scene:34 新しい武器
実験飼育場の案内を済ませたリカルドは、完成した作業小屋に戻りティータイムにした。作業小屋にはアントニオとロマーノ棟梁たちのために大きな火鉢を二つ運び込んでいた。
その火鉢の一方に炭を置き火を点けた。五徳を置き水の入った薬缶を五徳の上に乗せる。
この実験飼育場で使う水はロマーノ棟梁のアドバイスに従い海から遠い場所に掘った井戸から汲んできている。海が近いので塩分が含まれるかもしれないと心配だったが、内陸部から流れ込む地下水に当たったようで良質の水が確保できた。
ハーブティを飲みながら雑談していると魔砲杖の話になった。
「魔砲杖はどうやって魔術を発動しているのですか?」
リカルドの質問にエミリアが答えてくれた。
「リカルド君は神珍樹を知っているわね?」
「はい、ベルナルドさんから教えてもらいました」
「だったら、黄玉樹実晶と紅玉樹実晶は知っているわね。私たち魔導職人は黄玉樹実晶に魔術言語の一種である因子文字を刻んで魔術回路を作り出し、その魔術回路を幾つか繋げて呪文の代わりにしているのよ」
詳しく聞いてみると魔術回路を幾つか繋げたものを魔術回路盤と呼び、紅玉樹実晶に溜め込んだ魔力を触媒カートリッジを通すことで属性励起させ、属性励起した魔力が魔術回路盤に流れることで魔術が発動する仕組みらしい。
「魔術道具である魔光灯は触媒を必要としませんが、魔砲杖だけが触媒を必要とするのは何故です?」
「魔光灯は触媒の代わりに赤の煌竜石を使っているのよ。煌竜石も魔力を属性励起させる効果を持っているのだけど、その効力は弱く少量の魔力しか効果を発揮しないの」
魔光灯などに比べ大量に励起された魔力を必要とする魔砲杖は、煌竜石の効果では魔術が発動しないらしい。
「私の師匠であるルチオは煌竜石の代わりとなる触媒カートリッジを考案し魔砲杖を完成させたのよ」
エミリアは誇らしげに言った。師匠ルチオを尊敬しているようだ。
リカルドは魔境で手に入れた妖樹タミエルの波生管の存在を思い出した。波生管を使った武器は存在しているのだろうか。
「エミリアさんは妖樹タミエルの素材を使った武器を知っていますか?」
「妖樹タミエル?」
イサルコ理事が口を挟む。
「妖樹タミエルの頭から生えている魔功蔦のことを言っているのか?」
波生管は正式には『魔功蔦』と呼ばれているようだ。これからは魔力コーティングした『魔功蔦』を『波生管』と呼ぼうと決めた。
「そうです。ヨグル領へ行った時、妖樹タミエルの魔功蔦を手に入れたんですけど、それを武器に加工しようと思ったんですが、すでに存在しているなら、どういう風に武器にしているか参考にしようと思って」
エミリアが首を振り。
「魔功蔦を武器にしたものはない。本当に武器になるの?」
イサルコ理事も首を傾げ。
「妖樹タミエルの魔功蔦による攻撃魔術は凄いが、それを人間が再現できないと聞いたことがある」
リカルドはただの魔功蔦に魔力を流し込んだ時の様子を思い出し頷いた。
「そうなんですか……再現できないのですか」
ベルナルドの眼が光った。
「もしかして、再現することに成功したのですか?」
商人として勘が何か反応したようだ。
この時は波生管を使った武器の重要性にリカルドは気付いていなかった。妖樹タミエルはクミリやトリルほど個体数が多くない。故に狩られる数も少なく、波生管を使った武器を多数作ることは不可能だと考えていたのだ。
威力のある武器でも数が揃わなければ世の中に与える影響力は小さい。ましてリカルドが作ろうとしている武器は余り威力が高いとは言えないのだ。
リカルドは何か期待しているような目で見ているベルナルドの方を向き。
「いえ、再現はできませんでした。でも武器にできそうな方法は見付けました」
「ほう、興味深いじゃないか。秘密にしているんじゃなければ教えて欲しいな」
エミリアが興味を持ったようだ。
リカルドはどうしようか迷った。波生管を使った武器は切り札になるほどの威力はない。ここでエミリアに教えても構わないと考えた。それに交換条件を付けてもいい。
「秘密にはしているのですが、三人には教えても構いません」
ベルナルドが真剣な顔になりリカルドを観察するように見る。
「何か交換条件があるのかな」
「ええ、許可なく口外しないと約束することとエミリアさんに魔導職人の技術について教わりたいのです」
「魔導職人の師匠は他に居るんじゃないの?」
