scene:56 機織り娘
天ぷらの試食会があった翌日、アントニオは飼育場で働いているダリオを連れて買い物に出掛けた。
目的は薄手の毛布と夏服である。
食料事情が良くなったからなのか。ガリガリに痩せていたダリオたちの体型は劇的に変わっていた。特に背が高くひょろりとしていたダリオは筋肉が付き、以前着ていた服が着られないようになっていたのだ。
商店街を東に進み工房街のある近くまで来て、古着屋に入った。
この古着屋は魔獣の被害を受けなかったようである。しかし、隣の店を見ると柱が折られ壁に大きな穴が開いている。
「この辺りも魔獣に襲われたんですね」
ダリオが暗い顔をしてアントニオに声を掛けた。
「ああ、多くの店が被害を受け、ほとんどの所は商売を再開できずにいるらしい」
中華まん販売店のような屋台に毛が生えたような店なら再開も簡単なのだろうが、隣のような大きな店では修理にも時間が掛かりそうだった。
涼しそうな半袖のシャツと薄手のズボンを三着選んで、会計を済ませると毛布を買いに工房街の方へ向った。毛布を扱っている店が工房街の一角にあるのだ。
工房街の被害が一番酷かったようだ。ここを襲ったのが炎獄トカゲだったからだろう。見渡しただけで数軒の店と工房が焼け落ちている。
ダリオが焼け落ちた工房へ何となく視線を向けていると声が聞こえた。
「ダリオじゃない」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
数日前まで、ジェシカはそこそこ幸せだった。
一〇歳の頃に両親を亡くし、スラム街で生活するようになったが、一年も経たないうちに織物ギルドに引き取られ、工房街にある織物工房で働くようになっていた。
織物工房の従業員宿舎での生活はスラムに比べれば快適である。仕事はきつかったが、優しい先輩たちから仕事を教えてもらい充実した日々を送っていた。
だが、炎獄トカゲが工房街を襲った日に、それら諸々のものが失くなってしまった。
織物工房は焼け落ち、住んでいた従業員宿舎も半壊した。
あの日から数日経った今、工房の焼け跡に残っている従業員は五人である。ジェシカのように機織りの技術が未熟な娘たち四人と熟練の技術は持っているが、年を取っているミケーラである。
ミケーラは一度結婚し工房を辞めたのだが、夫と死別し戻ってきた者だった。彼女の技術は高く、工房の主は指導係である職長として再雇用したのだ。
他の技術があり若い機織り娘たちは被害に遭わなかった織物工房が引き取り、残ったのが未熟なジェシカたちと職長ミケーラである。
ここ数日は木こり達が行っていた炊き出しなどで食事には困らなかったが、その木こり達の炊き出しも昨日までだった。永遠に炊き出しがあるとは思っていなかったが、この先どうしたらいいのか途方に暮れた。
ジェシカたちは半壊した従業員宿舎の階段に座り、空腹に耐えながら通りを行き交う人々を眺めていた。
「ミケーラ職長、どうしたらいいの?」
「明日、北にある織物工房へ行って頼んでみよう」
望み薄だとは思ったが、王都の北には小さな織物工房が幾つかあるので働かせてもらえないか頼もうとミケーラは考えていた。
「雇ってくれるかな?」
「どうだろうねえ。でも、早く仕事に就かないと餓え死にしてしまう」
ジェシカは溜息を吐いた。そして、何気なく前を見ていると見覚えのある少年がこちらを見ているのに気付いた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
名前を呼ばれたダリオは誰だろうと声の主を探した。
壊れた建物の階段に何となく見覚えのある少女が座っているのに気付いた。
「ああっ、ジェシカか。どうしたんだ?」
「アタシが働いていた織物工房なの」
ダリオは目の前にある焼け落ちた工房を見て事情を察した。
「ダリオ、知り合いなのか?」
立ち止まって少女と話し始めたダリオに、アントニオが声を掛けた。
「はい、スラムで一緒だったジェシカです」
「もしかして、この焼けた織物工房で働いていたのかい?」
アントニオがジェシカに尋ねると少女はコクリと頭を動かし。
「そうです。全部なくなっちゃい……」
ジェシカの目に薄っすらと涙が溜まっている。
その涙を見たダリオが思わず。
「アントニオ様、なんとかならないでしょうか」
アントニオは一瞬困ったという表情を浮かべた。そこで飼育場のことを思い出す。ユニウス飼育場では近いうちに杏妖樹にする妖樹クミリをもう一〇〇体増やす予定なので、人手が欲しいと思っていた。
弟に相談もせずに決めていいものだろうかと迷う。だが、ジェシカを始め機織り娘たちの期待する顔を見て突き放すことはできなかった。経営者としてはまだまだ甘いアントニオだったが、その優しさは誰からも好感を持たれユニウス飼育場を中心とする人々から頼りにされるようになる。
