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復讐は天罰を呼び、魔術士はぽやぽやを楽しみたい  作者: 月汰元
第2章 雑務局の魔術士編
45/236

scene:45 中華まんと論文

 その日、リカルドとアントニオがクレム川の上流にある森に出掛けたので、モンタは家で留守番をすることになった。モンタは一緒に行きたいと言ったのだが、危険だからと置いていかれ、そのせいでちょっと不機嫌である。

 ふくれっ面をした賢獣は庭にある木製の長椅子にペタッと張り付き、平べったく長い尻尾をゆらゆらとさせていた。

「モンタ、遊ぼ」

 セルジュが近寄ってモンタを抱き上げた。

「キュル、キュカキュキュエ」(セル、強く抱き締めちゃダメ)

 モンタが何を言っているのか、セルジュには分からなかったが、声の調子から怒っているのが判ったので、手の力を抜き優しく抱く。

「ごめんね。痛かった?」

「キャキュ」(大丈夫)

 セルジュと賢獣がじゃれていると、パメラがトテトテと歩み寄る。

「パメラもモンタと遊ぶ」

 パメラがニコニコしながら、モンタの頭を撫で始めた。

 セルジュの後ろで気配がした。

「あ、モンタちゃんだ」

 突然、女の子の甲高い声が響き、玄関の方からセルジュと同年代の幼女がタッタッタッと駆けてきた。

 近所のラウラである。その後も子供が四人ほど集まり、最後に十二歳になるアナベラという少女が来て、子供たちの面倒を見始めた。


 この子供たちは近所の主婦たちが連れてきた子供である。何故、リカルドの家に集まってきているのかというと、ジュリアが作った中華まんを近所に配ったのがきっかけだった。

 配った翌日、井戸端会議で集まった主婦たちがジュリアを取り囲んだ。この主婦たちは近くの職人や商店で働く者の奥さんである。

「ジュリアさん、昨日頂いた中華まん、どれも美味しかったわ。主人と子供で奪い合いになっちゃったわ」

「うちでもそうよ」

「危うく私の食べる分が無くなるところだったのよ」

 ジュリアの中華まんは気に入られたようだった。ジュリアは嬉しくなり、お城の偉い人が褒めてくださったようなのと言うと主婦たちは感心した。


 中華まんを食べた主婦の一人が、これは売り物になると言い出した。そればかりか、商売を始めましょうよと提案したことから、ユニウス家の周りが騒がしくなった。

「これは絶対に売れるわよ」

 ラウラの母親であるベアータが力強く言うと、不安そうな顔をしたジュリアが。

「でも、本当に売れるかしら」

「大丈夫よ。お城の偉い人も美味しいって言ったんでしょ」

「ええ、誰かは聞いていないけど、アントニオがそう言っていたわ」

「美味しいものを食べ慣れているような人が言ったんだから、中華まんの美味しさは本物よ」

「そうなの」

 主婦たちが集まり、いろいろと相談し中華まんを売り出すことになった。もちろん、考案者であるリカルドの了解を得ている。

 王都で商売をする場合、王都の役所に届け出る必要があるが、屋台に毛が生えたような商売なので手続きは簡単だ。

 中華まんはユニウス家の厨房で作り、販売はラウラの父親が営む木工工房の一画を借りて行なうことになる。カウンターや保温用の蒸籠置き場はラウラの父親が作り、鉄製の小型竈はリカルドが用意した。


 この中華まんの販売は、主婦たちがちょっとした小遣い稼ぎで始めた商売だったので、発売初日は肉まん四〇個、芋あんまん三〇個、かぼちゃあんまん三〇個の合計一〇〇個を用意した。

