scene:49 犯罪者の末路
エミリア工房に戻ると、ベルナルドとエミリアが雑談を交わしていた。
リカルドがメルザリオ商会について何か知っていないか二人に尋ねると魔術道具を商っている評判の良くない商人だと教えてくれた。
「メルザリオには気を付けた方がよろしいですぞ。中々の食わせ者だと聞いていますから」
ベルナルドがメルザリオの名前を聞くと顔を顰めていたので、相当あくどい商売をしているようだ。
「もしかして、魔動スクーターを盗まれた件が関係しているの?」
エミリアがリカルドに尋ねた。
「たぶん、そうじゃないかと思うんですけど、証拠があるわけじゃないから」
ベルナルドが深く考え込んでから口を開く。
「魔術道具を商っているのなら、魔術工房を一つや二つ所有していると思うのですよ」
魔術工房の主であるエミリアも同意する。エミリア工房は独立系の魔術工房だが、商会の系列下に組み込まれている魔術工房も数多く在る。
「魔動スクーターが持ち込まれるとしたら、そういう魔術工房かな」
エミリアが予測を口にする。それを聞いて、ベルナルドが。
「私が探しましょう。ちょっと調べれば、メルザリオ商会が何という工房と繋がりがあるかなど、すぐに判ります」
「ありがとうございます」
ベルナルドに感謝の言葉を言い、見付かったらどうするかを考える。
「サムエレ将軍に任せた方がいいんじゃないの」
エミリアが後ろ盾の一人となっているサムエレ将軍の名前を挙げた。
「……でも、万が一間違っていたら拙いですから」
次の日、アントニオに【治癒】の魔術を施してから家を出る。アントニオの身体は今日一日寝ていれば完全に元に戻りそうだった。
今日のリカルドは魔術士のローブではなく、普通の子供のような格好をしている。但し、一つ違うのはショルダーバッグの中に入っているモンタの存在だった。
メルザリオ商会へ行ったリカルドは、店の周辺を調べ張り込みに適した場所を探した。メルザリオ商会の斜め前に『茶房』と呼ばれる店があった。
紅茶や緑茶などと焼き菓子を客に供する店で、喫茶店と似た経営形態の店である。
その店に入ったリカルドは窓際の席に座り、紅茶を頼んだ。
子供一人で紅茶を頼んだリカルドに、女性店員が変な顔をしていた。ただリカルドの着ている服が、それなりに高級なものだったので追い出されはしなかった。
紅茶三杯を頼んで二時間ほどメルザリオ商会を監視した。この頃になると張り込みをしようと思ったことを後悔するようになっていた。……守備隊に任せた方が良かったかな。
「オッ、あれが商会長のメルザリオか」
メルザリオ商会から身なりの良い初老の男が出てきた。店の者が見送っていたので商会長だと思われる。
リカルドは茶房を出るとメルザリオの尾行を始めた。
商会長らしき男はバイゼル城近くに在る貴族の屋敷に入っていった。紋章を見るとメルビス公爵のものである。
「あの商会長、メルビス公爵とも親交があるのか。対応が難しくなったな」
ロマナス王国には三人の王が居ると言われている。もちろん、一人目はアルチバルド王である。但し全盛期を過ぎた王家の力は衰退し、王が領地を持つ貴族へ命令を出すことが難しくなっていた。
二人目は東部に広大な領地を持つメルビス公爵である。王都の軍隊に匹敵する兵力を持ち、東部の貴族たちに対し絶大な支配力を持つ東の女王と呼ばれる存在だった。
三人目は北部に広大な領地を持つオクタビアス公爵である。北の交易王と呼ばれるオクタビアス公爵は、西隣のトリドール共和国と太いパイプを持ち、大規模な交易を行い莫大な財力を保持していた。
王に匹敵する力を持つメルビス公爵と親交があるメルザリオ商会が相手となると慎重に事を進める必要がある。
「仕方ない。サムエレ将軍に頼むか」
思い掛けない大物が出てきたので、リカルドは慎重になった。
