scene:53 騒ぎの結末
リカルドは冥界ウルフの姿を探した。
「あのデカイ狼はどこへ行ったんです?」
サムエレ将軍は太守閣の扉が千切れ飛んでいるのに気付いた。
「拙い、冥界ウルフが建物の中に侵入したようだ」
生き残った近衛兵と宮廷魔術士の姿がない所を見ると、魔獣を追って太守閣の中に居るのだろう。
イサルコが倒れている近衛兵の様子を確認した。半数は死亡していたが、残りは生きていた。
「タニア、生きている近衛兵に応急処置を施せ、リカルドは私に付いてこい」
応急処置を始めたタニアを残し、リカルドたちは中に入った。悲鳴が聞こえ、サムエレ将軍が剣を抜き小走りに駆け出す。
広い通路の先に広間があり、そこに冥界ウルフが居た。一人の宮廷魔術士を口に咥えている。
冥界ウルフが生きているのを見て意外に思った。
「宮廷魔術士が居るのに、何で仕留められずにいるんだ」
宮廷魔術士は魔術士の中から選び抜かれた精鋭のはずだった。全員が上級魔術の遣い手だと聞いていた。
「あいつらは縁故採用で宮廷魔術士になり魔術研究だけをしている奴らだ。腕利きは城の外で魔獣退治をしている」
サムエレ将軍が冥界ウルフを睨み付けながら吐き捨てるように言った。
宮廷魔術士たちの顔をよく見ると青褪めた顔をしている。戦い慣れていないのだろう。
冥界ウルフの体には魔術による切り傷や火傷の痕が無数に付いていた。へっぴり腰の宮廷魔術士たちが近衛兵の後ろから魔術を放ち冥界ウルフにダメージを与えたようだ。
室内では強力な魔術が使えず苦戦しているらしい。冥界ウルフのようなタフな魔獣を倒すには、上級魔術が必要なのだが、室内で強力な魔術を発動すると術者自身もダメージを受ける可能性が高い。
しかも、ここに居る宮廷魔術士は【地】の魔術を得意とする者がほとんどで、室内だと地面を利用する【地】の上級魔術が使えず、中級魔術である【爆散槍】を連発するしか手がなかったようだ。
盾を持つ近衛兵が冥界ウルフを取り囲み牽制していた。その背後では宮廷魔術士が魔術の準備をしている。
冥界ウルフが口に咥えている宮廷魔術士を振り回し、壁に向かって放り投げた。
近衛兵の一人が弓を持ち矢を放った。至近距離で射られた矢は冥界ウルフの背中に命中したが、深く刺さらずポロリと矢が床に落ちた。
冥界ウルフほどの魔獣になると弓矢は通じない。それを判っているのに攻撃せずにはいられなかったようだ。
「リカルド、仕留められるか?」
イサルコの質問に簡潔に答える。
「近衛兵が邪魔です」
それを聞いたサムエレ将軍が行動を起こした。
「魔獣を壁際に追い込む。そちらを囲んでいる近衛兵は移動しろ」
リカルドは魔功銃をイサルコに預け。
「そいつで奴の耳を狙ってください」
耳なら衝撃波によるダメージが大きいと考えたのだ。
イサルコは魔功銃で冥界ウルフの耳を狙って撃った。
冥界ウルフが嫌そうな顔をして後退する。サムエレ将軍も魔功銃を取り出し、巨大狼の耳を狙い始めた。
イサルコとサムエレ将軍が協力して冥界ウルフを壁際に追い込んだ。
その間に、リカルドはデスオプロッドを取り出す。この魔成ロッドは等級で言うと二級に相当し、上級上位の魔術である【陽焔弾】にも耐えられるロッドだった。
イサルコはデスオプロッドをチラリと見て声を上げそうになった。それが尋常な魔成ロッドではないと判ったからだ。
ロッドの表面に形成されている鱗の一つ一つに大きく複雑な雪華紋が浮き出ており、芸術品のような美しさが有ると同時に、禍々しいほどの力を感じたからだ。
リカルドが大量の魔力をデスオプロッドを通して放出し、そこに高価な触媒を撒く。魔力が励起し真紅に染まった。デスオプロッドの先端を冥界ウルフの頭へと向ける。
リカルドは呟くように小さな声で呪文を唱えた。
「ファナ・ラピセラヴォーン・スペロゴーマ」
デスオプロッドの周りを渦巻いていた真紅の魔力が、その前方に集まり始め凄まじく高温で直視できないほど眩しい光の玉が生まれ冥界ウルフに向かって飛翔する。
危険だと感じた冥界ウルフが逃げようとしたが、陽焔弾の凄まじい速度と宮廷魔術士から負わされたダメージによって逃げられず巨大狼の頭に命中した。超高温の陽焔弾はその頭を灰に変え、背後の壁も溶かして外に飛び出すと空中に消えた。
冥界ウルフの巨体が広間の床にドタッと倒れると歓声が上がった。
イサルコと将軍がリカルドの傍に寄り。
「よくやった」
「素晴らしい魔術だ」
将軍がハッと何かを思い出したような顔をした。
「陛下の様子を見てくる」
