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復讐は天罰を呼び、魔術士はぽやぽやを楽しみたい  作者: 月汰元
第2章 雑務局の魔術士編
37/236

scene:37 飼育場の拡張

 第三区画に行くと中には実を着けた杏妖樹がのそのそと歩き回っていた。一体の杏妖樹に一〇個ほど実を着けている。

 杏妖樹たちは見知らぬ人間が大勢中に入ってきたので一斉に逃げ出した。とは言え第三区画は狭いので、すぐに塀に張り付くことになる。

 アントニオは一体の杏妖樹を捕まえセルジュとパメラを呼んだ。

「ほら、こいつが実を着けた妖樹だよ」

 パメラが実を一個もぎ取って匂いを嗅いだ。

「すごい、いい匂い。食べりゃれるの?」

「まだ分からないんだ。これから調べてみるよ」

 アントニオがパメラの頭を撫でた。パメラは嬉しそうに笑う。

「パメラだけずるいぞ。僕も取る」

 セルジュが妹に負けられないと実をもぎ取った。

 ちなみにオリーブ妖樹の実は食べられた。今は塩漬けにして料理の材料となっている。


「さあ、どんどん収穫するぞ」

 リカルドが声を上げると母親のジュリアも一緒になって杏妖樹を捕まえ実を収穫した。

 セルジュとパメラは笑い声を上げ杏妖樹を追い駆けている。実を収穫した杏妖樹は身軽になったのか移動速度が上がったように見える。

 収穫した実は全部で五〇個ほどだった。触媒になるのは種の中に入っている部分なので果肉から種を取り出して別にする。果肉は傷みが早いので白ワインと蜂蜜でシロップを作りシロップ漬けにした。

 身体に害がないか調べた後、試食してみると非常に美味しかった。セルジュとパメラはもちろん、実験飼育場で働いているダリオ、エリク、フレッドの三人もこんな美味しいもの食べたことがないと喜んだ。


 翌日、アントニオとリカルドはベルナルドの店に行く。

「おや、いらっしゃい」

 ベルナルドがニコニコして応対する。妖樹タミエルの枝から作った魔成ロッドをリカルドから仕入れ、それが高額で売れたので機嫌がいいのだ。

 妖樹タミエル製魔成ロッドは、妖樹ダミルのものより少し品質は落ちるが同じ三級魔成ロッドである。上級下位の魔術までなら使える魔成ロッドなので宮廷魔術士や腕の良い魔術士が競って購入し仕入れ直後に売り切れたらしい。


 リカルドたちが応接室に案内されるとショルダーバッグの中に隠れていたモンタが顔を出しリカルドの身体をよじ登って肩に乗る。

「君達は紅茶でいいかな。モンタはラシュタがいいか」

 ラシュタというのはビワに似た果実である。

 使用人が紅茶とラシュタを持ってきた。モンタは喜んでラシュタに飛び付いた。

「キュキャ、キャキュキュ」(ベル、いい人)

 モンタにとって食べ物をくれる人はいい人らしい。これで賢獣と言えるのだろうかと思い、リカルドは溜息を吐いた。


「さて、今日は何の御用でしょうか?」

 リカルドが収納碧晶から杏妖樹の種を取り出しベルナルドに見せた。

「これはシュラム樹の種……実験飼育場で育てておられた妖樹から収穫したのですね」

 リカルドが頷くと、ベルナルドは使用人の一人を呼んで種を一つ渡し品質を調べるように命じた。少ししてから使用人が戻り上品質の触媒だと伝えた。

「いいですね。全部を金貨一枚と穴銀貨五枚で買いましょう。よろしいですか?」

「ええ、これからもよろしくお願いします」

 リカルドが笑顔で応えた。アントニオは金貨一枚と穴銀貨五枚を受取りジッと見詰める。自分で稼いだ初めて手にする金だからだろう。


 ベルナルドはリカルドに視線を向け。

「実験飼育場はどういう風にするつもりなのですか?」

 実験飼育場は大きく変わろうとしていた。雑用小屋の建設が終わった後、ロマーノ棟梁に本格的な飼育場の建設を依頼していた。広さ約一ヘクタールの土地を塀で囲み、それを一区画として五区画作るよう頼んだ。

 現在二つの区画が完成し、ここでは触媒となる実を着ける杏妖樹を一〇〇体ほど育てようと計画している。

 そのことをベルナルドに伝えると。

「なるほど、一〇〇体ですか。第三区画の二〇倍ですな。そうすると一回の収穫で金貨二〇枚以上の売上が上がる訳ですな……ん、果肉はどうされたのです?」

「シロップ漬けにしました」

「ふむ、シュラム樹の実のシロップ漬けは人気がありますから、それも売れますな。素晴らしい」

 ベルナルドは頭の中で計算する。リカルドが購入した土地はまだまだ残っており、今聞いた計画も五倍に拡大させる余裕があるはずだ。

 そして、ベルナルドが購入した土地でも同じことが可能なはずだ。だが、一つ障害がある。それを行うとせっかく良好な関係を結んでいるリカルドという天才の機嫌を損ねる恐れがある。

