scene:67 王太子とボニペルティ侯爵
侯爵が娘と一緒に見学に来たと聞き、王太子も一緒に見学すると言い出した。
リカルドは作業小屋や建設中の従業員宿舎や風呂場を案内した。
「ほう、従業員に風呂とは。そんな贅沢をさせて、妖樹クミリを育てるだけで利益が出るのか?」
ボニペルティ侯爵が声を上げた。
「妖樹クミリの飼育で利益は出ません」
「ふむ、何か秘密があるのだな」
「はい、こちらへ」
リカルドはシュラム樹の枝を接ぎ木した杏妖樹を飼育している第四区画へ向った。
ドアを開け第四区画に王太子たちを案内する。
眼の前に、花を咲かせた姿でのそのそと歩いている杏妖樹の姿があった。
「綺麗、花が咲いている」
「この花は?」
グレタは単純に見た目に感嘆したが、花を見て違和感を覚えた侯爵は、リカルドに疑問を投げた。
リカルドが説明しようとした時、ドヤ顔の王太子が声を上げる。
「気付いたか。妖樹の頭にあるのはシュラム樹の花。この妖樹はシュラム樹の実をつけるのだ」
「なんと……シュラム樹の実と言えば、触媒になる実ではないですか」
「そうだ。これこそが飼育場の収入源である」
何で王太子が自慢そうに言うのか、リカルドは困惑する。
後で話を聞くと、王都に帰って溜まっていた事務処理を重臣たちから押し付けられたらしい。そのせいで、何日も書類処理の作業が続き、ストレスが溜まっていたのだという。
リカルドからの手紙をきっかけに外に出て、この時はストレス発散中だったそうだ。
次に妖樹クミリを飼育している区画へ行く。
モンタとダリオたちが必死でクミリを追い駆けていた。
「しまった。そっちに逃げたぞ」
ダリオの眼の前で方向転換したクミリが、モンタの方へパタパタと走っていく。
「キュキャ」
モンタがクミリに飛び付いて捕獲した。
「モンタちゃん、凄いわ」
グレタが拍手する。
「ここに居る妖樹は普通のクミリのようだな」
侯爵の言葉にリカルドが頷き。
「妖樹クミリが何の役に立たないというわけではありません。クミリは農耕に不向きの土を改善し、作物が育つ土に変える力を持っています」
リカルドは作物を栽培している区画に案内し、モル芋や大豆が育っている様子を見せた。この区画では、元機織り娘達が中心になって作物を育てていた。
「こんな海岸近くの土地で作物が育つのか。なるほど、それで海岸沿いの土地を買ったのだな」
この土地を買う時に世話になったのが、ボニペルティ侯爵である。不思議な縁だなとリカルドは思う。
ユニウス飼育場は、春に拡張工事を行い第十八区画まで完成していた。妖樹を三〇〇体まで飼育可能な態勢が整ったのだが、増やすには人手が足りず、アントニオも悩んでいた。
人手不足と言えば、作物を栽培しようとすると開墾作業が必要になる。妖樹クミリは土中の塩分を除去し肥沃な土にしてくれるが、土中に埋まっている石などはそのままになっている。耕して作物を植えようとすると、その石が邪魔で取り除く作業が必要なのだ。
ちなみに、作物を植えている第八区画だけは、スラム街の住人を雇ってちゃんとした耕作地にしていた。
ボニペルティ侯爵は、リカルドをどう評価すれば良いのか迷っていた。
最初は若く才能のある魔術士だと思っていた。だが、この飼育場を見ると経営の才能もあるようだ。しかも、王太子と仲がいいとは意外だった。
「リカルド、いつ頃から王太子殿下の知遇を得たのだ?」
「王太子殿下が初めて飼育場に来られたのが、昨年の秋ですから、半年以上も前になります」
王太子が思い出したように頷き。
「そうだったな。あの時はチューカマンを初めて馳走になった。もうすぐ昼時、今日は何を用意しておるのだ」
グレタを昼時に呼んだのは、美味しい天ぷらをご馳走しようと思ったからなので、昼食の用意はしていた。
ただ、侯爵と王太子が来たのは予想外なので、材料が足りない。リカルドとアントニオ、ダリオたちの分を提供するしかないようだ。