サムエレ将軍が消えると怪我をした近衛兵や宮廷魔術士の痛みを訴える声が上がった。
「負傷している者を治療部屋に運ぶぞ」
近衛軍の中隊長らしい指揮官が指示を出す。
近衛兵達が広間から去ると宮廷魔術士とリカルドたちだけが残された。
イサルコは宮廷魔術士に問い掛ける。
「こいつがどこから来たのか知っていますか?」
「いや、初めは施政事務館近くに現れたと聞いているが、どこからと言われると判らん」
宮廷魔術士の一人が答えてくれた。
「施政事務館へ行ってみよう」
イサルコが提案したので、広間を出て施政事務館へ向かう。
施政事務館は太守閣の南西に在り、歩いて三分ほどの距離だった。途中は陛下が散歩する庭園となっており、色とりどりの花が咲いている。
庭園の脇に物置のようなものが建っていた。庭園を整備する道具が置いてあるのだろう。
イサルコが物置の方へ視線を向けた。二人の男が人目を避けるようにして物置に近付いている。
「怪しいな」
「そうですね」
リカルドたちは怪しい二人組に近付き声を掛けた。
「何者だ?」
二人組の一人が舌打ちするのが耳に入った。
「俺たちは庭師です」
イサルコは近付いて二人を観察した。頬に大きなホクロがある男の袖口に血が付いている。
「その血は何だ?」
イサルコの質問で、二人組は険しい表情になった。
そして、ホクロ男が隠し持っていた短剣を抜いた。
「こいつらを始末するぞ」
もう一人の眉毛が太い男も懐から短剣を出し構える。
「貴様らだな。冥界ウルフを召喚したのは」
イサルコが怒りの籠もった声を上げた。
曲者二人は黙ったままジリジリと近付く。
リカルドは予備の魔成ロッドを取り出した。デスオプロッドだと殺してしまうと判断したのだ。できれば二人を生きて捕らえ、尋問したい。
その考えは浅はかだったとすぐに思い知らされた。
曲者二人は手練れだった。踏み込まれたホクロ男の短剣がリカルドの首を目掛けて伸びてくる。
「オワッ」
必死で飛び退き短剣を躱す。ホッとする暇もなく、短剣が腹を目掛けて突き出された。魔成ロッドで短剣を打ち払おうとしたが、躱される。
リカルドは距離を取って、魔術を発動する時間を作ろうとするが、曲者は執拗に追撃してきて、その隙を与えない。
男の短剣が連続して襲い掛かり、リカルドは何とか躱した。
アントニオを鍛えた時に、【倍速思考】を使って鍛えたが、ついでに自分も鍛えたことが功を奏したらしい。
生き残ったら、【倍速思考】を使って本格的に鍛えてみようと決心した。
「ヒャア」
男がいきなり短剣を投げたので、驚いて変な声を上げてしまった。何とか魔成ロッドで短剣の軌道をずらし避ける。
「チッ、俺の投擲を躱すとは……」
そんな言葉を口にする男に、リカルドは言い返す。
「ふん、唯一の得物を投げるとは馬鹿ですね」
男はニヤッと笑って懐から、ペンダント型収納紫晶を掴み出し、収納紫晶から一本の短剣を取り出した。
「世の中には便利なものがあるんだ」
リカルドは愕然とした。自分が作った収納紫晶で窮地に陥るとは思っていなかったのだ。
非常に拙い状況だ。あの投擲は何度も躱せるものではなかった。
その頃になって、やっと魔功銃のことを思い出した。ホルスターから魔功銃を抜き取るとホクロ男の下半身を目掛けて魔功銃を発射した。
衝撃波はホクロ男の下腹に命中したようで、短剣を取り落とし下腹を押さえたホクロ男が倒れた。
リカルドはイサルコがどうなったか振り返る。
イサルコともう一人の曲者が戦っていた。魔術を出す暇を与えない曲者の戦い方は素人のものではなかった。
リカルドは魔功銃の狙いを定めようとする。動き回る曲者に狙いを定めるのは難しい。曲者が一瞬だけ止まった。魔功銃の照準を曲者の足元に合わせ引き金を引いた。
曲者は足をもつれさせ地面に倒れた。男は起き上がろうとしたが、足が言うことをきかない。男の足は、衝撃波により筋肉と神経がズタズタになっていた。
イサルコは倒れている男から短剣を取り上げ、物置にあった縄で縛り上げた。
リカルドが下腹を撃った男は白目を剥いて気絶していた。
その後、近衛兵が飛んできて二人組をどこかへ連れていった。
将軍の命令で、近衛兵たちは物置の隅々を調べ始めた。
「あったぞ!」
物置を調べていた近衛兵の一人が叫び声を上げた。物置の下に地下道へ通じる抜け道が作られていた。
サムエレ将軍は部下に地下道を捜索するように命じた。この捜索により二人の不審者を発見した近衛兵は戦いとなり、犠牲者を出しながらも二人の不審者を倒した。
アルチバルド王は執務室にサムエレ将軍と宮廷魔術士長ヴィットリオを呼び出し状況を尋ねた。
