scene:60 侯爵令嬢グレタ
多くの感想を頂きました。ありがとうございます。
全部に返事をしたいのですが、そろそろ時間が足りなくなりました。
返事は最小限にしたいと思います。ご容赦下さい。
しばらくしてイサルコが戻ってきた。
「このロッドは素晴らしい。画期的なものだ」
イサルコは少し興奮していた。
「画期的だというのは賛成ですが、少し使い難かったのではありませんか」
「……そうだな。魔力制御が難しくなったように感じた」
「やはりそうですか。属性色ロッドは使い手を選ぶロッドなのかもしれませんね」
イサルコは真剣な顔になって考え結論を告げる。
「そうかもしれんが、触媒使用量の軽減と威力増強は魔術士にとって魅力的だ。マトウ殿は月に何本ぐらい属性色ロッドを作れそうなのかね」
リカルドは属性色ロッドを大量生産しようとは思っていなかった。
「特殊な加工が必要なので、月に生産できる数は多くはないようです」
「そうか……そうだろうね。こんな凄いロッドがホイホイできるはずがないか」
リカルドは【水】の属性色ロッドを返してもらった。
「研究していると言っていたが、属性色ロッドについての論文を書くつもりなのかね」
「製造方法についての論文を書くつもりはありません」
「属性色ロッドの製造方法を公開するのは、私も止めた方がいいと思う」
「どういう意味です?」
「この技術は国力を左右するほどの技術となりえる」
リカルドは大げさなと思ったが、イサルコの顔を見ると真面目に言っているようだ。
「でも、これは製造が難しく大量には作れないとマトウ師匠は言っていましたよ」
プローブ瞑想という魔力の回復方法を持つリカルドでさえ、触媒なしで魔力を四種の属性色に変化させるという技術を習得するのに年単位の時間が必要だった。しかも【命】の属性色は未だに習得できずにいるくらいなのだ。他の者に製造方法を教えたとしても、長い修業期間を経なければ作れるようにはならないだろう。
「今はそうかもしれない。だが、技術は日進月歩する。将来大量生産できる技術が発見されるかもしれない」
大量生産が不可能な武器に、それほどの影響力はないと思っていたが、イサルコの考えの方が正しいと思い考えを改めた。
魔砲杖が開発された時も、騒ぎが起きたようだ。
エミリアの師匠により開発された魔砲杖が売りに出されると、他の有力貴族や諸外国が競って購入し、魔砲杖の研究を始めたらしい。
「その時は、開発元の工房に弟子入りしたいという魔導職人が大勢現れ、大変だったそうだ」
「その弟子入り志願者は、他の貴族や諸外国から来た諜報員だったんですか?」
「ほとんどが魔砲杖の製造技術を狙った者たちだった」
リカルドは嫌そうな顔をした。
「そういう騒ぎになるのは嫌ですね」
イサルコは厳しい顔をして口を開いた。
「一度、王太子殿下に相談した方がいいかもしれんな」
「またヨグル領へ行かなきゃならないのか」
リカルドが溜息を吐いた。
「いや、八日後には王太子が戻るはずだぞ」
「何かあるんですか?」
「王の誕生祭がある。王族全員が集まるはずだ」
イサルコと話し合い、王太子が戻ったら相談する事になった。リカルドは、王太子に贈り物をすると約束したのを思い出す。
「八日後なら、贈り物を用意する時間は十分ある」
リカルドの呟きは、イサルコには聞こえなかったようだ。
「私がサムエレ将軍に連絡し、王太子殿下に会えるよう頼んでおく」
「よろしくお願いします」
用が済んだイサルコが研究室を出ていった。リカルドは収納碧晶から特大の魔功蔦を取り出す。
「このまま魔力コーティングして、魔功銃に組み込んでも威力があるものになるだろうけど、それだけじゃもったいないな」
リカルドは普通の魔功蔦より倍ほども長い特大魔功蔦をどう加工するか迷った。
結局決められず、属性色に魔力コーティングした波生管を魔功銃に加工し、その威力を詳細に調査してから決めようと考える。
但し特大魔功蔦は拳銃型にするには大きいので片手では扱い難い。そこでライフルのような形にすることにした。ただライフルより銃身が短く太いので、アクション映画で見たグレネードランチャーのようになるんじゃないかとリカルドは思った。
リカルドは自分が想像した特大魔功蔦を使った『魔功ライフル』を紙に描いた。あまり上手い絵ではないが、十分に特徴を表している外観図が出来上がった。
その外観図を持ってエミリア工房に向おうと思ったが、日が傾き始めているので明日にしようと思い直す。
リカルドは少し疲れを覚えながら家に帰った。
セルジュとパメラ、モンタが出迎えてくれた。モンタはリカルドの身体によじ登り、肩の上に登ると話し掛ける。
「モンタね、ニワで モグラ ミツケタよ」
