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scene:59 属性色ロッド

 リカルドは次の実験として、赤いロッドを使い【火】の魔術である【炎翔弾】を発動した。

 触媒の量や魔力量はいつも通りにする。ロッドを経由して魔力を放出し、触媒を撒いた時の反応が明らかに違った。ロッドの周囲を漂う魔力が真紅に輝き、呪文を唱えた途端、通常の二倍に膨れ上がった火の玉が水平ではなく斜め上に向かって飛翔した。

 炎翔弾は的に命中せず、その遥か上に命中する。

「この反応は、触媒を多く撒き過ぎた時のものに似ている。もしかすると触媒の量を減らせるのか」

 もう一度【炎翔弾】を発動した。今度は触媒の量を七割に減らしてみる。一回目ほどではなかったが、まだ過剰に反応する。

 何回か試してみて、触媒の量を三割にした時、【炎翔弾】が以前と同じように水平に飛翔するようになった。赤いロッドを使うと触媒の量を大幅に減らせるようだ。

 そして、重要な発見があった。触媒の量を減らしても、魔術の威力が上がったままなのだ。炎翔弾の大きさは二倍のままで命中した時にできる焦げ跡を見ると威力が上がっているようだ。


 次に赤いロッドを使い【水】の魔術である【流水刃】を発動してみた。

 結果は残念というしかないものだった。発動はしたが威力が大幅に減少していた。

「【火】の属性励起した魔力でコーティングしたロッドだと【火】の魔術は威力が増すが、他の魔術はしょぼくなるのか」

 リカルドは調べた結果を手帳に書き込み、研究室に戻った。


 研究室に戻ったリカルドは、実験結果を思い出しながら考えた。属性励起した魔力でコーティングされたロッドの表面は、触媒と同じく魔力を変化させる効果が有るようだ。

 リカルドは妖樹トリルの枝を取り出し、ロッドに加工した。今度は【風】の属性色である紫に魔力を変化させてから、ロッドを魔力コーティングしようとした。

 だが、疲れているのか魔力の制御が上手くいかなかった。

 プローブ瞑想を行おうかと思ったが、窓から外を見ると日が落ちかけていた。

「今日はここまでにしよう」

 リカルドは部屋を片付けて外に出た。


 その日の夜、閃いたアイデアが頭から離れず、リカルドは中々寝付けなかった。

 翌日、早起きしたリカルドは、魔術士協会の研究室へ行き【風】【水】【地】のロッドを製作した。

 【風】の属性色で染まったロッドには、紫の雪華紋が浮かび上がり、【水】のロッドは青の雪華紋、【地】のロッドは茶色の雪華紋が浮かび上がっていた。

 リカルドは、しばらく昨日と同じような実験を行った。


 その結果、魔術に関しては赤いロッドとほとんど同じだった。

 ただ魔力を込めて土嚢を叩いた時の副次効果が違うようだ。

 【風】の属性色である紫のロッドを土嚢に向けて振り下ろした時は、周囲の空気がロッドの周りで渦を巻き、命中した瞬間に爆散した。爆発音が響き派手な効果を発揮したが、実際の威力はそれほどでもない。

