scene:64 セラート予言
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その日、リカルドがベルナルドに呼ばれて出掛けると、モンタは庭にあるバガロの樹に登った。バガロの樹の天辺が、モンタのお気に入りの場所なのだ。
その高みから周囲の家々や遠くにある城を眺めていると、下から声が聞こえる。
「モンタちゃん、遊びに行こー」
モンタが樹の枝の隙間から下を見る。樹の下に立っているパメラとセルジュの姿が目に入った。
「パメラ、ドコイキュノ?」
「アンナム公園だよ」
いつものように、中華まん販売店で働いている主婦たちの子供がユニウス家に集まっていた。子守役のアナベラが子供たちを連れて公園に行く準備をしている。
ユニウス家の庭は、子供たちが走り回って遊ぶには狭い。それで、天気のいい日には公園に行って遊ばせることにしているのだ。
アナベラは六人の子供たちとモンタを連れて公園に向かった。
公園に到着した子供たちは元気に走り回って遊び始める。
モンタは公園の樹に登り、枝から枝へ飛び移って遊ぶ。広げた被膜が風を捕らえ滑空する瞬間は、素晴らしく気持ちが良かった。
その時、遠くで人が叫ぶ声が聞える。
「引ったくりだ。捕まえてくれ!」
公園に無精髭を生やした男が走り込んできた。男は大事そうに革袋を抱えている。
無精髭男は目の前で遊んでいる子供に向かって、凶悪な形相で怒鳴った。
「邪魔だ。どけ!」
怒鳴られたセルジュは、驚きと恐怖で身体が固まってしまう。
セルジュは男に突き飛ばされ転んだ。
それを見たモンタが怒りの声を上げる。
「セル キュキャ!」(セルに 何するんだ!)
モンタは枝を蹴って、空中へ飛び出すと無精髭男に向かって滑空する。
無精髭男の頭に着地したモンタは、鋭い爪で男の額を引っ掻いた。
男は悲鳴を上げ、モンタを振り落とす。
額から流れ出した血が眼に入り、一時的に前が見えなくなった男は立ち止まった。
「何だってんだ、畜生!」
モンタは男に駆け寄ると素早く男の身体によじ登り、顔面を掻きむしる。
男は悲鳴を上げ逃げようと闇雲に走り出した。そこで小石か何かに躓きこけた。運が悪かったのか、こけた場所がベンチの傍であり、顔からベンチに突っ込むようにして倒れた。
脳震盪を起こした無精髭男は起き上がらなかった。
モンタは近寄って男の背中に乗る。
「ワルイコトシタラ ダメ」
モンタは得意そうに気絶している男に説教を始める。
その後、守備隊の兵士が来て、男を連行していった。
転んだセルジュは、膝を少し擦り剥いただけで大した怪我ではなかった。
「僕の仇を取ってくれてありがとう」
セルジュはモンタを抱いて優しく撫でた。モンタは得意そうに鼻をヒクヒクさせる。
同じ頃、リカルドはベルナルドの店に居た。
店の応接室に入ると、イサルコとエミリアも来ていた。
挨拶を交わし、リカルドがソファーに座る。
「ご足労頂きありがとうございます」
ベルナルドが礼を言ってから、用件に入った。
「ミラン財閥は、パレンテ高原で石炭の採掘事業を始めることになったのですが、あそこには妖樹デスオプが住み着いており、上手くいっておりません」
「パレンテ高原の石炭と言えば、王家が所有しているものですか?」
イサルコが確認した。
「そうです。ミラン財閥が採掘権を買いました」
ベルナルドは、今回石炭採掘に行ったランベルトたちの一部始終を伝えた。
「なるほど、要は妖樹デスオプの群れを倒す方法を知りたいのね」
「そうです、エミリアさん」
「毒矢が使えれば一番簡単だったんだけど」
リカルドが口にすると、ベルナルドが「うんうん」と頷く。
「強力な弓を持っていけば、いいだけじゃないの」
「そうなのですが、強力な弓というとクロスボウやバリスタしか思い浮かびません」
クロスボウを巨大化したようなバリスタという兵器は、攻城戦にも使われる強力な兵器だ。槍のような極太の矢や火炎瓶を撃ち出すバリスタは、巨大な魔獣に対しても使われている。
「クロスボウでデスオプの樹皮を貫けますか?」
リカルドがエミリアに確認した。
「普通の弓よりは、貫通力が有ると思うけど、必ず大丈夫とは言えないね」
「バリスタなら、どうです?」
「それなら大丈夫だと思うけど」
リカルドはバリスタという兵器が存在することを知っていたが、実際に見たことはなかった。
「もし、バリスタでデスオプの樹皮を貫けるのなら、問題解決じゃないですか」
イサルコが難しい顔で駄目出しをする。
「いや、バリスタは一発撃つ度に、ハンドルを回して弦を引かなければならん。デスオプが一体だけなら問題ないが、群れだと対応できんだろう」
もちろん、数多くのバリスタを用意するという方法もあるが、バリスタを扱える射手の人数は少ないので、無理なようだ。
「そうですか。魔砲杖はどうです。エミリアさんが開発したものなら」
エミリアさんが首を振る。
「魔術士が【爆散槍】を数発放って仕留めきれなかったようだから、魔砲杖の威力では余程の数を揃えないと群れを撃退できないんじゃないかな」
リカルドは妖樹が火を嫌うという事実を思い出し提案する。
「妖樹は火を嫌いますから、【爆散槍】と同じ中級下位の【爆炎弾】を魔砲杖に組み込むのはどうです」
その提案は、ベルナルドが否定した。
「確かに、妖樹は逃げ出すかもしれませんが、現場は炭田です。【火】の魔術を使うのは避けたいですね」
