scene:75 魔砲杖の開発
エミリアはアウレリオ王子から依頼された【鋼矢散弾】の魔術を組み込んだ魔砲杖の試作を始めた。
普通なら組み込む魔術を再現するための因子文字をどうするかという問題から始めるのだが、因子文字についてはリカルドがあっさりと組み上げてしまった。
これには理由がある。魔境のポイント4研究所で手に入れたブラックプレートが二言語表示可能なようになっていたのだ。
一つは元々研究所で使われている因子文字の言語、そしてもう一つは日本語だった。あの研究所で行われた検査において、検査装置はリカルドの記憶を読み取り、日本語の知識も入手したらしい。
御蔭でリカルドの因子文字についての知識は格段に増えた。
何故二言語表示にしたのかは、リカルドの因子文字についての知識が不完全で、因子文字だけでは読めないと判断されたからだろう。
リカルドは同じ箇所を因子文字と日本語で表示させることで因子文字の情報を増やすことが可能となった。
エミリアは五つの黄玉樹実晶に因子文字を刻み一つの魔術回路として組み立てた。
その魔術回路を試作魔砲杖に組み込み、魔砲杖として完成させる。
通常、新しい魔砲杖を開発するには、最低でも一ヶ月は掛かるのだが、今回は十数日で試作品が完成した。
試射を行う時、リカルドも見学させてもらう。
リカルド自身も【雷渦鋼弾】の魔術を組み込んだ魔砲杖を開発しているのだが、それほど開発が進んではいなかった。エミリアのように開発だけに集中できないのが原因である。
試射の場所はエミリア工房の地下試射場。最初に三級の魔成ロッドを組み込んで試射することになった。
エミリアが三級を使おうとしているのは、王家財務官と値段交渉した時に、もう少し安くなるように工夫しろと言われたからだ。
「点検完了、大丈夫。試射するよ」
開発中の魔砲杖を試射する場合、用心して台に魔砲杖を固定し紐を引き金に結び、離れた場所から引き金を引く場合がある。今回はこの方法を取っている。
引き金に繋がった紐が引かれ、魔砲杖から七本の全金属製の矢が現れ的に向かって飛んだ。その飛翔速度は普通の弓矢の二倍ほどである。
鋼矢が発射されると同時に魔砲杖に使われている魔成ロッドがミシッと音を立てる。
飛翔する鋼矢は的である木の板を貫き、背後の土嚢に突き刺さった後、消失した。
エミリアは急いで魔砲杖の下へ行き状態を確かめる。
「駄目、魔成ロッドにヒビが入っている。流れ込んだ魔力に耐えられなかったのよ」
リカルドは的の所まで行き、その威力を確認した。分厚い板の的を貫通し背後の土嚢に穴を開けている。
七本の鋼矢は直径一メートルの円内に散らばって命中したようだ。リカルドが考えていた通りなのでホッとした。
「やっぱり二級の魔成ロッドを使ってみましょう」
もう一度試射が行われ、今度は成功する。使った魔成ロッドにも異常がない。
その結果に、エミリアは。
「どうしたものか。リカルドはどう思う?」
「予想通りの結果というところです。問題は王家財務官が提示した金額では、二級の魔成ロッドを使うと赤字になるという点ですか」
エミリアが溜息を吐く。
「そうなのよね。どうしたらいいか……何かアイデアはない?」
リカルドは少し考えてから。
「鋼矢の大きさを半分くらいにしたら、三級の魔成ロッドでも耐えられるんじゃないかな」
「そうかもしれないけど、確実に威力が低下する。アウレリオ王子は熊喰い鷲を退治に行くらしいから、威力が低下するのはまずい」
アウレリオ王子たちは熊喰い鷲にダメージを与えられる魔術として【鋼矢散弾】を選んだのだ。威力を落とすような改造は許されない。
