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scene:61 王太子への贈り物

 チェルソ部督長が不満気に鼻を鳴らし口を開いた。

「本当ですか。グレタ嬢に魔術の才能があるとは、聞いたこともありませんが」

 ボニペルティ侯爵が鋭い視線をチェルソ部督長に向け。

「私が嘘を吐いているとでも」

 チェルソ部督長が無理に愛想笑いを浮かべる。

「まさか、そのようなことは思ってもおりません」

「それなら結構。では、クリスピーノ子爵との話はなかったことに」

 チェルソ部督長は不承不承という感じで承知した。


 その場から離れようとしたチェルソ部督長が振り向いて薄ら笑いを浮かべた。

「羨ましいですな。それほど才能のあるお嬢さんなら、王立バイゼル学院の高等魔術教育学舎に入られるのでしょうな」

 その言葉を聞いて、侯爵は顔を強張らせた。魔術に才能を持つ貴族の多くが高等魔術教育学舎に入り、研鑽を積むのが通例となっていたからだ。

 ここで、そのつもりはないと答えるとグレタの才能について嘘を言ったと白状するようなものだった。

「少し先の話になるが、それも考えている」


 チェルソ部督長がパーティー会場から去ると、侯爵はベルナルドを呼び寄せた。

「芝居に付き合ってもらい感謝する」

「チェルソ部督長が気に入らない縁談を持ってこられたのですか?」

「そうだ。奴はオクタビアス公爵の親戚筋だからな。断るのにちゃんとした理由が欲しかったのだ」

 貴族同士の力関係を考え、咄嗟に嘘を吐いたのだろう。そのことを理解したベルナルドは微笑んでから、リカルドを紹介した。


 リカルドが挨拶と侯爵の長男への祝いの言葉を告げる。

「ほう、この若い魔術士が王太子殿下のお気に入りなのか」

「いえ、王太子殿下とは何度か御目に掛かった程度です」

「謙遜する必要はない。魔功銃を見せていただいた時に君の話が出て、褒めておられたよ」

 王太子がリカルドの後ろ盾となったことを広めてくれているのだろう。有り難いと思う反面、変に有名になるのも嫌だなとリカルドは思った。

 侯爵は家族をリカルドとベルナルドに紹介した。


「ところで、グレタの弟子入りの話だが、本当に良い人物を知っているのかね」

 侯爵がベルナルドに尋ねた。

「表向きの師匠ということでしたら、魔術士協会のイサルコ殿に頼めばよいと考えていたのですが、最後にチェルソ部督長が変な言質げんちを取っていきましたな」

 侯爵が難しい顔をした。

「高等魔術教育学舎のことだな。だが、あそこの試験を受けられるのは十五歳からであろう。まだまだ先の話だ。その頃には忘れているかもしれん」

「いえ、チェルソ部督長は執念深い性格だと聞き及んでおります」

 侯爵が眉間に皺を寄せる。

「困ったものだ。グレタはどうだ。高等魔術教育学舎へ入るために魔術の勉強をする気は有るか?」

 クリスピーノ子爵の後添えという将来を回避できたグレタは、ホッとしていた。

「はい、私は魔術士となって御父様のために力を尽くします」


 ベルナルドはグレタの顔を見てから。

「侯爵様、グレタお嬢様に魔術士としての才能はありますのでしょうか?」

「それは判らん。だが、この娘は頭が良く勉強が好きなようだ。優秀な魔術士に師事すれば、高等魔術教育学舎へ入れるかもしれん」

 高等魔術教育学舎は一流の魔術士を養成する教育機関である。その卒業生は宮廷魔術士や有力貴族のお抱え魔術士となる者が多い。

 また、独自の魔術研究も行っており、そこで開発された上級魔術を伝授されるので、高等魔術教育学舎で学びたいという魔術士は数多く居る。


「あのー、リカルド様は魔術士なのですよね」

 リカルドは可愛い声で尋ねてきた少女を見て頷いた。長く伸ばした栗色の髪に緑色の瞳を持つ少女は、将来かなりの美人になりそうに思える。

「一応、魔術士協会に所属しています」

「魔術の才能があるかどうかを調べる方法はないのでしょうか?」

「そうですね……魔術士になろうとする者は、まず魔力制御の訓練をするのですが、その訓練をしてみれば判るかもしれません」

 基本の魔力制御を習得するのに、早い者で一ヶ月掛かると言われている。習得までの時間が判れば、一つの指標となって才能の有無も判ると思う。

 但し習得に時間が掛かっても才能がないとは言い切れない。魔力制御は不得意でも体質的に大量の魔力を所有する者も居るからだ。そういう魔術士は努力により大成することができる。


