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scene:57 鋼鉄サソリ

 山賊ウルフはリカルドたちを鋭い目で見ながら、ゆっくりと近付いてきた。

 モンタがショルダーバッグの中から頭だけ出しジッと魔獣を見つめている。少し恐怖を感じているようだ。

 リカルドは魔功銃を抜き、即座に援護可能な体勢を取った。パトリックもロッドを出し、いつでも魔術を発動できるように構えた。これでタニアを支援する態勢は万全である。

 山賊ウルフが地を蹴り、タニア目掛けて凄い速さで突進してきた。

 タニアは山賊ウルフにロッドの先端を向け、呪文を唱えると【飛槍】の魔術を放つ。空中に現れた石槍は山賊ウルフに向って飛び、その背中に突き刺さった。

「ギャン!」

 狼の口から盛大な悲鳴が上がり、のた打ち回り始めた。

 山賊ウルフが地面を転げながらタニアに近付いていた。

「気を付けろ!」

 パトリックが叫んだ。

 タニアが慌てて飛び下がり、山賊ウルフを避けた。

 しばらく暴れていた山賊ウルフは、次第に静かになり死んだ。


「私もまだまだ未熟ね。狙いが甘かったわ」

 タニアは自分の魔術がまだまだ未熟なのを痛感した。

「一撃で仕留めたんやから、十分だがね」

 パトリックは慰めるというわけではなく、事実を言う。

 山賊ウルフは防御力の高い魔獣ではないが、しぶとい生命力を持つ魔獣として知られている。その魔獣を一撃で仕留めたタニアは、十分な実力を持つ魔術士だと言えた。


 リカルドたちはアスカリ火山の麓にある赤の煌竜石が採れる採掘場へ向かった。

 採掘場は冠大トカゲの繁殖地の近くにあった。赤の煌竜石を求めて採掘に来る者は多いが、冠大トカゲと遭遇し逃げ帰る者も多かった。

 パトリックが地図を見ながら左の方向を指差した。

「あの崖だがね」

 山の一部が地崩れを起こし、切り立った崖のようになり地層が見えている場所があった。長さ一キロほどの崖の下には、何匹かの冠大トカゲが見える。

「煌竜石を掘りに来ている人は居ないようね。ここは有名だから、大勢の人が来ているのかと思っていたわ」

「冠大トカゲがうろついているせいだがね」


 リカルドは二人の話を聞きながら、首を傾げた。

「どの辺を掘ればいいんでしょう」

 リカルドが疑問を口にすると、タニアが答えた。

「赤茶色の地層が見えるでしょ。そこを掘れば煌竜石が出るらしいの」

 よく見ると赤茶色の地層の何箇所かに掘られた跡がある。穴のある場所は、冠大トカゲがあまり近付かない場所のようだ。

 冠大トカゲが近くに居ない場所は、すでに掘られている。


 モンタは巨大なトカゲの魔獣を見て、ブルッと体を震わせた。

「心配ないよ。トカゲぐらいやっつけるから」

「ホントニ」

「ああ、約束するよ」

 リカルドはモンタを安心させると、崖に近付く。三人はわざと冠大トカゲが居る場所を目指した。その場所は掘った跡がなく、地層に埋まっている煌竜石がキラリと光っていた。

 その代わり冠大トカゲが六匹も居た。


「一斉に攻撃しましょ」

 タニアが提案した。リカルドとパトリックは頷き、触媒を用意する。

 魔術の射程範囲まで近付くと、リカルドとパトリックは【嵐牙陣】、タニアは【崩水槍】を発動した。

 何もなかった空中に、多数の風の刃と渦を巻く水の刃が現れ、冠大トカゲたちを切り刻んだ。

「上手くいったがや」

