scene:7 見習い魔術士の実力
翌朝、子爵のデルブ城前に来ると二〇人ほどの兵士が荷造りをしていた。兵士に指示を出していた指揮官らしい人が近付いてくる。
「おい、小僧。魔獣ハンターの駆け出しが来るような場所じゃないぞ」
リカルドは雑木林に行く時と同じ格好である。盾を持ち、ウォーピックをベルトに差し背負袋を背負っている。魔獣ハンターと間違われても無理も無い。
「魔術士の弟子です」
「見ない顔だな。アレッサンドロ殿の?」
「はい、弟子のリカルドです」
リカルドに声を掛けた男はヤコボ・コルネリオ。妖樹狩りの指揮を執る子爵の腹心であり護衛隊長でもある。
年齢は三十代後半で重量級のプロレスラーのような男だった。
ヤコボは現れた魔術士の弟子が妙な奴だったので戸惑った。
「アレッサンドロにも困ったものだ」
リカルドの背後から声がした。振り返るとローブを羽織った背の高い目付きの鋭い男が立っている。腰にはアレッサンドロが付けていたベルトポーチと同じようなものが有った。
「あなたは?」
リカルドが尋ねると。
「魔術士のフラヴィオだ。どうせ数合わせで参加させただけだろ。邪魔にならんよう後ろに居ろよ」
フラヴィオの後ろには二人の少年が居た。リカルドより五歳ほど年上でフラヴィオと同じベルトポーチをしている。あの中には触媒が入っているのだろう。
正式な魔術士ではないようで、長さが太腿辺りまでしかない短いローブを着ていた。武器も無く、魔術だけで戦うようだ。
「リカルドとか言ったな。魔術士のくせに触媒ポーチも持っていないのか」
触媒ポーチというのはベルトポーチのことらしい。
馬鹿にされ赤面する。アレッサンドロもマッシモも教えてくれなかった。……まったく、あの二人は妖樹狩りに自分を参加させるためだけに弟子にしたようだ。改めて師匠と兄弟子が本気でリカルドを魔術士として育てる気がないのを悟った。
「フラヴィオ殿のお弟子さんですか?」
二人の少年に尋ねると二人は誇らしげに胸を張り頷いた。
「見習い魔術士三年目のベニートだ」
ひょろりとした背の高く、鼻が赤い少年が自己紹介した。
「おい、こんな奴に自己紹介してどうすんだよ。どうせ妖樹狩りじゃ戦力にならないんだから」
猿顔の少年が棘の有る言葉を口にする。後で猿顔少年の名がマルチェロで見習い魔術士四年目だと知った。
この生意気な少年はフラヴィオの息子だそうだ。
この二人の他にも見習い魔術士が二人参加している。魔術士エドアルドの弟子であるイヴァンとパトリックだ。
イヴァンは無口な少年で、パトリックは名古屋弁のような訛りのある言葉を話す青年だった。
断っておくが本当の名古屋弁というわけではない。イントネーションが似ているのだ。
また、この国では十五歳になると成人したとみなされる。パトリックは十七歳。見習い魔術士の中では最年長の者だった。
「おみゃあさんリカルドと言うんかね。いつ弟子になったん?」
「二ヶ月前です」
パトリックが驚いた顔をする。
「……アレッサンドロ殿は……恐ろしい人だがや」
アレッサンドロが妖樹狩りに弟子を出したという実績を作るためだけにリカルドを弟子にしたとパトリックは感付いた。そして、リカルドを可哀想に思う。
「魔術は使えるようになったんきゃ?」
「初級の魔術を少しだけ」
「アレッサンドロ殿から魔術を?」
「え、まあ」
曖昧な答えになってしまう。それを聞いて猿顔のマルチェロが口を挟む。
「どうせ【着火】と【炎翔弾】だろ。あれなら安い炭で練習できるからな」
半分正解である。【着火】と【炎翔弾】は魔術を習い始めた者が初めて習得する魔術のようだ。
