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scene:54 王都の被害

新章になります。

 王都で魔獣が暴れ回った日から二日が過ぎた。

 バイゼル城は宰相暗殺の影響が尾を引き、まだ混乱の中にあった。そのせいなのか、被害にあった一般市民への支援はなく、住民任せになっていた。工房街では多くの人々が工房や家を焼かれ、途方に暮れているというのに。

 この災害に積極的に取り組んだのは、意外にも山林組合の木こり達だった。炊き出しや破壊された家屋の応急修理などを行い、被害者の救済に努めていた。

 この災害で木材が必要になり、木こり達は忙しいのではないかと思ったが、建設に使われる木材は乾燥させなければ使えないので、急いで伐採しても意味がない事を思い出す。

 忙しそうに駆け回る木こり達を見て、自分も何か出来ないかと考え、炊き出しをしている所に食材を差入れるなどした。それくらいしか出来なかったのだ。


 リカルドは、ここ数日慌ただしい日々を過ごし、自分が十二歳になったことに気付いたのは誕生日を過ぎてからだった。この国の王族を除く一般庶民は誕生日祝いをしない。但し七歳と十五歳の時は特別で、家族で祝う習慣がある。

 誰にも祝われることなく十二歳となったリカルドは一人で中華まん販売店に向かっていた。

 街を行き交う人々の表情が暗い。

 商店街のあちこちに牙猪により破壊された痕が残っていた。主婦たちが営んでいた中華まん販売店も見事に破壊されている。

 そればかりか奥にある木工工房も何本かの柱が折れ半壊している。ここまで破壊されていると修理するより取り壊して建て直す方が早いだろう。

 この工房は元々家具の販売店だったのだが、経営が上手くいかず夜逃げしたものを債権者が引き取り、ベアータおばさんの旦那であるマカードが借りて木工工房としたものだった。


「マカードさん、販売店の方はどれくらいで商売が始められるようになりますか?」

 中華まん販売店だった場所に仮設住宅のような仮販売所を作っているマカードに声を掛けた。

「リカルド君が瓦礫を片付けてくれた御陰で、明後日には商売を始められると思う」

 昨日、道路沿い部分の瓦礫を一旦収納碧晶に収納し奥の木工工房の方へ移動させたので、中華まん販売店だった場所は更地となっていた。

 この様子を見ていた他の商人たちも、自分が持つ収納碧晶を使って瓦礫を片付け始めたので、瓦礫の撤去だけは早めに進んでいた。


 この工房の地主は工房を再建する気はないようだ。他にも所有している物件が魔獣により被害を受け、建て直す資金が足りないらしい。

 リカルドは工房の土地を持ち主から買い取る算段を始めている。その資金は城に現れた冥界ウルフを仕留めた報奨金で支払う予定だ。

「マカードさんの木工工房は代わりの物件を探してますから、もう少し待ってください」

「おう、すまんね。仕事を貰ったうえに、新しい工房の世話まで頼んじまって」

 ここの工房は本格的な飲食店として建て直すつもりだった。それに伴いマカードの木工工房は工房街の一画に引っ越すように頼んで了承を得ている。

 もちろん、引越し先はリカルドの方で用意する予定だ。


 リカルドが飲食店を作ろうと思ったのは我が儘からだ。時々無性に日本の料理が恋しくなり、食べたいという気持ちが抑えられなくなるのだ。

 もちろん、今のところ売れるのは中華まんだけなので、新しいメニューを考えるつもりでいる。

 料理人は才能のある若者を数人雇おうと考えていた。人材についてはベルナルドに知恵を借りるつもりだ。毎度毎度ベルナルドの世話になるのは心苦しいのだが、ベルナルドもリカルドを頼りにしているので、お互い様だろう。


