scene:48 アントニオの装備
レビューを頂きました。
ありがとうございます。
アントニオは治療院から家に戻ったが、怪我が完全に治ったわけではない。完治には五日ほど掛かると治療院の神官から言われていた。
神官の魔術により折れた肋骨二本を繋いでもらったが、その部分は脆くなっており治療の継続が必要だそうである。
安静にして一日一回【治癒】の魔術を掛ければいいらしいので、家でリカルドが【治癒】の魔術を掛けることにした。治療院に入院し神官から【治癒】の魔術を掛けてもらうと五日で金貨二枚は必要だと聞き、アントニオが帰ると言い出したのだ。
金のことなど心配しなくてもいいのにとリカルドは思ったが、結局家で治療することになった。
一方、怪我をして戻ったアントニオを見て家族の皆が心配した。
「本当に大丈夫なの?」
寝台に横たわる包帯を巻いた息子を見たジュリアは心配そうに尋ねた。
「大丈夫だよ。神官様も五日したら完治すると言っていたから」
セルジュとパメラもアントニオの姿を見て不安そうな顔をする。
「そんな顔をするなよ。お兄ちゃんは大丈夫だから」
パメラがアントニオの手を握り目に涙を浮かべる。
「痛い?」
「少しね。でも、すぐに治るから大丈夫だよ」
アントニオの言葉を聞いたセルジュとパメラは安心したようだ。
その様子を見て、再びリカルドの心の中に怒りが湧き起こった。
「リカルド、顔が怖いぞ。犯人は守備隊が捕まえてくれるから任せるんだ」
アントニオの言葉で少し怒りが収まった。
「……そうする」
自宅療養を続けている間に、アントニオを強化する方法を考えた。
以前、どういう人になりたいか尋ねた時、アントニオは妖樹飼育の第一人者になりたいと言っていた。そういう兄を魔術士タイプとして鍛えても意味がないと思う。
但し妖樹の飼育に必要な【命】の魔術は習得してもらう必要があった。
その【命】の魔術の中に【倍速思考】と呼ばれる魔術がある。この魔術は魔術士からは評価されていなかった。速くなるのが頭の中の思考速度だけで、それも五分ほどという制限があるからだ。
リカルドは【倍速思考】を使ってアントニオを鍛える方法を思い付いた。
家の庭に出たリカルドは試しに自分に掛けてみる。
「グロリー《命よ》・ジュベロファミ・バリゲシュメイ」
その瞬間、向こうから走ってくるモンタの動きが遅くなった。スローモーションで見ているような感じになっている。足を一歩踏み出そうとすると思った通りに身体が動かないのを知った。
いつものように歩こうとしているだけなのに足がスムーズに動かない。水中で身体を動かしているような変な感じである。
その状態で五分間身体を動かしてみた。感覚と身体の動きが一致しないので、慎重に筋肉を制御しないとバランスを崩したりする。
二本足で立ったモンタが首を傾げながら尋ねる。
「キュカ、キュエキュ」(リカ、何してるの?)
モンタの鳴き声も普通とは違って聞こえた。
「ちょっと変わった魔術を試しているだけだよ」
「キュカケ」(動きが変だよ)
「そういう魔術なんだ。心配しなくていいよ」
「キュエ」(分かった)
五分が経過し感覚と思考が元に戻った。短時間だったにもかかわらず全身の筋肉に疲労を感じる。倍速になった思考に合わせ身体を動かそうとして無理をしていたらしい。
「この訓練を続けたら速く動けるようになるんじゃないか」
独り言を言いながら【倍速思考】の効果を脳裏に思い浮かべる。武術の達人などは無駄が一切ない動きをするという。そういう無駄を省いた動きで攻撃されると避けられないと聞いた覚えがある。
【倍速思考】を使って修行すれば筋肉を鍛えながら、無駄な動きをなくす訓練も可能だという結論に辿り着いた。
その日は何度も【倍速思考】を発動し、シャドーボクシングの要領で仮想敵を相手に戦闘訓練をしてみた。その訓練の中で無駄のない動きという目標に沿って何度も同じような動作を繰り返し、少しずつ動きを修正していく。
一時間ほどの訓練だったが体力を使い尽くして止めた。
翌朝、リカルドが起きると全身が筋肉痛になっていた。
「イタタッ……なんだ、この筋肉痛……あの訓練のせいなのか」
寝台から立ち上がるのさえ強烈な痛みを感じた。特に足の筋肉が酷く傷んでいるようで、歩くのが困難なほどである。
訓練で起きた筋肉痛は【治癒】で治してはならないという論文を読んだ記憶がある。【治癒】は訓練を阻害するという内容だった。
どうやら【治癒】による治療は超回復と呼ばれる筋肉強化を阻害するようなのだ。
何とか食事を済ませ、魔術士協会へ向かう。
この頃には魔術士認定試験も終わり、リカルドは究錬局へ配置換えになっていた。貰った研究室は三階の角部屋である。マッシモは二階の部屋なのでほとんど顔を合わせることはないが、偶に顔を合わせると嫌な目付きで睨んでくるので辟易している。