「飼育場の作業小屋でいいなら引っ越してきてもいい。但し働いてもらうよ」
ジェシカたちの顔がパッと明るくなった。
機織り娘たちとミケーラが引っ越しの準備をする間に、ベルナルドの店に行って荷車を借りてきた。当初の目的である薄手の毛布を多めに買って荷車に載せ、焼け落ちた工房の前に戻った。
あまり時間は経っていなかったはずなのに、ジェシカたちの引越し準備は終わっていた。持ち物が少ないのだ。数着の服や下着とちょっとした身の回りの品しか持っていないようだ。
アントニオはユニウス村を離れ王都へ来た時の道程を思い出した。あの時は酷く不安だったのを覚えている。
「さあ、荷物を荷車に載せて」
アントニオたちは一緒に第二南門へと向かった。門から外に出る時、ジェシカたちが不安そうにしていたので、ダリオが大丈夫だと言葉を掛けた。
「でも、防壁の外じゃない。大丈夫なのかい?」
ミケーラが不安を声にした。
「飼育場には高く頑丈な塀と堀があるから、魔獣については心配しなくても大丈夫」
アントニオが保証した。
ユニウス飼育場に到着すると、ジェシカたちは規模の大きさに驚いた。
「な、なんという大きさなの。これが本当にダリオが働いている所なの?」
「ここがユニウス飼育場だよ。アントニオ様が責任者なんだ」
「あんなに若いのに」
「アントニオ様も立派だけど、弟のリカルド様が凄いんだ。魔術士なんだけど、襲ってきた冥界ウルフを仕留めたのはリカルド様なんだ」
ジェシカたちも冥界ウルフのことは聞いていた。だけど、魔術士協会の魔術士が仕留めたと聞いていたが、リカルドという名前は聞いていない。
「本当なの?」
「実際に見ていたから確かだ」
魔術士協会では冥界ウルフを仕留めたことを発表したが、協会の誰が倒したかまでは発表しなかった。正式に請け負った討伐チームが返り討ちに遭い、直接関係のないイサルコとリカルドが仕留めたと知られたくなかったようだ。
こうしてジェシカたちが飼育場で働き始めた。最初は雑用から始め、将来的には妖樹の世話も可能なように教えていこうとアントニオは考えていた。
だが、後にリカルドがある商品を考案し、ミケーラを始めとする女性陣は、その商品の製造を担当するようになる。
アントニオたちが工房街へ行った日、リカルドは魔術士協会へ行くと図書館へ向った。図書館で鋼鉄サソリについて調べるためである。
図書館にあった資料から鋼鉄サソリについて調べ上げた。
この魔獣の外殻は頑強であるうえに熱にも強く【炎翔弾】を弾いたという記述があった。もしかすると【陽焔弾】でも頑強な外殻を貫けないかもしれない。
……【陽焔弾】が通用しなかった場合の保険として、何か新しい魔術を作る必要があるか、その場合どんな魔術が鋼鉄サソリには有効だろう、と悩むリカルド。
資料によると、鋼鉄サソリの毒袋は尻尾の付け根部分にある。今回の狙いは毒袋なので尻尾の付け根にまでダメージが及ぶような攻撃をするわけにはいかない。
鋼鉄サソリを仕留めるために【陽焔弾】に新しい工夫を加えて威力を上げることは可能だ。【陽焔弾】は超高温である光の玉を敵に投擲する魔術なので、敵と陽焔弾が接触している時間は極めて短い。
これまでに発動した陽焔弾は、含まれているエネルギーのほとんどを空中に消失してしまっていた。【陽焔弾】を【爆炎弾】のように敵に接触すると爆発するように改良すればと考えたが、それでは毒袋もダメージを受けてしまう。
そこで【陽焔弾】を鞭のような形状にすればいいのでは、と思い付いた。超高温の鞭で敵を叩き、あるいは絡み付かせてダメージを与えるのである。
「でも、【陽焔弾】を【爆炎弾】のようにするのも有りだな。魔獣の素材が必要ないなら吹き飛ばせばいいんだから……いやいや、そんな強力な魔術は必要ない。取り敢えず【陽焔弾】を改造し、鞭型にした魔術を完成させよう」
図書館にある魔術大系を調べ、使えそうな魔術単語を探す。
二時間ほど探し『モゼフィラーティエト』という魔術単語を見付けた。他にも『ヒュデロスカリ』とかあるが、ロープだと振り回すのには向かないような気がする。
『モゼフィラーティエト』という魔術単語は【水】の魔術である【猛水鞭】で使われている。ただ【猛水鞭】は魔力を多く消費する割に威力が乏しいので、ほとんど使われなくなっていた。
新しい魔術を【輝焔鞭】と名付けた。
魔術は魔術単語を組み合わせただけでは完成しない。必要な魔力量を調査し、しっかりした魔術効果をイメージする必要がある。
そのイメージと魔術単語の組み合わせが一致しないと魔術は発動しない。偶に発動する場合もあるが、しょぼい魔術にしかならないことが多い。
