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scene:4 見習い魔術士、魔術を試す

 リカルドは弟子になっても扱いが変わらなかった。相変わらず掃除や雑用から解放されなかった。

 一つ変わったのは魔術の教本を読んでも良いと許可を貰った事だけだ。

 アレッサンドロがマッシモの代わりに自分を犠牲にしようと考えているのは理解した。

 むざむざ犠牲になるつもりは無かった。そのためには妖樹エルビルに対抗するだけの魔術を習得しなければならない。既に火・風・水・命の初級魔術は習得している。


 初級と言っても、初級下位で攻撃魔術は含まれていない。

 妖樹に有効な魔術は【火】であるが、狩りをするのは触媒が目的である。燃やしてしまうのは拙い。

 とは言え、確実に撃退する方法も手札にないと危険である。【火】の攻撃魔術には火の塊を敵にぶつけるファイヤーボール的な魔術や火炎噴射器のような魔術がある。

 妖樹エルビルは火を嫌い逃げる習性があるので、それらの魔術を使えば撃退は可能である。但し仕留めることは難しい。樹なのに逃げ足が速いのだ。


 取り敢えず、ファイヤーボール的な魔術である【炎翔弾】を覚えた。触媒は安物の炭だ。所持金では高価な触媒を買えなかった。

 【炎翔弾】を試そうと思い、街の東側を流れる川に向かった。幅二〇メートルほどの川で河原には人影はない。ここなら魔術の訓練をしても人に見られずに済む。

 リカルドは右手を前に突き出し、掌から魔力を放出する。次に木製の筒に入れた触媒の炭の粉を白く光る魔力に振り掛けた。触媒は魔力の周りに吸い寄せられ渦を巻く。


ファナ(火よ)スペロゴーマ(弾け飛べ)


 触媒が灰色の塵となって消え、魔力がソフトボールほどもある炎の渦に変わる。次の瞬間、炎の渦が弾け飛んだ。掌を向けている川の中心で川面かわもに衝突し炎が爆ぜる。

 爆裂音が響き水飛沫が高く舞い上がった。

「アハハハ……成功だ」


 威力はバットでフルスイングしたくらいだろうか。消費した魔力は二割ほど。五発続けて撃てば魔力は空になる。

 魔力は三時間ほどで半分くらい回復するようだ。本で調べた限りでは魔力量は平均である。

 地球生まれの人間であるから特別だというわけではないようだ。


 何度か試してみたが、威力は変わらなかった。この威力では到底妖樹エルビルを倒せない。

「威力はどうすれば上がるんだ? 炎の温度を上げればいいのか」

 一人で過ごすことが多くなったからか、独り言が増えた。

「触媒を変えなきゃ駄目か」

 今使っている触媒の炭は屋敷にあった普通の炭を叩いて粉々にして作ったものだ。地面を見ると触媒にした炭が落ちている。触媒全部が消費されるわけではないようだ。

「もったいないな」

 空になった木製の筒に落ちている炭を詰め直す。蓋はコルク栓である。このコルク栓付きの筒は触媒屋に売られているもので、大きさは1号から9号まである。使う魔術と触媒の品質によって必要な触媒の量が変わるので九種類の大きさが違う筒が必要なのだ。1号が最小で拳銃の薬莢程度、9号が最大の筒で一〇〇ミリリットルの栄養ドリンク程度の大きさがあった。


 使う魔術が初級上位の【炎翔弾】で、触媒が安物の炭なので8号の筒に入るだけの量が必要である。このことは教本の『魔術における触媒論』に載っていた。

 安物の炭は触媒格八級の触媒なので初級上位の魔術と言っても大量に触媒が必要なのだ。


 休憩し少し魔力が回復したので、もう少し練習することにした。

 魔力を放出し触媒を振り撒く。魔力の周りで渦巻くはずの触媒が全て地面に零れ落ちる。

「どういうこと?」

 触媒が入っていた触媒筒を見る。先程落ちていた炭を詰め直したものだった。空っぽになった筒と地面に落ちた炭を交互に見ながら考察する。

「なるほど、触媒と言っても全部が火玄子を含む触媒じゃないのか」

 白い光を放つ魔力に絡みつくように渦巻く触媒を思い出した。触媒の中には何の玄子も含まないゴミが混じっているようだ。ゴミと言っても同じ炭の粉なのだが、火玄子を含まないなら触媒ではない。