究錬局の研究員に求められるノルマは二年に一回の論文提出だけだと知らされ、そんなもので良いのかとリカルドはホッとした。論文にするような研究テーマなら十数年分を溜め込んでいたからだ。
ちなみにオクタビアス公爵の三男レミジオも究錬局の研究員になった。冬に提出した論文が認められたらしい。
三階の部屋に入ったリカルドは殺風景な部屋を見回してから椅子に座った。
この部屋には机と椅子、それに本棚しかなかった。その本棚にも一冊の本も置かれていない。
「兄さんの防具はどうしようかな」
普段のアントニオは作業着としてトレーナーシャツのようなゆったりしたものとカーゴパンツのようなズボンをはいていることが多かった。
それに合わせようとするとハンティングベストのようなものがいいかもしれない。
「問題はどんな素材を使ってベストを作るかだけど、取って置きの奴を使うか」
リカルドが考えたのは冥界ウルフの革だった。それは普通の刀剣で切り裂けないほど丈夫な革で、かなり高価なものだ。
冥界ウルフを倒した時、死骸は討伐の証拠として城に持っていかれたが、皮と牙、爪は討伐したイサルコとリカルドに返されていた。
返された皮はすぐに鞣し革として保管していた。
その革を使ってアントニオのベストを作ろうかと考えたのだ。但し冥界ウルフの革はベストの裏地として使い、外見上は普通のハンティングベストのようにしようと思う。
「防具がベストだけというのも心細いな……バックラー……いや、篭手でも買うか」
普段は収納紫晶に入れておき、いざとなった時に篭手を取り出すようにすれば大丈夫だろう。
早速、篭手を買いに行くことにした。魔術士協会を出て商店街を西へと進む。最初に見付けた防具屋は貴族相手に商売をしているらしく綺羅びやかな装備しか置いていなかった。
宝石で飾られている防具に実用性はあるのだろうか。店の人に尋ねてみるとキラキラした防具は儀礼用のもので実戦では別のものを使うらしい。
どうやら間違った店に入ったようだ。すぐに出ると西へと進み、武器兼防具屋が在ったので入った。
ここの店は新品だけでなく中古も扱っているようだ。まずは新品の篭手を見てみたが、アントニオに合いそうなものがなかった。
それで念の為に中古品も確かめた。篭手は魔獣の革で作られたものが多く、代表的なのは牙猪の革を硬化処理して作られた篭手だった。
中古の篭手は傷物が多くアントニオに装備させるには不安があった。諦め掛けた時、無造作に積まれていた中古品の山の中に黒光りする篭手を見付ける。
「何だこれ?」
中古品の山の中から引っ張り出してみると魔獣の一部と革を使って作られた左手用の篭手だった。
十代後半の若い店員に尋ねてみた。
「これって、どういう篭手なんですか?」
その店員は首を傾げ。
「ああ、そこにあるものは、行商人が買い取ったものを仕入れたんで、素性がよく判らないんですよ」
店員も知らないようだ。だけど、魔獣の一部だと思われる部分に何となく見覚えがあった。……アッ、これは魔境で襲われた風切り鳥のくちばし部分だ。
「これは左手用だけしかないないようだけど、右手用は?」
店員は言い難そうに。
「その山の中になければ、左手用だけだと思います」
どうやらジャンク品だったらしい。値段を聞いてみると銀貨一枚だと言う。くちばし部分の傷みは擦り傷程度だが、革の部分がボロボロだった。
風切り鳥のくちばしを買うには金貨が必要なことをリカルドは知っていた。もちろん、即金で買った。風切り鳥のくちばしなら、鋼鉄に匹敵する強度があると聞いていたのに、持ってみるとアルミのように軽かったからだ。
リカルドはエミリア工房で知り合った革細工職人ウバルドの工房へ向かった。
ウバルド工房は小さな工房だったが、職人としての技術は高くエミリアも太鼓判を押していた。
「誰か居ますか?」
工房に入り声を上げると奥から声がして、異常に痩せた背の高い青年が出てきた。
「オヤッ、リカルド君じゃないか。どうしたんだい?」
リカルドはピョコッと頭を下げ。
「やってもらいたい仕事があって来ました」
「何だい?」
「ベストの製作と篭手の修理です」
リカルドは作ってもらいたいものを説明した。
「要するにベスト型の防具が欲しいんだな」
「そうです。素材はこれを使ってください」
ボロボロの篭手と冥界ウルフの革をウバルドに手渡すと目を丸くして驚かれた。
「こ、これは冥界ウルフの革じゃなのか」
「ええ、丈夫なものをお願いします」
ウバルドは実際に使うアントニオを工房へ寄越すように言った。サイズを測る必要があったからだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その頃、魔動スクーターを手に入れたファーゴたちは、メルザリオ商会の下請け工房でスクーターの仕組みを調べていた。
「どうだ、どうすれば動くのか判ったか?」
痺れを切らしたファーゴがメルザリオに尋ねた。