 マカードと別れてからベルナルドの店に向かう。その店は幸運にも魔獣の被害を受けなかったようだ。

 店に入り奥へ行く、予想通り帳簿とにらめっこをしているベルナルドの姿があった。

「忙しそうですね」

「おお、リカルド君か」

「今日はちょっと相談があって来たんです」

「ほう、何かね?」

「魔導職人のエミリアさんから聞いたのですが、魔砲杖や魔功銃の注文が殺到しているらしいんです。それも高位の貴族家からの注文で幾ら高くとも構わないと言っているそうです」

 これまで作った魔功銃には、エミリア工房で作った印である工房印が刻まれており、それを知った貴族や商人が発注しているようだ。

 だが、魔功銃の製造には妖樹タミエルを倒し魔功蔦を手に入れる必要がある。

 穏便に注文を断わる方法はないかとベルナルドに相談に来たのだ。


「エミリア工房にも注文が来ているのですか。実はオークションへの出品者である私の所にも注文が来ているのですよ」

「そうなんですか。どうしたら良いでしょう」

「商売として考えると今が勝負所なんですが、何とかならないものですか?」

「しかし、魔功蔦が手に入らないと」

「そのことなのですが、魔境の様子を確かめたところ、第二魔境門近くに多くの妖樹が集まってきていると聞きました。知り合いの魔獣ハンターが言っておったのですが、妖樹タミエルの群れも見たと……」

 妖樹は群れを作って活動している時が多い。魔獣ハンターは群れがバラバラになった時を狙って妖樹を狩っているのだが、ベルナルドは群れている妖樹タミエルを狩ればいいのではないかと提案しているのだ。


「ん───、確かに群れを狙った狩りに成功すれば、多くの魔功蔦を手に入れられますけど、一体の妖樹タミエルでも命掛けなのに群れとなると特別な狩り方を考えないと駄目だと思います」

 ベルナルドは難しい顔をして考え込んだが、いいアイデアは浮かばなかったようだ。

「難しいとは思いますが、考えてみてもらえませんか。魔術士ならではのアイデアを考え付くかもしれない」

「そうですね……考えてみます」


 考えてみると言ったが、その時点でアイデアは全くなかった。

 取り敢えず、後で考えることにして、若い料理人を雇うにはどうすればいいか、ベルナルドに相談した。

「それだったら、ラザル・マニゲッティを紹介しよう。彼は何軒もの飲食店を経営している商人で料理人の知り合いも多いはずです」

 さすがベルナルドは頼りになる。何かお返しをしなければ。


「ところで私の飼育場が一部完成したので、妖樹クミリ一〇〇体を育てようと思うのですが、指導してもらえませんか」

 種から小さな妖樹へ一気に育てる魔術自体は魔術大系に記載されている【芽吹き】の魔術なので秘密でも何でもなかった。ただ肥沃な土壌を用意することや触媒の量などに幾つかの独自ノウハウがあるが、少し研究すれば判るようなものなので秘密にするつもりはない。