 ゴミである不純物を取り除けば触媒としての格が上がるかもしれない。

 問題はどうやって不純物を取り除くかである。触媒は魔力に吸い寄せられるのは知られているが、魔力に接触した触媒は変質するので使えなくなる。

「駄目か、簡単に選別が可能なら誰かが既に実行しているだろうしな」


 触媒の問題は後日考えることにして、火の魔術の練習を再開する。

 先人の魔術士は基本である『ファナ(火よ)スペロゴーマ(弾け飛べ)』の呪文に何か加えることで威力を増そうとして試行錯誤している。

 例えば、『ファナ(火よ)』と『スペロゴーマ(弾け飛べ)』の間に魔力を圧縮しようと『スカルデ(圧縮し)』を挿入したり、形を刃状にしようとして『ブリド(刃となって)』を挿入したりした。

 一応成果はあったようだが、微々たるもので威力に大した違いはなかったらしい。


 リカルドも考えてみた。

 螺旋を描くという意味の『リュメス(螺旋を描き)』を挿入して試してみる。


ファナ(火よ)リュメス(螺旋を描き)スペロゴーマ(弾け飛べ)


 火の塊が螺旋状に渦を巻き槍のような形状になって飛び川面にぶつかって爆ぜた。

「形が変わった。面白い。だけど、威力はさほど変わらずか」

 魔術ノートを取り出し『魔術言語の基礎』の要点を纏めた部分を読み返す。魔術言語のオプトル文字で書かれた魔術単語がずらりと並んでいる。

 それらの魔術単語を見ていて太陽の如く輝きという意味の『ラピセラヴォーン』に興味を惹かれた。

 一応試してみた。


ファナ(火よ)ラピセラヴォーン(太陽の如く輝き)スペロゴーマ(弾け飛べ)


 魔力の周りで渦を巻いていた触媒が灰色に変色した瞬間、眩い光の塊が生まれ弾け飛んだ。だが、二メートルほど飛んだ所で光の塊が消えてなくなった。

「消え……痛っ」

 光の塊が生まれた瞬間、猛烈な熱を感じた。掌が熱を持ち痛みがある。火傷したようだ。リカルドは川の水に手を入れ冷やす。

 暫く冷たい水で手を冷やし痛みが引くのを待った。


「何で消えたんだ……もしかして魔力が足りなくなった」

 あの光に篭った熱量は相当なものだった。あの魔術を成功させるには魔力が足りなかった可能性がある。

 もう少し魔力を増やせば……だけど、一発放って魔力が切れましたって言うのもな。それに魔術を使う度に火傷じゃ使えない。

 他の魔術士は『ラピセラヴォーン』という魔術単語を試したことはなかったのだろうか。

 試していた。だが、リカルドが放った時のような威力は出せなかった。他の魔術士が太陽の如くでイメージする太陽は暖かくぽかぽかした存在であり、表面温度およそ六〇〇〇度の灼熱の存在ではなかった。

 その認識の違いが魔術に影響を与えているらしい。


 もう少し威力が落ちてもいいから他にないのか。魔術ノートを捲りオプトル文字で書かれた魔術単語を探す。

 『魔術言語の基礎』に記載されていた魔術単語は、賢者マヌエルが書いた『魔術大系』の基礎編に書かれているもので、魔術士なら記憶しておくべきだと言われている二七八の魔術単語である。


 何度も見ているうちに『ガヌバドル』という魔術単語が目に止まった。この単語の説明として大地の底で怒りを抱くものと書かれている。

 最初は意味が判らなかったが、大地の底というヒントでマグマじゃないかと気付いた。

「気付いたら試さなくちゃね」

 持ってきた最後の触媒を撒き、魔力の周りで渦を巻くのを確認し呪文を唱える。


ファナ(火よ)ガヌバドル(マグマとなって)スペロゴーマ(弾け飛べ)


 炎が生まれた。それが身を縮めるように凝縮しマグマのようになろうとするが途中で変化が止まり消えた。

「失敗か……何が駄目なんだ。魔術単語の組み合わせに無理があるのか。それとも触媒に問題が……」

 魔術単語の組み合わせが無理だとなると根本的に駄目となる。そこで触媒を工夫してみた。『ガヌバドル』は元々大地の底で怒りを抱くものという意味なので、【火】の触媒と【地】の触媒を同時に使ってみた。


 結果は失敗だった。【火】の触媒だけの時よりも早く炎が勢いを失い消えた。

 駄目元で【火】の触媒と【水】の触媒を同時に使ってみた。


ファナ(火よ)ガヌバドル(マグマとなって)スペロゴーマ(弾け飛べ)