炭田の石炭に火が付くと大火事になる可能性があるとベルナルドが告げた。
【火】の魔術が駄目だというと、リカルドの切り札である【輝焔鞭】や【陽焔弾】は使えないことになる。
リカルドは、何故ミラン財閥が石炭に手を出したのだろうと不審に思った。元の世界において、石炭は高価なものではなかったからだ。
そこで石炭の値段をベルナルドに尋ねると、炭と同程度なのが判った。魔獣が居る場所での採掘や輸送を考えると、それなりの値段になるようだ。
とは言え、護衛として雇う魔獣ハンターの費用を考えると、大量に採掘しなければ利益にならないのが現状である。
イサルコも疑問に思ったようで。
「ミラン財閥は、妖樹デスオプというリスクがあるにもかかわらず、どうして石炭事業に手を出そうと考えたのです?」
ベルナルドが少し躊躇ってから教えてくれた。
「セラート予言が原因です」
セラート予言とは、九〇年の間隔で災害が起きると言われる予言である。何の根拠もないのだが、王国の歴史の中で九〇年間隔で大きな災害が起きたことを発見したセラートという人物が言い出したものである。
「セラート予言の研究家によると、九〇年間隔で異常気象が三年続く年があり、最後の年には魔境から魔獣が溢れ出す災害が起きるというのです」
リカルドは王国の歴史を思い出した。ミル領の魔境門が魔獣により破壊され、ミル領が魔獣に占拠されたのは八五年前である。
「その異常気象というのは、どういうものなんです?」
「夏はあまり変わらないのですが、冬は異常に寒くなるというものです。前回の冬は大雪となる日が続き人の背丈を越すほどの雪が積もったと記録に有ります」
王都の気候は温暖で、冬は少し雪がちらつく程度で積もることはほどんどなかった。
「ミラン財閥は、その異常気象が起きると信じているのか」
イサルコが暗い表情で呟いた。
異常気象で寒い冬が訪れるなら、暖房用の燃料となる石炭は高騰し、ミラン財閥は大儲けするだろう。
「言っておきますが、ミラン財閥は儲けるためだけに、石炭事業に手を出したわけではありません。暖房用の燃料がなければ、凍死する者も出るでしょう。それを少しでも減らすために動き始めたのです」
ベルナルドは凍死する者を減らすと言った。石炭があっても、凍死する者が必ず出ると考えているのだ。
誰が死ぬのかと考え、リカルドの脳裏にスラム街で暮らす人々の顔が浮かんだ。
リカルドが尋ねる。
「王国全体が異常気象となるのですか?」
「いえ、魔境に近い地域だけです」
「王都の庶民から、セラート予言の話を聞いたことがないのはどうしてです?」
ベルナルドが若干小さな声で。
「……王家が、予言を言い出したセラートを処刑し、人々を惑わすような話をすることを禁じたからです」
少しの間、沈黙が部屋を支配した。
どうやら確証のない話で人民を惑わす奴だとして処罰されたらしい。処刑はないだろうとリカルドは思ったが、治世が乱れている時期に、そういう予言を広めた人物を国は危険視したようだ。
エミリアが納得できないという顔で、沈黙を破る。
「でも、九〇年という間隔は偶然かもしれません。何故、ミラン財閥は予言を信じるのです」
「私共も完全に信じているわけではありません。ただ、予言の研究家の中に、異常気象が起きる数年前から、魔境において魔獣の活動が活溌化した、という記録を見付けた者がいます」
イサルコが唸り声のような声を響かせ考え込む。ガイウス王太子が魔境門で活溌化した魔獣と戦っている事実を思い出したのだ。
「皆さん、セラート予言については、ここまでにしましょう。問題はどうやって妖樹デスオプの群れを倒すかです」
「そうだな」
イサルコが承知したと頷いた。
リカルドは考え方を見直すことにした。妖樹デスオプの樹皮を貫通する武器はバリスタがある。問題は連射ができないので、妖樹デスオプに接近され反撃を受けることになるという点だ。
「そうだ、防壁を築いて近寄らせないようにすればいいんです」
リカルドは防壁で身を守りながら、バリスタで確実に妖樹を仕留める策を提案した。
「ちょっと待って、砦を築こうと言っているの。完成する前に、妖樹デスオプの群れに襲われるのが落ちよ」
「バリスタを撃つ時間が稼げるだけの防壁でいいんです。例えば、土嚢を積んだだけでもいい」
「リカルド君、素晴らしいアイデアです。しかし、土嚢を積んだくらいでは、デスオプに突き崩されてしまうのではないでしょうか」
ベルナルドが褒めながらも反論する。
「円形になるよう支柱を地面に打ち込んで、それを基礎として板壁を作り、その外側に土嚢を並べるのはどうです」
「ふむ、土嚢を板壁が支えることで防御力を高める訳か。面白い」
イサルコも検討する価値があると認め、バリスタをどこに設置するのだと確認する。
「バリスタは円の中心に櫓を建て、その上に設置します」
リカルド達は二時間ほど検討し、細かな問題点を洗い出し解決策を纏めた。
ベルナルドの店を出たリカルドとイサルコは魔術士協会へ向かう。
魔術士協会の入り口でイサルコと別れ、自分の研究室に入ったリカルドは、机の前に座ってベルナルドから聞いた話を思い返した。
「異常気象か……人の背丈より高く雪が積もると言っていたな。そうなると食料も問題になる。冬場は狩りに行けなくなるだろうし、冬小麦にも被害が出る可能性がある」
但し、セラート予言が本当だった場合である。
一番にしなければならないのは、セラート予言が正しいのかどうか検証することだろう。だが、どうやって調べるか?
