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scene:55 天ぷら試食会

 キスモドキの天ぷらは家族の間では大好評だった。

 小さなパメラも天ぷらを気に入り、お代わりを要求する。

「お魚のてんぷりゃ、おいしい」

「モンチャ、スキャ」

 モンタも気に入ったようで、小さな手で天ぷらを抱えハムハムと齧り付いている。

「これを新しく作る店で出すつもりなのかい?」

 ジュリアが気になったことを尋ねた。

「これだけじゃないけど、この調理法で作った料理を出そうと思っている。魚だけじゃなく、野菜なんかも天ぷらにするつもりなんだ」

 問題は天つゆである。魚醤は有るらしいが、醤油を目にしたことはなかった。醤油なしで天つゆは作れない。

 将来的には醤油を開発するつもりでいるのだが、時間が掛かりそうである。当分は何も付けずに食べるか、塩を付けて食べるようにしようと思う。


 アントニオが帰ってきたので、天ぷらの味見をしてもらう。

「サクサクとした歯応えと魚から出る旨味がいいね。これで商売したら繁盛するんじゃない」

 兄の口にも合ったようだ。

 試しにレモンに似た柑橘類で柑橘果汁を作り、キスモドキの天ぷらに掛けて食べてみた。

「これもいい」

 パメラとセルジュには不評だったが、ジュリアとアントニオは美味しいと言った。

 この柑橘類が季節に関係なく手に入るなら、柑橘果汁も有りなのだが、無理だろう。季節限定のソースとして出すのは有りかもしれない。

 最後に魚醤で天つゆを作れないか試してみようと考えた。魚醤には特有の臭いがあるので天つゆとしては使えないかもしれないが、試してみる価値は有る。


「ねえ、リカルド。この魚を明日も仕入れてきてくれない?」

 ジュリアが頼んだ。

「どうするの?」

 母親の頼みなので、聞き入れるつもりだが、理由を尋ねた。

「中華まんの店を一緒にやっている奥さんたちに食べさせて意見を聞きたいのよ」

 返事をしようとしたら、アントニオが遮った。

「それだったら、朝一番で俺がステファンさんに頼んでくるよ」

「そうね。アントニオにお願いするわ」

 アントニオが頷いた。何だか嬉しそうだ。ステファンの娘エレオノーラに会えるからなのかもしれない。


 アントニオは最後に残った天ぷらを平らげ。

「この料理もリカルドが考えたのか?」

「そうなんだ。ちょっと事情があってね」

 妖樹の情報を得るために、ローランド教授への手土産として開発したと告げるとジュリアが声を上げる。

「あらっ、ローランド教授と言えば、チューカマンのお得意様よ」

「エッ、中華まんを買いに来ていたの。だったら、今度会わせてよ」

「でも、何と言ってお願いすればいいの?」

「天ぷらの試食会をしようと思うんです。そこに招待したらどうだろう。教授はグルメだそうですから」


 翌日の午後一、近所の主婦たちが子供連れでユニウス家に集まった。

 リカルドとアントニオは外出しており、家に居たのはジュリアと幼い子供たちだけだった。

 子供たちは勝手に遊び始め、主婦たちは厨房に集まる。

「皆さんに集まってもらったのは、お知らせした通りマカードさんの御陰で明日から中華まんの販売ができるようになったからです。今日は、明日の準備と新しいメニューの開発を行なう予定です」

「まあ、新しいメニューというのは何なの?」

「また中華まんみたいに凄い料理なのかしら」

 主婦たちがワクワクした顔になり騒ぎ始めた。

「取り敢えず、明日の仕込みを終わらせましょ」

 カボチャとサツマイモのあんまんから仕込みを始め、三時間ほど経過した頃に肉まんの仕込みを終えた。

 後は蒸すだけの状態になったものを箱に詰め、リカルドから預かった冷蔵収納碧晶に収納していく。

 冷蔵収納碧晶はリカルドが魔境から採取してきた碧玉樹実晶を冷蔵収納碧晶に加工したものである。魔力制御のできない者にも使えるように金属製保護殻や魔力制御回路、魔力伝導棒が付いている。