「言っておくが、山の中では【火】の魔術は使えないからな。安物の炭を持ってきたのなら捨てろ」
マルチェロが警告する。リカルドが困った顔をすると。
パトリックがリカルドをかばう。
「知らなかったんやからしょうがなかろ」
リカルドは首を振り。
「知ってました。でも、殺されそうになったら使うつもりです」
マルチェロとパトリックは驚いた。それが顔に出る。
「【火】の魔術は駄目だと言っただろ」
マルチェロの声には少し怒りが含まれていた。
「自分が死んでも山火事は駄目だとでも。それとも妖樹エルビルに逃げられるからですか」
「我々は子爵様のために妖樹エルビルを狩りに行くんだぞ。逃がしてどうする」
「もちろん、できるだけ使わないようにします。ですが、自分もしくは一緒の誰かの命が危なくなったら、躊躇わずに使います。死にたくないですから」
今年の春に行われた狩りにおいて、見習い魔術士二人が死に兵士三人が重傷を負っている。【火】の魔術を使っていたら死ななかったかもしれない。
「面白い、アレッサンドロ殿も変わった弟子を持ったな」
後ろで聞いていたヤコボが声を上げた。ヤコボは春の狩りでも指揮を執っていた。犠牲者を出したヤコボは責任を感じ職を辞することを考えた。だが、子爵に止められた。
子爵の説得により続けることにしたが、次の狩りから絶対に犠牲者は出さないと神に誓った。
そんなヤコボがリカルドの言葉を聞き興味を持ったのも無理は無い。
妖樹狩りに行く全員が揃ったので、ヤコボが出発の合図を出す。魔術士と見習いは馬車に乗っての移動である。
狩り場に近い山際までは馬車で行き、その場所から徒歩で山に入る。
魔術士と見習いたちを守るように兵士が配置され山道を行く。
この山には妖樹エルビルの他にも様々な魔獣が居るそうである。
兵士の一人がリカルドを見て尋ねる。
「魔術士の弟子なんだろ。何で魔獣ハンターみたいな格好をしてるんだ?」
「妖樹エルビル以外の魔獣が襲ってきたら、こいつで戦うんだ」
リカルドがウォーピックとバックラーを見せる。
「魔術は使わないのか?」
「触媒が勿体無い」
普通の魔術士は雑魚を相手しない。そのために兵士が居るのだ。ちなみに兵士の武装は短めの槍とナイフである。但し二人だけ弓を担いでいる者が居た。
少し山道を登った辺りで、二頭のホーン狼が現れた。
兵士たちが魔獣の前に出て槍を構える。
大型犬ほどの大きさで毛皮の色は茶色、特徴は額に生えたライフル弾ほどの角だった。
「囲んで仕留めるんだ」
狼が兵士に襲い掛かる。唸り声とともに兵士を押し倒そうとする狼に槍が突き出される。
普通の狼なら逃げることを選択するが、魔獣は戦うことを選ぶ。闘争本能が並外れて強いのだ。
魔術士と見習い達は腰の触媒ポーチから一つだけ小さな木筒を取り出し魔術を発動する準備をしていた。
狼が兵士の囲みを破って襲い掛かってきた時に備えているようだ。
数分で狼たちは血を流し地面に倒れた。
「触媒の角だけ剥ぎ取って出発するぞ」
ヤコボが命令する。兵士達は角だけを剥ぎ取り移動を再開する。狙いは妖樹エルビルだけらしい。
山は魔獣で溢れているようだ。
鬼面ネズミや頭突きウサギはどこにでも居るようで、山道にも出没しその全てを兵士が駆除した。
ただ二〇匹ほどの鬼面ネズミの群れに遭遇した時だけ、兵士の囲みが破られ鬼面ネズミが見習い魔術士に襲い掛かった。
マルチェロは血煙鳥の翼の骨を粉末にした触媒を使い魔術を行使する。
「シェナ・ブリド・ウィン」
得意とする風系統の魔術【風斬】だった。マルチェロの魔力は紫色に輝き触媒を巻き込んで渦を形成すると空気の刃となって飛翔する。僅かに紫色を帯びて輝く空気の刃は鬼面ネズミに向かって飛び、その首を断ち切った。
