scene:62 王家の財政
王の誕生祭を控えたバイゼル城では、その準備が進んでいた。
昔から王族だけは、毎年大々的に誕生日を祝う。それは王権が強大だった頃、従属する貴族を集め権威を示す重要な行事だったからだ。
但し現在は形骸化し、形だけのものになっていた。
アウレリオ王子は部屋にアルフレード男爵を呼び、ガイウス王太子について尋ねた。
「兄上はいつ帰ってくる?」
「ご予定では明後日になっております」
「何故、陛下は兄上が戻る事を御許しになったのだと思う。あれだけ嫌っておられたのに」
男爵は値踏みするような視線をアウレリオ王子に向けた。この王子の言葉にガイウス王太子への敵意を感じたからだ。
「王太子殿下は、魔境門に押し寄せていた魔獣たちを討ち取り、大きな手柄を上げられました。陛下は、それを評価なさっているのでしょう」
アウレリオ王子が少し不機嫌な表情を見せる。
「あれくらいなら、余にもできる。兄上が直接戦って魔獣を倒したわけではないのだろう」
「それはそうですが……逸早く魔砲杖を魔境門衛隊に取り入れ、多くの魔獣を退治された判断は、さすがだと思われます」
アウレリオ王子は、王太子が褒められたことが気に入らないようだ。
王子に擦り寄っている貴族の誰かに、次期国王はアウレリオ王子が相応しいとでも言われ、ガイウス王太子をライバル視しているのだろうと男爵は推測した。
「余が成人しておれば、兄上に代わって魔境へ行き、魔獣共を討伐してやるのに」
アウレリオ王子が悔しそうに呟いた。
男爵は一つ面白い企みを思い付いた。
「それほど陛下のお役に立ちたいと思われているのですか。素晴らしい御心掛けです。それでしたら、陛下を悩ませている問題が幾つかございます。それを殿下が解決されてはどうでしょう」
「その問題とはどんなものだ?」
「王都の復興に掛かる予算の問題です。重臣たちが集まって話し合っておりますが、いい案が浮かばないようです」
工房街では公共の施設も炎獄トカゲにより焼かれていた。その再建や荒れた道路の整備にもかなりの出費が必要で、どうするか重臣たちは頭を悩ませていた。
それに今回のような騒動が次に起きた時、どうするかという問題がある。重臣の一人は、魔境門衛隊の例を取り上げ、守備隊にも魔砲杖を取り入れるべきではないかと提案しているが、資金面の問題で財政担当の重臣が了承しなかった。
アウレリオ王子は予算問題だと聞いて顔を顰めた。
王子は軍事関係の問題には詳しかったが、財政関係には疎かったからだ。
「それをどう解決しろと言うのだ」
「ミル領のパレンテ高原を知っていらっしゃいますか?」
「知っている。良質な石炭が取れる炭田のある場所だと聞いた覚えがある」
「そうです。昔は良質な石炭が大量に採掘されました」
王子は何か思い出したような顔をする。
「そうか。魔境門から溢れ出した魔獣が、パレンテ高原を占拠したのだったな」
パレンテ高原に住み着いた鎧山猫や地走り蜘蛛、妖樹デスオプなどが住民を襲い追い出した。
アウレリオ王子は男爵の考えが判らず混乱していた。
「魔獣を討伐し、パレンテ高原の炭田を取り戻せと言っているのか?」
「いえ、殿下は兵力をお持ちではないので、魔獣を討伐することは無理です。代わりに炭田の採掘権を売ることを陛下に提案してはどうでしょう」
王家がパレンテ炭田を所有していることを、メルビス公爵が羨ましがっていたのを男爵は知っていた。
現在は魔獣のせいで採掘が難しくとも、魔砲杖のような武器が発達すれば、王家がパレンテ高原を取り戻す日は近いのではないかと公爵は言っていた。
そのパレンテ炭田を王家から取り上げることができれば、王家の力を削ぐことになる。そう男爵は考えた。