一方、メルビス公爵の屋敷に入ったメルザリオは、メルビス公爵家の魔術士アルベルトと会う。
公爵とは面識が無かったが、前に一度アルベルトに仕事を依頼したことがあり、旧知の仲だった。
屋敷の応接室に通されたメルザリオは、魔獣の毛皮で覆われたソファーに座り、上席魔術士の一人であるアルベルトと相対した。
「ご用件は何です?」
三〇代後半のほっそりした魔術士であるアルベルトは、温和な表情を浮かべ尋ねた。
「実はある魔術道具を偶然手に入れ商会の下請け工房に調査させていたのですが、その核となる部品に保護処置が掛けられており調査が進まなくなったのです」
アルベルトは薄っすらと笑いを浮かべ。
「なるほど、その保護処置を解除してほしいということですか」
「はい、アルベルト殿は因子文字の大家ですから、お願いできないものでしょうか」
アルベルトは魔境で発掘された古代魔術道具を調査し、幾つか復元することに成功している。そのことを知ったメルザリオは、以前にも魔術道具に掛かっている保護処置を解除する仕事を頼んでいた。
「ふむ。どのような魔術道具です?」
メルザリオは躊躇い。
「お引き受けくださるのでしょうか。そうでなければ、お教えできかねます」
アルベルトが眉をへの字に曲げ、軽くメルザリオを睨む。
「私が信用できないと言われるのなら、お引き取りください」
「いえ、信用はしております」
メルザリオは慌てたように返答してから、少し考え。
「手に入れた魔術道具というのは魔動スクーターと呼ばれているものなのです」
アルベルトは一瞬驚いたような顔をした。
「もしかして、あの奪われた魔動スクーターをメルザリオ殿がお持ちだと」
上席魔術士の目が険しくなった。
「決して、私が奪ったものではございません。ある貴族の方からお預かりしたものです」
メルザリオという商人は信用できないと思っていたが、魔動スクーターに興味があったアルベルトは引き受けた。
リカルドはモンタと雑談しながら公爵の屋敷を見張っていたが、時間が経ってもメルザリオが出てこないので、一旦帰ることにした。
「張り込みって難しいものなんだな」
「モキュキュ、キュキュキャ」(モンタが中を見て来ようか)
「メルザリオが工房に行ったら、中を調べてもらうつもりだったけど、この屋敷には警備の人たちがたくさん居るから駄目だよ」
「キュキャキュ」(そうなの)
仕方なく家に帰ろうと五分ほど歩いた頃、前方に人垣が見えた。何だろうと近付いてみるとガラの悪い連中同士が喧嘩をしていた。
この王都では、武器を使った喧嘩は守備隊が取り締まる対象としていた。故に素手による殴り合いの喧嘩が多いそうだ。
六人ほどが喧嘩をしていた。見ていて気付いたのだが、蹴りを使う者が一人も居ない。体当たりや投技は使っているようであるが、蹴りを使う者は皆無だった。
「だったら蹴り技は有効かもしれないな」
アントニオに蹴り技を教えたら強くなるかもと思った。
家に帰るとセルジュがパタパタと駆けてきて、体当りするように抱き付いた。
「リカルド兄ちゃん、ベルナルドさんの使いの人が来たよ」
ベルナルドが使いを寄越し、リカルドに店へ来るよう伝言を伝えたらしい。
「分かった。後で行くよ」
まずは腹が減っているので食事だ。
母親のジュリアは中華まんの販売をしているらしく、厨房には一緒に商売をしているベアータが、皆の昼食を作っていた。中華まんの商売が繁盛するようになると、参加している主婦たちは家族の食事を用意する時間が取れなくなった。
そこで主婦たちは話し合い、交代で食事を用意する係を決め、昼の食事だけは一緒のものを食べるようになったのだ。
「ベアータおばさん、今日の昼食は何?」
「アレッ、リカルド君は帰ってきていたの。今日はアヒル肉と野菜の煮物に煮豆よ」