 いざ販売を始めると珍しさからか、朝から買い求める人がちらほらと現れた。

 職人風の男が何だろうという顔で近付いてくる。

「変な名前の食いもんだな。美味いのか?」

「ええ、美味しいですよ」

「じゃあ、朝飯代わりに一個くれ」

 客は肉まんを選び、その場で齧り付いた。

「オッ、うめえ。こいつは美味いじゃねえか」

 その声が呼び水になり、中華まんが売れ始めた。主婦たちは一日で一〇〇個売れればいいと思っていたが、昼前には一〇〇個が売り切れそうな勢いである。

 ベアータが蒸籠で保温している中華まんを数え、残りが少なくなっているのに気付いた。

「ちょっと……残りが少なくなってきたわよ」

 ジュリアは不思議そうな顔をして。

「何で、こんなに売れているの……中華まんは知られていない食べ物のはずなのに」

 王都の住民は変わらない日常に飽きており、珍しいものに飢えていたのだ。

「商売については素人なんだから、考えるだけ無駄よ。それよりどうする?」

 ベアータの問い掛けにジュリアや他の主婦たちが眉間にシワを寄せる。皆で販売を終了するかどうか話し合った末、補充することに決めた。

 主婦たちは大慌てで一〇〇個を追加で作り合計で二〇〇個を一日で売り切った。

 王都の住民は新しい味である中華まんが気に入ったようだ。商売が大当りすると、主婦たちは中華まんの製造と販売に力を入れ始めた。

 朝早くから子供たちをユニウス家で遊ばせ、製造と販売の二組に分かれて働くようになった。もちろん主婦なので働ける時間は短いが、交代で働き小遣い以上の金を稼ぎ始める。

 大変なはずなのに、働く主婦達の顔はいきいきとしていた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 一方、クレム川の上流に向かったリカルドたちは使用人のエリクとフレッドを同行させていた。枝葉を集めるために人手が欲しかったのだ。