エミリアとリカルドの二人で検討会が始まった。いくつかのアイデアが出たが、問題点を解決できず排除される。最後に三級の属性色ロッドを使うというアイデアが出た。
三級の属性色ロッドは新技術を使っているが、二級の魔成ロッドよりは安い。二級以上の魔成ロッドは上級魔術が使えるので、一段と値が上がるからだ。
「可能性はあると思う。でも、属性色ロッドは王太子の許可が必要でしょ」
「ええ、ヨグル領へ行って許可を貰ってきます」
翌日、家を出たリカルドはヨグル領へ向かった。
乗合馬車で領都ヤロへ行き、そこからヨグル城砦へ行く。到着したのは夕方で、門の所で名前を言うと中に案内される。
応接室のような場所で待たされ、一〇分後くらいに王太子が姿を現した。
「今回は賢獣と一緒ではないのだな」
「モンタは家の庭に例の種を植えてから、毎日世話をしております」
「ほう、新しい果実を着ける木の種だったな。芽くらい出たのか?」
「それがモンタの胸ほどまで成長しているのです」
驚異的な成長の早さに、王太子は驚く。
「魔術を使ったのか?」
「いえ、何もしていません」
「ふむ、面白い。余が貰った種も成長が早いかもしれんな」
「あの種は植えられたのですか?」
「いやまだだ。育てるのは妖樹、しっかりした飼育場を作ってから種を育てようと思っておる」
「なるほど、それが賢明でしょう」
「ところで、今回の訪問の用件は何だ?」
リカルドは事情を話し、属性色ロッドを使う許可を貰う。
「弟からの依頼なら、反対する理由もない。ただ熊喰い鷲の件は、余も気にしておる」
「そうですね。王都を襲うような事態になると大変なことになりそうです」
王太子がゆっくりと首を振る。
「そうではない。余が気にしているのは、アプラ領の対応だ。何故、アプラ侯爵は山に火を放ったのだ。故意に熊喰い鷲を王領へ追いやったとしか思えん」
言われてみれば、そうかもしれないとリカルドも考えた。
「だが、王家へ喧嘩を売るような度胸がアプラ侯爵にあったとは思えん。きっと、メルビス公爵あたりが裏で糸を引いているに違いない」
王太子の推測は当たっていた。しかし、それを確かめるには王家の諜報部隊が必要であり、王太子には諜報部隊を動かす権限がない。
王太子から諜報部隊のことを聞いて、リカルドは興味を持った。
「諜報部隊ですか。普段は何をしているのですか?」
「ピグメンの調教だ」
答えてはくれないだろうと思いながら発した質問に、王太子が答えてくれたのでリカルドは驚く。
しかも思いもよらない答えだった。
ピグメンというのは、ハムスターに似た魔獣である。大きさも姿もハムスターだが、額に小さな角がある所が異なっていた。
そのピグメンを調教しているとは、どういう意味か、疑問に思ったリカルドが尋ねる。
「ピグメンは諜報活動で使役する魔獣なのだ。諜報員は【命】の魔術である【意識共感】を使ってピグメンと意識を繋げ、目的の屋敷などに侵入させ情報を手に入れる」
「なるほど、ピグメンの意識を乗っ取って諜報に使うのですか」
「いや、違うぞ。意識を乗っ取るわけではない。意識を繋げるだけだ。指示は出せるが、諜報員がピグメンの体を動かせるわけではない。そのために調教が必要なのだ」
リカルドはこの国の諜報活動が変わったものであることを知った。但しピグメンを使った諜報活動はロマナス王国だけの技術で、他の諸国は普通の諜報活動を行っているらしい。
「ピグメンというのは、賢い魔獣のようですね」
「賢獣ほどではないが、人間の言葉もある程度理解する賢い奴らだ」