 商売人としての勘が、それは避けるべきだと警告している。


「私も郊外の土地を買ったのだが」

 リカルドが警戒するような視線をベルナルドに向けた。

「いやいや、リカルド君の真似をするつもりはない。いや、正確には杏妖樹を育てるつもりはないのです」

「では、何故郊外の土地を?」

「ご存知のように【火】の触媒が高騰しています。妖樹を育て良質の触媒を得る方法はないか研究したいのですよ」

「でも、妖樹クミリを炭にしても良質な触媒にはならないと思いますが」

 強い妖樹ほど良質の触媒となる傾向にあり、妖樹クミリを炭にしても触媒格六級の触媒にしかならない。これは普通の樹木を炭にしたものより少し上という程度である。

 リカルドも触媒中の玄子含有量について考えたことがあるのを思い出した。あの時は玄子を濃縮するアイデアが浮かばず諦めた。


 その後、魔術についての知識を深め、魔力について研究するうちに一つの発見をした。魔力は触媒により励起されると触媒特有の色を発する。【火】の触媒なら赤、【水】の触媒なら青とかである。

 しかし、触媒無しで魔術を発動できないか試していた時に、偶然魔力が黒く変色したことがあったのだ。

 黒い魔力にどんな触媒を使っても属性励起しなかった。これはどうしてか調べると黒い魔力は玄子を遠ざける力があると判った。

 これは玄子の濃縮に使えると思ったが、魔力を黒く変色させるには精妙な魔力制御と集中力が必要で短時間ならともかく、長時間黒い魔力を維持することなど無理だった。

 ところが、エミリア工房で魔導職人の技術を学んでいる時、煌竜石の存在を知った。煌竜石には多くの種類があり、一番多いのは赤と青らしいのだが、黒も存在した。


 リカルドはベルナルドから良質の触媒を得る研究をしたいと聞いた時、この黒い煌竜石が使えないかと閃いた。

 だが、実験してみなければ黒い煌竜石が玄子の濃縮に使えるかどうかははっきりしない。

 リカルドが玄子の濃縮方法について考えているとベルナルドが話を続けた。

「将来的には飼育場で妖樹トリルも育てるつもりだと聞きましたよ。トリルの炭なら魔砲杖の触媒カートリッジに使えます」

 ベルナルドは玄子の濃縮を研究しようと考えていたわけではなかったようだ。妖樹クミリの飼育の次の段階として妖樹トリルの飼育を目指していたらしい。


「妖樹トリルは自分も飼育しようと考えてましたけど、危険な妖樹なので逃がさないようにする施設が必要だと思うんですよ」

「それは私も考えていた。なので初めは妖樹クミリを育てながら、ノウハウを蓄積しようと思うのです。リカルド君に協力してもらいたいんだが……」

「いいですよ。ベルナルドさんには色々お世話になっていますから」

 リカルドは妖樹クミリの育て方についてのノウハウを提供しようと決めた。接ぎ木の技術さえ秘密にすれば、杏妖樹を作り出せないだろう。

「おお、ありがとう。早速飼育場の建設を手配せねば」

 ベルナルドは嬉しそうに笑った。


 ベルナルドの店からの帰り、アントニオが尋ねた。

「ベルナルドさんに協力して大丈夫なのか?」

「商売を乗っ取られるのを心配しているの?」

「ベルナルドさんはやり手の商売人なんだろ。父さんが商売人には気を付けろと言っていた」

 リカルドは肩を竦め。

「心配ないよ。ベルナルドさんは信用を大事にする人だから。それより初売上のお祝いに梨のタルトでも買って帰ろうか」

「ナシのタルト?」

 思わず梨のタルトとか言ってしまった。この世界には梨に似た果物があり、ポロアと呼ばれていた。

「間違った。ポロアのタルトだ。美味しいお菓子なんだよ」

「へえ、そんな洒落たもの食べたことがない」

「兄さんも気にいると思うよ」

 リカルドはパン屋に寄って、パンと一緒に売られているタルトを家族とダリオたち使用人の分を買った。

 タルトを持って家に帰ると母親とセルジュ、パメラの三人は庭に作った菜園で雑草取りをしていた。

 セルジュとパメラがリカルドたちに気が付く。セルジュはパタパタと走り寄りアントニオにタックルするように抱き付いた。パメラは危なっかしい走りでセルジュを追い駆けリカルドに抱き付く。


「あなたたち、駄目よ。汚れた手で抱き付いたら、兄さんたちの服が汚れるでしょ」

 母親の言葉で離れる二人。リカルドは手に持っている袋からポロアのタルトを取り出し見せる。

「凄く美味しいお菓子を買ってきたから食べよう」

 歓声を上げる子供たちを連れて手を洗いに水道の方へ行く。この家にはクレム川から取水した水を配水する水道が有り、井戸から水を汲み上げる必要はなかった。

 ダイニングルームに集まり、皿の上に切り分けたタルトを載せ配った。モンタ用には小さく切ったタルトを小皿に載せてテーブルの上に置く。

 モンタはテーブルの近くに置いてあるモンタ専用の台の上に登り、上半身だけテーブルの上に出してリカルドたちが食べ始めるのを待つ。

「アウレバスの神々に感謝します」

 神に捧げる感謝の祈りを口にしてから、一斉にタルトを食べる。

 アントニオが珍しく笑顔を浮かべ呟く。

「これ、美味しいな」

「すごーくおいしい」

「パメラ、これ好き」

「キュキャ、キュ」(モンタも好き)