 【地】の属性色である茶のロッドで土嚢を叩いた時は、土嚢に亀裂が走り中の土が溢れ出した。

 【水】の属性色である青のロッドは、効果がよく判らなかった。その効果を解明するには、時間が掛かりそうだ。


 リカルドは属性色ロッドで魔術を発動する場合、必要魔力量も変化するのか調べようと思い、魔力量を測定する道具があるエミリア工房へ行った。

 工房では職人たちが忙しそうに働いている。その中にはエミリアの姿もあった。

「ベルナルドさんから聞いたよ。妖樹タミエルの群れを一網打尽にしたんだって」

 エミリアがリカルドに声を掛けた。

「ええ、王太子殿下が一緒に行くと言い出されたので、雇った魔獣ハンターの人たちが凄く緊張していましたよ」

「面白そうな話ね。今度ゆっくりできる時に聞かせてちょうだい。……そういえば、今日は何をしに来たの? 魔功銃作りで忙しいと思っていたのに」

「魔功銃は最低限の部品を作り終えました。今、別の研究をしているところなんです」

「何の研究なの?」

 リカルドは赤いロッドを取り出し、エミリアに見せた。


「何、それ?」

 リカルドは赤いロッドをエミリアに手渡す。この時、リカルドは属性色ロッドの価値を過小評価していた。

 確かに魔術の威力増大や触媒の消費軽減は素晴らしいが、触媒が必要無くなったわけでもないし、威力が増大したと言っても大したことはないと思っていた。

「これは赤い魔成ロッド。何か塗料で染めているのかしら……」

 エミリアは属性色ロッドを塗料か何かで染めていると思ったようだ。


「マトウ師匠が新しく工夫した属性色ロッドです」

「へえ、赤いだけじゃないのよね。どんな効果を持っているの?」

 属性色ロッドの共通する効果、魔術の威力増大と触媒の消費軽減について説明する。

 話を聞いたエミリアが目の色を変える。その様子に気付き、属性色ロッドの製造方法に関しては、エミリアにも秘密にしようと決めた。

 エミリアが自分自身で確かめたいと言い出した。彼女は属性色ロッドを使い、三割の触媒を使って魔術を発動させる。

「なんてことなの……こんな少量の触媒で魔術が発動するなんて」

 少量の触媒で魔術が発動した時、エミリアは酷く驚いた。


 魔砲杖が発明され使われ始めた頃、国全体の触媒消費量が何倍にも増大した。これは魔術士でない者たちが、大量の触媒を消費するようになったためである。

 エミリアは属性色ロッドがあれば、画期的な魔砲杖が作れると見抜いた。

 属性色ロッドを組み込んだ魔砲杖は、今までの三割の触媒で魔術を発動させるのだ。それは触媒の大量消費に頭を悩ませていた魔砲杖の使用者にとって、非常に魅力的なものに見えるだろう。


 取り敢えず、属性色ロッドで魔術を発動する場合の必要魔力量を実験し検証してみた。残念ながら必要魔力量は変化がないようだ。

 実験が終わり帰ろうとした時、エミリアがリカルドを呼び止めた。

「ねえ、その属性色ロッドは、一本しか作れないの?」

「マトウ師匠に頼めば、何本かは用意できますけど」

「だったら、売ってくれない……もちろん、研究中だというのは判っている。属性色ロッドについては秘密を守るから」

 リカルドは迷ったが、エミリアに属性色ロッドを売ることにした。リカルド自身も属性色ロッドを魔砲杖に組み込んだ場合、どんな性能を発揮するのか知りたかったのだ。


 リカルドは、もう少し調べる必要がある【水】の属性色ロッドを除いた三種の属性色ロッドをエミリアに手渡し、工房を後にする。代金は魔砲杖が完成した後、決めることにした。