 パトリックが誇らしそうに笑った。

 一瞬で切り刻まれた肉塊となった冠大トカゲを、リカルドが収納碧晶の中に収納した。血の臭いで他の冠大トカゲを招き寄せないためである。


 収納碧晶からツルハシを取り出し、リカルドとパトリックは赤茶色の地層目掛けて振るい始めた。

 埋まっていた赤い煌竜石が土と一緒に地面へ散らばった。直径五ミリから二センチほどある煌竜石をタニアとモンタが拾い集め袋に入れる。

 三〇分ほど掘った頃、他の冠大トカゲがリカルドたちに気付き近寄り始めた。

 その数は十匹を軽く超えている。四足でバタバタと走っているが、思っていた以上に走る速度が速い。

「逃げましょう」

 タニアが声を上げた。リカルドがツルハシと煌竜石の入った袋を収納碧晶に仕舞うと同時に、崖を離れ逃げ出した。


「駄目、追い付かれる」タニアが叫んだ。

 リカルドは走りながら【泥縛】の触媒を用意すると、追ってくる冠大トカゲの前に大きめの泥沼を作り出した。冠大トカゲ数匹が泥沼にはまり混乱が起きる。それにより逃げる時間を稼ぐことができた。

 五分ほど走った頃、追い駆けてきていた冠大トカゲが諦めて戻るのを確認した。

「ハアハア……大丈夫や。逃げ切ったがね」

 パトリックが止まって告げた。

 リカルドとタニアも足を止め息を整える。

「リカルドの【泥縛】がなければ、危なかったわ。道理で煌竜石を掘っている人が居ないはずよ」

 追ってきた冠大トカゲの集団は、最終的には五〇匹近くに膨れ上がっていた。どうやら冠大トカゲは集団行動が好きなようだ。


 リカルドは収納碧晶から煌竜石の入った袋を出し、中身を確かめた。

 大小様々な赤い煌竜石が七〇個ほど入っている。イサルコからは五〇個も有ればいいと言われていたので、魔術士協会の仕事は完了である。

 モンタが赤い水晶のような煌竜石に手を伸ばし、小さなものを掴み上げると口に入れようとした。

「駄目よ、モンタちゃん。それは食べられないわよ」

「タメス ダメ?」

 モンタが首をちょこんと傾げて言った。

「可愛い……けど、駄目よ」

「モンタ、お腹が空いているのか。これを食べろ」

 リカルドはひまわりに似ているアスカムという花の種を取り出し、モンタに与えた。最近、モンタが好んで食べるものだ。

「アスキャム スキ」

 モンタは煌竜石を袋に投げ戻し、アスカムの種をポリポリ齧り始めた。


 少し休んでから、アスカリ火山の東側に移動し火山の登り口に到着した。

「ここで野営しましょう」

 太陽の光に陰りが現れ始めたのを感じて、リカルドが声を上げた。

「そうやな。この辺なら見晴らしがいいし、魔獣に奇襲されることはないがね」

 収納碧晶からテントを二張り取り出して張る。

 料理の準備をするために、収納碧晶から取り出した薪に火を点けた。今夜の食材は冠大トカゲの肉である。

 塩胡椒をして炙ったトカゲ肉は鶏肉に似ていた。


「トカゲ肉って、意外に美味しいのね」

「エールが欲しい味だがや」

 気の合う仲間と食べる食事は美味しかった。リカルドは笑顔を浮かべながら食事を終え、少し雑談してから寝る事にした。

 もちろん、交代で見張りをして警戒は怠らない。


 何事もなく朝を迎えた。

 リカルドたちはアスカリ火山を登り始めた。目指すのは火山中腹に在る窪地である。その窪地は三〇〇年ほど前に起きた噴火で形成されたもので、直径が二キロほどのカルデラである。