この国では鶏ではなく、アヒルに似た鳥を飼育している農家が多い。そのため、アヒル肉が安く手に入るようなのだ。
昼食を済ませ、ベルナルドの店に向かった。
店ではベルナルドが待っており、リカルドの姿を見ると笑顔で迎えてくれた。
「メルザリオの工房が判りましたよ」
「どこです?」
「奴は魔術工房を二つ持っているのですが、どうやら港と商店街の中間付近に在る工房が怪しいですな」
もう一つの工房は商店街の近くに在り、人目が多い場所なので除外したようだ。
ベルナルドから詳しい情報を聞いたリカルドは、その工房へ向かった。
小さな工房が密集している場所に、目的の工房が在った。
周りの工房より、少し規模が大きく古ぼけた工房である。二メートルほどの塀で周りが囲まれており、外からは中の様子が分からないようになっていた。
リカルドは周囲を見回し人が居ないのを確かめてから、ショルダーバッグのモンタに話し掛ける。
「モンタ、中に入って魔動スクーターがあるかどうか確かめてくれ」
「キュキャ」(了解)
モンタは塀に跳び上がり、そこから屋根へと飛び移った。
中に入り込めるような隙間を探したモンタは、天井付近に在る明り取りの小さな窓の格子が壊れているのに気付き、そこから中に入った。
モンタは柱と柱の間に渡されている桁を通って部屋の中央まで行き下を覗いた。
中では、二人の男が魔動スクーターを囲んで話していた。
「クーッ、駄目だ。大体の仕組みは判ったが、肝心の動力源と左のレバーから繋がる装置の役割が分からん」
木製の部分を分解し時間を掛け調べたが、どうしても理解できない部分が残った。
「親方でも分からない魔術道具があるんだ。エミリア工房は凄えな」
二人は親方と弟子らしい。
モンタは魔動スクーターの存在を確かめると引き返そうとした。その時、モンタが動いたことで桁に積もっていた埃が落ち、親方の頭に掛かった。
「何だ?」
親方が上を見上げ、モンタの姿を見た。
「ウワッ、でけえネズミだ」
「キュキャ」(ネズミじゃない)
モンタはプンプンと怒りながら逃げ出した。外に出たモンタはリカルドに抱き付き訴える。
「キャキュエ、キャキュエキャ」(ネズミだって言われた)
リカルドには何が起こったのか分からなかったが、モンタを慰めてから中の様子を尋ねた。
「キュキキャ、キュキャ」(見付けた。中にあった)
モンタが中に魔動スクーターがあったことを知らせてくれたので、サムエレ将軍に知らせ守備隊に命じてもらうことにした。
翌日、守備隊がメルザリオの工房を制圧し、親方と弟子、それにメルザリオとアルベルトを捕縛した。
この時、証拠として魔動スクーターを押さえたので、言い逃れはできなかった。
守備隊に尋問された二人の魔導職人は、魔動スクーターを持ち込んだのが、ドナデル侯爵の次男ファーゴだと白状する。
サムエレ将軍はファーゴの捕縛に動いたが、ドナデル侯爵の屋敷からファーゴは消え失せていた。
将軍はリカルドを呼んで、メルザリオの捕縛からファーゴを取り逃すまでの状況を説明してくれた。
「守備隊がもう少し早く動いていたら、ファーゴを捕らえられたのだが、どうやら領地に逃げてしまったようだ」
「メルザリオたちはどうなるのですか?」
「財産を没収され、王都から追放されるだろう。但しアルベルトという魔術士は、偶然居合わせただけのようなので釈放された」
メルビス公爵家の人間である魔術士アルベルトについては、公爵との関係を悪化させたくない王家の意志が働き、すぐさま釈放となったらしい。
一方、間一髪で守備隊から逃れたファーゴは、第一南門に近い下町の飲み屋で管を巻いていた。その相手はアントニオを襲った四人のならず者である。
「クソッ、何故こんなことになったんだ」
ファーゴは自業自得という言葉を理解していなかった。
