scene:76 猪頭鬼討伐隊
エミリアが魔砲杖を開発している間、ベルーカ山脈の方では、熊喰い鷲が獲物を求め暴れ回っていた。
熊喰い鷲が山火事から逃げ込んだベルーカ山脈の中腹は、大蛇蜘蛛が住み着いている場所であり、当然争うこととなる。
大蛇蜘蛛は数匹の群れをなしていたのだが、熊喰い鷲には勝てずベルーカ山脈の中腹から逃げ出した。
熊喰い鷲は点々と餌場を変えながら、ベルーカ山脈の周辺を荒らし回る。
この活動の影響で、麓に住む猪頭鬼の一族が住処を捨てクレム川沿いに川下へと移動を開始した。
ベルーカ山脈と王都との中間、クレム川沿いにアバーテ村が存在する。木こり達が住む小さな村である。
木こりの一人が村を出て伐採の現場へ行こうとした時、目の隅に茶色い何かが動いたような気がして、辺りを見回した。
「気のせいだったか」
何も居ないのを確認した木こりが山の中に一歩足を踏み入れた途端、藪の中から猪頭鬼が襲い掛かって来た。
「グギョオーーー!」
猪頭鬼の叫びを木こりが聞いた時には、毛むくじゃらの手に持つ棍棒が木こりの頭を叩き潰していた。
木こりは助けを求める叫びを上げる暇もなく死んだ。
木こりを殺した猪頭鬼は、木こりの死体を引き摺って山の中へ。
村では木こりが行方不明になったと大騒ぎとなった。木こり仲間が山に探しに行き、その連中も帰らないという事態となり、村人は山に異変が起きていると悟る。
村長は山に入らないように村人に命じると同時に、屈強な若者二人に王都へ助けを求めに行くように頼んだ。
「俺たちに任せてくれ」
「手紙を書いた。この手紙を王都の役人に必ず届けるんだ」
「「おう!」」
二人の若者は斧を担いで村を出るとクレム川沿いの細い道を王都へ向かう。
村を出てほんの少ししか経っていない頃、二人が駆け足で急ぐ道の横から聞いたことのない獣の叫びが聞こえた。
「魔獣かもしれないぞ」
「ああ、気を付けていこうぜ」
道沿いの木陰から、槍が突き出され左側を歩いていた若者の太腿を掠めた。
「痛っ!」
怪我をした若者は、斧を構えながら槍が突き出ている木陰へ視線を向ける。そこから若者たちが噂でしか聞いたことのない人型の化物が現れた。
化物は二人より頭一つ背が高く、胸の厚さは三倍ほどもある。身体中が茶色く短い剛毛に覆われており、首から上に猪の頭が載っている。
その眼には狂気が渦巻いており、その視線を受けた二人の若者は身震いする。
「嘘だろ……猪頭鬼だ」
「逃げるんだ」
二人は逃げ出した。しかし、足を怪我している若者が遅れ始める。
猪頭鬼が追い付くと石の刃が付いた槍を突き出した。怪我をしている若者は何とか躱し、斧を振る。鋼の刃が猪頭鬼の腕を掠め傷付ける。
凄まじい叫びが上がり、猪頭鬼が突進して若者を弾き飛ばした。
先を走っていた若者が戻り、仲間を助けようとする。
「だ、駄目だ。戻ってくるな!」
「で、でも……」
「こいつは俺が引き受ける。王都へ行け!」
仲間を助けようとした若者は一瞬だけ躊躇った後、回れ右をして全速力で駆け出した。
「すまん……許してくれ」
若者は涙を流しながら王都へ急ぎ、半死半生の状態で王都へ辿り着く。
若者が持つ手紙と途中で遭遇した猪頭鬼により、ベルーカ山脈に近いアバーテ村が危機に陥っていることを知った王都の役人は、すぐに重臣たちに報告する。
謁見の間に二人の将軍と宮廷魔術士長が呼び出された。
将軍の一人はリカルドと顔馴染みのサムエレ将軍、もう一人は守備隊を統括しているウドルフォ将軍だ。
この夏から、守備隊を統括する指揮官を置くことが決定し、王都守将と呼ばれる将軍が誕生した。それがウドルフォ将軍である。
以前までは、守備隊の隊長四人が合議制で運営しており、緊急時には王族が直接指揮する建前となっていたのだが、実際は近衛軍の将軍であるサムエレが命令を出していた。
国王の側近であるアルフレード男爵が、きちんとした指揮官が必要なのではないかと言い出し、ウドルフォ将軍が抜擢された。
三人の顔を見た国王は、官僚らしい者に説明をさせた。
アバーテ村で発生した事件と猪頭鬼について聞くと、二人の将軍と宮廷魔術士長の顔が厳しいものとなる。
「木こりの村アバーテで何かが起きておる。三人には協力し解決するよう命ずる」
「「「承知致しました」」」
国王が去ると二人の将軍と宮廷魔術士長は打ち合わせを始めた。
「猪頭鬼が数匹出ただけなら、儂の手勢と宮廷魔術士だけで始末してくれる」
ウドルフォ将軍が威勢よく宣言した。
「しかし、守備隊から大勢を引き抜けば、王都の治安が心配となる。ここは近衛軍からも兵を出そう」