 ベルナルドに店に来るように言われていたのを思い出し、リカルドは商店街の方へ向った。

 店に到着し、ベルナルドが居るか店員に尋ねる。

「大旦那様は、奥で商談をされています」

「それじゃあ、ちょっと待たせてもらいます」

 リカルドは店の中の商品を眺めながら時間を潰した。

 一〇分ほどして、ベルナルドと魔術士らしい男性が奥から出てきた。

「いい買い物をしました」

「そう言っていただけると光栄です。メルビス公爵には宜しくお伝えください」

 魔術士らしい男は、荷物を持って店を出ていった。


 ベルナルドはリカルドに近付き、小さな声で告げた。

「彼が魔術士のアルベルトですよ」

 リカルドは名前に聞き覚えが有ると思ったが、すぐには思い出せなかった。

「魔動スクーターが強奪された事件の時、メルビス公爵家の魔術士がメルザリオと一緒に捕縛されたのを覚えていませんか」

「ああ、あの時の魔術士ですか。彼は何を買いに来たのです?」

「魔功銃ですよ。三丁買っていきました」

「ベルナルドさんのことだから、吹っ掛けたんじゃないんですか」

 ベルナルドは苦笑した。リカルドが推理した通り、オークションで付いた値段の三割増しで売却していた。

「それはともかく、アルベルト氏は因子文字の大家で、他人が開発した魔術道具を分解して調べているという噂が有るのですよ」

「まさか……魔功銃も分解して」

「ええ、その可能性があります」

「何故、そんな人物に魔功銃を売ったのです?」

「注文主はアルベルト氏ではなく、メルビス公爵だったのです。公爵の注文を拒否するなど一介の商人でしかない私にはできませんよ」

 拒否できたとしても、別人の名前を借りて魔功銃を購入しただろう。結局は魔功銃を調べ、同じものが作れないか研究するはずだ。


「魔功銃を調べれば、妖樹タミエルの魔功蔦が使われていることは判るでしょうね」

 リカルドが確認するとベルナルドが頷いた。

「ええ、魔功蔦は特徴的な形をしていますからね。それに魔力コーティングがされているのも気付きますよ」

「となると、メルビス公爵も魔功銃が製造可能になりますね」

「しかし、魔功銃の開発はリカルド君とエミリアさんの共同で行われたことは事実なのですから、メルビス公爵も大々的に商売をすることはできませんよ」

 開発者が生きている間は、開発者の許可なく製造販売はできないという商習慣のことを言っているのだろう。だが、密かに製造し自分たちで使うことはするだろうとリカルドは思った。