「魔力制御を習得するにはどうしたらいいか、教えてもらえませんか」

 子供に教えてほしいと頼まれると拒否できない。元が教師だからだろうか。

 二人はパーティー会場の隅に移動し、リカルドはグレタに魔力制御の訓練法を伝授した。

 最後に収納碧晶から『魔術独習教本』を取り出し渡した。

「初級魔術までなら、この本を読んで練習すればなんとかなるでしょう」

「ありがとうございます。この本の代金はいくらでしょう。父に頼んで払ってもらいます」

「いや、差し上げます」

 弟のセルジュ用として写本したものだが、原本があるのでまた写本すればいい。

 嬉しそうに感謝するグレタを見ると、リカルドも何だか嬉しくなる。


 侯爵とベルナルドは誰をグレタの師匠にするかを相談していた。

 結局、表向きの師匠はイサルコになってもらい、実際の指導はイサルコに誰か紹介してもらうことになった。

 そこに、グレタが戻ってきて侯爵に報告した。

「リカルド様に魔力制御の訓練法を教わったの。この教本も貰いました」

 娘が目をキラキラさせて報告するのを見て、侯爵は微笑んだ。

「グレタは少し人見知りする娘だったのだが……彼は何か特別な魅力があるのかな」

 ベルナルドがリカルドを探して視線を彷徨わせると、リカルドはテーブルの上に並べられている料理を食べていた。

「豊かな才能の持ち主で、将来を期待させる少年です。もしかすると魔術士の頂点に立つ人材かもしれません」

「ほう、あなたがそこまで期待するとは、面白い」


 リカルドは自分のことが話題に上がっているとは知らずに、パーティー料理の味見をしていた。

「確かに美味しいけど、どれも味が濃いな。素材の味と言うより調味料の味が勝っていて、何か喉が渇く料理だ」

 周りの客を見ると大量のワインやエールを飲みながら、料理を味わっている。

 そういう食べ方が相応しい料理なのだろう。だけど、酒を飲めない子供や女性には、ちょっとという料理だ。


 料理に関しては期待はずれだったが、デザートとして出されたチーズパイは秀逸だった。そして、ボニペルティ領では一角山羊の牧畜が盛んに行われており、山羊乳チーズも保存食として作られていると知った。

 今度作る飲食店でチーズ料理を出すのもいいかもしれない。

 お腹が一杯になったリカルドは、椅子に座ってパーティーの様子をぼんやり眺めながら時を過ごした。

 ベルナルドは招待客に今度売り出す冷蔵収納紫晶について説明し、売り込んでいるようだ。


 パーティーの主役であるシルヴァーノは、侯爵と一緒に様々な招待客に挨拶をして、くたびれているように見える。貴族の子供も大変だなという感想が脳裏に浮かんだリカルドは、少し眠くなっていた。

 ベルナルドがリカルドの傍に来て告げた。

「そろそろ帰りましょうか?」

「そうですね」

 リカルドとベルナルドは、パーティーから引き上げ家路に就いた。


 翌日、魔術士協会の訓練場へ行った。

 リカルドは昨日作った魔功銃を『魔彩功銃』と命名した。

 訓練場で四種の魔彩功銃が正常に動作するのを確認したリカルドは、実戦での威力を試すためにクレム川の上流へ向かった。

 リカルドは装備を身に着け上流に六キロほど歩いた。広葉樹の林が広がっており、地面には雑草や山菜が生い茂っていた。

 頭突きウサギを見付け、【火】の魔彩功銃を構えて近付いた。リカルドに気付いた頭突きウサギが、顔を上げリカルドを睨む。

 距離は六メートルほどで、魔功銃の射程ギリギリである。

 リカルドが引き金を引くと衝撃波が頭突きウサギに命中した。命中した部分の毛皮が焼け焦げ、頭突きウサギが倒れた。魔功銃と比べると威力が上がっているようだ。

 仕留めた頭突きウサギは血抜きし調べてみると、衝撃波が命中した箇所は内部まで焼かれているようである。

 調べ終わったウサギを収納碧晶に仕舞う。


 次に見付けた頭突きウサギは【水】の魔彩功銃で仕留め命中箇所を調べた。

 命中箇所からの出血が少ないように感じたが、他は魔功銃と変わりなかった。

 少し休憩してから、【風】の魔彩功銃を使って頭突きウサギを仕留めた。

 予想通り威力が上がっていた。頭突きウサギの毛皮が衝撃波で引き裂かれ、大量の血が流れ出している。

「威力は確実に上がっている。射程はどうだろう」

 大木を標的にして有効射程を調べてみた。魔功銃に比べると三メートルほど延びている。


 最後に【地】の魔彩功銃を使ってみた。

 引き金を引いた途端、強い反動を手に感じた。他の魔彩功銃にはなかった感触である。そして、発射時にブンという音が出るようだ。

 衝撃波は頭突きウサギの頭に命中し、頭蓋骨を陥没させた。

「こいつは貫通力が凄いな。でも、何で反動が強いんだ」

 この魔彩功銃の有効射程を調べてみると十二メートルに延びていた。その理由を調べてみると、【地】の魔彩功銃から発射された衝撃波はあまり広がらずに直進性が高いということが判った。