 そのカルデラで鋼鉄サソリと遭遇したという記録が多数あり、危険な場所だと言われている。


 半日掛けて登ったリカルドたちは、カルデラの外周に立ち見下ろした。

 カルデラの内部は火山岩が散乱する荒々しい土地だった。所々に大きなサボテンが生えているが、草木は少なく荒涼としていた。

「モンタ、何か気付いたことはないか?」

 ショルダーバッグから、リカルドの肩に移動したモンタは、耳と鼻に神経を集中した。

「アッチ ナニキャイル」

 モンタが小さい手で北東の方角を指差した。

 リカルドは魔力察知を使ってみたが、モンタが捉えたものを感じられなかった。

 だが、魔力察知の探知範囲は半径五〇メートルほどでしかないので、モンタの方が正しいのだろう。

「よし、向こうに進もう」


 カルデラの斜面を下り、一〇分ほど歩いた時、モンタが近くに居ると騒ぎ出し、慎重に進んだ。

「居た。あそこよ」

 タニアがサボテンの傍に居る鋼鉄サソリを見付けた。

 黒っぽい巨大サソリが、ハサミでサボテンを切断し口に運んでいる。サソリは肉食のはずなので水分を補給しているのだろう。

 リカルドはモンタが入っているショルダーバッグをタニアに渡した。そして、デスオプロッドを手に持ち、触媒を取り出す。


 鋼鉄サソリの頭に狙いを定めたリカルドは、【陽焔弾】を放った。

 光り輝く玉が巨大サソリの方へ飛翔する。陽焔弾は狙い通りサソリの頭に命中した。

 鋼鉄サソリの頭が高熱で焼かれ変色する。だが、サソリの外殻は高熱に耐えきり陽焔弾を弾いた。

「仕留められんかったがね」

「……冥界ウルフを仕留めた上級魔術なのに」

 パトリックは残念そうに声を上げ、タニアは鋼鉄サソリの防御力に驚いた。

「待って。あのサソリ、変よ」

 タニアは鋼鉄サソリが異常を起こしているのに気付いた。両方のハサミを上下に動かす動作を繰り返しているのだ。

「あれは熱で脳にダメージを負ったのでしょうか」

「そうよ。今がチャンスよ」


 リカルドは鋼鉄サソリに近付き、【輝焔鞭】を発動した。

 光り輝く鞭がロッドの先に現れた。リカルドは輝焔鞭を鋼鉄サソリの首目掛けて振る。高熱を発する鞭がサソリの首に巻き付いた。

 リカルドが輝焔鞭を引くと、サソリの首を焼きながら食い込み、最後には焼き切った。

 鋼鉄サソリの体が地面に横たわった。

「キュキャア」

 歓声を上げたモンタが、リカルドに飛び付き喜びを表現した。


 タニアとパトリックは見たことのない魔術を目にし、驚いた表情のまま固まっていた。

「何だったの……今の魔術は?」

 やっと声が出るようになったタニアが、真っ先に魔術について尋ねた。

「【陽焔弾】を応用した新しい魔術だよ」

「でも、今の魔術も上級魔術でしょ。二つも上級魔術を持っているなんて」

 上級魔術を一つでも習得していれば一流の魔術士だと言われるのに、二つも習得しているリカルドの実力に驚いたようだ。


 リカルドは鋼鉄サソリの死骸を収納碧晶に入れた。解体は持ち帰った後、エミリア工房で行うつもりである。

 鋼鉄サソリの毒を手に入れたリカルドたちは、王都に戻った。

 魔術士協会に行き、イサルコに帰還の報告をする。

 赤の煌竜石をイサルコに渡すと報酬が渡された。タニアたちと報酬を分け合ったリカルドは、エミリア工房へ向かった。


「無事で帰ったのね。鋼鉄サソリは狩れたの?」

 エミリアが尋ねた。

 リカルドは大きく頷き、収納碧晶に仕舞っていた鋼鉄サソリを取り出した。

「久しぶりに見たわ」

 王都でも鋼鉄サソリを狩れる者は少ないようだ。

 工房の工具を借りて鋼鉄サソリを解体し、毒袋を取り出した。

 毒をガラス瓶に移しペンダント型収納紫晶に仕舞う。その後、鋼鉄サソリの内臓を取り出し外殻だけを綺麗に洗った。内臓は捨て、外殻は装備品の素材とするつもりである。

