scene:72 精神の変化
緑色の円柱の傍でリカルドと王太子が会話していると、モンタが来て騒ぎ始めた。
「どうしたんだい?」
「リカ 来テ。ミツケタ」
「何を?」
「スゴイノ ミツケタ」
モンタが見付けたものを見せたいらしいので、案内してもらうことにした。
樹の枝から枝へと飛び移りながら移動するモンタを追って、リカルドと王太子が丘を下り始める。もちろん、護衛役の兵士たちと銀嶺団も付いてくる。
「コッチ、コッチ」
モンタの声のする方へ警戒しながら進んだ。モンタがある老木の上で、得意そうに声を上げている。
丘の斜面から幹を伸ばしている老木は神珍樹だった。太い蔓が幾重にも巻き付き、老木の神珍樹を絞め殺しそうになっている。
老木には最後の力を振り絞ったかのように実が生っていた。但し、その数は多くない。
「凄いぞ、モンタ。神珍樹じゃないか」
「すげえ、神珍樹だ。よく見付けたぞ。モンタ」
「偉いぞ、モンタ」
リカルドたちはモンタを思いっきり褒めてやった。
モンタは嬉しそうに枝から枝へと飛び回りながら、樹実晶を枝からもぎ取るとリカルドたちに向かって落とす。リカルドたちは大騒ぎしながら、神珍樹の実をキャッチした。
この老木の神珍樹からは、黄玉樹実晶三十五個、紅玉樹実晶十九個、紫玉樹実晶十二個、碧玉樹実晶三個が採取された。
銀嶺団のメンバーは地面に落ちているものがあるかもしれないと、まだ探している。
リカルドは王太子に採取した樹実晶の個数について尋ねた。樹の大きさに比べると少ないそうだ。きっと絞め殺そうとしている蔓の影響だろう。
リカルドは老木から蔓を引き剥がしてやる。このまま朽ち果てるかもしれないが、もしかすると再び生命力を盛り返し、また実を着けるかもしれない。
「その神珍樹。もう駄目なのではないか?」
王太子がリカルドに確かめた。
「そうかもしれません。でも生き残ったら、また樹実晶を採取できます」
モンタに頼んで、上の方にある若い枝を数本取ってもらった。その枝で妖樹と接ぎ木ができないか試すつもりなのだ。
そして、少し離れた場所の地面に枝を挿し木の要領で埋め、【治癒】の魔術を掛ける。【治癒】には弱い再生の効果が有るので、地面に埋めた部分から根が生えてくるかもと考えたのだ。
三箇所に挿し木をした。これらが根付けば、多くの樹実晶が期待できる。
挿し木したのは、もう一度ここへ来ようと思っているからだ。
リカルドには、もう一度ここへ来る手段『ブラックプレート』の地図があるので、簡単に辿り着けるだろう。
他の者はどうか。この場所は目立つような目印もないし、似たような丘が周囲に幾つもある。時間を掛け虱潰しに探せば、この場所に辿り着くだろうが、苦労することになる。
コンテナハウスの場所に戻り、夕食。その後、見張りの順番を決め休むことになった。
六時間ほど寝た頃、見張り番の交代でリカルドは起こされた。
ボーッとした状態から意識がはっきりした途端、違和感を覚えたリカルドは、何だろうと思い首を傾げる。
眠ったことで、研究所での検査により掻き回された精神が落ち着き、脳と精神に変化が現れたらしい。
あの検査は脳に刺激を与え、その刺激に対する精神の反応を確かめるという目的があったのでは、とリカルドは推測していた。その御蔭で機能していなかった精神の一部が活性化されたようなのだ。
リカルドの精神に起きた変化は、記憶とイメージ力に大きく影響を与えていた。個人差はあるだろうが、人間が脳裏に以前見た風景を思い浮かべる時、特徴的な地形や物を漠然とイメージするだけというのが普通だと思う。
世の中には写真やテレビ映像のようなはっきりしたイメージを頭の中に浮かべられる人がいると聞いたことがあるが、リカルドは違う。
いや、今までは違った。変化の起きたリカルドは、写真や映像のようにはっきりしたものを脳裏に浮かべられるようになっていた。
コンテナハウスの外に出ると、アメディオが焚き火の傍に座りマリベラと話をしていた。
「やっと起きたな。これから朝まで見張り番だぞ」
アメディオの言葉に、リカルドが。
「ええ、朝までよろしく」
リカルドは焚き火の傍に座った。マリベラがリカルドに視線を向け。
「ねえ、今回の探索は成功だったの?」
「そうですね……セラート予言の原因については分かりませんでしたが、魔境の調査という点に関して言うと、成功だったと思います」
「そう、魔境について何か判ったということね。それは変な建物に関係しているのよね?」
「そうです。でも、王太子殿下から秘密にしろ、と命じられているので」
「言えないのね、仕方ないか」