「しかし、パレンテ炭田は王家の大切な収入源だったと聞いている」
アウレリオ王子が疑問に思った点を確認した。
「ですが、完全に魔獣を退ける方法が発見されていないので、あの炭田はあまり価値がありません」
パレンテ高原が魔獣に占拠された頃、王家で兵を集め魔獣討伐に向かったことがあった。一応妖樹デスオプ以外の討伐に成功し、鎧山猫と地走り蜘蛛をパレンテ高原から駆逐したのだが、すぐに元の状態に戻ったと男爵は聞いていた。
特に地走り蜘蛛は、様々な場所に卵を産んでいるので、駆逐したと思っても残っていた卵が孵化し、元の状態に戻るようだ。
しかも地走り蜘蛛は鎧山猫の好物なので、いつの間にか鎧山猫も集まってくるらしい。
ちなみに魔獣が復活するまでの間、石炭を採掘することは可能だったが、また魔獣が増え始めると石炭掘りに犠牲者が出るようになり、また魔獣討伐の軍勢を呼ばねばならなくなった。
その費用は馬鹿にならず、大規模な採掘は採算が取れないと言われている。
地走り蜘蛛や鎧山猫だけならば、周囲を護衛に守らせながら採掘するという手段も取れるのだが、妖樹デスオプが襲ってくると道具や採掘した石炭を放り捨て逃げなければならず、採掘を中止している状態である。
「そんな状態なら、パレンテ炭田の採掘権を買う者など居ないのではないか?」
「それが、無許可でパレンテ炭田を掘っている者が、居るようなのです」
小規模な採掘なら採算が取れるらしく、盗掘する者が絶えないと男爵は聞いていた。
その連中は、表層の石炭だけを採掘し逃げるということを繰り返しているらしい。その御陰で炭田に小さな穴が無数に作られ、その穴に雨水が溜まって、池のようになっている。
「そんな者が居るのか」
アウレリオ王子は盗掘の話は初めて聞いたようで怒りを表した。
「そのことからも判るように、王家が事業として行うには、採算が取れないような小規模な採掘でも、商人の中にはやりたいと思う者も居るはずです」
次の日、アウレリオ王子は国王にパレンテ炭田の採掘権を売ることを提案した。
その提案を受けた国王と重臣たちは検討を始めた。王家の財政は、それほど厳しいものだったのだ。
検討した結果、パレンテ炭田の採掘権を売ることになった。但し完全に手放すのを躊躇った王家は、二〇年間に限定した採掘権の貸与とする。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ヨグル領から王太子が戻った数日後、イサルコとリカルドはサムエレ将軍に呼ばれ、バイゼル城へ向かった。
リカルドたちは応接室のような部屋に案内される。その部屋には王太子とサムエレ将軍が待っていた。
王太子に会う時はイサルコでも緊張するようで、彼の顔が強張っているのがリカルドの目に入った。
「よく来た。リカルドの師匠が新しい技術を開発したと聞いたが、どういう技術なのだ?」
リカルドは収納碧晶から、【水】の属性色ロッドを取り出し、王太子に見せた。
「ほう、これは綺麗なものだな」
リカルドが属性色ロッドの性能を説明した。
「最後に要点を纏めますと、属性色ロッドは触媒の消費軽減、威力の増大効果を持っています」
王太子はしばらく考えてから、【水】の属性色ロッドを手に取った。
「製造方法を訊いては、駄目なのだろうな」
「申し訳ございません。魔導職人は、秘技を弟子以外に伝授しないものです」
その答えを聞いて、王太子は苦笑いする。職人の秘技だけは、王族と言えど無理に答えさせることを、法が禁じていたのだ。
「属性色ロッドは一月にどれほど製作可能だ?」
「多くて一〇本だと考えてください」
属性色ロッドの製作だけに時間を取られるのは御免だと考えたリカルドは、少なめに答えた。