 今年の魔術論文は、その点に関する論文を書くつもりでいるくらいである。


「いいですよ。でも、妖樹クミリでいいんですか。触媒を得るために妖樹を育てるんじゃ?」

 妖樹クミリを炭にしても触媒にはなるが、あまり質のいいものにはならない。質のいい【火】の触媒を得るには、最低でも妖樹トリルを炭にする必要があった。

「ええ、それは判っているのですが、妖樹クミリを使って土壌改良を行い妖樹に与える飼料を自給できるようになってから、妖樹トリルを育てようと思っているのですよ」

 ベルナルドも妖樹飼育の問題点は飼料の確保にあると考えているようだ。

「それが正解かもしれないですね。自分も飼料については考えているんです。この国には牧草などを保存しておく建物というのはないんですか?」

 リカルドはサイロについて確認した。

「いや、そんなものは聞いたことがないですね」

 今年中に建設して牧草を保存可能か実験してみよう。


 少し雑談を交わしてからベルナルドの店を離れ、エミリア工房へ向かった。

 工房ではエミリア達が魔砲杖の製作をしていた。一気に十六丁の注文があったと言うから忙しそうである。

「大変そうですね」

 リカルドが工房に入って挨拶代わりに声を掛けるとエミリアが苦笑した。

「そうなの。今月中に七丁も魔砲杖を完成させなければならないのよ」

 魔砲杖の注文は初級上位の魔術である【流水刃】や【飛槍】を発動させるものが多く、ウルファルや小鬼族を倒すためだと思われる。


 妖樹タミエルの群れを狩るのに魔砲杖が役に立たないか検討してみた。妖樹タミエルの弱点である樹肝の瘤を破壊するには中級以上の魔術を発動する魔砲杖が必要になる。

 ただ一撃で倒すには中級上位か上位魔術が必要だろう。それに魔砲杖一丁だけでは妖樹タミエルの群れを相手するのは無理だ。

「魔功銃の件はどうする?」

 エミリアが尋ねた。

「ベルナルドさんとも相談したんですが、妖樹タミエルの群れを狩れば少しまとまった量の魔功銃が作れるんじゃないかと言われたんです」

「無茶な、妖樹タミエルの群れを狩るなど自殺行為だ」

「まあ、自分もそう思うんですが、何か方法がないか頼まれたんです」


 エミリアが変な顔をしてリカルドを見ていた。

「自分の顔がどうかしましたか?」

「今更だけど、喋り方がおっさん臭いよ」

「ウッ」

 真正面から指摘され、心にダメージを受けた。

 薄々は感じていたが、周りの皆が時々変な顔をするのに気付いていた。十二歳の少年が、こんな喋り方をすれば変な顔をされるだろうとは思っていたのだ。

「もっと年齢に合った喋り方をした方がいいでしょうか?」

「あたしは構わないんだけど、宗教家の中には悪霊に心を乗っ取られていると言う奴がいるから気を付けた方がいいぞ」

 ……喋り方を肉体年齢に合わせた方がいいのだろうか。エミリアが言ったように今更のような気がする。ちょっとだけ気を付けよう。


「喋り方はちょっとずつ直します。ところで妖樹を倒すいい方法を知りませんか?」

「さあね。特に妖樹に詳しいわけではないから……そうだ、王立バイゼル学院のローランド教授に聞いてみたら」

 ローランド教授というのは、妖樹研究の第一人者だそうだ。

「へえ、そんな人が居るんですか?」

「でも、教授はちょっと変わっているから話を聞くには手土産が必要よ」

「手土産というのは?」

「何か珍しくて美味しい食べ物なら喜ぶと思うの」

 教授は王都の社交界でグルメとして有名なそうだ。

 珍しくて美味しいものか……何がいいんだろう。


 工房からの帰り、港の北側に向かった。

 港を挟んで南側にリカルド達の妖樹飼育場があり、北側には漁師たちが住む一画がある。

 かなりの広さがある砂浜には小さな手漕ぎの漁船が並んでおり、漁師たちが網の手入れをしている姿が見えた。

 漁師は麻糸に似た糸を使って破れた部分を修復している。その網はそれほど大きくない投網のようだ。

「ステファンさんがどこに居るか知りませんか?」

 ステファンはアントニオが助けた少女の父親である。彼自身も病気を治す薬である紫玉樹実晶を分けてもらい、アントニオとリカルドに深い恩を感じている。

「あいつなら、そろそろ漁から戻ってくるんじゃないか」

 網を修理する様子を見ながら待つことにした。


 一時間ほど待っただろうか。ステファンの船が戻ってきた。ステファンの船は五人乗りで漁師の船としては標準的なものだ。