サムエレ将軍が言い返す。
「無用だ。ヴィットリオ殿、魔術士の選別はよろしく頼みますぞ」
「それなんだが、宮廷魔術士の精鋭は別の任務で、南の港町ジブカに行っている。残っている者の中から選ぶことになるが、猪頭鬼程度なら十分だろう」
ウドルフォ将軍は、王太子が何かと頼りにするサムエレ将軍を快く思っていなかった。ウドルフォ将軍自身は、それが嫉妬だとは思っていないが、他人から見ると間違いなく嫉妬である。
そんな心理も働き、今回の任務は近衛軍抜きで始まった。
急いで任務部隊の選抜と装備を揃え、猪頭鬼討伐部隊をアバーテ村へ送り出す。
それをアウレリオ王子とサルヴァートは城で見送った。
「サルヴァート、黙って行かせて良かったのか。我々も参加すべきでは」
「いえ、殿下。我々の獲物はあくまでも熊喰い鷲でございます」
「そうだな」
現在、アウレリオ王子は国王の許可を取り、自分用の部隊を編成していた。魔獣ハンターに加え、三〇人の護衛団も雇い、魔術士を加えると総勢五〇人ほどの部隊である。
その部隊に、エミリアが開発した新型魔砲杖五丁が与えられ訓練が始まっていた。
「残りの魔砲杖はいつ頃完成する?」
アウレリオ王子がサルヴァートに確認した。
「三日後には、完成する予定です」
「ふむ、アバーテ村は熊喰い鷲討伐時の拠点とする予定だったはずだが、大丈夫なのか?」
「ウドルフォ将軍は自信が有りそうでした。万一彼らが失敗したとしても、我らが片付ければいいだけです」
「そうだな」
アウレリオ王子とサルヴァートの言動には自信が溢れている。その自信の源泉は、エミリアが開発した新型魔砲杖だ。
数日前に届けられた魔砲杖を試射した時、アウレリオ王子とサルヴァートは、これほど威力のある武器は他のどこにもないと確信した。
総勢四〇人ほどの猪頭鬼討伐部隊は、騒々しい音を響かせながらアバーテ村へ向かっている。
その中の守備隊から集められた兵士は、魔獣と戦った経験が少なく不安な顔をしている者もいた。
「猪頭鬼って、どんな魔獣なんだ?」
兵士の一人が同僚に尋ねる。
「猪の頭を持つ化物だろ。隊長が言っていたじゃねえか」
「大きさは?」
「アバーテ村から来た男の話じゃ、俺らより頭一つ高いそうだ」
「そんな魔獣相手に大丈夫か」
「魔術士が居るんだ。大丈夫さ」
「そうだな」
アバーテ村までもう少しという頃、道の両脇の藪が濃くなっている場所で、猪頭鬼討伐部隊は襲撃を受けた。
「何か居るぞ。気を付けろ!」
魔術士の一人が突然声を上げた。魔力察知で魔獣の存在を感知したのだ。
討伐部隊の兵士が武器を構え周りを見回す。次の瞬間、藪から四匹の猪頭鬼が飛び出してきた。猪頭鬼達は最初に魔術士に襲い掛かる。猪頭鬼にとって魔術士が強敵だと判っていたような戦い方だ。
猪頭鬼は手強い相手を見分ける直感が優れているらしい。
接近戦に持ち込まれた魔術士は脆い。一人が棍棒で首の骨を折られ倒れた。
「魔術士たちから、化物を引き離すんだ!」
討伐隊の隊長である守備隊将校ルチャーノが、慌てて命じる。
猪頭鬼一匹を七、八人の兵士が取り囲んで攻撃を加え、魔術士を助け出す。五人の魔術士が三人に減っていた。
そして、戦いは激しさを増し、兵士の一人が棍棒で腹を叩かれ、血反吐を吐いて地面に倒れる。
魔術士と兵士の連携が全く取れていなかった。本来なら、魔術士が警告の声を上げた時、魔術士を守るような陣形を取るべきだったのだ。
魔術士と兵士に指示を出すべき指揮官のルチャーノは、自分も剣を持ち猪頭鬼の一匹と戦っている。
魔術士が自己判断で魔術の準備を始めた。だが、猪頭鬼と戦っている兵士たちが邪魔で魔術が放てない。
そして、兵士たちの剣や槍による攻撃は、猪頭鬼に致命傷を与えられずにいた。丈夫な皮と筋肉が防御しているからだ。
「化物から離れろ。魔術を放つ!」
魔術士が叫ぶと兵士たちは一斉に逃げ出した。その隙に二人の魔術士が【爆散槍】を放ち、猪頭鬼二匹を仕留める。
仲間が死んだ猪頭鬼は、魂も凍るような叫び声を上げ魔術士に襲い掛かる。
猪頭鬼を仕留めた魔術士の一人が、仲間を殺され怒った猪頭鬼の棍棒による一撃を受け死んだ。
その後苦戦の末、残った魔術士二人と兵士たちは何とか残る二匹の猪頭鬼を仕留めた。
指揮官ルチャーノは、ホッとした顔をして猪頭鬼の死骸を確認する。
「これで任務完了か」
その言葉に討伐隊全員が気を緩めた。何の確証もないのに、猪頭鬼が四匹だけだと思ってしまったのだ。
「まずは負傷者の手当てだ」