「セラート予言の研究家を紹介してもらい、話を聞くか」
暗い気分のまま、下書きが完成している論文を清書した。
最後のチェックをした後、論文を提出した。論文の提出先はイサルコなので、イサルコの部屋に行く。部屋にはイサルコの姿はなく、タニアが書類整理をしていた。
「イサルコ理事は?」
「リューベン局長の所よ」
「そうか。論文の提出に来たんだけど」
そう言って、タニアに論文を渡した。タニアが以前に書かれた論文と同じではないかチェックする仕事を任されているのを知っているからだ。
タニアは論文を受取り、金庫に仕舞った。
「究錬局に入ったばかりなのに、早いのね」
「それはイサルコ理事から、頼まれていた論文なんです」
「私もイサルコ理事から課題を貰って研究しているのだけど、全然進んでないの」
タニアはイサルコの手伝いをしているので、研究が遅れがちになっているのを知っているリカルドは。
「何か手伝おうか」
「課題は、【重風槌】の魔術を因子文字を使って再現することなの。行き詰まっているのよ」
二人はソファーの方に席を移す。
リカルドは【重風槌】の魔術効果について、タニアと一緒に分析し、それを因子文字を使って再現するにはどうするかを検討した。
「そうか。空中に仕切りを作って、そこに空気を圧縮して溜め込む必要があるのね」
タニアが言う仕切りというのは、空気を動かないように固定化し指定した形の壁を作ることである。
「それには、この因子文字を使って、空気の流れを制御するのがいいんじゃないかな」
「でも、その前に仕切りの強度を上げる因子文字が必要なんじゃない」
その日、タニアの研究は大きく進んだ。
「ありがとう、助かった。今度何か奢るね」
タニアが礼を言った。
「自分も勉強になったから、礼なんていらないです。じゃあ、これで帰ります」
リカルドが帰ると、タニアは自分の研究室に戻り、リカルドとの話で進んだ研究結果を纏め、研究室にある金庫に仕舞ってから、魔術士専用宿舎に帰った。
誰も居なくなったリカルドの研究室の前に、マッシモと長老派のステルヴィオが現れた。
「なあ、鍵は持ってきたか?」
マッシモが確認するように尋ねた。
「心配するな。鍵はちゃんと持ってきた」
究錬局に入って三年目のステルヴィオは、究錬局のもう一人の副局長であるサウロスの息子である。
父親が管理している鍵を盗み出してきたのだ。
リカルドの研究室に入った二人は、部屋の中を探し始めた。
だが、すぐにステルヴィオが愚痴る。
「チッ、しょうもないメモ書きくらいしかないじゃねえか」
机の引き出しや本棚を調べたが、リカルドが研究しているはずの資料や下書きは見付けられなかったのだ。
「リカルドの奴、用心深くなってるな。どうする?」
ステルヴィオが少し迷ってから。
「収穫なしじゃ帰れねえよ。タニアの研究室に行ってみよう」
マッシモが意地の悪い顔で笑い、机の引き出しからメモ書きを取る。そのメモ書きは小僕の誰かが書いたもので、リカルドの名前とベルナルドの店に来てくれという伝言が書かれていた。
翌日、タニアが自分の研究室に行くと、机の上に並んでいるペン立てや資料の位置が微妙に違っているのに気付いた。
慌てて金庫を開けると、昨日纏めた研究資料が失くなっていた。
周囲を見ると床に紙切れが落ちていた。
「リカルド君への伝言じゃない。何でこんな所に……。それよりイサルコ理事に報告しないと」
タニアはイサルコの部屋に向かった。
2017/12/17 修正