「そうなると、鋼鉄サソリの毒で妖樹タミエルの群れが倒せるという情報が重要になってきます」

 リカルドが妖樹タミエルの群れを倒す方法が重要になると指摘すると、ベルナルドも同意した。

「そして、鋼鉄サソリを倒す方法も重要ですよ」

 ベルナルドの話によると、鋼鉄サソリを倒すことは、普通の魔術士には無理らしい。特別な上級魔術を習得している魔術士だけが可能なようだ。

 妖樹タミエルを一体ずつ倒して魔功蔦を手に入れる方法だと、魔功銃を大量に製造することはできないので、群れを倒す方法が重要な意味を持つのだ。


「ところで、リカルド君をお呼びした用件ですが、これです」

 ベルナルドは金貨の入った袋をテーブルの上に並べた。今日までに売れた分の売上金から、リカルドの取り分を袋詰めにしたものらしい。

 数年豪遊しても無くなりそうにない金額だった。リカルドは金貨の入った袋をペンダント型収納紫晶に仕舞う。

「そうそう。明後日、ボニペルティ侯爵の屋敷でパーティーがあるのですが、リカルド君も行きませんか?」

 その申し出に、リカルドは面食らった。

「侯爵様のパーティーなんて、自分には分不相応ですよ」

 王太子に会った時もそうだったが、偉い人に会うと気疲れするので勘弁して欲しいとリカルドは思った。

「その顔からすると、貴族に会うのは面倒だと考えていますね」

 リカルドの表情を読んだベルナルドが指摘した。


「面倒だとまでは言いませんが、自分は貴族に対する礼儀も知りませんから」

「ボニペルティ侯爵は気さくな方です。礼儀など気にする必要はありません、それに、ボニペルティ侯爵が一度会いたいと仰っているのですよ」

「でも……」

 リカルドが渋っているとベルナルドが笑いながら。

「ちょっと挨拶するだけですよ。後は豪華な料理を食べながら過ごせばいいんです」

「パーティーだと洒落た服を用意しなきゃならないのでは?」

「リカルド君は魔術士なのですから、ローブでいいんじゃないですか」

 ベルナルドの強引な押しに負け、リカルドは承知した。ただ貴族のパーティーで出される豪華な料理が気になったというのも事実である。


 次の日、魔術士協会の研究室に行ったリカルドは、魔力を【風】の属性色に変化させ、魔功蔦をコーティングした。

 魔功蔦の内側が紫に染まり、鮮やかな紫の雪華紋が浮かび上がる。

 リカルドは出来上がった紫の波生管をチェックしながら考えた。

「こいつに魔力を流し込んだらどうなるんだろう。扇風機みたいに風が吹き出したら、笑えるな」

 【風】の属性色ロッドを使った時、ロッドの周りで空気が渦を巻いていたのを思い出し、予想を口にした。


 訓練場へ行くと、波生管を的である土嚢に向け魔力を流し込んだ。

 空気を震わすヴァンという音がして、衝撃波が土嚢に命中した。土を入れている丈夫な袋がズタズタに破れ、中の土が飛び散る。

 明らかに通常の魔功銃より威力が上がっている。これだけの威力があれば、小鬼族より手強い冠大トカゲを仕留められそうだ。

「これは単純に衝撃波の威力が増大したような感じだな」

 予想とは違ったが、リカルドは満足そうに頷いた。


 【火】【水】【地】の属性色に変化させた魔力で、魔功蔦をコーティングし試してみた。

 【火】の属性色に染まった波生管に魔力を流し込むと、ロッドの時と同じように熱の衝撃波が放出され、土嚢の袋を真っ黒に炭化させた。かなりの熱量が集中したような感じである。但し、純粋な破壊力は【風】の属性色となった波生管に及ばないようだ。

 次に【地】の属性色に染まった波生管を試す。魔力を流し込んだ瞬間、波生管が押し戻されるような手応えが有った。土嚢に衝撃波が命中した途端、その部分がベコリと窪んだ。

 土嚢を調べてみると、大きな金槌を叩き込まれたような感じで陥没している。

「この効果も意外な感じだ」

 最後に【水】の属性色となった波生管を試す。結果は普通の魔功銃と同じようなものだった。

「【水】に関してはよく分からないな。もう少し調べる必要がある」


 リカルドは研究室に戻り、実験結果を手帳に纏めた。

 その時、ドアがノックされた。ドアを開けるとイサルコが立っていた。

「イサルコ理事、何かありましたか?」

 リカルドはイサルコを部屋に入れ、椅子を勧めた。

「君が書いた『魔術独習教本』と『計算独習教本』なんだが、王立バイゼル学院から教材として使いたいと申し出があった」

「何故、そんなことに?」

「先日、学院のウーベルト副学長がいらして、私の部屋で話をしたんだが、この二冊が目に止まってね。使いたいと言い出されたのだ。君の許可が欲しい」

 リカルドは問題ないだろうと考え許可した。


 イサルコの用件は、それだけではなかった。

「『魔術独習教本』の中には、独自の理論が記載されている。それを論文にして欲しいんだ」

 独習教本を外に出すからには、中に書いてある独自理論を論文にして提出しないと、読んだ人間が論文にする可能性がある。

「判りました。急いで書きます」

 イサルコが何かを思い出し、顔を顰めてから忠告する。

「論文の管理には気を付けてくれ」

「いきなり、どうしたんです?」

「最近、論文の盗作が増えていてね。問題になっているのだ」

 イサルコの話によると、同じ内容の論文が一度に複数の魔術士から提出されたらしい。どうやら本当の執筆者から盗まれた論文を売った人物がいるらしい。


「ところで、今は何の研究をしているんだね?」

「特殊な魔力コーティングを施したロッドなどの研究をしています」

「ふむ、そのロッドはどんな特徴が有るのかね?」

「触媒の消費量を大幅に削減できるんです」

「そ、それは本当なのか」

 イサルコは酷く驚いた。魔術士としての経験が長いイサルコには、触媒の消費量を減らせるということが、どれほど重要なのか知っているのだ。

「現物のロッドを持っているか?」

 リカルドは残しておいた【水】の属性色ロッドを取り出し、イサルコに渡した。

「【水】の魔術に特化した属性色ロッドです」

「これが【水】の属性色ロッドというものか。綺麗なロッドだ……ちょっと試してきてもいいか」

 リカルドが頷くと、属性色ロッドを持ったイサルコは、研究室を出て全速力で訓練場に向かった。


2017/11/18 修正

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