「リカルド様、荷車を引いてこなくて大丈夫なんですか?」

 使用人の一人フレッドが尋ねた。どうやって伐採した木の枝葉を運ぶのか心配したようだ。

「ええ、魔術道具を持ってきたので大丈夫です」

「へっ、そんな道具があるんだ」

 もう一人の使用人である鷲鼻が特徴のエリクが、ドヤ顔をして。

「なんだ、そんなことも知らないのか。収納碧晶という便利なものがあるんだぞ」

 エリクは意外にも物知りのようで、収納碧晶を知っていた。

「きっと高価なものなんだろうな。冥界ウルフを倒した時も凄いと思ったけど、魔術士って本当に凄いよな」

 フレッドに変な感心のされ方をされ、リカルドは苦笑する。


 二時間ほど歩き伐採現場に到着したリカルドたちは、山の斜面に多数の切り株と幹から切り離されたばかりの枝葉が残っているのを見付けた。

 枝葉を集め始める前に、近くで作業をしている木こり達に声を掛ける。

「おう、ロマーノ棟梁から話は聞いた。妖樹が出るから気を付けて作業しろよ」

「ありがとうございます。気を付けます」

 アントニオが代表して応えた。

 木こり達は逞しい体格をした男ばかりで、トリル程度の妖樹が現れても斧で切り倒してしまいそうだった。妖樹の事を尋ねると、ここに現れる妖樹はトリルとダミルらしい。

 トリルならば切り倒してしまうが、ダミルと遭遇したら逃げ出すようだ。妖樹ダミルの長い閃鞭による攻撃は木こり達にとって脅威であり、死者が出る時も有るそうだ。


 リカルドたちは持ってきた鉈と縄を使って、枝葉を纏める作業を始めた。斜面を上り下りしながらの作業となるので、かなりの重労働である。

「ハアハア……草刈りより何倍もきつい」

「留守番のダリオが羨ましくなってきた」

 慣れない山での作業に、エリクとフレッドが泣き言を口にする。

「もう少しだから頑張ってくれ」

 アントニオが励ますが、彼自身も疲れているようだ。

 適当に休憩を入れながら作業を続け、飼育場の妖樹たち一ヶ月分の飼料を集め終わったのは、昼飯を食べてから三時間ほど経過した頃だった。

 急いで収納碧晶に枝葉を収納し帰ろうとした時、妖樹トリルの群れが現れた。

 数は五体、中の一体はアフロヘアーのような枝に小さな実を着けていた。どんぐりに似ているが、どんぐりより細長い実である。


「チッ、また来やがったか」

 木こり達が手に斧を持ち迎え討とうと集まって来る。

「自分も手伝います」

 リカルドは作ったばかりの魔成ロッドを取り出した。デスオプロッドではなく普通の魔成ロッドの方である。

 先制攻撃として【嵐牙陣】の魔術を放つ。十数もの風の刃が妖樹トリルたちに向かって飛び、三体のトリルに命中し二体を仕留めた。仕留めたトリルの一体は実を着けた奴である。

 木こり達がヴァイキングのような雄叫びを発して突撃し瞬く間に妖樹トリルを倒した。どうやら助太刀は必要なかったようだ。

 リカルドは仕留めたトリルから枝と実を回収し、残った幹と根の部分は木こり達に進呈した。触媒となるトリルは木こりの収入源でも有り喜んで貰えた。

 山を離れ家路に就いたリカルドたちの足は重かった。山での作業は思っていた以上に体力を消耗させたのだ。


 取り敢えず、冬の間の飼料を確保できそうなので、リカルドは論文に集中することにした。

 まずは、【地】と【水】の複合魔術である。これを開発しないと『アムスナル《大地と水よ》』を系統詞だと証明できない。

 ヒントとなる魔術は【乾燥】しかなったが、何とかなりそうな予感がしていた。

 【水】の魔術としての【乾燥】は、布に浸透している水だけに働き掛け布から水を排除しようとしていた。

「これだと効率が悪そうなんだよな」

 最初に思い付いたのが、洗濯機の脱水処理を参考にした回転運動である。

 試しに水に濡らした布を魔術で回転させながら水を分離しようとしてみた。予想はしていたが、水滴が周りに飛び散り、リカルドも濡れた。

「回転させると早く乾燥するけど、飛び散る水滴を何とかしないと駄目だな」

 次に圧力を掛ける方法を試してみた。

 濡れた布に対して、プレス機で挟むように圧力を掛けながら水を分離しようとしてみた。この方法でも早く乾燥するが、使用する魔力量が多くなるようだ。


 ふと、水に濡れた犬が身体を揺すって水を弾いている様子を思い出した。

「いや、犬の身震いは遠心力で水を弾き飛ばしているだけか……でも、濡れた布に振動を与えれば水を弾くようになるかも」

 そう思ったリカルドは、使えそうな魔術単語を探し出し、呪文を組み立てた。

 濡れた布を用意した後、頭の中に魔術が発動した時のイメージを刻み付け、右手から魔力を放出しながら触媒を振り撒く。

 魔力が茶色と青が混じり合った色に変化したのを確かめ、呪文を詠唱する。


「アムスナル《大地と水よ》・ベルガルデオ(その身を震わせ)リシタルオ(水を排出せよ)


 濡れた布が微かに音を発したと思った次の瞬間、布から水が浮き地面にザッと流れ落ちた。布を確かめると完全に乾燥している。原理は分からないが、布から水が分離し易くなったようだ。

「成功だ。魔力の消費量も削減できる感じだ」

 今回は中級下位の魔術と同じだけの魔力を使ったが、手応えからすると過剰過ぎたようだ。最終的に初級上位の魔術と同等の魔力量で【乾燥】の魔術が使えると判った。


 その後、複合魔術【溶炎弾】と【乾燥】を使って論文に必要な実験を行なう。

 この論文における論点は、『アムスナル《大地と水よ》』と『ファスナル《火と水よ》』が系統詞であり、それらを使った複合魔術が存在することの証明である。

 論文中、系統詞を『ファナ《火よ》』から『ファスナル《火と水よ》』へ変えることで【溶炎弾】の威力が五割ほど上がるという実験結果を報告し、『ファスナル《火と水よ》』が複合魔術用の系統詞であることを証明した。