二人と喋りながら時間を潰し、空が少し明るくなった頃。
遠くから何かの足音が近付いてくるのに気付いた。
「この足音、ヤバイんじゃないか」
アメディオの声が上ずっている。足音からすると巨大な魔獣が近付いてくるようだ。
「私、他の人を起こしてくる」
マリベラがコンテナハウスの方へ走っていった。
王太子が起き、こちらに来た時、敵の正体が判明した。
「ゲッ、巨頭竜じゃねえか」
兵士の一人が声を上げた。体高五メートルほどの二足歩行する巨大なトカゲである。
「おいおい、ティラノサウルスかよ」
思わず、リカルドの口から日本語が溢れる。それほど迫力ある存在が傍まで来ていた。
「リカルドとマリベラは【火】の魔術を解禁する。全力で撃退しろ」
王太子が火事になる可能性を無視してもいいという指示を出した。巨頭竜はそれほどの魔獣なのだ。
リカルドは【雷渦鋼弾】の触媒を取り出し、デスオプロッドを構えた。
巨頭竜は丘の麓に立ち、こちらを睨み大きな口を開けた。その口から発せられた咆哮が、リカルドたちの身体を揺さぶる。
マリベラが中級魔術【火炎竜巻】を巨頭竜に放つ。赤い炎の渦が巨頭竜に向かって走り巨頭竜とぶつかると、その巨体を覆っている竜鱗により、炎が弾き返された。
巨頭竜の竜鱗には、魔法の炎を撥ね返す力があるようだ。
王太子と兵士たちが魔功ライフルと魔彩功銃で攻撃を始めた。しかし、その攻撃ではダメージをほとんど与えられなかった。
「やはり駄目か、リカルド!」
王太子の叫び声が、リカルドの耳に届く。攻撃を急げと言っているのだ。
リカルドは【雷渦鋼弾】の魔術を放った。
今までのように、鋼の粒が空中に現れる。だが、その粒の一つ一つが大きいようだ。高速で回転を始め紡錘形を形成し、鋼の粒同士が接触し火花が散る。その雷渦鋼弾が、ドンと衝撃音を残して前方に撃ち出された。
衝撃音が発生したのは音速を超えたからだろう。
雷渦鋼弾は巨頭竜の胸に命中し、その巨体に電流を放電する。高圧電流は少しだけ巨頭竜にダメージを与えたようで、一瞬だけ動きが止まった。
その間に高速で回転する雷渦鋼弾が巨頭竜の胸を抉る。だが、分厚く強靭な筋肉が雷渦鋼弾の攻撃を受け止めた。
巨頭竜が痛みで絶叫し、丘の斜面を登り始めた。
自分を傷付けたのが、リカルドだと判っているようで、リカルドに向かってくる。
「駄目だ。近付かれたら一発で即死だ」
逃げ出したい、リカルドの本能が叫ぶ。だが、走る速さは確実に巨頭竜の方が速い。慌てて【陽焔弾】の触媒を取り出す。
デスオプロッドを巨頭竜へ向け魔力を放出する。
巨頭竜が丘の半分まで登ってきた。
王太子たちも攻撃しているが、巨頭竜の突撃速度を少し遅らせるぐらいの効果しかない。
リカルドは触媒を撒き散らす。
巨頭竜の足音が地響きとして聞こえるほど、近くまで迫っている。
「ファナ・ラピセラヴォーン・スペロゴーマ」
呪文を唱え終わった瞬間、ロッドの先に眩しい光の玉が生まれた。ロッドを持つ手が輻射熱で焼け痛みが走る。そして、光の玉が弾け飛び巨頭竜の胸に命中した。
雷渦鋼弾が傷を負わせた場所である。太陽の表面温度と同じ約六〇〇〇度の灼熱の光の玉は、胸の傷部分を焼き焦がし肉を灰にしながら進み、片肺をローストした後、背中を突き抜け地面に潜り込んだ。
巨頭竜は血を吐きながら、斜面を転がり落ち始める。途中の灌木を薙ぎ倒し、丘の麓まで転がった巨頭竜は藻掻き、起き上がろうとした。
二度、三度と起き上がろうとしては倒れ、ついには動かなくなる。
アメディオが麓まで下り、生死を確認した。
「死んでる」
その声で全員が巨頭竜の所まで下りる。
「見事な魔術だ。冥界ウルフを仕留めたのも、この魔術なのか」
王太子がリカルドを褒め、他の皆も称賛の言葉を口にした。
王太子が周囲を見回し。
「兵士たちは巨頭竜の解体を始めろ。他の者は消火作業だ」
王太子の号令で、作業が始まった。
リカルドは【陽焔弾】や【火炎竜巻】により燃えている落ち葉や枯れ枝に水を掛けて消す。コンテナハウス用に大量の水を持ってきて正解だった。
消火作業が終わり、巨頭竜の所に戻る。竜皮が剥がれ肉塊となった巨頭竜が横たわっていた。
兵士たちは巨頭竜の内臓を捨てようとしていた。
「待って、心臓や肝臓は残してくれ」
リカルドが制止すると、兵士の一人が。
「ですが、この陽気だとすぐに傷んでしまいますけど」
「大丈夫、便利なものがあるんだ」
リカルドは内臓で食べられそうな部分を選んで水洗いすると、以前に作った冷凍収納碧晶に仕舞った。
内臓だけでなく血抜きした肉も入るだけ収納する。巨頭竜の肉六割を冷凍収納碧晶に仕舞い、残りは王太子の収納碧晶に入れた。