作業小屋の外に建てられた炊事場に、王太子たちを案内する。
アントニオと元機織りの職長ミケーラが昼食の用意をしていた。王太子が近付くと、ミケーラが身体を硬直させた。
「ミケーラさん、後は自分と兄さんでするからジェシカたちと一緒に畑の世話を頼むよ」
このまま昼食の手伝いを続けさせると、失敗しそうな雰囲気なので離れてもらう。
「わ、わかりました。リカルド様」
リカルドは油をたっぷりと入れた鍋に近寄り、傍にある食材から野菜を切ったものに衣を付け、油に入れる。
ジュッと音がし、パチパチと油の跳ねる音がする。
「この料理は何だね?」
侯爵が尋ねた。
「天ぷらという調理法です。まずは野菜の天ぷらから食べていただきます」
アントニオが魚醤を元に作った天つゆを小皿に注いで配る。
程よく揚がった野菜の天ぷらを油を切って皿に乗せ、王太子たちの前に置く。
「天つゆを付けて、お召し上がりください」
「まずは、私から」
毒見のつもりなのか、最初に侯爵がフォークでカボチャモドキの天ぷらを突き刺し、天つゆに付けてから口に運んだ。
咀嚼が終わり呑み込むと、無言で山菜の天ぷらを口に運ぶ。そして、次の……。
「侯爵、味はどうなのだ? 何も言わぬから、リカルドが不安そうにしておるではないか」
「こ、これは失礼しました。予想した以上の美味しさに我を忘れておりました」
「ほう、それほど美味いのか」
王太子は天ぷらを口に運ぶ。顔に笑みが浮かんだ。
「これ苦いです」
グレタは山菜の天ぷらを食べて声を上げた。子供の味覚にはほろ苦いという味は早かったようだ。
「ハハハ……グレタに、この味は早かったようだな」
侯爵が変な顔をしているグレタに笑い掛けた。
逆に、王太子は山菜の苦味が気に入ったようで。
「山菜の天ぷらをお代わりだ」
リカルドは、王太子には山菜、グレタにはエビの天ぷらを出した。
アントニオは蒸し上げた肉まんを侍女や護衛の近衛兵に配った。近衛兵たちは物足りなさそうな顔をしていたが、予定になかった来客なので仕方ない。
「こんな美味い料理を、今まで独占していたとは許せんな」
侯爵はひどく天ぷらが気に入ったようだ。
「新しい店が完成しましたら、そこでお出ししますので」
「ほう、新しい店とはどこなのだ?」
「中華まんを売っている場所です」
「開店したら、必ず参るとしよう」
その言葉を聞いたリカルドは眉間にしわを作る。もしかして、VIPルームが必要か。
食事が済み、リカルドと王太子、それにボニペルティ侯爵が作業小屋へ移動した。
リカルドは見学の終わった侯爵を帰し、王太子だけと話をするつもりだったのだが、王太子が侯爵を引き止め一緒に話をすると言い出した。
作業小屋には粗末な椅子しかなかった。三人は、その椅子に座り顔を見合わせる。
リカルドは何も知らない侯爵に前提としてセラート予言について説明し、王太子に尋ねた。
「セラート予言を知っておられたのですか?」
「いや、知らなかった。どうやら、王家でも秘密にしていたらしい」
王太子は、リカルドの手紙でセラート予言について初めて知った。この予言が重大なものだと悟った王太子は、急いで調査しリカルドに会いに来たのだ。
「王家がセラートを処罰したのは、どうしてだと思われます?」
「時期が悪かったのだろう。セラートが九〇年周期を言い出した頃は、異常気象と災害が終わって、すぐの頃だ。国民はまた異常気象が起こるのかと不安になり、大きな騒ぎとなったに違いない」
侯爵が頷いた。
「なるほど。将来を悲観した民衆を抑えるためには、セラートの口を封じるしかなかったと」
リカルドは顔を顰めた。次の異常気象までには時間があったのだから、他に方法があったはず。王家は一番簡単な方法を選んだだけなのでは。
「しかし、何故その後も異常気象への対策を立てなかったのです?」