 母親のジュリアが心配そうな顔をして。

「高かったんじゃないのかい?」

「心配しなくていいよ。これ見て。たった五体の杏妖樹から収穫した種を売った代金だ。俺たちの飼育場は一〇〇体に増やすつもりだから、きっと凄く儲かるよ」

 アントニオが杏妖樹の種の売上をテーブルに並べた。

 それを見たジュリアはホッとしたような表情を浮かべた。


 その数日後から、実験飼育場の近くに在るベルナルドの土地に同じような飼育場の建設が始まった。

 実験飼育場は杏妖樹の実を収穫したことで実験段階を終了し、名前をユニウス飼育場に変えた。

 また、一ヘクタールの広さがある第四区画が完成したので、そこに一〇〇体の妖樹クミリを放った。生まれたばかりの妖樹クミリは玉ねぎほどの大きさにすぎないのに、雑草の中を元気に走り回っている。

 その姿は一日中見ていても飽きないほどで、時々クミリ同士が衝突し、両方が驚いて逃げてゆく姿は滑稽で面白かった。

 一〇〇体の妖樹クミリを種から育てるのに五日しか掛からなかった。魔術なしでは有り得ない早さである。

 ただ育成用の栄養豊富な土をクレム川付近の雑木林から取ってこなくてはならず大変だったらしい。

 らしいと言うのは、その作業をアントニオとダリオたちに任せたからだ。


 今回の計画では第四区画から第八区画までを作り、一〇〇体の妖樹クミリを第四区画から第七区画へ順番に移動させながら育てる計画である。

 まず第四区画に放った妖樹クミリが雑草を食べ尽くしたら第五区画へ移し、妖樹クミリを移動させた後の区画は耕してから牧草の種を蒔き放置する。

 妖樹クミリの移動が一巡する頃には牧草の種を蒔いた第四区画に牧草が生え茂っているはずである。たぶん暖かい季節は上手くいくと思うが、牧草の発育が遅い冬はどうなるか試してみないと分からない。

 今の季節は秋に入ったばかりで牧草の成長には問題ないだろう。

 因みに第八区画は一度妖樹クミリを入れ雑草を食べ尽くさせた後、雑穀かジャガイモに似たモル芋を植えてみるつもりである。


 その頃からユニウス飼育場の近辺で不審な人物を見掛けるようになった。それも三人ほど居て、交代で飼育場の様子を監視しているらしい。

 リカルドが不審者に気付き声を掛けようとするとスッと逃げてしまうので、どうしたものかと悩む。

「ここは人生経験の豊富なベルナルドさんに相談するしかないか」

 ということでベルナルドの店に行き相談した。


 応接室で話を聞いてくれたベルナルドは深刻な顔になり。

「なるほど、飼育場を監視している不審者ですか……ユニウス飼育場の商売に気付いて真似しようと動き出した者が居るようですね」

 リカルドは顔を顰めた。成功した商売の真似をする者が出てくるのは理解できる。だが、それほど名前が知れ渡っていない時点で真似されるというのは腑に落ちない。

 そのことをベルナルドに告げる。

「済みません。もしかしたら私の落ち度かもしれません」

 ベルナルドがいきなり謝った。

「どういうことですか?」

「郊外の土地を買い取る時、何人かの貴族に力添えをお願いしたのですが、その時他の商売人の注意を惹いたかもしれません」

 リカルドはようやく納得した。ベルナルドがユニウス飼育場を真似て飼育場の建設を始めたので、ベルナルドが郊外の土地を買ったのは、妖樹を育てる事業を始めるためだと知り、妖樹飼育事業とはどういうものか調査を開始したというわけだ。


「これは何か手を打った方がよろしいようですね」

 ベルナルドが呟くように言った。

「しかし、真似るのを禁止する方法はないですよ」

「そうなのですが……あくどい商売をする者の中には、新しい商売や事業を始めた者を潰して、自分たちで新しい事業を独占しようとする者も居るのですよ」

 今までの人生の中で本格的な商売などしたことがないリカルドなどは想像すらしなかったことだった。

「どうしたらよいのでしょう?」

 ベルナルドは少し考えてから。

「やはり、高貴な方に後ろ盾となってもらうしかありませんね」

 リカルドはあくどい商人が代官に賄賂を贈る時代劇のシーンを思い出した。

「ボニペルティ侯爵みたいな方を後ろ盾にしようと言うのですか」

「そうですな……今回の動きから察すると敵は相当な商人のような気がします。そうなると侯爵程度では駄目かもしれません」

「そう言われても」

 リカルドに貴族の知り合いは……アッ、一人居た。レミジオのことを思い出した。

「ガイウス王太子に会ってみませんか?」

 リカルドは意外な名前が出たので驚いた。


2017/611 誤字修正

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