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scene:6 妖樹狩りの準備

 屋敷に戻り屋根裏部屋に行って寝台に身体を投げ出す。体力、精神力共にかなり消耗していた。

 すぐに夕食の時間になったので一階に下りる。疲れすぎていて食欲がなかったが、無理に食事を口に運ぶ。

 マッシモも一緒に食事をしている。始終ムッとした表情で不味そうに食べている。

 時々、暗い視線をこちらに向けてくるが無視するしかない。

「おい、一つでも魔術を使えるようになったのか?」

 マッシモが尋ねた。リカルドは頷き。

「【着火】と【炎翔弾】が使えます」

 それを聞くとマッシモが馬鹿にするような笑いを浮かべ。

「馬鹿かお前は、狩りに行くのは山の中で獲物は妖樹なんだぞ。火系統の魔術なんかが使えるか」

 山火事になる恐れがあるので、山の中では火系統の魔術は控える方がいい。魔術士の常識である。

 リカルドも分かっている。だが、山火事とか獲物を燃やしてどうするという前に、殺されないようにするのが重要なのだ。


 食事が終わり、マッシモが二階に上がると食卓を片付け、水浴びをしてから屋根裏部屋に戻った。

 地系統の魔術について復習し、呪文を頭に叩き込む。

 地系統の【飛礫】と【飛槍】を元に呪文の改良案も考えた。


 翌日、鬼面ネズミの牙を粉砕した粉を持って雑木林へ向かった。

 まずは地系統の魔術を試す。


 地系統の触媒を入れた木筒を左手に持ち、右手を一本の大木に向ける。魔力を放出し触媒を振り撒く。


アムリル(大地よ)クロブナ(石を飛ばせ)


 【飛礫】の呪文が唱えられると同時に、拳大の石が現れ大木を目掛けて飛ぶ。その速度はプロ野球選手並み。

 ガツッと幹に命中する。イメージ通りの軌道で石は飛ぶので命中率は高い。その反面、威力は低い。

 命中した石は空中に溶けるように消えた。

「急所に当たらない限り魔獣どころか野うさぎも仕留められそうにないな」


 今度は【飛槍】を試してみた。


アムリル(大地よ)セピアロ(石槍となって)スペロゴーマ(弾け飛べ)


 長さ八〇センチほどの石の槍が出現し弾けるような勢いで飛翔し標的にした木に命中した。石槍の穂先が幹を穿ち一〇センチほど食い込んで止まった。

 威力は十分だが、触媒は【飛礫】の二倍必要である。【飛礫】には拳銃弾ほどの大きさの1号木筒に入った触媒、【飛槍】には小型ライフル弾ほどの大きさの2号木筒に入った触媒が必要だった。

 因みに2号木筒に入る触媒の量は鬼面ネズミの牙一匹分である。


 魔獣を相手に魔術を試そうと考えた。

 雑木林を歩き回り魔獣を探す。但し雑木林の奥には行かなかった。奥には鬼面ネズミより手強い魔獣が居るからだ。

 一〇分ほどして鬼面ネズミを見付けた。幸いにもネズミには気付かれていない。鬼面ネズミに向かって【飛礫】の魔術を放った。

 空中に生まれた石は鬼面ネズミに向かって飛び、その頭に命中した。カツッと音がして鬼面ネズミの身体が転がる。石は鬼面ネズミに脳震盪を起こさせたが、それだけらしい。

 リカルドは走り寄りウォーピックで止めを刺す。


 手早く鬼面ネズミの牙を回収し、次の獲物を探す。

 見付けた鬼面ネズミに【飛槍】を発動する。空中に石槍が生じ、弾けるように飛翔すると鬼面ネズミの胴体を貫いた。

「威力は十分。これが妖樹エルビルに通用するかが問題か」

 妖樹エルビルを仕留めるには妖樹の頭部にあるこぶを潰せばいい。この瘤は樹肝と呼ばれ、中には特殊な油が入っている。この樹肝油がないと妖樹は動けなくなり最終的には死ぬ。


 その樹肝は堅い瘤によって守られており、弓矢では突き破れないほど堅固だと知られている。

 しかも妖樹エルビルは全長四メートルもあり、接近戦で頭部にある樹肝を破壊するのは困難である。

「【飛槍】を中心に練習するか……それには触媒が足りないな」


 鬼面ネズミと戦いながら【飛槍】を放つ練習をした。戦いながらだとどうしても命中率が下がるようだ。

 すぐに触媒が尽きてしまった。こうなるとウォーピックで戦うしかない。


 この雑木林で鬼面ネズミを探し歩いていると、一人の若い魔獣ハンターが二匹の鬼面ネズミと戦う場所に出会した。碌な装備もなく片手剣を操る少年は、リカルドより二つか三つ年上のようだ。