「王家にある資料で調べたのだが、セラートの処罰を決定した王が、その翌年に崩御されている。そのため、セラート予言に関する真実が、次の世代に正しく伝わらなかったのだろう」
「そんな馬鹿な……すみません」
思わず失礼な言葉を口にして、リカルドは謝った。
「いや、そう言いたくなる気持ちは分かる。だが、王が代わる時は何かと大変なのだ」
よく分からないが、王が代わる時、重臣や高級官僚の多くが一斉に新しくなる場合があるらしい。その時もそうであり、政が混乱し先代の王や重臣が持っていた情報が正しく伝わらなかったと言う。
「王太子殿下は、セラート予言をどう思われるのですか?」
侯爵が尋ねた。
「どうやら真実のようだ。早急に対策を立てねばならん」
ボニペルティ侯爵は領地に戻り、前回の異常気象がどれほど領土に影響を与えたか調べねばと考えた。
「どのような対策を考えておられますか?」
冬の大寒波と大雪について、何か対策を考えているか確かめてみた。
「具体的にはこれからになる。しかし、ミラン財閥は三年後から始まる大寒波を見越し、石炭採掘の事業を始めたと聞いている。冬場の暖房用燃料は大丈夫そうではないか」
リカルドは首を傾げ。
「王領の人口は、一〇〇万以上だと聞いておりますので、パレンテ炭田の石炭だけで足りるかどうか」
ベルナルドは、パレンテ高原に恒久的な石炭採掘基地みたいなものを建設すると言っていた。それにより、飛躍的に石炭採掘量は多くなると推測するが、大寒波の影響で暖房用燃料が二倍必要になったと仮定した場合、パレンテ炭田の石炭だけで大丈夫なのか。
どれほどの暖房用燃料が必要になるか、実際に寒冷地へ出向き調査する必要があるだろう。
リカルドは石炭採掘事業の現状と大寒波についての推測を話し、調査の必要性を訴えた。
「なるほど、調査させよう。他に意見はないか?」
「人の背丈ほどに雪が積もると聞きました。そうなった場合、道は雪で通れなくなり、人は家に閉じ込められてしまいます」
それを聞いた侯爵が目を丸くする。
「何だと……それほど雪が降るのか?」
「記録に、そう書いてあったそうです」
食料や日用品を運ぶ農民や商人も王都へ行けなくなる。それらを備蓄する必要も有るだろう。
「まずは食料の問題か……冬小麦の生産にも影響するし、魔獣ハンターも狩りには行けなくなるだろうな」
王太子が真剣な顔で考え込む。
「陛下にお知らせし、国として対策を打つしかございませんぞ」
侯爵は王領だけの問題ではないと言いたいのだ。魔境周辺に領地を持つ貴族はもちろん、全国の貴族や庶民が一丸となって努力しなければ、大変な被害を出すことになる。
王太子が渋い顔になる。国王陛下との仲は修復されていないのだろう。
「分かっている。十分に調査したうえで、陛下に進言する」
その後、三人は様々な角度から検討し、食料不足となる予想が強まった。
この世界は、人の住む土地にも魔獣が住んでいる。なので、簡単に農地を広げることができない。しかし、そんな世界にも魔獣が少ない場所はある。
土地が痩せており、野生動物も人間も見向きもしないような土地。例えば、飼育場のある海岸沿いの土地である。
王太子は作業小屋の窓から見える海岸沿いの土地に視線を向け。
「リカルド、この海岸付近の土地を農地に変えることが可能なら、食料の増産は可能だな」
「可能です。但し、多くの労働力と時間が必要となります」
「労働力は何とかなるが、時間は増やせんぞ。大寒波が襲ってくるのは三年後なのだから」
侯爵が難しい顔で。
「そうなると穀物以外の保存食を用意せねばならんのか」
「増産可能な保存食と言えば、魔獣の肉を原料とした塩漬け肉やハム、干し肉なら可能ではないか」
魔境門を警備している魔境門衛隊が仕留めた魔獣は、ほとんど魔境の土地に捨てていた。