 もちろん、主婦たちには冷蔵収納碧晶のことを秘密にしてくれと頼んでいるが、後々盗難対策を考えなければならないだろう。

 ちなみに、この冷蔵収納碧晶は失敗作だった。因子文字を刻む場所を確保しようと考え、収納碧晶の容量を小さめにしようと込める魔力量を誤ったのだ。

 結果、容量が収納碧晶の五分の一ほどの小さなものになり、店で使う食材などをすべて冷蔵しておくには物足りない容量のものとなってしまった。


「さて、仕込みが終わったので新メニューなんだけど」

 ジュリアが天ぷらについて説明する。

 キスモドキは漁師のステファンが朝の漁でとれた三〇匹ほどを届けてくれていた。

 皆でキスモドキの下拵えをしてから、鍋に油を注ぎ火に掛ける。

 油が十分に熱くなった頃、下拵えしたキスモドキに衣を付けて油に投入する。

「油が飛ぶから、気を付けてくださいね」

 きつね色になった天ぷらを油を切ってから大皿に盛り付け、主婦たちに味見してもらう。

「あら美味しいじゃない」

「そのまま食べても美味しいけど、塩を付けて食べると一層美味しくなるわ」

 感想を言っていると美味しいという言葉を聞き付け子供たちが来た。

「ねえ、何が美味しいの?」

「ラウラにもちょうだい」

 ジュリアが「一つずつなら食べていいわよ」と言うと大皿に残っていたキスモドキの天ぷらを子供たちが奪い合うように手に取る。

「あらっ、うちの子は魚嫌いなのに美味しそうに食べてるわ」


 一つずつ食べた子供たちが遊びに戻るとジュリアが告げた。

「この調理法は野菜も美味しくするそうなのよ。もちろん合うものと合わないものが有るらしいんだけど、今日は皆さんにどんな野菜の天ぷらが美味しいか調べて欲しいの」

 それから主婦達が野菜を持ち寄り、天ぷらにしていった。

「メルボとチャライモは美味しいわ」

「ビーレンもいいわね」

 メルボはカボチャモドキ、チャライモはサツマイモ、ビーレンはレンコンモドキである。


 ジュリアは玉ねぎモドキとニンジンモドキを千切りにして天ぷら衣と混ぜ合わせ、かき揚げを作ってみた。

 これはリカルドが試してみてと言ったやり方だった。

「へええ、いろんな野菜を混ぜるのも有りなのね」

 主婦たちが感心する。ジュリアは笑みを浮かべ、誇らしそうにリカルドから教わった知識を披露する。

「野菜だけじゃなく、エビとかと混ぜるのも美味しいそうなのよ」

「それは美味しそうだわ」

「本当は天つゆというソースがあれば、もっと美味しくなるそうなんだけど」

「それはどんなソースなの?」

「魚醤に似た調味料を使って作るソースらしいのだけど、その調味料が近くにないらしいのよ」

「だったら、魚醤を使って作ってみましょうよ」

 その後の主婦たちの行動力は凄かった。様々な食材を使って天ぷらを作り、種となる食材を探し当てた。それだけではなく癖の少ない魚醤を探し出し、一ヶ月後には天つゆに似たものを作ってしまった。

 天つゆにはリカルドも驚き絶賛した。


 数日後、中華まんの販売が再開されたと聞いたローランド教授が買いに来た。教授は四〇歳ほどの背の高い紳士である。

 教授は客が並んでいる列に近寄った時、顔見知りを発見して声を上げた。

「グリセルダじゃないか。君もチューカマンを買いに来たのかね」

 王立バイゼル学院の卒業生で、現在はボニペルティ侯爵家三女の家庭教師をしている才女である。

「はい、私が教えているグレタお嬢様が気に入られまして、用があって街に行く時は『買ってきて』とお願いされるのです」

「ほう、貴族のお嬢様が庶民の食べ物であるチューカマンを知っているとは珍しい」

「その認識は間違っていますわ。チューカマンは王太子殿下もお気に入りの食べ物です。貴族の方々の中にも食している方が多いそうです」

「なるほど、チューカマンの人気は貴族の間にも浸透していましたか」


 教授の姿に気付いたジュリアは、中華まん販売店の中から出て教授に話し掛けた。

「教授、いつもありがとうございます」

「ジュリアさんか。やっと販売を再開できたんだね」

「皆さんの御蔭です。ところで、教授は妖樹の専門家だと聞いたのですが、本当ですか?」

「そうだが、それが何か?」

「息子のリカルドが教授の話を聞きたいと言うのですが、お時間を頂けませんか?」

「息子さんが……しかし、専門の話をするのは教え子か、研究に必要な時だけと決めているのですよ」

 妖樹の第一人者と呼ばれるようになった頃から、魔獣ハンター達が頻繁に訪れ簡単に妖樹を倒す方法はないかと訊いてくるようになった。だが、その中には教えを請う者の態度ではなく無礼な奴も居たので嫌気が差し、教え子以外への情報提供は断わると決めていた。

