方に飛ぶ。
空気の刃は標的の丸太を切り裂き飛び去る。その結果を見て、モンタは小躍りして喜んだ。