「王都に現れた魔獣は、宮廷魔術士たちの活躍により一掃しました」
ヴィットリオが誇らしげに報告した。
サムエレ将軍は苦々しげに宮廷魔術士長を睨んだ。わざと近衛兵の働きを無視している。嫌な奴だ。
「宮廷魔術士も近衛軍もご苦労であった。ところで城に現れた魔獣を、魔術士協会の者が仕留めたそうだな」
宮廷魔術士長が顔を強張らせ。
「あれは宮廷魔術士達が魔獣を弱らせたところに現れ、止めを刺しただけでございます」
「そうなのか」
これにはサムエレ将軍が異議を挟んだ。
「確かに我々が広間に入った時、魔獣は手傷を負っておりましたが、致命傷には程遠く宮廷魔術士たちも手子摺っていたように見えました」
宮廷魔術士長がムッとした顔をする。
「我々宮廷魔術士を侮辱するつもりなのかね」
剣呑な雰囲気が漂い始める。
「止めよ。魔獣を弱らせた宮廷魔術士も、仕留めた魔術士協会の者も大儀であった。両者に褒美を用意させよう」
アルチバルド王は顔を顰め言った。
「街はどのような状況であるか申せ」
国王の要望にサムエレ将軍が答える。
「ホーン狼やウルファルが現れた港や貴族たちの屋敷は、それほど被害はありませんでした。ただ、牙猪が暴れた商店街と炎獄トカゲが現れた工房街は被害が大きかったようです」
工房街で幾つかの織物工房が焼け落ち、数十名の死者が出たと報告すると、国王は沈痛な顔となる。
「何の目的で、このような暴挙を行ったのか判ったか?」
「いえ、捕らえた下手人の口は堅く一向に黒幕も目的も吐こうとしません」
そこに側近であるアルフレード男爵が駆け込んできた。
「陛下、大変でございます」
「何事である」
「宰相殿が殺されておりました」
「な、何じゃと!」
国王はもちろん、サムエレ将軍も顔色を変えた。
宰相は王国を支える大きな柱の一本であり、掛け替えのない人物だった。
宰相が殺された事実が城に広がると城の内部が騒然となった。
少し遅れて宰相の死を知ったリカルドたちは、敗北感を覚えた。
「この騒動の狙いは宰相だったのでしょうか?」
リカルドたちと合流したタニアがイサルコに質問した。
「今から考えるとそうだったようだ。街に魔獣を召喚したのは近衛兵と宮廷魔術士を城から出し、城の防備を薄くするためだったのだろう」
宰相は城の貴老館で生活していたので、こういう方法を取ったのだ。もし、他の重臣のように街の屋敷から城に通っていたのなら、屋敷の方を襲撃していたに違いない。
リカルドたちは役目が終わったと判断し帰ることにした。
城を出て魔術士協会へ向かう途中、煙を上げている工房街が目に入った。微かに子供が泣いている声が聞える。
リカルドの心の中に怒りと同時に何とも言えない悲しみが湧き起こった。
「権力者同士の争いなど関係ないと思っていたのに……酷過ぎる。王族や貴族じゃない一般人だって同じ人間なのに……」
「王太子様さえ王都にいらっしゃれば、こんなことにならなかったのだ」
イサルコが愚痴るように言った。
国王から嫌われているガイウス王太子は、相変わらずヨグル領で魔獣の相手をしていた。
魔境門近くで魔獣が増加している状況が収束するまで、王都に戻るなと陛下から言われているそうだ。
「イサルコ理事、魔術士協会では何かできないのですか?」
「何かとは何だ?」
「復興支援みたいなことです」
イサルコは他の理事や理事長の顔を思い出し首を振った。
「難しいな。他の理事たちはそういうことに無関心だから」
魔術士協会は魔術を発展させ社会に役立てようと集まった魔術士たちにより設立されたと記録に残っている。偉大な先達の理想は忘れられ、現在の魔術士協会は間違った方向へ向かっているように思える。
王都の街並みが赤く染まり始めた。
イサルコとタニアは魔術士協会へ向かうというので途中で別れ、リカルドは家に向かった。
急ぎ足で家路を辿ると家に明かりが点いているのが見える。
「ただいま」
この家に避難していた子供や主婦は自分たちの家に帰ったようだ。
「リカルドお兄ちゃん」
パメラがトテトテと走ってきてリカルドに抱き付いた。モンタも飛び付いて肩によじ登りもふもふの頬をリカルドの顔に擦り付ける。
何だかホッとする。パメラを抱き上げダイニングルームへ向かった。
何事もなかったかのように寛いでいる家族の姿があった。今回の騒ぎで家族の中から犠牲者が出なかったことを神に感謝する。
ここまでで『第2章 雑務局の魔術士編』は終了です。
次回からは新章になります。
2017/10/2 誤字修正
2017/12/11 誤字修正