「どうやら、あの魔術道具の発明者がサムエレ将軍に頼んで守備隊を動かしたらしいですぜ」
「何だと……高が魔術士の分際で」
ファーゴはリカルドに対する罵詈雑言を吐き始めた。
ならず者の一人ボイズがファーゴに尋ねる。
「ファーゴ様、これからどうなさるんで?」
「ほとぼりが冷めるまで、領地で静かにしていろと父上から命令があった」
「へえぇ、このまま領地に帰るんですかい」
「このまま帰るだと……いや、リカルドとかいう小僧に仕返しせねば」
「しかし、相手は魔術士ですぜ」
「ふん、僕も魔術士だ」
「そうでしたね」
「そうだ、お前たちも手伝え。父上から路銀をたっぷりと貰ったから、報酬は弾むぞ」
「オッ、いいですね」
その夜、安酒をたっぷりと飲んだファーゴは飲み屋を騒がせ続けた。
翌々日、リカルドは飼育場へ行くために第二南門へ向かった。
第二南門を潜り抜け海の方へ曲がろうとした時、五人の男に待ち伏せされていたのに気付いた。
状況がアントニオの時と全く一緒なので、誰の仕業か判った。
魔術士風の服装をした男を睨み付け。
「あんたがファーゴか」
「そうだ。よく判ったな」
「何の用です?」
「決まっている。貴様にお返しをしなきゃ気が収まらないんだ」
「何を言っているんだ。貴様らが最初に兄さんを傷付けたんだろう」
「ふん、高が平民を一人怪我させたくらいがなんだ」
その言葉を聞いて、リカルドの心に怒りの炎が点火した。
「馬鹿なことは止めろ」
「馬鹿だと、この生意気な糞ガキが……こうなったら罰を増やさなければならないな。お前を殺した後、お前の家に火を付けてやるよ」
リカルドはセルジュやパメラ、ジュリアの顔を思い出し、腸が煮えくり返るような怒りを覚えた。
その時、リカルドの眼は復讐者の眼になっていた。
ファーゴが薄笑いを浮かべ命令する。
「お前たち、こいつを叩きのめせ。だが、殺すなよ。止めは僕のものだからな」
ならず者の四人は剣を抜かず棒を構え、リカルドを取り囲んだ。
リカルドは背中の鞘からデスオプロッドを引き抜いた。
綺麗な雪華紋が並ぶデスオプロッドに魔力を流し込むとロッドから低い振動音が響き始める。
「何だ、それは?」
ファーゴが目を細めてデスオプロッドを見る。
リカルドは答えず、背後に回ったならず者にデスオプロッドを見舞った。そいつは棒でデスオプロッドを受け止めようとしたが、凶悪な威力を秘めたロッドは棒を簡単に粉砕し、頭にロッドが減り込んだ。
ロッドの威力は脳を破壊し息の根を止めた。
「やりやがったな」
次々にならず者が襲ってきた。リカルドは攻撃を躱しデスオプロッドを振るう。
デスオプロッドの威力は尋常なものではなかった。ならず者の身体に直撃すれば肉が弾け飛び、大きく抉った。
最後に残ったボイズが助けを求める。
「ファーゴ、何してるんだ。魔術を使えよ」
ファーゴが慌ててロッドを取り出す。魔成ロッドのようだ。
ボイズは棒を捨て、剣を抜いた。
剣を構えたボイズを、リカルドは冷たい目で見てからホルスターから魔功銃を取り出した。
ゆっくりと銃口をボイズに向け引き金を引く。
魔功銃から発射された衝撃波はボイズの胸に命中し心臓をズタズタにした。ボイズは口から血を流しながら、朽木のようにバタッと倒れた。
ファーゴは顔を青褪めさせ泣きそうな顔をしている。
触媒を取り出そうとしているが、指先が震え上手く取り出せないようだ。
「家に火を付けるとか言っていたね」
リカルドの声は冷たく、聞いた者を震え上がらせるような響きを持っていた。
「ウワーッ」
恐怖で頭が回らなくなったファーゴは、魔成ロッドでリカルドを叩こうとした。
もう一度魔功銃の引き金が引かれた。魔功銃の衝撃波はファーゴの頭に命中し脳を掻き回す。
ファーゴは白目を剥き、鼻から血を流して倒れた。