 また、新しい【乾燥】の魔術は『アムスナル《大地と水よ》』を系統詞として使った時しか真価を発揮しないという実験結果を記述し、『アムスナル《大地と水よ》』が系統詞であると証明した。


 論文の執筆には一ヶ月ほど掛かり、完成したのは冬が終わり春が近付いてくる頃であった。

 魔術士協会へ行き、イサルコの部屋を訪れた。中ではイサルコが調べ物をしていた。

「リカルドじゃないか。どうしたのだ?」

 イサルコがリカルドの顔を見て声を上げた。

「論文を持ってきました」

 イサルコは嬉しそうな顔になり、早く見せてくれと頼む。書き上げた論文を渡すと調べ物を放り出し読み始めた。


 読み終わるのを待っている間に、イサルコが調べていた書類をチラリと見た。究錬局の研究員が書いた論文のようだ。

「素晴らしい!」

 論文を読んでいたイサルコが唐突に大きな声を上げた。

「その論文は、二つの魔術単語が系統詞であることを証明しただけですよ」

 リカルドが謙遜して言うと、イサルコが。

「いやいや、これほどの発見は近年なかったものだ」

 イサルコが論文を地方に在住する魔術士アースリング・マトウの名前で発表すると、マッシモが発表した複合魔術の論文以上の衝撃を魔術士たちに与えた。

 こういう画期的な論文は魔術士協会の方で一枚の紙に概略を纏め、魔術士協会の掲示板に貼り出したり、著名な魔術士に配達するサービスも行っていた。

 その概略を読んだ魔術士たちは原文を求めて魔術士協会に殺到した。


 イサルコは『複合魔術用系統詞の証明』と題したリカルドの論文を雑務局の者に二〇部書き写すように命じた。この命令により、リカルド自身も書き写す作業に参加することとなるのだが、複雑な心境となった。

 だが、この論文を目当てに魔術士協会を訪れた魔術士の数は、イサルコの予測を上回り論文の奪い合いとなった。

 論文の貸出は究錬局の論文倉庫で行っており、その倉庫の前に魔術士達が殺到した。その中には宮廷魔術士長ヴィットリオの姿もあった。

「リューベン理事、あの論文は本物なのか?」

 究錬局の局長であるリューベンを見付けたヴィットリオが声を掛けた。

「おお、ヴィットリオ殿もいらっしゃったのですか」

「ええ、それより論文は?」

「本物です。イサルコ理事の手により検証されました」

 その言葉を聞いた周りの魔術士たちがガヤガヤと騒ぎ始める。

「【溶炎弾】の時も驚きましたが、今度の論文には衝撃を覚えましたよ」

 リューベンが論文の内容について語ると、ヴィットリオが論文の著者に注目した。

「このアースリング・マトウというのは、どんな人物なのです?」

「イサルコ理事の話では、地方に隠棲している魔術士らしいのです」

「ほう、そんな人物が地方に隠れていたとは驚きですな」

 ヴィットリオは、論文倉庫の前に設置されたテーブルと長椅子に座って論文を読んでいる魔術士たちに目を向けた。その魔術士達は、即席閲覧コーナーのテーブル上でメモ紙に要点を書き出しながら、変な唸り声を出している。

「むむ……」「おおっ……おお」

 その時、読み終わった魔術士が立ち上がると一目散に図書館の方へ走っていった。

「あれはどうしたのですかな?」

「たぶん図書館に賢者マヌエルの魔術大系を借りに行ったのでしょう。他に系統詞があるのではないかと思い、確かめずにはいられなかったようです」

 あの論文を読んだ直後、自分も魔術大系を探し読み返したリューベンが告げた。


2017/8/6 修正

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