収納碧晶を持っていない魔境門衛隊の兵士にとって、重い肉の塊を持ち帰るのは困難なのだ。王太子は幾つかの収納碧晶を持っているが、それらには王太子だけが使えるようにプロテクトが掛かっている。なので、兵士たちに貸し出すこともできない。
ボニペルティ侯爵は、王太子と臆することなく会話をしているリカルドを見て、只者ではないと感じていた。
十二歳と言えば、学院の初等教育学舎で学んでいる子供たちと同じ年頃である。十五歳になる長男より、余程しっかりしていると思った。
侯爵は国王陛下に嫌われている王太子より、双子の王子たちの方が将来有望なのではないかと考えていたが、認識を改めた。この王太子は素晴らしい王となる素質を持っている。しかも、周りには有望な人材が居るようだ。
リカルドは侯爵の王太子を見る目が変わったことに気付いた。侯爵を交えて話すことにしたのは、どうやら侯爵を王太子の陣営に引き入れようという魂胆があったようだ。
リカルドは王太子の顔に疲労が浮かんでいるのに気付いた。
「少し休憩しましょう」
王太子は溜息を吐き。
「そうだな」
リカルドはアントニオに飲み物を頼んだ。アントニオが氷を浮かべた麦茶を持ってきた。
「ほう、氷を浮かべるとは、さすが魔術士の家族だな」
侯爵はアントニオが魔術で氷を作ったと思ったようだ。
「この氷は冷凍収納紫晶を使って作ったものです」
アントニオはペンダントを取り出し、侯爵に見せた。ペンダントには二つの収納紫晶が組み込まれており、その一つが冷凍収納紫晶となっていた。
ちなみに冷凍収納紫晶の設定温度はマイナス十八℃からマイナス二〇℃である。
「ほう、氷を作る収納紫晶か。余が持つ冷蔵収納紫晶とは違ったものなのだな」
「王太子殿下も特別な収納紫晶をお持ちなのですか?」
「知らんのか、侯爵。入れたものを冷やす収納紫晶のことを。暑い日には重宝するものだぞ」
王太子は冷蔵収納紫晶にエールの小樽を入れているらしい。仕事が終わった後に飲む冷えたエールは格別だと言う。
「そういえば、魔境で面白いものを魔獣ハンターが見付けた」
唐突に王太子が話を変えた。
「その面白いものとは?」
侯爵の質問に、麦茶をゴクッと飲んで王太子が。
「人工的な建造物だ。但し、入り口が開かなかったので、正体は判らぬようだ」
「興味深いですな。見てみたいものです」
「止めておいた方がよいぞ。魔境の奥に入り込まねばならない場所にあるのだ」
魔境は中心部に近付くに従い段階的に名称が付けられている。浅層・中層・深層・秘層と呼ばれており、外縁部が浅層で、中心部が秘層となる。
魔獣ハンター達は外縁部の浅層で狩りをしているが、大物狙いや神珍樹を探し中層にまで行く者もいた。
今回発見した建造物は、中層と深層の境目辺りに存在するらしい。
「深層に届く場所ともなれば、危険な魔獣が居るのではありませんか?」
「ああ、発見した魔獣ハンターたちは風切り鳥に追われ、それを見付けたらしい」
侯爵が顔を顰めた。風切り鳥は倒すことが難しい魔獣なのだ。
リカルドは魔境の奥にあるという建造物に興味を持った。その建造物が魔境という存在を解明するヒントになるのではないかと思ったからだ。
「王太子殿下は、その建造物を調査するおつもりですか?」
「一度、この眼で見たいと思っている」
それを聞いた侯爵が目を見開き。
「それは危険では。他の者に任せるべきです」
「余も初めはそう思っていた。だが、セラート予言を知ったことで、自分自身で調べようと考えを変えたのだ。この国は、その内部に魔境を抱えていながら、魔境について詳しく調べようとしなかった。それが間違いだったのではないか、そう思うようになった」
王太子は謎の建造物を調査するため、魔境の奥へと向かう心積もりのようだ。但し、すぐにというわけではない。人材を集めることから始めるようなので、実際の探索は一ヶ月ほど先になるだろう。
2018/1/14 誤字修正
2018/1/17 修正




