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復讐は天罰を呼び、魔術士はぽやぽやを楽しみたい  作者: 月汰元
第2章 雑務局の魔術士編
42/236

scene:42 王と王太子

 収納紫晶をイサルコに贈ろうと決めたリカルドは、以前ペンダント型収納紫晶を作ってもらったアクセサリー販売店を訪れた。収納紫晶の元になる紫玉樹実晶を買い求めようと思ったのだ。

「申し訳ありません。丁度在庫が切れたところなんですよ」

「そうですか」

 リカルドはガッカリして店を出ると何となくベルナルドの店の方へ向かった。ベルナルドの店は触媒と武器を売る店である。紫玉樹実晶があるとは思えなかったが、ダメ元で聞いてみようと思った。

 人通りの多い石畳の道を西へと向かう。季節は冬に変わろうとしており、通りを歩く人々の服装も厚手のものに変わっている。

 ベルナルドの店に入ると中を見回しベルナルドの姿を探す。店の主人であり、ベルナルドの娘婿であるロタリオがリカルドの姿を見付け、早足で近付くとベルナルドは奥に居ると教えてくれた。

 ロタリオに案内され奥へ行くと倉庫で在庫の確認をしているベルナルドの姿が目に入った。

「忙しそうですね」

 ベルナルドはリカルドの姿を見るとニコリと笑い。

「いやいや、隠居の身なもので暇なんですよ」

 応接室に案内され、使用人が持ってきてくれた紅茶のカップを口元に近付けた。非常に繊細でいい香りが脳を刺激する。自然に笑みが浮かび一口飲む。

「この紅茶は美味しいですね」

「私は紅茶には五月蝿いのですよ。メラビス地方で生産された茶葉を加工したものしか使いません」

「へえ、メラビス地方というのはお茶の産地なのですか」

「ええ、気候の関係でいい茶葉が育つのですよ」

 メラビス地方は王都から北東に在る高原地帯で一日の温暖差が激しい地方らしい。インドのダージリン地方と似た環境なのかもしれない。

「ところで今日は?」

「変なことを聞くようですが、この店に紫玉樹実晶はありませんか?」

 ベルナルドは首を傾げ。

「残念だが、ここは触媒と武器の店だからね。……しかし、何に使うんだね?」

「数日後がイサルコ理事の誕生日なのだそうです。お世話になっているので贈り物をと考えています」

「紫玉樹実晶でアクセサリーでも作るのかな?」

 リカルドは見せた方が早いと思い、胸元からペンダント型収納紫晶を取り出した。

「ほう、同じようなペンダントを贈るのですか。でも、イサルコ理事に似合いますかな」

 収納紫晶を指で挟み金貨の入った袋を意志の力で取り出した。テーブルの上に金貨の袋が現れ、ゴトッと音を立てて落ちた。

「エッ」

 ベルナルドがテーブルの上の袋と収納紫晶を何度も見て立ち上がった。

「それは小さな収納碧晶なのですか?」

「アッ、違います。これは紫玉樹実晶から作った収納紫晶です」

「す、素晴らしい!」

 老練な商売人であるはずのベルナルドが子供のように大声を上げた。

「大袈裟ですよ。ベルナルドさんは収納碧晶を持ってるじゃないですか。それに収納紫晶の収納容量は少ないですよ」

「いやいや、何の役にも立たないと言われていた紫玉樹実晶が収納碧晶のようなものになるのが凄いと思ったのです」

「でも、本当に収納容量は少なくて、これくらいの袋ほどでしかないのですよ」

 リカルドが中型のボストンバッグほどの容量だと教えても、ベルナルドはガッカリするようなことはなかった。

「その収納紫晶はどんな紫玉樹実晶からでも作れるのかね?」

「自分の経験から言うと四個に一個ほどしか成功しません」

「ほほう、マトウ殿が作ったのではなくリカルド君が作ったものなのか」

 魔導職人のマトウから教わり、リカルドが作ったのだと思ったようだ。

「よく見せてくれませんか」

 リカルドはペンダント型収納紫晶を首から外し手渡した。

「これは魔力制御のできる者だけしか使えないものだね。これに魔力制御回路と魔力伝導棒を付け魔力制御ができない者にも使えるようにするとしても、収納碧晶の一割、いやその半分の値段で作れそうだ」