賢獣との違いは、成長しても言葉を喋れないことぐらいらしい。
リカルドと王太子はピグメンの話で盛り上がる。王太子は可愛いものが好きなようだ。
ヨグル城砦に一泊した翌朝、リカルドは第二魔境門へ向かう。魔境門の近くで見付けた神珍樹が実を着けているか確かめようと思ったのだ。
第二魔境門から魔境へ入り、岩山の方へ歩く。妖樹クミリが走り回る姿が目に入るようになり、小さな洞窟を探して進んでいると、妖樹トリルと遭遇した。
リカルドは背負っている鞘からデスオプロッドを抜き構える。妖樹は頭の上にある閃鞭を振り回しながら襲ってきた。
閃鞭の攻撃を躱し、一歩踏み込んでデスオプロッドを妖樹の弱点である樹肝の瘤に叩き込む。瘤がグシャリと潰れた。
その一撃で妖樹トリルの息の根が止まる。
リカルドは妖樹の体を収納碧晶に仕舞い、再び歩き始めた。それから何体かの妖樹トリルと遭遇し倒す。四体目の妖樹トリルは細長いどんぐりのような実を着けており、それを倒してどんぐりを手に入れた。
小さな洞窟を発見し近付く、洞窟の中を覗くと相変わらず妖樹クミリの集団が屯している。
「さてと、ちょっとどいて」
リカルドが洞窟の内部に入ると、妖樹クミリが奥へと逃げ出した。上の岩棚へと続く通路を見付けて登り始める。一〇分ほどで岩棚に到着した。
岩棚へ出ると中央辺りに神珍樹があった。その枝には樹実晶は無く、魔獣が食べたのかとガックリしたが、よく見ると根本に幾つかの樹実晶が落ちていた。
リカルドは急いで神珍樹の実を回収した。黄玉樹実晶十八個、紅玉樹実晶十二個、紫玉樹実晶六個、碧玉樹実晶二個を拾い上げた。
「今回は碧玉樹実晶が二個か、大収穫だな」
回収した樹実晶をペンダント型収納紫晶に仕舞い洞窟から出た。
「後は属性色ロッドを作る素材を手に入れないと」
三級の魔成ロッドなので、妖樹ダミルか、妖樹タミエルの枝が手に入ればベストである。
辺りを探し回り、洞窟より北へ行った所で妖樹ダミルの群れを発見した。
「八体はさすがに多いな。囲まれたら、お終いだ」
リカルドは【地】の魔功ライフルを取り出し、その場から離れようとする。
その時、二匹の樹咬トカゲが現れ妖樹ダミルの群れと戦い始めた。
体長一五〇センチほどの樹咬トカゲは、妖樹トリル程度なら噛み殺すのだが、妖樹ダミルだと相手が悪い。妖樹ダミルの頭部にはアフロヘアーのような枝葉が茂っており、その中から生えている強力な二本の閃鞭が鞭のようにしなり樹咬トカゲを攻撃する。
二本足で移動する樹咬トカゲは、器用に閃鞭の攻撃を避けながら妖樹ダミルの懐に飛び込み幹に噛み付いた。
大乱闘が始まった。
リカルドは樹咬トカゲへの攻撃に集中している妖樹ダミルの樹肝の瘤目掛け、岩陰に隠れながら魔功ライフルを発射する。威力のある衝撃波は、樹肝の瘤に命中し裂け目を作った。そこから樹肝油が流れ出し、妖樹ダミルの寿命を縮めていく。
取り囲まれた樹咬トカゲが逃げようとするが、妖樹ダミルがそれを許さない。
仲間が撃たれても、妖樹ダミルは樹咬トカゲが何かしたと思ったようで、閃鞭での攻撃が勢いを増す。
リカルドは一体ずつ確実に妖樹ダミルを仕留めていき、三体まで減らした時、二匹の樹咬トカゲが閃鞭で切り裂かれ死んだ。
その時になって漸く、妖樹ダミルがリカルドの存在に気付き近付いてくる。
「これはヤバイですね」
リカルドは魔功ライフルを仕舞い、デスオプロッドと触媒を取り出し【雷渦鋼弾】の準備をする。
真っ先に近付いてくる妖樹ダミルを目掛け【雷渦鋼弾】を放った。雷渦鋼弾は妖樹ダミルの幹に大穴を開け、後ろにいたもう一体の妖樹ダミルの樹肝の瘤を粉砕する。