パトリックに向かった鬼面ネズミは、彼の水系統の魔術【流水刃】で真っ二つにされた。
「凄い!」
リカルドは魔術の威力に驚いた。
だが、驚いている暇はなかった。リカルドにも鬼面ネズミが襲い掛かったからだ。
鬼面ネズミが首を狙って飛び付いてくる。いつものように丸盾で受け止めウォーピックで仕留めた。
手慣れた戦闘パターンなので瞬殺である。
ヤコボは兵士たちの不手際に舌打ちする。彼の役目は妖樹との戦いまで、魔術士たちに触媒を浪費させないことも含まれていた。
それを考えると鬼面ネズミの群れに対する対応は失敗である。しかし、新しい魔術士の弟子が鬼面ネズミを倒すのを見て、こいつのように他の魔術士も対応してくれればと思う。
鬼面ネズミは雑魚なのだ。魔術士たちも少し訓練すれば武器で倒せる。
魔術を……触媒を使わなくとも倒せるのにと愚痴りたくなる。
リカルドはもう一匹の鬼面ネズミをウォーピックで倒す。
それでネズミの群れはお終いだった。兵士たちが触媒の牙を剥ぎ取る作業に入ると一緒に自分が倒した鬼面ネズミの牙を剥ぎ取る。
この狩りでは妖樹エルビル以外の魔獣は仕留めた者が剥ぎ取って良い事になっている。
剥ぎ取りをしているとマルチェロが近寄ってきた。
「ふん、魔術士の弟子のくせに、そんな武器で戦うのか」
その馬鹿にした言い方にムッとする。
「鬼面ネズミ程度に魔術なんか必要ですか?」
売り言葉に買い言葉、皮肉で返してしまった。言ってから『しまった』と思う。
どうもリカルドの身体を乗っ取ってから深く考えずに返答するようになったようだ。本来の間藤未来生は慎重な男だったのだが……。
魔術士フラヴィオが怖い顔をして睨んでいる。
「口だけのアレッサンドロの弟子にしては威勢がいいな」
実戦を重視しないアレッサンドロをフラヴィオは軽蔑していた。
その弟子も知識だけを詰め込んだ奴かと思ったが、意外にも実戦派だった。
だが、魔術士の考え方ではない。魔術士は魔術で全てを解決しようと考えるものだ。
魔術士及び見習いたちの間に気まずい雰囲気が流れる。
「申し訳ありません」
「謝る必要はない。魔術士に決まった戦い方はないのだ。ただ魔力は鉄を嫌うと言われている。だから魔術士は鉄製の武器を使って戦う者はいない」
そうだったんだ。でも、ウォーピックを持った状態で魔術を使っても威力が落ちたような記憶はない。
「さあ、出発するぞ」
ヤコボの声で再び山道を登り始める。
妖樹が棲み家としているポイントは山の中腹辺りで、針葉樹が多く茂っている。そこへ段々と近付く間に天気が怪しくなってきた。
空がどんよりと黒い雲に覆われ、風が冷たくなる。
パトリックが近寄ってきた。
「マルチェロは相手にせん方がええで」
「つい言い返してしまったんですよ」
「あいつは棘の有る言い方をするんでいかん。おみゃあもグッと我慢して聞き流すんだ。でねえといつまでも根に持って嫌がらせに来よる」
マルチェロは性格に問題があるらしい。
「気を付けます。それより聞きたいのですけど、魔術士は武器を持って戦わないのですか?」
「鉄を使ったもんを武器にしとる魔術士はほぼ居にゃーよ」
パトリックが鉄の武器に限定したので、他の武器を使う魔術士が居るのか尋ねた。
「木製の杖やロッドを使う人は居る。特別な素材で作られたものは鋼鉄の剣と同じ威力を持つようだがや」
そういう高価な武器は魔力を通すことで鋼鉄の棒のように頑丈になるそうだ。その状態の杖に叩かれた者は何らかの衝撃波によりダメージを受けるらしい。
……触媒の要らない魔術なんだろうか。試してみる価値がありそうだ。