「ハッ」

 少年は気合を入れ鬼面ネズミと対峙する。その戦いを見守っていて気付いたことがあった。鬼面ネズミの行動にはパターンがあるのだ。

 少年が武器を振り被ると素早く後退し、間合いを縮めると足元か首筋に飛び掛かる。その間合いは約一メートル半で、今も少年が足を踏み入れた。

 少年と鬼面ネズミの戦いはすぐに決着が着いた。


「お前も魔獣狩りに来たのか?」

 少年はリカルドに気付いていたようだ。牙を回収しこちらに目を向ける。

「ええ、そうです」

 歳の割には背が高いが痩せていて、あまり強そうではない。

「防具は盾だけなのか。革鎧ぐらい用意した方がいいぞ」

 リカルドの格好は厚手のゆったりしたズボンと黒い半袖のシャツを着て、手に盾とウォーピック、背中に背負袋を背負っている。駆け出しの魔獣ハンターのような格好であり、間違っても魔術士には見えない。

「用意したいけど金が無いんですよ」

「お前も苦労してるんだな。鎧は二番街の革屋イルミナで買うと安いぞ」

「そうなの。ありがとう」


 名前も名乗らないまま少年と別れ、雑木林をうろつき魔獣を探した。

 鬼面ネズミから不意打ちを受けた。気付いた時には頭を狙って飛びかかっており、目の前に大ネズミの牙があった。

「ウワッ!」

 思わず悲鳴を上げた。


 反射的にバックラーで牙を防ぎ大ネズミの身体を弾き返す。鬼面ネズミは自らの間合いの外に下がってから、周囲を右に左にと移動しながら隙を窺っている。

 バックラーとウォーピックを構え奴の間合いに踏み込む。鬼面ネズミは足元を狙って飛び込んできた。予想していたので右にステップして躱す。

 今のタイミングを考えると躱すだけじゃなく、ウォーピックを奴の背中に叩き込めた。ステップのタイミングや足の向き、体勢などを工夫すれば攻撃のチャンスはいくらでもあったのだ。


 昨日はバックラーで敵を受け止めた時しか攻撃チャンスを見付けられなかった。

 今日は他に幾つか見付けた。足元を攻撃する瞬間や敵の背後に回り込もうとする瞬間などである。それらの攻撃チャンスを意識しながら戦うと楽に倒せるのが判った。

 雑木林の奥に踏み込もうと決意する。今まで雑木林の浅い場所だけをうろついていたが、一歩だけ奥に踏み込むと鬼面ネズミの群れと遭遇するようになった。二匹とか三匹の群れである。

 鬼面ネズミは栗のような木の根本に巣穴を作り、自分たちのテリトリーとしているようだ。


 リカルドが巣穴近くに踏み込むと鬼面ネズミは集団で攻撃してくる。戦い方は一匹の時と同じなのだが、連携して攻撃されると危ない時もある。

 時には同時に攻撃され手傷を負う。幸運なことにどの傷も軽傷だった。雑木林に生えている薬草を採取し石で潰して傷口に当てボロ布を細く切って作った即席の包帯で固定する。

 ヤミニエ草と呼ばれる薬草は殺菌効果と止血効果があるようだ。

 ユニウス村の古老から聞いた情報である。もちろん、この世界には細菌の知識はない。化膿し難くなると言っていたので、そう思ったのだ。


 リカルドはネズミという最弱の魔獣との戦いで気付いた点を記録しておこうと考えた。鬼面ネズミの戦闘パターンや退避行動、習性、間合いなどを持ってきた紙にメモする。それだけではなく鬼面ネズミの攻撃に対する対処法や最適と思われる反撃法、複数の敵に対応する方法も書き留めた。


 鬼面ネズミと戦っているうちに段々と身体が動くようになった。ゲームのようにレベルが上がったとか、経験値がという話ではなく、リカルドの身体が持つ潜在能力……才能らしい。

 鬼面ネズミを二十二匹狩り、雑木林の奥へもう一歩踏み込む。そこは雑木林の中間エリアで頭突きウサギの巣が多数ある場所だった。


 下草が多くなり多少歩き難くなるが、鬼面ネズミが巣食っていたエリアと変わらない。

 耳を澄まし周囲に響く音に注意しながら進んだ。近くでザッと草が鳴る。バックラーを握る手に力を込め、音がした方に注意を向ける。

 いきなり草むらの中から黒い塊が飛び出してきた。大きさは中型犬ほどで長い耳を持つ獣だった。

 バックラーで頭突きを受け止める。硬いウサギの額とバックラーが衝突する。ゴンという音がして左腕に強烈な衝撃が感じ反射的に右手を添えて耐える。身体が押され足の裏が地面を引っ掻く。


 一旦地面に着地したウサギは飛び下がり、軽いフットワークで距離を取る。

 頭突きの強烈な威力に反撃する余裕が無かった。鍛えた大人の男なら力で捻じ伏せられたかもしれないが、九歳の身体の細い少年では無理だった。

 正面から受け止めては駄目だと思ったリカルドは、頭突きウサギの突進力を制御できないかと考えた。受け止めるのではなく受け流しウサギの着地点を誘導する。それなら反撃も可能だ。

 