討伐隊が後始末を始めた時、近くの林に六匹の猪頭鬼が迫っていた。
魔術士も油断しており、魔力察知を使っていない。
二日後、討伐隊の一人が重傷を負いながらも王都へ戻ってきた。その者はウドルフォ将軍の前に連れてこられ、報告する。
「討伐隊は……全滅です」
「な、何だと! 十分な戦力を揃えたはずだ。猪頭鬼は何匹居たのだ?」
負傷した兵士が説明する。それを聞いたウドルフォ将軍は。
「ルチャーノめ油断しおったな!」
ウドルフォ将軍が怒りの声を上げた。
討伐隊の結果は国王の下にも伝えられ、国王がウドルフォ将軍を叱責した。
そこにアウレリオ王子が現れ、自分たちに任せてくれと進み出た。
国王は頼もしい息子の言葉を喜び、猪頭鬼をアウレリオ王子に任せるよう決定する。
アウレリオ王子はサルヴァートを呼び寄せ。
「まずは猪頭鬼を我々が始末する。準備を急がせるのだ」
「はい、畏まりました」
サルヴァートは、エミリアから残りの魔砲杖を受け取った後、討伐の準備を始めた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その頃、リカルドは漁師のステファンに会いに来ていた。
「どうしたんだ。また、魚が欲しいのか?」
日焼けした顔でステファンが尋ねる。
「いえ、今日は別のお願いがあって来ました」
「何だい?」
「海のことを教えてほしいんです」
「俺が知っていることなら教えてやるぞ」
「海藻が大量に生えている場所を教えてください」
ステファンが飼育場近くの海で大量に海藻が生えている場所を教えてくれた。だが、言葉で教えられても具体的な位置が分からず、ステファンが実際に案内してくれることになる。
漁師町から飼育場へ二人は向かう。
「海藻が欲しいのか。けれど、船がないと海藻を採るのは難しいぞ」
リカルドはニヤリと笑った。
「船なら買いました。小さな船ですけど」
リカルドは大きな船を買うつもりだったのだが、大型船を操る漁師を育てるのに時間が掛かると知り、まずは小型船を買い海藻を集めようと考えた。
リカルドは所有する小型船の所までステファンを案内する。
小型船は飼育場近くの砂浜に置いてあった。四、五人乗りの小舟でオールや櫂が付いておらず、帆柱もない。
「こいつはどうやって進むんだ?」
リカルドは飼育場からアントニオを呼び、手伝ってもらい小舟を海に浮かべる。そして、収納碧晶から船外機を取り出して小型船に取り付けた。
この船外機は魔動スクーターから取り外した魔術駆動フライホイールを改良し、スクリュープロペラを付けて小型船舶用の魔導船外機としたものである。
ステファンとアントニオを小型船に乗せ、リカルドも乗り込むと魔導船外機を駆動させた。小型船はリカルドが予想している以上の速さで海上を進み始める。
小型船の試乗は済ませていたのだが、その時は潮の流れに逆らいながら進んだので、今日ほどの速度は出ていなかったのだ。
「な、なんじゃこりゃあ。こいつは何なんだ?」
ステファンが目を見張り驚いた。
「これは魔術道具です」
「漁師の俺でも知らない船用の魔術道具なんて……まさか、自分で開発したのか?」
「ええ」
ステファンが驚いている間にも船は進み、水深七メートルほどの場所まで来た。
「ここだ。海底は岩場になっていて、その岩から無数の海藻が茂っているんだ」
リカルドとアントニオが海を覗き込むと、そこには海藻の森があった。
「ここから沖に向かうと、バカラの漁場だ。夏の終わり頃になると数え切れないほどのバカラが群れを作る場所なんだ」
バカラはタラに似た白身の魚で、夏の終わりから秋の頃に海流に乗って、ステファンが教えてくれた海域に押し寄せるらしい。その頃にステファン達漁師はバカラ漁を行う。
その時だけ、王都の人々はバカラの味を楽しめるようだ。ただ小さな網や小型船では漁獲量も知れており、加工に回すだけの量が獲れないらしい。
「へえー、バカラですか。食べたことないな」
アントニオが王都に来てからもバカラという魚を食べたことがないと言う。ユニウス家が魚を食べ始めたのは、ステファン父娘に出会った今年からだとリカルドは思い出した。
リカルドは、そのバカラを大量に獲って加工すれば、雪に閉ざされた冬の食料になるかもしれないと思い付いた。
「バカラ漁か。研究してみるか」
リカルドは呟く。
その後、小型船に積んでおいた鉤爪付きの竿を使って、昆布に見える海藻を巻き付けて引き抜いて採取した。短時間に五〇キロほどを採取する。
この昆布は妖樹クミリも気に入り、適当に切って与えれば喜んで吸収すると判った。