王太子が顔を顰め。
「少ないな」
その言葉を聞いたイサルコは、王太子が宮廷魔術士のロッドを属性色ロッドに交換したいと考えていると推測した。イサルコ自身も討伐局の魔術師が使うロッドを交換したら、どれだけ触媒が節約できるかと考えたからだ。
イサルコは王太子に一つの提案を口にした。
「王太子殿下。属性色ロッドは、かなり癖のあるロッドです。魔術士が魔成ロッド代わりに使うには、厳しい訓練が必要になるでしょう。魔砲杖の部品として使う方がいいかもしれません」
リカルドにとって、属性色ロッドは少し癖のあるロッドだという認識である。しかし、それはリカルドの魔力制御が非常に高いレベルにあるからで、普通の魔術士では魔術をちゃんと発動させるのにも苦労するだろう。
そのことに気付いたイサルコは、王太子に魔砲杖の部品として使うよう提案したのだ。
「魔砲杖か。魔砲杖に使っても触媒の消費軽減効果は同じなのか?」
サムエレ将軍も興味を持ったらしく、リカルドに尋ねた。
「はい、その通りです。エミリア工房で試作し、確認しております」
「そうか、明日にでもエミリアを呼んで、試作品の試射をしたいものだ」
イサルコがエミリアに伝言すると約束した。
イサルコは王太子と将軍が、新しい技術の内容を理解したと判断し、用件を切り出す。
「この技術を使った武器を世に出すと、魔砲杖が開発された時の二の舞いになるのではないかと我々は心配し、王太子殿下に御相談に参ったのです」
ガイウス王太子はイサルコの顔を見て頷いた。
「その心配は理解した。あの時は魔砲杖の発明者であるルチオが、拉致されそうになるという事件も起きたと聞いている」
王太子と将軍が厳しい顔をする。
「王太子殿下。騒動が起きるのを恐れ、この技術を使った武器を世に出さないのは馬鹿げています。この技術を殿下が命じて研究させていたものとして発表してはどうでしょう」
将軍の提案に王太子が頷いた。
「なるほど、王家を経由して属性色ロッドを世間に送り出すのだな」
リカルドは魔彩功銃や魔功ライフルについて言い忘れているのに気付いた。
「申し訳ありません。言い忘れていましたが、この技術を応用したものは、ロッドだけではありません」
王太子はリカルドから贈られた魔功銃を思い出した。
「まさか……」
「はい、属性色の波生管を使った魔功銃を試作しています」
「フハハハ……面白い」
王太子の笑い顔に、リカルドはちょっとビビった。悪魔のような笑い顔だったからだ。
リカルドたちは城にある射撃訓練場へ向かった。そこは魔砲杖が開発された時に、王太子が作らせたものである。
射撃訓練場には誰も居なかった。リカルドは四種の魔彩功銃を取り出し、王太子は【風】、将軍は【地】、イサルコは【火】の魔彩功銃を渡した。
まず、王太子が標的に向って【風】の魔彩功銃を発射し、威力を確かめた。
「これはいい。かなり威力が増しているではないか」
王太子は【風】の魔彩功銃の威力に喜んだ。
次に将軍が【地】の魔彩功銃を試射しようとしたので、リカルドが注意する。
「将軍、【地】の魔彩功銃だけは反動がありますので、しっかり魔彩功銃を握ってから、引き金を引いてください」
「しっかりと握ればいいのだな」
将軍は銃把をきつく握り、慎重に引き金を引いた。ブンという発射音と同時に銃口が反動で上を向く。その直後、衝撃波が飛び出し、標的の上にある土嚢に命中し陥没させた。
「なるほど、これが反動か」
将軍はもう一度引き金を引き、今度は標的に命中させた。
最後にイサルコが【火】の魔彩功銃を試射した。
命中した標的が焦げたのを見て、王太子は面白がった。