少しの間に話し方が上手くなっている。
「パメラはね、モンタと一緒にたくさん遊んだの」
妹が楽しそうに笑い、今日の出来事を説明し始めた。
話を聞きながらダイニングルームへ行くと、珍しくアントニオが先に帰って待っていた。
「リカルド、話があるんだ」
「何、兄さん」
「飼育場の従業員が増えたんで、従業員宿舎を建てようと話していただろ。そろそろ建て始めないと冬に間に合わなくなる」
「でも、ロマーノ棟梁は五ヶ月ほどで建てられると言っていたけど」
アントニオが溜息を吐いた。
「それは、王都に魔獣が現れ暴れる前の話だ。今は建材や職人が揃わなくて時間が掛かるらしい」
王都では破壊された家屋や商店を一斉に建て直そうとしている。そのため、建材や職人が足りなくなっているらしい。
リカルドはアントニオと相談し、すぐにロマーノ棟梁に頼むことにした。
翌朝、リカルドはエミリア工房へ行った。
エミリアは工房に泊まり込んで属性色ロッドを組み込んだ魔砲杖を製作していたようだ。よれよれの服で魔砲杖の魔術回路を調整していた。
「おはようございます」
エミリアは魔砲杖の製作に夢中になっているようだ。リカルドが声を掛けるまで気付かなかった。
「ああ、おはよう。属性色ロッドを組み込んだ魔砲杖は、触媒を三割に減らした触媒カートリッジで魔術が発動したよ」
「魔術を使った時と同じですね。予想通りの結果だ」
「でもね。【火】の属性色ロッドを魔砲杖に組み込んで試しているんだけど、真っ直ぐに飛ばないんだ」
そう言うと魔術回路に何か変更を加えた後、元の魔砲杖に組み込み直した。
「よし、試射場に行こう」
工房の地下には、長さ二〇メートルほどの細長い試射場があった。
試射場に下りたリカルドとエミリアは、土嚢と板で作られた標的に向って立った。
「前回は炎翔弾が途中で右に曲がったんだ。今度こそ」
エミリアは魔砲杖を構え引き金を引いた。
魔砲杖の先から通常より大きな炎の玉が生まれ標的に向かって飛んだ。途中から左に曲がり始め、標的から大きくハズレた場所に当たった。
「駄目か」
エミリアが落胆して肩を落とす。
リカルドは炎翔弾の動きを見ていて野球のナックルボールを思い出した。ナックルボールは無回転に近いボールを投げることで不規則に変化させるものだったはずだ。
「エミリアさん、炎の玉に回転を与えたらどうでしょう」
エミリアには理解できなかったようだ。
「何故、回転させればいいと?」
「……勘です。それで上手くいきそうな気がするんです」
ジャイロ効果とか発見されていない世界では説明できなかったので、勘ということにした。
「まあ、いいわ。試してみましょう」
上に行って魔術回路に変更を加え、試射場に戻った。
先ほどと同じように魔砲杖を構えたエミリアが引き金を引く。魔砲杖の先に回転する炎翔弾が生まれ、標的に向って飛翔し真ん中に命中した。
「成功した。何故?」
「理由は分からないですが、成功したんだからいいじゃないですか」
「そうね。理由は後で調べることにする」
工房に戻った二人は、工房の隅に置いてある長椅子に座り話を始めた。
リカルドはイサルコと属性色ロッドについて話した内容をエミリアへ伝え、属性色ロッドについて口外しないように頼んだ。
「なるほど、イサルコ理事が心配する気持ちは分かる。触媒消費を軽減可能な技術は軍隊が欲しがるでしょうからね」
「魔砲杖もそうだったんですか?」
「ええ、メルビス公爵やオクタビアス公爵は魔砲杖を作れる魔導職人を育てたそうよ」
「きっと、真似て魔功銃も作り始めるんだろうな」
「間違いなく、そうだね」
リカルドは工房に来た用件を切り出した。
「魔功銃の部品を四丁分欲しいんですが、ありますか?」
「有るよ。予備として一〇丁分は準備しておくようにしているから」
「それと、これを作って欲しいんです」
リカルドは昨日書いた魔功ライフルの外観図と特大魔功蔦を出して見せた。
「もしかして妖樹タミエルの長老を仕留めたの?」
妖樹の中で特別に大きな個体を『長老』と呼ぶらしい。
「大きな奴を仕留めましたけど、あれが長老だったのかな」
エミリアが外観図を手に取り、じっくりと確認した。
「この図を見ると魔砲杖に形は似ている」
「もしかすると通常の魔功銃より、魔力量を多くしないとならないかも」
「それだけ威力が大きいということ?」
「普通の魔功銃より威力が大きいのは確実です」
エミリアは魔功ライフルを作ると約束してくれた。
その後、魔功銃の部品を購入し、工房を出ると魔術士協会の研究室へ向かった。
研究室で属性色の魔力でコーティングした波生管と魔功銃の部品を組み立て、各属性色の魔功銃を完成させた。