 バスケットボールほどの炎が生まれ凝縮を始める。それがソフトボールほどになった時、中心にオレンジ色に輝くマグマのような球形の物体が生まれた。次の瞬間、弾けるように飛翔を開始し川面に命中する。水面に衝突したマグマは盛大な爆発を起こした。マグマの温度は約一〇〇〇度ほどであり、普通の炎と大差ないが、保持する熱量は桁違いに多い。

 ガッツポーズを取ってから歓声を上げる。実年齢四〇歳のはずなのに心まで少年化したようだ。

「こういうのって滅茶苦茶嬉しい。楽しい……でも、何で【火】と【水】の触媒で成功したんだ?」

 息苦しい感じがする。これは魔力が底をついた合図である。

 取り敢えず、今完成した魔術を【溶炎弾】と名付け、その日は屋敷に戻った。


 戻った早々、マッシモに呼ばれる。

「何をしていた?」

「はい、お師匠様に言われた魔術の稽古をしていました」

 マッシモが面白くなさそうに顔を顰める。自分の身代わりとして危険な狩りに行かせるために、魔術を勉強しているというのに、それが気に食わないようだ。

 マッシモにとって魔術を学んでいるというのは一つの特権であり誇りだった。それなのに田舎から来た小さなガキが魔術を学び始めた。

 面白くないというのは分かるが、勝手すぎる。


「魔力制御はできるようになったのか?」

「できるようになりました」

「何だと!」

 マッシモが酷く驚いた。自分が魔力制御を習得するのに三ヶ月掛かったからだ。それなのに小さな従兄弟は一ヶ月も経たないうちに習得したと言う。

 リカルドという存在に嫉妬を覚えたマッシモは、アレッサンドロからリカルドに渡せと預かっていた銀貨五枚を全部渡さず、一枚だけを渡した。


「そいつで触媒を買え」

 リカルドは銀貨を受け取り礼を言った。銀貨一枚では碌な触媒は買えないだろう。マッシモは底意地の悪そうな笑いを浮かべ。

「そいつで触媒を買って精々頑張るんだな」

 アレッサンドロはリカルドに魔術を教えるようマッシモに指示していた。だが、マッシモはほとんど教えてくれない。


 一方、デルブ城へ戻ったアレッサンドロは、城の幹部たちが使う食堂へ向かった。

 この街では珍しく石造りの建物である城は、円筒形の塔と石壁を組み合わせた堅牢なものであった。円筒形の塔の内部は螺旋階段となっており、その階段を登って二階へ上がる。

 食堂では、魔術士フラヴィオが食事をしていた。魔術士というより戦士と言われた方が似合いそうな男である。身長は高く訓練で鍛え上げられた肉体が服の外からも窺えた。

「アレッサンドロ、秋の狩りにはお前が参加するのか?」

 【火】と【風】の魔術を得意とするフラヴィオは戦闘狂的な性格を持ち、毎年行われる狩りを楽しみにしていた。

 山道を歩き回る狩りには弟子の見習い魔術士を参加させる魔術士が多いのだが、実戦が好きな彼は喜んで参加した。

「いや、私は参加せんよ」

「だったら、お前の息子を参加させるのか」

「違う。今年になって弟子を一人取った。そいつを出す」

 フラヴィオが鼻で笑う。

「ふん、そんな駆け出しが役に立つのか」

「五月蝿い、余計なお世話だ」


 アレッサンドロは不機嫌さを顔に出し、フラヴィオを睨む。フラヴィオは平然と質問を続ける。

「その駆け出しは何歳なんだ?」

「確か九歳のはずだ」

「おいおい、冗談じゃないぞ。邪魔になるだけじゃないか」

「山奥の田舎から来た奴だ。足手纏いにはならん」

「魔術はどうなんだ?」

 アレッサンドロの顔が引き攣る。

「そこそこの才能がある奴だ。心配ない」

 フラヴィオはアレッサンドロが動揺したのに気付いた。何かあるのだろう。

「分かっているだろうが、春の狩りは失敗に終わった。今度こそ妖樹を手に入れないと子爵様が恥をかくことになるのだぞ」

 春の狩りでは妖樹エルビルの逆襲に遭い、多くの犠牲者を出した上、獲物を取り逃がしている。


 献上品は、昨年の残りである妖樹エルビルの炭を献上するしかなかった。それで残してあった妖樹エルビルの炭は使いきった。秋には必ず妖樹エルビルを仕留めよと子爵は命じている。


2017/2/7 誤字修正

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