残った一体が、リカルド目掛け閃鞭を振るう。
全力で後方に飛んだが、閃鞭の切っ先がリカルドの戦闘ローブを切り裂いた。
リカルドの心臓が壊れたかのように鼓動を速め、全身から汗が吹き出す。アドレナリンが全身を回り、思考が高速化した。
次々に閃鞭が襲い掛かり、リカルドは必死で逃げ回る。
その時、高速化した思考が一つのアイデアを弾き出した。
追い掛けてくる妖樹ダミルの前に、収納碧晶からコンテナハウスを出す。妖樹ダミルがコンテナハウスに衝突し大きな音を立てた。
その隙に【雷渦鋼弾】を準備。妖樹ダミルがコンテナハウスの周りを回って近付いた時、雷渦鋼弾が放たれ妖樹ダミルの幹を半ば削り取り仕留める。
「はあっ、死ぬかと思った。欲を出さずに、ダミルと樹咬トカゲが戦っている間に、逃げれば良かったんだ」
リカルドは妖樹ダミルと樹咬トカゲの死骸を収納碧晶に入れてから、コンテナハウスへ入った。
妖樹ダミルとの衝突で壊れていないかと心配したが、大丈夫なようだ。
ベッドに座って、冷蔵収納紫晶から取り出した冷たい水を飲む。
しばらくジッとして落ち着いてからコンテナハウスの外に出る。周りに危険な魔獣は居ないようだ。
コンテナハウスを収納碧晶に仕舞い、魔境門を目指して戻り始めた。
魔境を脱出し、ヨグル城砦から出ている乗合馬車に乗って領都ヤロに行き宿に泊まる。
その翌朝早くに王都への乗合馬車で出発し、昼過ぎ頃に王都へ戻った。
家に戻ったリカルドは、庭で妖樹ダミルの枝を加工しロッドを作る。十二本作って部屋に戻り、魔力コーティングを始めた。
プローブ瞑想により意識を精神構造体の奥へと沈み込ませる。源泉門を探して静かに沈むと源泉門を感じ近付く。源泉門に近付くに連れ抵抗を感じ始める。
漆黒の源泉門から四歩の距離に到達した。以前はそこが限界だったが、今なら先に進めそうだ。リカルドは集中力を高め意志力を総動員してもう一歩進む。
源泉門から三歩の距離に到達。源泉門から膨大な力が流れ込んでくるのを感じる。その力の一部が魔力へと変換され全身に漲っていく。
だが、この状態だと一瞬でも気を抜けば意識が吹き飛ばされる。一歩後退する。それでも抵抗感は強く、魔力コーティングはできそうになかった。
仕方なくもう一歩後退し源泉門から五歩の距離を保つ。
これなら魔力コーティングの作業も行えそうだ。
放出する魔力を属性励起させようと意識を集中する。魔力が【地】の属性色である茶色に変わり、段々と色が濃くなってゆく。
魔力が焦げ茶色に変わったところで、その魔力をロッドに注ぎ込む。焦げ茶色の魔力がロッドの表面を侵食した瞬間、ロッドの表面がピシリと音を立て裂けた。
「駄目か。妖樹ダミルの枝だと上級魔術相当の魔力に耐えられないのか」
リカルドは源泉門から後退し、六歩の距離で魔力を属性励起させる。魔力の色は茶色である。茶色の魔力をロッドに流し込む。ロッドの表面が茶色に変色し、その上に雪華紋が浮き上がる。
芸術品のように綺麗な雪華紋だ。
リカルドは出来上がった属性色ロッドを眺め満足した。
翌日、属性色ロッドを一本だけエミリアに渡す。
「へえ、綺麗な属性色ロッドね」
早速、試作魔砲杖に組み込み、試射してみる。属性色ロッドに癖があることは知っているので、一度で成功するとは思っていなかった。
案の定、発射された鋼矢は明後日の方向へ飛んでいく。それでも属性色ロッドにヒビが入るようなことはなかったので、エミリアは安堵する。
「後は、魔術回路を修正し対応するから任せて」
完成の目処が立ったエミリアが、自信有り気に言った。