 赤銅色に日焼けした大柄なオッさんが船を降り、リカルドの方へやってきた。

「やっぱり、アントニオ君の所の」

「リカルドです。いつも新鮮な魚をありがとうございます」

「どうしたんだ?」

「ちょっと魚を分けてもらおうと思って」

「それはいいけど……どんな魚が必要なんだ?」

「何が捕れたか見せてもらえますか」

 ステファンの許しを貰い、魚が詰め込まれた箱を見る。

 鯛や鱈、スズキに似た魚が多いようだ。箱は四箱あり、最後の箱にはキスに似た小さな魚が大量に詰められていた。


「焼き魚なら、こいつが美味いぜ」

 ステファンが鯛に似た魚を掴み上げて言った。

 贅沢な料理になりそうだが、珍しくはない。他の魚についても料理法を尋ねてみると煮たり焼いたりが多いようだ。刺し身は一般的ではないらしい。

 それに天ぷらやフライも存在しないようだ。

「これはどうやって食べるんです?」

 キスに似た魚を指差し尋ねる。

「おいおい、こいつは人間が食べるもんじゃねえんだ。延縄はえなわ漁をやってる奴らが餌に使うんで持って帰っただけだ」

 もったいない。これがキスと同じ味なら天ぷらにすれば、絶対に美味しいはずである。


「ちょっと試したい料理法があるんで、二〇匹ほど下さい」

「いいけど、こんなもんでいいのか」

「はい。いくらになりますか?」

「金はいいよ。どうせ漁師仲間にタダでやるつもりだったんだ」

「ありがとうございます」

「ああ、美味かったら、今度食べさせてくれ」

「分かりました」

 キスモドキはクセルと呼ばれている魚らしい。


 二〇匹のキスモドキを持って帰路に就いた。途中で食用油と卵、レモンに似た柑橘類を買って帰った。

 家に帰ったリカルドにモンタが駆け寄り身体をよじ登る。

「リュカ……オキュエリ」

 

 モンタは小型の猫ほどに成長し、数日前から言葉を喋れるようになっていた。

 まだまだ片言の言葉だが、モンタは得意げである。

 前はリカルドから離れると寂しがっていたのだが、最近ではセルジュやパメラと一緒に遊び回り、一人でいる時は近所の屋根の上を飛び回って遊ぶようになっていた。近所の人々もユニウス家のモンタだと知っているので可愛がってくれているようだ。

 モンタの頭を撫でていると母親のジュリアが出てきた。

「お帰り、販売店の方はどうだった?」

 ジュリアが中華まん販売店のことを確認した。

「明後日には商売を始められるって聞いたよ」

「そう、明日から準備をしなくちゃね。……あらっ、それは何?」

「魚だよ。ちょっと食べたい料理があって貰ってきたんだ」

「へえ、どんな料理なんだい?」

「油を大量に使う料理だよ」

「へえ、手伝うよ」

 リカルドはキスモドキの鱗を取り、頭を落とすと腹を割いて内臓と骨を取り開きにした。

 塩を振りしばらく置く。

 ジュリアに手伝ってもらっても二〇匹を処理するのには時間が掛かった。


 卵と水と小麦粉で天ぷら衣を作る。日本で自活していた時は、天ぷら衣は片栗粉やベーキングパウダーを使っていた。この世界にはないものだ。

 鍋に油を入れ加熱する。十分に温まったところでキスモドキに天ぷら粉を付け油に投入した。

 ジューッ、ジュワジュワと独特の音が響いた。

 その音を聞き、セルジュが厨房に来た。

「何してるの?」

「美味しいものを作ってるのよ」

 セルジュは喜んだ。その姿を見て子供にキスの味が判るだろうかと不安になる。

 油に浮かんだキスモドキはきつね色に上がっている。油から引き上げ、油を切って味見する。

「アッ、アッ……美味い」

 サクサクした歯ざわりとさっぱりした旨味が口に中に広がった。何だか昔食べたキスの天ぷら以上に美味しい気がする。

「お兄ちゃんだけ、ズルい」

 仕方ない。三つほどキスモドキを油に入れる。出来上がったキスモドキの天ぷらをジュリアとセルジュに渡す。

 火傷しないように気を付けながら食べた二人が満面の笑顔になった。

「すっごーく美味しい」「美味しいわ」

 それを見ていたモンタが食べたいと騒ぎ出す。大きくなって胃袋も頑丈になったのだろうか、最近は何でも食べたがるようになっていた。


2017/10/14 誤字脱字修正

2017/11/10 修正

2017/11/27 修正

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