 【風】の魔彩功銃から発射された衝撃波は、散弾銃のように広がりながら進むので命中率は高いが、有効射程が短い。

 一方、【地】の衝撃波は、あまり広がらずに進むので命中率は低くなるが、有効射程が長くなるようだ。


 【水】の魔彩功銃についてだけは判らなかったが、他のものは調査が終わった。

「問題はガイウス王太子に贈る魔功ライフルをどうするかだ」

 王太子は魔功銃より射程の長い魔砲杖を所有している。しかも王太子の周りには常に護衛が居るので、強力な武器を王太子自身が持つ必要はない。

 ただ宰相を暗殺したような連中が襲ってきた場合を考えると、万一のために威力が大きく命中率が高い【風】の魔功ライフルを装備していた方がいいだろうとリカルドは思った。

 遠距離から魔術により攻撃された場合のことも考えたが、魔砲杖で反撃すればいいという決論に達した。


 魔術士協会の研究室にリカルドは戻った。

 作業台の上に三つの特大魔功蔦を並べ加工を始めた。一つ目は【地】の属性色に励起した魔力でコーティングし、二つ目は【風】、三つ目は【火】の属性色に励起した魔力でコーティングする。

 これ以上の作業は、エミリア工房で魔功ライフルの部品が完成しないとできないので、早めに帰ることにした。


 リカルドは二日ほど飼育場で妖樹クミリの成長を観察したり、飼育場近くの海岸を散策して時間を潰した。

 論文を書くという仕事もあったのだが、何となくやる気が起きない。こういう時はぽやぽやして過ごすのが一番である。

 王都の南西に広がるチェトル湾には豊富な魚介類が生息している。だが、ロマナス王国の人々はあまり魚介類を食べないようだ。

 これは魔境や近隣の山で狩った魔獣の肉が、豊富に供給されることと、漁の技術が発達していないために漁獲量が少ないことに原因があるらしい。

 海岸で海を見ながらぽやぽやしていると、スラムの子供たちが貝掘りを始めた。砂浜には大量の貝が生息しているようだ。

 一緒に来ていたモンタが、子供たちと混ざって貝を掘り始めた。

「リカ、スゴイヨ。イッパイ イルヨ」

 モンタは砂だらけになりながら、たくさんの貝を採った。採った貝はアサリほどの大きさで模様も似ている。

 貝掘りに飽きたモンタが波打ち際で波と遊び始めた。打ち寄せる波から逃げ、引いていく波を追い駆ける。

 逃げている途中、砂に足を取られ逃げるスピードが落ちて波を被る。

「キュキャー」

 悲鳴を上げたモンタはずぶ濡れになった。

 モンタが泣きそうな顔でリカルドに駆け寄った。

「仕方ない奴だな」

 リカルドは手拭いのような布でモンタを拭く。

「身体を洗わないと駄目だな」

「ミズ ツメタイカラ イヤ」

「だったら、お風呂にするか?」

「ソウスル」

 リカルドが住んでいる貸家には元々風呂はなかったが、大家の了解を得て庭の一角に風呂小屋を作った。

 この風呂はモンタも気に入ったようで、寒い冬の間は何度も入っている。


 リカルドが休養を取っている間に、エミリアが魔功ライフルの部品を完成させた。

 エミリア工房から、魔功ライフルの部品が完成したとの連絡を受け、リカルドは工房へ向かった。

 工房で部品を受け取り、その場で組み立てた。組み立てはエミリアも手伝ってくれた。一時間ほどで三種の魔功ライフルが完成した。

「この波生管も属性色ロッドと同じ技術を使っているのね」

 エミリアが完成した魔功ライフルをチェックしながら呟いた。


 魔功ライフルは魔彩功銃の威力拡大版だった。【火】の魔功ライフルを試射した木製の標的は、厚さ一センチほどが炭化しひび割れた。

 【風】の魔功ライフルでは、標的がズタズタに切り裂かれ粉々となった。この威力からすると脅威度3の牙猪や炎獄トカゲが仕留められるだろう。

 もちろん、これらの試射は一度で成功したわけではない。流し込む魔力量を調整するために何度かの試射が必要だった。


 最後に【地】の魔功ライフルを試射する。

 ライフルの銃床ストックを肩に当て、標的に照準を合わせて静かに引き金を引いた。

 予想より強い反動が肩を叩き、ヴォンという音がして衝撃波が飛び出す。しかし、標的には命中しなかった。

「どういうこと?」

 銃床がリカルドの肩を押し返すのを見たエミリアが質問した。

「【地】の魔功ライフルは発射時に、反動があるんです」

「へえー、今までになかった現象か。興味深い」

 リカルドはもう一度構えるとよく狙って引き金を引いた。どれくらいの反動があるか判っていれば、制御可能だ。

 【地】の魔功ライフルから発射された衝撃波は、標的に命中すると丸い穴を開け、後ろにある土嚢に当たって中の土を飛び散らかせた。

 この魔功ライフルの射程は二〇メートルを超えていた。魔砲杖の射程には及ばないが、十分なもので威力もある。

 ただ着弾した後爆発する【爆炎弾】の魔砲杖や衝撃波が広がりながら進む【風】の魔功ライフルに比べると射撃の技量が必要なようだ。


2017/11/26 誤字修正

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