三人は魔彩功銃を交換し試射を続けた。一番人気は【地】の魔彩功銃だった。発射時の反動でズシリと手応えがあり面白いと言う。
「【水】の魔彩功銃は試射させてくれないのか」
将軍がリカルドの手の中にある【水】の魔彩功銃を見て尋ねた。
「【水】の魔彩功銃は、通常の魔功銃と何が違うのか判らないのです」
王太子たちは【水】の魔彩功銃も試射したが、何が魔功銃と違うのか判らなかった。
「最後は、王太子殿下と約束していたものです」
リカルドは【風】の魔功ライフルを取り出し、王太子に渡す。
「これが特大魔功蔦を使って作ったものか。魔功銃と違う形にしたのだな」
王太子は呟くように言ってから、引き金を引いた。
発射された衝撃波が標的の板を木っ端微塵にする。
その威力に三人は驚き、声が出ないようだ。
しばらくして、イサルコが声を上げた。
「こ、この威力があれば、牙猪でも仕留められるのではないか」
王太子が同意する。
【風】の魔功ライフルは、王太子を満足させたようだ。
リカルドは属性色ロッドや魔彩功銃の販売を王太子に任せる代わりに、入手ルートを王太子が隠蔽する契約を交わした。このことにより、属性色ロッドや魔彩功銃が引き起こすだろう騒ぎから、リカルドは無関係でいられると安心した。
そんな心配をするくらいなら、誰にも売らずに自分たちだけで使うという選択肢もあったのだが、それだと誰もいない場所でしか使えなくなるので、開発した意味がないと考えた。
王太子と別れたリカルドたちは、魔術士協会に向かった。
イサルコの部屋へ行く。
「今年の春に行われた魔術士認定試験の結果を知っているな」
「知っています」
「小僕だったシドニーが合格し、雑務局の魔術士として働き始めている」
シドニーは小僕として働ける年齢ではなくなったので、試験を受け合格していた。残ったロブソンたちも来年の春に試験を受けると言っている。
「シドニーに聞いたのだが、教え方が上手いそうだな」
「普通だと思いますが」
リカルドは謙遜しているわけではない。教師時代は普通だったと自己評価しているので、そう答えた。
「いや、『魔術独習教本』を読んでみて感じたのだが、師としての才能があると思う」
リカルドはピンと来た。
「もしかして、ボニペルティ侯爵の御令嬢の件ですか?」
「そうだ。グレタ嬢が私の弟子となることになった。基礎から教えようと思うが、その時間がないのだ。誰かに任せるしかない」
「タニアさんはどうです」
リカルドが提案した。タニアなら十分教えられるだろう。
「タニアにも頼むつもりでいる。しかし、タニアは来年、高等魔術教育学舎へ入る試験を受けると言い出し、勉強中なのだよ。あまり教える時間がないかもしれない」
タニアはリカルドが使う上級魔術を見て、自分も頑張らなければと思い高等魔術教育学舎に入学することを決めたらしい。
魔術士協会は、働きながら通常の学校へ通うことを認めていない。だが、高等魔術教育学舎だけは例外である。高等魔術教育学舎で学ぶ知識は、魔術士協会でも有益だと認めているのだ。
「それにグレタ嬢が、教えてもらうならリカルドがいいと言っている」
リカルドは『魔術独習教本』をあげた時に、嬉しそうにしていたグレタを思い出す。
「協力はしますが、自分も論文を書かねばならないので、それほど時間を割けませんよ」
「できるだけで構わんよ」
翌日、魔術士協会の研究室で論文を書いていると、ドアをノックする音が聞こえた。
返事をするとグレタが入ってきた。
「リカルド様、魔術を教えていただけるとイサルコ師匠から聞きました。ありがとうございます」
明るく感謝する少女の声が初々しく聞こえ、リカルドは思わず笑顔を浮かべた。
2017/12/17 誤字修正