「それが全く新しい仕組みが組み込まれていまして、調べている魔導職人も頭を抱えているのですよ」
ファーゴが不機嫌になった。
「チッ……役に立たん奴らだな」
魔導職人はクラッチの仕組みを理解できず調査に行き詰まっていた。
「ここは時間を掛けてじっくりと調査するのが良いかもしれません」
「馬鹿を言うな。そんなことをしている間に、二台目、三台目が作られ珍しくもなくなってしまうぞ」
実際に二台目がエミリア工房で作られていると聞いているので、メルザリオは渋い顔になった。
「こんなことなら、そいつを奪った時に乗っていた男も連れてくれば良かった」
不穏なことを言い出したファーゴをチラリと見て、メルザリオは小さく溜息を吐いた。
「今更言っても仕方ございません。守備隊も犯人を探しておりますので、くれぐれも無謀な真似はお慎みください」
「ふん、実物が有れば仕組みが判ると言ったのは、お前ではないか。真似て作るどころか動かすことさえできないとは不甲斐ない」
ファーゴの言葉にメルザリオのプライドが刺激された。
「お待ちください。少し時間を頂きたいと言っただけでございます。ファーゴ殿がそれほどお急ぎなら何とか致しましょう」
「本当か。それなら少し待ってやろう」
ファーゴが工房から去った後、メルザリオは考え込んだ。
「誰か選んで、エミリア工房へ行かせるか」
そう呟くと足早に工房を離れた。
次の日、エミリア工房にリカルドとベルナルドが訪れていた。
ベルナルドは魔砲杖の注文が入ったので製作を依頼に来ていた。そして、リカルドは魔功銃について相談が有り、エミリアの手が空くのを待つ。
「今度は【嵐牙陣】の魔術を放つ魔砲杖ですか」
「ボニペルティ侯爵の領地で小鬼族が増え町の近くでうろつくようになったそうなのですよ。そこで万一の用心に魔砲杖を注文されたわけです」
「事情は判りました。なるべく早く作ります」
貴族という存在も気楽なものではないようだ、とリカルドは思った。
「リカルド君の相談とは何なの?」
「兄さんのことなんですけど、二度と襲われて怪我することがないようにしようと思っているんです。そこで暴漢対策の武器をどうしようか考えているのですが、兄は殺傷力のある武器を持ちたがらないんですよ」
「……魔功銃の威力を下げるのが一番簡単じゃない」
「でも、あれは小鬼族などが襲ってきた時に備えて作ったものなんですよ」
「王都で小鬼族の心配は必要ないと思うけど、せっかくの威力を下げてしまうのももったいないわね……そうだ、魔力の流れる量を切り替えるセレクトレバーを付ければどうかしら?」
リカルドは威力を下げた魔功銃で暴漢と戦う状況を想像してみた。威力を落とすということは魔功銃に撃たれても倒れず襲い掛かる奴が現れる可能性がある。
人間の耐久力は人それぞれ異なるので、丁度気絶する強さに調節するというのは難しい。
エミリアが一つ提案した。
「だったら、近距離で下半身を狙ったら?」
ベルナルドとリカルドは魔功銃で下半身を撃たれた場合を想像し、少し顔を青ざめさせると同時に内股となった。
「そ、それも一つの方法ですな」
ベルナルドは口では賛成したが、気に入ってはいないようだ。リカルドも同感だった。あの衝撃波が股間を直撃した場合を想像し身震いする。
「身体を麻痺させるような武器があればいいんだけど……」
リカルドが呟いた言葉を聞いてベルナルドが。
「雷撃虎の尻尾だ」
「何ですか、それは?」
「雷撃虎という魔獣の尻尾に魔力を流すと雷撃が発生することが知られているのだよ」
「本当ですか。それは使えそうです。手に入れられますか?」
「たぶん大丈夫だろう」
ベルナルドが雷撃虎の尻尾を手に入れてくれると約束してくれたので、武器も用意できそうだ。リカルドはホッとした。後はアントニオを【倍速思考】を使って鍛えれば……
その時、工房に誰かが入ってきた。
「済みません。魔術道具を商っているスタニスと申します。エミリア殿にお願いがあるのですが」
エミリアが応対に出た。
「何でしょう?」
その商人はあまり特徴のない平凡な商人という格好をしていた。だが、ベルナルドは鋭い視線を投げ掛ける。
「こちらで魔動スクーターなるものを開発されていると聞きました。見聞を広めるために見学させてもらえないでしょうか」
「申し訳ありません。開発の現場はお見せできないんです」
「では、魔動スクーターの試運転を見学することは可能でしょうか?」
試運転は秘密にしているわけではないので、可能だとエミリアは答えた。スタニスは試運転の日を確認し工房を去った。
ベルナルドがスタニスを見送った後。
「今の奴、怪しいな。あれは商人じゃないぞ」
リカルドの勘にピンと来るものがあった。リカルドは工房を飛び出し、スタニスの尾行を始めた。
そして、メルザリオ商会という店に入るのを確かめた。
2017/8/30 誤字修正