実験するためにクレム川へ向かった。誰も居ない川岸を見付け、【輝焔鞭】を試してみる。
川の方を向きデスオプロッドを取り出す。精神を統一してから、ロッドに魔力を流し込む。そこに触媒を振り撒き魔力が属性励起したのを確認してから呪文を唱える。
「ファナ・ラピセラヴォーン・モゼフィラーティエト」
ロッドの先端から九〇センチほど離れた空間に長さ二メートルほどの光り輝くプラズマの鞭が現れた。ロッドを振り回すと、その動きに合わせて輝焔鞭が動く。
鞭の先端が地面に触れると高熱で地面を焼き焦がす。
「威力はありそうだな」
試しに川に向って斜めに伸びている木の幹に輝焔鞭を叩き付けた。当たった箇所が燃え上がり炭化する。
威力は有る。だが、鞭の長さが足りない。
大人と同じほどの大きさである鋼鉄サソリと戦うには、もう三メートルほど長さが必要だと感じた。
このままだとサソリのハサミや尻尾の毒針に攻撃されそうである。
輝焔鞭は三十秒ほどで魔力が尽き消えた。
残っている魔力量は六割ほどだろうか。以前は【陽焔弾】を一度使うと魔力が不足し気分が悪くなっていたのに、今では二度ほど連続で使えるようになっていた。
これは自分の魔力量が増えたこともあるが、一番の理由は魔力制御の技術が上がり、同じ魔術でも少ない魔力量で発動可能になったのが大きかった。
鞭の長さは自分の中にあるイメージが元になっているので、鞭のイメージを長さ五メートルほどで一回目より細くなるように修正し、もう一度【輝焔鞭】を発動した。
修正したイメージ通りの輝焔鞭が姿を現した。細くしたためなのか輝焔鞭の輝きが増したように感じる。
同じように先程の木を目掛け鞭を振った。長く細くなったプラズマの鞭が幹に巻き付いた。その鞭を引っ張ると超高温のプラズマ鞭が簡単に幹を焼き切る。
両断された木は川面に落ち、大きな音を響かせた。
「完成させるには魔力量の調整や触媒の調査などが必要だけど、一応は使えるようだ」
本来、新しい魔術を開発するには時間が掛かる。一発で新しい魔術が発動するなど奇跡に近いのだが、今回は【陽焔弾】の改造だった点と試す前から確かなイメージを持てたことにより発動したのだろう。
もう少し試したかったが、魔力が続かない。プローブ瞑想により魔力回復して続けたいが、こんな場所で無防備な瞑想をするわけにはいかない。
「近くに魔獣に襲われないセーフティゾーンがあれば、そこで魔力を回復できるんだけど……ないよな、セーフティゾーン。代わりに結界の魔術くらい存在しても良さそうなんだけど」
賢者の書いた魔術大系にも結界の魔術は存在しなかった。
「……結界の魔術がないのなら、セーフティゾーンを作れないですかね」
その時、一つのアイデアが頭に浮かんだ。セーフティゾーン……何とかなりそうな気がしてきた。
保険として開発した【輝焔鞭】が使えると判ったので、アスカリ火山へ出発することにした。
そのことをイサルコに話すと、一人で出掛けるのは賛成できないと言われた。
「タニアとパトリックを同行させよう」
「ですが、今回の件は魔術士協会に関係のない私事です」
「アスカリ火山には、赤の煌竜石が採れる場所があると聞いている。究錬局で備蓄している赤の煌竜石が残り少なくなっているので採取してきてくれ」
「仕事ということなら分かりました」
翌日、タニアとパトリックと一緒に王都を出発した。
今回の旅にはモンタも同行している。どうしても行きたいと言うので連れてきた。
馬車で王都の東南に在るベルアド村まで行き、そこから歩いてアスカリ火山へ向かう。
ここ一帯は土が痩せており、灌木と雑草だけしかない荒れ地となっていた。
魔獣の姿も見えず、何となくピクニック気分で歩いていると、モンタがショルダーバッグの中から顔を出し、辺りを見回す。
「リュカ……オミズ、チョーダイ」
賢獣のモンタは一日毎に会話が上手くなっているようだ。
リカルドは水筒を取り出し、モンタ用の小さなカップに水を入れ渡した。
モンタは小さな手でカップを持ち、美味しそうに水を飲む。
「アリキャト」
礼を言ってカップを返したモンタが、パッと南の方へ視線を向けた。それに気付いたタニアが声を掛ける。
「どうしたの?」
「ムコウキャラ、キュル」
何かが南の方から来ると言いたいらしい。
リカルドたちが視線を向けたが、灌木の茂みが邪魔で見えない。
灌木の茂みがガサリと揺れ、奥から赤銅色をした大きな狼が姿を現した。
「おいおい、山賊ウルフだがね」
山賊ウルフは山地に住むと言われている赤銅色の狼である。体長がセント・バーナードなどの大型犬ほどもあり、山で遭遇した人や動物を容赦なく襲うことで知られている。
「ここは私に任せて」
タニアが名乗り出た。冥界ウルフの時には活躍できなかったので、今日こそはと張り切っている。
2017/10/25 修正