エミリアが確認した。
「マトウ師匠はヨグル領に居るので中々学ぶ時間がありません。それに魔術回路の技術はエミリアさんの方が上なので、その技術を学びたいのです」
エミリアが目を丸くしている。すでに師匠が居るのに他の人間に学ぶのは師匠に対する裏切り行為だと職人の世界では考えられているからだ。
「あなたの師匠は、それを許すの?」
「師匠は弟子が成長するなら構わないと思っています。弟子が成長し一人前になれば、それが師匠の誇りとなるからです」
エミリアたち三人は感心したように頷いた。
「へえ、素晴らしい考えね。でも、私の技術は師匠から受け継いだもの。勝手に教えるわけにはいかない……でも、魔導職人の誰もが知っている基本だけなら教えてもいいわ」
「それで構いません」
三人と約束を交わすとリカルドはポケットから収納碧晶を取り出した。ベルナルドが気付き。
「それは収納碧晶か。もしかして、それもマトウ殿の援助の一つなのかね」
「そうです。師匠がギリギリまで魔力を流し込んだ逸品です」
「ほう、どれほどの容量があるのかね?」
リカルドが容量を説明するとエミリアが目を見開いて驚く。
「そんな……一流の魔導職人のものでも荷車程度なのに」
リカルドは収納碧晶から魔功蔦を魔力コーティングした波生管を取り出した。
「ああ、魔功蔦だな」
「それが魔功蔦ですか。初めて見ました」
イサルコ理事以外は初めて見たようだ。
「妖樹タミエルは、この魔功蔦の先から一発で魔獣を仕留められるだけの威力がある衝撃波を出します。ですが、このように切り取って人間が魔力を流しても小鳥一匹も殺せないような衝撃波しか出ません」
リカルドが説明すると、ベルナルドはイサルコ理事に確認する。
「その通りだと私も聞いた覚えがある」
リカルドは波生管の先端を作業小屋内部の地面に向け、魔力を流し込んだ。
魔力が衝撃波に変換されブンという鈍い音が響くと同時に地面が爆ぜて穴を穿つ。
「オッ」
イサルコ理事が驚いて声を上げた。ベルナルドは目を丸くしている。
「ちょっと見せて」
エミリアが波生管を手に取ると念入りに調べた。
「あら、穴の内側が魔力コーティングされている」
リカルドは肩を竦め。
「気付きましたか。その魔力コーティングが魔功蔦を武器に変える秘密です」
波生管の秘密は実物を調べれば簡単に分かるものなので、秘密にするのを諦めようと決めた理由の一つだった。
「分かってみれば単純なものですな。ですが、これは画期的なアイデアではないですか。触媒無しで魔術武器が作れるのですぞ」
ベルナルドが少し興奮した調子で声を上げた。
「リカルド君はどういう形の武器にするつもりだったの?」
エミリアの質問に、リカルドは地面に絵を描いて説明する。
「このままだと折れる危険があるので、鉄で覆って補強し握りの部分をこんな形にして、引き金をこう……」
地面に描かれた絵は拳銃と似ているが、銃身が太いので信号弾を発射する信号拳銃のようにも見える。
「なるほど。魔砲杖に似ているが、片手で扱う武器だな」
「私にも見せてくれ」
イサルコ理事が波生管をエミリアから取り上げ、剥き出しになっている赤い芯の部分を指で摘む。
「ここから魔力を流し込めば良いのか?」
「はい、試すのなら先端を地面に向けてからにしてください」
先端を地面に向けたイサルコ理事は魔力を流し込んだ。先程と同じようにブンという低音が響き地面に穴が空いた。
「威力は、そこまで高くないようだ。どんな魔獣に対して使おうと思っているのだ?」
「小鬼族や鬼面ネズミ、ホーン狼などの群れで襲う魔獣です」
リカルドの脳裏には小鬼族が故郷のユニウス村を襲っている様子が刻まれていた。そして、小鬼族と必死で戦った記憶が蘇り拳を強く握り締めた。
エミリアが共同製作を提案した。
「本当ですか、助かります。どうやって作るか悩んでいたんです」
リカルドはエミリアと話し合い、明日から魔導職人の技術を習いながら新しい武器を作ることになった。
雑務局の仕事は午前中魔術士協会で行い、残りは夜にでも家ですればいいだろう。
実験飼育場の見学を終えたベルナルドたちは馬車で帰っていった。
リカルドはアントニオの手伝いをするために草刈りをしている場所へ行く。
「兄さん、手伝うよ」
「いいのか。魔術士協会の仕事はどうした?」
「昨日の夜に、今日の分を済ませたから大丈夫」