 鋼鉄サソリの外殻はプラスチックでできているかのように軽いが、特殊な工具を使わないと加工できないほど硬かった。

 この素材で作った防具は素晴らしい性能を秘めたものになる。リカルドは、そう確信した。


 妖樹タミエルの群れを狩りに行くには、もう一つ必要なものがあった。

 鋼鉄サソリの毒を妖樹に注入する手段だ。今回は特殊な矢に毒を仕込み、弓で射るつもりでいた。但し強力な弓が必要なので、射手を雇う必要がある。

 ベルナルド経由で信用のおける魔獣ハンターを雇うことになっているが、その魔獣ハンターの手が空くのは五日後なので、思わぬ時間が空いてしまった。


 リカルドは、今のうちに妖樹クミリを増やすことにした。

 その事はベルナルドにも伝え、ベルナルドが雇った魔術士とアントニオにもやり方を教えようと思った。

 肥沃な土などの準備は、アントニオたちにやってもらった。

 ベルナルドが雇った魔術士は、ルイーザという名の三〇歳ほどの女性だった。大勢の独立魔術士の中から、ベルナルドが選んだできる女性らしい。


「よろしくお願いします」

 ルイーザは落ち着いた感じの美人で、魔術士というより社長秘書と言われた方がしっくり来る女性だった。

 リカルドは実際に妖樹クミリを生み出しながら、手順を説明した。

「なるほど、通常の【芽吹き】より触媒と魔力を多めに使うのがコツなのね」

「この大きさまで一気に成長させないと管理が大変なんですよ」

 リカルドは生まれたばかりの妖樹クミリを指差した。

 小さな妖樹クミリが雑草が生い茂る地面をちょこまかと逃げていく。逃げる先には何体かの妖樹クミリが日向ぼっこをしており、そいつにぶつかり一緒にゴロゴロと転がる。

 それを見たモンタが楽しそうだと思ったのか、一緒にゴロゴロと転がり始めた。

 賢獣なのに、それでいいのかとリカルドは思った。だけど、人間ほどの寿命がある賢獣なら、三歳のモンタは幼児と一緒かと思い直す。


「妖樹クミリって、意外に可愛いのね」

「まあ、これくらいの大きさだと可愛いで済みますけど、ベルナルドさんは妖樹トリルを育てたいと言っていましたから大変ですよ」

「そうね。少しずつ慣れていくしかないわ」

 五日間でユニウス飼育場に一〇〇体、ベルナルドの飼育場に一〇〇体を誕生させた。

 リカルドほど魔力がないルイーザとアントニオは、短期間に数を増やすのは難しいようだ。


 五日が過ぎ、魔獣ハンターのパーティがリカルドの下を訪れた。

 『銀嶺団』という四人組のパーティで、弓を扱える者が三人いるそうである。

「君がリカルド……さんなの?」

 パーティリーダーらしい二〇歳ほどの精悍な青年が、リカルドに声を掛けた。

「ええ、年下ですから呼び捨てでいいですよ」

「いや、依頼人を呼び捨てにはできない。俺はアメディオ、銀嶺団のリーダーをしている」

 アメディオは律儀な青年らしい。

 他のパーティメンバーも十八歳から二〇歳ほどで、女性魔術士のマリベラ、槍使いのブルーノ、弓使いのデュリオである。

 この中でマリベラ以外は弓を扱えるそうだ。ちなみにリーダーのアメディオは、盾と剣を使って戦うのが本来の戦闘スタイルらしい。


 自己紹介も終わり、一緒に必要な消耗品や食料を買ったリカルドは、翌日出発する約束をして解散した。

 その夜はゆっくり休み、翌朝早く起きたリカルドは待ち合わせの場所へ向かう。

 待ち合わせの乗合馬車の乗り場に、銀嶺団の四人が待っていた。

 挨拶を交わした後、リカルド達は乗合馬車に乗ってヨグル領へ向かった。


2017/10/29 誤字脱字修正

2017/11/1 修正

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