試射しようと考えたところで、ボニペルティ侯爵のパーティーへ行く時間が迫っているのに気付いた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
同じ頃、バイゼル城の東に在るボニペルティ侯爵の屋敷では、パーティーの準備が進められていた。
今回のパーティーは、十五歳となった侯爵家の長男シルヴァーノを祝う集まりである。
使用人たちが忙しそうに駆け回っている様子を見ながら、侯爵家の三女であるグレタは憂鬱な顔をする。
「何をしているの。あなたもパーティーの支度をしなきゃ駄目でしょ」
グレタの姉ミランダが妹を注意した。
「パーティーに出たくない」
「何が嫌なの?」
「だって退屈なんだもの」
グレタは幼い頃から少し変わっていた。言葉を覚えるのも早く、読み書きを習得するのも早かった。そのことは両親を喜ばせたのだが、魔術や魔導工芸学に興味を持ち始めた頃から、家族や使用人に対し頻繁に質問を投げ掛けるようになった。
初めの頃は簡単な質問だったのだが、本を読み始め基礎的な知識を身に着けた頃から、普通の大人では答えられない質問が含まれるようになった。
困った両親は高価な専門書を買い与え、自分で調べなさいと言うようになったのも当然である。
グレタは部屋に閉じ籠もり、買い与えられた専門書を読んでいる時間が長くなった。
貴族の娘として必要な礼儀作法と教養を覚える時期になったグレタに、家庭教師を付け勉強させ始めたが、礼儀作法を身に着けるのに時間が掛かった。
礼儀作法を身に着ける必要性を理解しておらず、礼儀作法の勉強に集中できないようなのだ。
ミランダは変わり者の妹を睨むように見てから告げる。
「このパーティーに参加される殿方の中から、婚約者が決まる可能性もあるのよ。ちゃんとしないと嫁に行き遅れて、問題のある殿方に嫁ぐことになっても知らないわよ」
「問題のある殿方って?」
「気難しい殿方や女性にだらしない殿方よ。それに年取った方の後添えという可能性だってあるわ」
グレタは以前に開かれたパーティーで紹介された中年貴族たちを思い出し身震いした。
「そんなの絶対イヤ」
「そう思うなら、早めにいい人を見付けなさい」
そう言うとミランダは去っていった。
十一歳のグレタは、結婚など遙か先の話だと思っていた。
溜息を吐いたグレタは支度をするために部屋に戻る。
侍女の助けを借りてドレスを身に着け、パーティーの開始時間を待った。
パーティーの時間が迫ると招待客が次々に到着する。招待された貴族は王都の行政機関で要職に就いている男爵以下の貴族が多い。
パーティーが始まり、主賓である長男シルヴァーノとグレタたちが紹介された。
出席者が次々にボニペルティ侯爵とシルヴァーノの下に近付き、祝いの言葉と贈り物をする。
「皆さん、息子のためにありがとうございます」
ボニペルティ侯爵が礼を言うと、徴税管理部のチェルソ部督長が侯爵と話を始めた。チェルソ部督長はオクタビアス公爵の親戚筋で侮れない人物だった。
「侯爵には三人のお嬢様がいらっしゃいましたな。クリスピーノ子爵が後添えを探しておられるのですが、どうです?」
侯爵は困ったような顔をした。クリスピーノ子爵は王都の北東に小さな領土を持つ貴族である。縁を結ぶのは、政治的にメリットがあるが、相手が決まっていないのは三女のグレタだけである。
十一歳のグレタを四二歳のクリスピーノ子爵と婚約させるのは可哀想だと思った。
侯爵が後ろを見ると青褪めた顔のグレタが泣きそうな顔をしている。
そこに親しく付き合っている商人のベルナルドと魔術士らしい少年がやってきた。
縁談の話を断わる理由を考えていた侯爵は、ローブを着た少年を見て閃いた。
「中々いい話ですが、我が家の娘たちはすでに将来を決めているのですよ」
チェルソ部督長は首を傾げた。
「長女のエンリカ嬢と次女のミランダ嬢は婚約が決まったと聞き及んでおりますが、確か三女のグレタ嬢はまだだったはず」
「ええ、婚約者は決まっておりませんが、グレタには特別な才能がありましてね。魔術士に弟子入りすることが決まっているのですよ」
貴族家では魔術士として大きな才能を持つ子女を高名な魔術士に弟子入りさせ、自領の戦力アップとすることがある。貴重な才能を他家に渡さないためであり、そういう子女は外から婿を貰い家庭を築くことが多い。
「ベルナルド、いいところに来た。君に聞きたかったのだが、娘を魔術士に弟子入りさせたいのだ。誰に弟子入りさせたらいいと思うかね?」
ベルナルドは突然のことに驚き、一瞬首を傾げたが、ニコリと笑う。侯爵の顔や後ろに立っているグレタの泣きそうな顔を見て、何が起きているのか察したのだ。
「それでしたら、最適な人物を知っております」
2017/11/21 脱字修正
2018/2/3 誤字修正