 ベルナルドがブツブツと宙を睨んで計算を始めたので、現実に引き戻そうと。

「ベルナルドさん、ちょっといいですか」

「エッ……はい。済みません、何でしょう」

「紫玉樹実晶を手に入れるにはどうしたらいいでしょう?」

「そうですね。ヨグル領に魔境の産物を扱っている店があります。そこに行けば手に入ると思いますよ」

「そうなんですか。ありがとうございます」

 その後、ベルナルドから収納紫晶について色々訊かれたので答えた。ただ紫玉樹実晶を魔操刻する場合の秘訣だけは教えなかった。


 同じ頃、ガイウス王太子はアルチバルド王に呼ばれ謁見の間に向かっていた。

 謁見の間に入り待っているとアルチバルド王が眉間に皺を寄せて現れた。その後ろには側近のアルフレード男爵が控えている。

 王太子が少し顔を伏せ待っていると。

「顔を上げよ」

「ハッ」

 王の顔を見るとあまり機嫌が良くないようだ。思い当たる節はなく、王が話すのを待つしかない。

「ガイウスよ、しばらく王都に居るようじゃが、ヨグル領はどうしたのじゃ?」

 王太子はヨグル領の管理を任されており、普段はヨグル領の城砦で生活している。表向きは、王が王太子を信頼しヨグル領を任せたことになっているが、実際はガイウス王太子を嫌うアルチバルド王により遠ざけられたのである。

 何故嫌われたのかは王太子自身よく分からない。

 もしかすると子供の頃。

「一〇〇年前に統治されていたセバスティアーノ王は睡眠時間を四時間と決め、起きている時間のほとんどを執務に充てられていたそうですが、父上は何時間寝ているのですか?」

 と尋ねたことがあるが、それが拙かったのだろうか。それとも……

「中興の祖と呼ばれるテオドゥーロ王は一年の半分ほどを費やし領土の各地を視察に回り、国民が困っていることがあれば即座に解決したと聞きましたが、父上は前回視察に回られたのはいつですか?」

 と聞いたような気がするが、それが原因だろうか。いや、もしかすると……

 ガイウス王太子が記憶を探っているとアルチバルド王がますます機嫌を悪くして。

「ガイウス、何故答えぬ」

「アッ、申し訳ございません。どう御報告すべきか頭の中で整理しておりました」

 それから魔境門近くで魔獣が増えていることや魔獣を退治するために宮廷魔術士の多くを呼び寄せ、魔獣の掃討をしていると報告した。

「何じゃと……勝手に宮廷魔術士を動かしたのか」

「勝手にではございません。書面にて許可を取っております」

 アルチバルド王は執務時間の後半になると集中力がなくなり中身を斜め読みし深く考えずにサインする傾向があった。ガイウス王太子はそれを利用し、後で問題になるかもしれない案件は書類にして王の集中力が切れた時にサインを貰うようにしていた。