 それから何度も頭突きを盾で受け流し、角度や力の入れ具合を試行錯誤してみる。そして、頭突きウサギを斜め後ろ一メートル以内のポイントに着地させることに成功した。

 そこなら攻撃が可能だった。

 次にウサギが跳んだ時、絶妙な角度で受け流し着地したウサギの背後からウォーピックを振り下ろした。

「ピギッ!」

 鋭いピックがウサギの喉を貫いた。


「ハアハア……疲れた。今日は帰ろう」

 ディエゴから食べられる魔獣は血抜きをしろと言われていたので、解体ナイフで首を切り付け紐で後ろ足を括って逆さに樹の枝に吊るす。

 その間、血の臭いを嗅ぎ付けて魔獣が近寄らないよう乾燥したギセル草に火を着け、その臭いで魔獣を遠ざける。このギセル草は街の周辺に植えられている魔獣避けの薬草である。


 血抜きが終わってから、額の白い鱗状の硬いものを剥ぎ取る。この額鱗が触媒となるのだ。

 もちろん毛皮と肉も売れるので剥ぎ取る。

 頭突きウサギの素材でずっしりと重くなった背負袋を背中に感じながら街に帰った。

 肉屋と革屋で頭突きウサギの素材を売り、その金で鬼面ネズミの牙と頭突きウサギの額鱗を粉砕し触媒にしてもらう。

 屋敷に戻った時には疲労困憊で倒れそうになっていた。


 食事の時間まで一時間ほどある。寝台に横になると眠ってしまいそうなので、壁に寄り掛かってボーッとした時間を過ごす。次第に頭の中がぽやぽやとしてくる。

 その状態が何とも心地よい。リカルドは己の意識を精神の中に漂わせる。魔術を使えるようになって魂とも呼ぶべき精神構造体が意識できるようになっていた。

 こうして規則正しく呼吸をしていると魔力の回復も早くなるのが判っている。


 この時は精神構造体の表層を漂っているだけだった。

 リカルドは精神構造体の奥に力を感じた。訳も分からず非常に気になる。確かめようと奥に意識を移す。

 意識が精神構造体の奥へと進み始めた。透明なゼラチンの中を進むような抵抗がある。集中が途切れると押し戻されてしまう。疲れているはずなのに奥にある存在に近付くと力が湧き出るような感覚を覚え、さらに意識を奥へと進める。

 精神構造体には間藤未来生として生きた人生とリカルド・ユニウスとして生きた人生の全ての記憶が詰まっていた。自分自身が忘れたと思っていたことさえ、そこには存在する。


 力の源となる何かがある奥へは行けなかった。抵抗が強くなり押し戻されたのだ。

 意識が覚醒する。自分でも意識せず瞑想しているような状態になっていたらしい。身体に蓄積していた疲労感が消え枯渇したはずの魔力が回復していた。

「へえ、これは瞑想ってものなのでしょうか。中々いいじゃないですか」

 リカルドは、この瞑想を『プローブ瞑想』と名付ける。精神内を探るという意味である。


 一階に下りて時計を見ると丁度食事の時間となっていた。近所のおばさんが食事を運んでくる。オルタという名の四〇歳ほどの女性だ。

 元の自分と同年齢なのでおばさんと呼ぶには抵抗があり、オルタさんと呼んでいる。


「オルタさん、いつもありがとうございます」

「いいのよ。どうせ家の分を作るついでにやっているんだから」

 どこにでもいそうなおばちゃんである。

 夕食はジャガイモに似たモル芋を茹で塩を振り掛けたものと根菜などがたくさん入った根菜スープである。リカルドは硬い黒パンよりモル芋の方が好きだった。


 リカルドは妖樹狩りまでの一ヶ月を、鬼面ネズミ・頭突きウサギとの戦いに費やした。そのお陰で身体が一回り逞しくなり魔力量も増えた。

 魔力量を増やす方法は二つある。一つは最初の魔獣を倒した時に恩恵選びで【魔力量増強】を選択し魔獣を倒す方法である。もう一つはぎりぎりまで魔力を使い切り回復する過程で増やす方法だ。

 どちらの方が早く魔力量を増やせるかというと断然一つ目の恩恵選びの方法である。


 魔術を始めた頃の魔力量を一〇とすれば、現在は二〇ほどだろうか。魔術士でない普通の者が平均一〇で、中堅の魔術士が五〇だと聞いているので発展途上というところだろう。

 因みに魔力量は一番簡単な魔術である【着火】に必要な魔力量を基準とし、その二倍、三倍として量を測るらしい。


 妖樹狩りの日が明日に迫った時、リカルドは必要となる触媒を用意した。

 触媒は水系統を1号木筒で三個、火系統は9号木筒で三個、地系統は2号木筒で九個、それに【溶炎弾】用の触媒も三個用意した。水系統は触媒屋で購入した。湖の魔獣白ナマズの皮である。白ナマズは湖に住む一メートルほどの白いナマズ型魔獣だ。予定では火系統の触媒も体長一メートル半ほどの小型妖樹である妖樹トリルの炭を購入するつもりだったが、資金不足で安物の炭になった。

 触媒購入には頭突きウサギの毛皮と肉を売った金を使った。お陰で今は一文無しである。


 妖樹狩りに必要な準備が調った。


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