「研究の一つとして息子に会って頂けませんか。第二南門の近くで妖樹の飼育をしているのは息子たちなんですよ」

 教授は興味を持った。海岸近くで妖樹を育てている者が居ると聞き、前から会ってみたいと思っていたのだ。

「店で出す新しいメニューの試食会に、グルメと名高い教授を招待したいと息子が言っているのですが……その時に少しでもいいので息子と話をしてもらえませんか?」


 傍で聞き耳を立てていた客の一人が口を挟んだ。

「教授だけというのは、ズルいんじゃねえか。おいらも招待してくれよ」

 その客の奥さんらしい人が。

「あんた、試食会というのはタダで食べさせてもらうだけじゃないんだよ。食べてちゃんとした批評をしなきゃならないんだ。できるのかい?」

「美味いか不味いかくらいは言えらあ」

「そんなのは誰でも言えるわよ」

「ごめんなさい。試食会で出す料理には限りがあるので少数の人しか招待できないんです」

 ジュリアが謝った。

「いいのよ。この人が馬鹿を言っただけなんだから」


「試食会というのはいつなんだね?」

「明日のお昼はどうでしょう?」

「それで構わないが、場所はどこかね?」

「我が家で行いたいと思っています」

 新しい店が完成していれば、店でやりたかったのだが、仮販売所では無理である。

「その招待をお受けしよう。息子さんによろしく言ってくれ」


 翌日、ユニウス家で試食会が行われた。

 招待したのはローランド教授、ベルナルド、イサルコ、エミリアの四人である。

「今日、お出しする料理は『天ぷら』と呼んでいるものです」

 リカルドが説明してから、四人の前でサツマイモモドキをスライスしたものに衣を付け、油に投入する。

 ジュワーという音とパチパチと油が跳ねる音がする。

「なんと……油で煮るのかね?」

 ローランド教授が驚きの声を上げた。

「ええ、正確には『揚げる』と言います。油の温度や付ける『衣』によって味が変わってくる。奥の深い調理法なのです」

 サツマイモモドキを油からあげ、油を切ってから四つの皿に盛り付けて出す。

「塩を付けるか、そのままお召し上がりください」

 エミリアが最初に何も付けず食べる。

「歯触りが面白いわ。美味しいわね」

「こいつは酒が欲しくなる味だ」

 酒と聞いて買っておいたエールを思い出す。本当はビールが欲しかったのだが、この世界ではビールが発明されていないようだ。

 冷蔵収納紫晶から冷やしておいたエール樽を取り出し、木製のコップに注いで出す。

「昼間ですが、一杯くらいなら大丈夫でしょう」

 エールの一杯くらいは水と変わらないと考えるような国なので、昼食時に軽く一杯程度アルコールを飲むのはよくある事だった。


 イサルコがクイッとエールを飲み。

「オオッ、こいつはいい」

 冷たいエールが気に入ったようだ。

 暑い時期に魔術で氷を作り出し、飲み物などを冷やして提供する高級店や貴族の屋敷がある。

 ただ氷を作り出す魔術で使う触媒は高価で、金持ちしか体験できない贅沢だった。

「ほほう、冷たいエールですか。貴族になったような気分ですね」

 教授も冷たいエールにご機嫌である。正直飲みたいとリカルドも思ったが、十二歳で飲酒は早いと諦めた。

 ベルナルドが鋭い視線を冷蔵収納紫晶に向けた。

「それは冷蔵収納紫晶。そろそろ暑くなる季節、そいつを販売する準備をしなければならないですね。その時はお願いしますよ」

 暑くなる季節が近付くのを感じ、ベルナルドは冷蔵収納紫晶で一儲けしようと考えているようだ。


 各野菜の天ぷらやかき揚げを出した後、キスモドキの天ぷらを出すと教授たちは満足した。

 天ぷらの味に満足したローランド教授は妖樹について教えてくれた。

 リカルドは妖樹タミエルについて念入りに尋ねた。そして、妖樹の群れを倒す方法はないか問う。

「群れを狩るですと……無謀なことを」

「しかし、妖樹にも何か弱点があるはずです」

 教授が首を振る。

「弱点は樹肝の瘤だけです。他になど……」

 リカルドは少し考え問う。

「雷はどうです。雷火の魔術は妖樹の群れに有効ですか?」

「……魔術については詳しくないのだが、有効だろうと思う。だが、君の目的は妖樹の素材ではないのかね。雷火の魔術を使えば、その素材もダメージを受けるぞ」

 ベルナルドががっかりした顔をする。

「毒はどうです?」

「そうですね。妖樹に効く毒ですか……ないこともないのですが」

「あるのですか?」

「妖樹には鋼鉄サソリの毒が効くと聞いています。仕留めるのは無理ですが、麻痺させ動けなくなるそうです」

「鋼鉄サソリだと……また、手強い魔獣の名があがったな。上級魔術でも倒せないと言われる魔獣ではないですか」

 イサルコが思わず声を上げた。

「そんなに凄い魔獣なんですか?」

「体を覆う外殻が鋼の鎧のように硬く、【九天裂風】や【砕崩炎】などの上級魔術でも倒せなかったと聞いている」

 【陽焔弾】でも倒せないかと確認してみると判らないとイサルコが答えた。

 鋼鉄サソリは王都の南に在るアスカリ火山に生息しているらしい。

「仕留められるかどうか試してみます」

 リカルドはアスカリ火山へ行こうと決めた。


2017/10/16 誤字脱字修正

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