コンテナハウスの所に戻ったリカルド達は、竜肉のステーキを焼いて朝食とすることになった。
兵士達が大きな石を焚き火の周りに移動させ即席の竈を作り、王太子が収納碧晶から出した大きな鉄板を置いた。
朝からステーキかとも思ったが、巨頭竜との戦闘で腹が空いていたようで、ステーキが焼き上がる頃には全員が待っている状態となった。
最初に毒見役として、銀嶺団の槍使いブルーノが口にする。
「何だこれ。塩だけ振ったステーキなのに、滅茶苦茶美味いぞ」
ブルーノが思わず野太い声を上げた。その後、猛烈な勢いで食べ始めたので、他の者もステーキを口にする。
リカルドもナイフで一口大に切って、口に入れる。噛み締めると巨頭竜の肉から独特の旨味と甘みがある肉汁が溢れ出し、夢中になって食べ始めた。
戦闘の間、樹の上に隠れていたモンタもリカルドの傍に来て、物欲しそうにしている。
「オイシイノ?」
「食べてみるか」
モンタが頷くので、竜肉ステーキを小さく切りモンタに渡す。モンタも気に入ったようで、お代わりを要求する。
後で王太子に確認すると、巨頭竜の肉は高級食材として知られているらしい。
朝食が終わりコンテナハウスを片付けた。
「出発だ」
王太子が号令する。
途中、風斬ハンターの四人と無事に合流した。負傷した魔術士二人は少し回復していたが、歩ける状態ではない。
二人のために担架を作り、それで運べと王太子が指示を出す。
途中、数匹の魔獣と遭遇し、リカルドが【雷渦鋼弾】の魔術を放った。どの魔獣も一撃で仕留める。
「おかしいな。魔術の威力が上がっている」
雷渦鋼弾の回転速度や飛翔速度が速くなっている。特に飛翔速度は音速を超えたことで、ドンという衝撃音を発して飛ぶようになり、貫通力が増加したようだ。
原因は一つしか考えられない。ポイント4研究所で受けた検査でイメージ力が強化されたように、魔術も影響を受けたのだ。
もしかするとイメージ力の強化が魔術に影響しているのかもしれない。
魔境から戻ったリカルドたちは、ヨグル城砦に一泊し探索の疲れを癒やした。
翌日、王太子から報酬を貰って解散となった。神珍樹の実と巨頭竜などの素材は、探索に出掛ける前に交わした契約で、発見または仕留めた者が素材の三割を取り、残りを全員で分配するとなっていたので、その通りに分配した。
結果、リカルドは多くの樹実晶と素材を手に入れた。
特に王太子に願い出て紫玉樹実晶十二個と碧玉樹実晶二個を手に入れた。巨頭竜の素材は腹部分の竜皮と牙二本、そして大量の肉を貰う。
巨頭竜の体重は五トンほど有ったと思われる。その四割ほどを竜肉として持ってきて、リカルドが報酬として手に入れたのが、八〇〇キロ近い竜肉である。
他の者は現物でなく、相場で換算した金貨を受け取ったようだ。
「その竜肉をどうするのだ?」
王太子が気になったのか、リカルドに尋ねた。
「王都で、チャリティステーキ祭りを開催しようかと思っています」
「チャリティだと、どういう意味なのだ?」
「ステーキの売上金を、王都の街の復興支援金として、使おうかと考えているのです」
王都の街で復興が遅れている地区がある。元々裕福でない住民が住んでいた地区で、行政からも後回しにされている場所に支援金を使おうというリカルドのアイデアである。
王都の人々が元気をなくしているようだと感じたベルナルドたち商人が、元気を取り戻す何かきっかけになるようなことはないかと悩み、リカルドにも考えてくれと頼んでいた。
今回思い掛けず美味しい巨頭竜の肉を食べ、これを食べれば元気が出るんじゃないかと考えたのだ。それに加え支援金が捻出できれば、王都復興の助けになる。
「いい考えだ。余の取り分からも竜肉を出そう。使ってくれ」
「ありがとうございます」
リカルドは王太子から、竜肉一〇〇キロほどを追加で受け取った。
リカルドは王都に戻ると、チャリティステーキ祭りを行う場所をどこにするか、ベルナルドの所へ相談に行った。
ベルナルドは少し考えてから。
「王都中央広場ではいかがです?」
王都中央広場はバイゼル城の近くにある広場で、かなりの広さがあった。
「広過ぎませんか。あそこの一割ほどの広さで十分だと思うのですが」
「いやいや、巨頭竜の肉が食べられる機会ですぞ。必ず千人以上は集まります」
その日を起点に、チャリティステーキ祭りの規模が拡大していく。もう少し小規模の祭りを考えていたリカルドを置き去りにして、ベルナルドは商人仲間に呼び掛け協力者を集め始めた。
気付いた時には、王都全体を巻き込むような祭りに発展していた。
 