 王の集中力に関しては宰相も知っており、重要な案件ほど最初に持ってくるようにしている。

 宰相が腹黒い奴だったら、この国は終わっているとガイウス王太子は感じていた。

 ただ宰相は魔境や魔獣に関しては疎く、冥界ウルフのような魔獣の対応は王太子に任せるようにしていた。


 王太子は宮廷魔術士の異動に関する書面を持ってこさせ、王に確認してもらう。

「ふむ、余のサインがある。だが、冥界ウルフとかいう魔獣が王都の近辺に現れたと聞いたぞ。魔獣には魔術士の力が必要じゃ。宮廷魔術士を戻せ」

「承知致しました。冥界ウルフのような強力な魔獣を倒せる宮廷魔術士は王都に戻すよう手配致します」

 王太子は強引に宮廷魔術士全員ではなく一部だけを戻すように言い換えた。

「ほう、今日は素直ではないか。それで良い」

 王は王太子の『承知致しました』という言葉で誤魔化されたようだ。断っておくが、王は阿呆ではない。今は午後であり王の集中力が衰え始めているだけである。

「宮廷魔術士の件は良いとして、お前が王都に居るのは何故じゃ」

「王都で新型の魔砲杖が開発されたと聞き、その性能を確かめに戻って参りました」

 本当はバイゼル城に間諜が侵入したと報告を受け、その背後関係を調べるために戻っていたのだが、本来は王がすべきことなので言わなかった。

「新型の魔砲杖だと……そんなものが実戦で役に立つと思うておるのか?」

「威力は熟練の魔術士には及ばぬようですが、引き金を引くだけで魔術を放てるという利点があります」

「ふん、まあ良い。魔砲杖の確認が済んだのなら、ヨグル領へ戻り代官としての仕事に励め」

「はい、陛下」

 王が謁見の間を去るとアルフレード男爵がチラリと王太子を見てから満足そうな笑みを浮かべ王を追っていった。

 謁見の間を退出した王太子はサムエレ将軍に会いに行き、王都の治安を頼んだ。

「冥界ウルフの件もありますし、もう少し王都で……」

 王太子は将軍の言葉を遮り一言。

「陛下の命令だ」


 翌日、ガイウス王太子は豪華な馬車に乗るとバイゼル城を出てヨグル領へと出発した。

 途中、乗合馬車の乗り場で見知った顔を見付け馬車を止めさせる。

「リカルドではないか。どこへ行くのだ?」

 突然、豪華な馬車から声を掛けられたリカルドは驚いた。馬車の窓から中を覗くと王太子の顔があり、慌てて姿勢を正し挨拶しようとすると王太子に止められた。

「堅苦しい挨拶はよい。質問に答えよ」

 あの悪人顔で尋ねられると尋問されているような気分になる。しかも、相手は王族である。失礼があってはならない。

「は、はい。ヨグル領へ参ります」

「それは丁度よい。私もヨグル領へ行く処なのだ。一緒に行こうではないか」

 できることなら拒否したかったが、無理なのは分かっていた。渋々馬車に乗り込むと王太子の従士らしい屈強な男二人がリカルドを値踏みするように見た。

 飼育場の見学では居なかった男たちである。あの時は近衛兵達が同行していたので置いていかれたのかもしれない。もちろん、馬車の周りには王太子を守る護衛の騎兵も居た。


 王太子の正面に座るように言われ席に着くと馬車が動き出した。

「冥界ウルフを仕留めたそうだな。その様子を詳しく聞きたい」

 リカルドはかしこまりながら、冥界ウルフを倒した時の様子を語った。

「ほほう、地面が割れ冥界ウルフを呑み込んだにもかかわらず、足一本だけを犠牲にして抜け出したのか。……面白い、報告書だけでは場の雰囲気が伝わって来ぬ故、一度話を聞きたかったのだ」

 王太子は、その時冥界ウルフがどんな顔をしていたかとか質問しリカルドを困らせたが、なんとか説明した。

「最後はリカルドの上級魔術で仕留めたのか。その上級魔術の名前は?」

「【陽焔弾】と申します」

「聞いた様子からすると【火】の上級魔術らしいな。素晴らしい威力だ。そのような魔術が魔砲杖から発射できれば魔境の魔獣討伐も楽になるのだが」

 魔境の魔獣討伐には手子摺てこずっているようだ。

 その後、色々雑談を交わしヨグル領の領都ヤロへ到着した。リカルドが礼を言って馬車から降りようとした時。

「そういえば、ヨグル領へはどんな用事で来たのだ?」

「イサルコ理事の誕生日祝いに、特別な贈り物を用意しようと思い、その材料を買い付けに来たのでございます」

 ガイウス王太子の目が悪戯小僧のように輝いた。

「特別な贈り物か……ところで私の誕生日が八日後なのは知っておったか」

 知るはずはなかった。だが知ってしまった以上、贈り物をしなければならないだろう。王太子の輝く目が欲しいと言っている。

「イサルコ理事と同じものでよろしければ、ささやかながら誕生日の贈り物を用意致します」

「ふふふ……気が利くな。飼育場の件は必ず私が力になってやるぞ」

 リカルドは馬車を降り、王太子たちが去っていくのを見送った。

「王太子は悪い人間ではないようですけど、気を許した者には少し我儘になるのかな」

 城での人間関係はストレスを溜め込みそうなので、その反動が表れるのかもしれない。などと王太子の人間分析をしながら、商店街を目指して歩き始めた。


 ヤロの商店街は魔境の産物を商いしている店が多く、ベルナルドが言ったように紫玉樹実晶も手に入りそうだった。

 紫玉樹実晶は魔境の植物から採取した様々な素材を商っているルルガ商店という店で購入した。在庫は一〇個しかなかったので全部を買う。代金は金貨一〇枚ほどである。

 適当な宿を見付け一泊だけの料金を払って二階の部屋に入った。六畳ほどの広さに寝台と小さなテーブルと椅子、それに小さなクローゼットがあるだけの部屋だ。

 窓からは通りを歩く人々の姿が見える。

 荷物を置き寝台に横になると少し寝た。王太子との会話で気疲れしたようだ。二時間ほどで起きると外は赤く染まっていた。夕陽が西の森に沈もうとしている。

 腹が空いたので一階の食堂で夕食を注文した。ここの名物料理は冠大トカゲのスパイシー焼きである。魔境で取れる辛子に似た香辛料を冠大トカゲの肉に擦り込み炭火で焼いた料理は絶品だった。


 食事を終え部屋に戻るとテーブルの上に買った紫玉樹実晶を並べた。

 左端の紫玉樹実晶を手に取ると中を覗き込み集中力を高める。準備ができたと感じた後、魔力を制御し紫玉樹実晶の加工を始めた。

 魔力を圧縮し針のようにすると紫玉樹実晶の中心に差し入れた。その時の手応えでハズレだと判った。慎重に魔力を送っても魔力が結晶内で暴れ紫玉樹実晶に白い筋が浮き上がった。

 二個目、三個目と試し四個目で初めてスッと魔力が通った。その後は順調に魔力を流し込む作業が進み収納紫晶が完成した。五個目も当りで収納紫晶が出来上がる。

 必要な二個の収納紫晶が完成したので、残りの五個は実験に使うことにした。リカルドはエミリアから因子文字を学んでおり、紫玉樹実晶に刻めないか試そうと考えたのだ。

 リカルドが学んだ因子文字の中には光の制御に関するものもあり、今回の実験で刻もうとしているのはロウソクの明かり程度の光を発する魔術回路である。

 紫玉樹実晶に魔力を流し込み因子文字を刻もうと試してみる。中心部に有る異空点が魔力に影響を与え魔力が暴れ無数の白い筋が走った。

「駄目だな。こいつはハズレの奴だったか」

 次の紫玉樹実晶は当りだった。魔力がスッと入っていく。だが、中心ではない方に魔力を流そうと制御すると異空点に魔力が引っ張られ魔力は中心に向かう。

 なんとか制御し因子文字を刻もうとしてみたが駄目だった。結局は中心にある異空点に魔力を注ぎ込むことになった。入口である黒い点が生まれ亜空間であるポグへと成長する。

 ポグが安定したのを感じた時点で亜空間を広げるのを止め魔力を絶った。容量が小型ボストンバッグほどの収納紫晶となったが、ポグの周りは白い筋で汚れてはおらず因子文字を書き込めそうだった。

「まてよ。せっかく収納紫晶となっているのだから」

 刻もうとしていた因子文字を熱の制御に関するものに変えた。因子文字における温度の単位は絶対温度らしい。偶然だと思うが温度一度は地球で使われている単位とほぼ同じで、真水が凍る温度が二七三度となっていた。使い慣れている摂氏に直すと0℃である。

 収納紫晶の温度を二七六度から二七九度に保つように因子文字を刻んでみた。因みに摂氏に直すと三℃から六℃になる。大体冷蔵庫の温度と同じとなるはずだ。

 銅貨を一枚取り出し温度調節機能付きの収納紫晶に入れた。五分ほどしてから銅貨を取り出してみると冷たくなっているような気がした。

「成功なのか……銅貨だとはっきりしないな」

 外気温が低いので、元々冷たかった銅貨が冷たくなったかはっきりしない。

 一階に行ってコップ一杯のお湯を貰ってきた。お湯を作ったばかりの収納紫晶に入れる。収納紫晶を触った感じでは熱を放出しているようには感じられない。

 五分後お湯の入ったコップを取り出すとお湯が冷たい水に変わっていた。思わずニヤけた顔になり収納紫晶を握り締めてガッツポーズを取る。

 ちょっとだけ喜びに浸ってから冷静になり、気になる点を見付けた。

「成功だけど、お湯が持っていた熱エネルギーはどこへ消えたんだ……別の空間に放出されたのだろうか」

 収納紫晶のポグや因子文字については分からないことが多かったので、熱エネルギーがどこへ消えたかは不明のまま実験を終了した。

 残った紫玉樹実晶は全部ハズレだったので、残ったのは三個の収納紫晶となった。一個は温度調節機能付きの収納紫晶だが、これから寒くなる季節なので活躍するのは来年の春を過ぎてからになるだろう。


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