そう応えると雑草を刈り始めた。それを見たアントニオが。
「お前は魔術士なんだぞ。そんなことしなくてもいいよ」
「魔術士だからって偉いわけじゃないよ。なんなら兄さんも魔術の勉強をする?」
「えっ、俺が魔術を……魔術が使えるようになれば嬉しいけど、今から勉強しても遅いんじゃないか」
「大丈夫、勉強を始めるのに歳は関係ないよ。それに兄さんは十七歳だろ。十分若いよ」
「そうか、遅くないのか」
この後、アントニオは弟に教わりながら勉強を始め、半年で読み書きができるようになる。そして、少しずつだが計算と魔術の勉強も始めた。
翌日、午前中は報告書を作成する仕事を行った。
リカルドはモンタが寂しがるので、仕事にもモンタを連れてくることにした。教育担当のクラレッタに連れてきていいか許可を求めると意外にも簡単に許可が出た。
仕事さえ終わらせれば、どうやって仕事をしようが構わないそうだ。但し他の者たちの邪魔をするようなら駄目だと注意された。
午後からエミリアの経営する工房に向かった。
小さな工房だったが、二人の見習いと一緒に作業をしているエミリアには、一流の職人が纏う雰囲気があった。
ショルダーバッグから顔を出したモンタは、工房の臭いを嗅ぎ顔を顰めた。作業で使っている薬品の臭いが漂っていたのだ。
「キュキャ」(臭い)
モンタは鼻を押さえてショルダーバッグの中に戻ってしまう。リカルドは苦笑いしながらエミリアに挨拶する。
「その子は何を騒いでいるの?」
「ここが臭いと言っているんです。たぶん薬品の臭いが嫌いなんです」
「そうか、だったら庭で遊んでいたらいい」
モンタはショルダーバッグから抜け出し中庭へと逃げ出してしまった。
リカルドは魔導職人の技術を基礎から学び始めた。道具の使い方、材料の扱い、加工技術のいろはをエミリアから学んだ。
それらの技術を学ぶ傍ら、新しい武器の設計をエミリアと進めた。一〇日ほどで設計は終わり、実際の製作が始まる。
リカルドは金属の加工技術を持っていないのでエミリアが主に作業する。波生管は穴の空いている先端部分だけがあればいいようなので短くして鉄製の筒で覆う。
銃把の部分には魔術回路を仕込み、引き金を引くと紅玉樹実晶を加工した魔力バッテリーから魔力が放出され波生管に流れ込むシンプルな仕組みにした。
魔術回路は魔力の流れる量を調整するだけの仕組みなので、二個の黄玉樹実晶を使っただけで済んだ。
「これで完成のはずだけど……ちゃんと動くだろうか?」
「試せばいい」
エミリアに促され波生管を使った武器を持つと工房の中庭に出た。中庭には土嚢を積み上げた壁があった。武器の標的にしているらしい。
庭で遊んでいたモンタがリカルドの姿を見付け近寄ってきた。素早くリカルドの身体を駆け上り頭にペタッと張り付いた。
「モンタ、ジッとしていろよ」
「モキュ、キュキャキュ」(モンタ、ジッとしている)
リカルドは右手に拳銃型の武器を構え積み上げた土嚢を狙って引き金を引いた。武器の先端から発生した衝撃波は積み上げられた土嚢に命中し袋が破けて中の土が爆ぜた。
エミリアが嬉しそうに笑い。
「成功だな。この武器を何と名付けるつもりなんだ?」
リカルドは顔を顰めた。これまでも適当に命名して後悔したのだ。だが、考案者としては名前を決めなければならない。
「『魔功銃』にします」
「ほう、魔功蔦から作ったから魔功銃か。安直だがいいんじゃないか」
エミリアには安直だと言われたが、リカルドとして精一杯の命名だった。
後日、タニアとパトリックの二人と一緒に狩りに行き、魔功銃の威力を確認した。
鬼面ネズミやホーン狼程度なら一撃で仕留められた。
魔功銃の魔力バッテリーに蓄えられた魔力は十二発の衝撃波を発射することが可能で、銃把の上部に取り付けられた紅玉樹実晶の魔力バッテリーに魔力を充填するのに五分ほどが必要だった。
タニアとパトリックが羨ましそうにリカルドの魔功銃を見ていた。
「それ、凄い武器だがね。ワイも欲しい」
タニアも賛同する。
「本当に凄い武器ね。でも、きっと高価に違いないわ。魔砲杖は金貨一〇〇枚くらいすると聞いた覚えがあるもの」
高価だと聞いて計算してみた。拳銃型のパーツを作るのに五日ほど掛かり、魔術回路の作製に二日が必要だったので、組み立てやら調整を含めると製作日数は約九日。
材料で高価だったのは黄玉樹実晶二個と紅玉樹実晶一個、それに魔功蔦だ。
黄玉樹実晶と紅玉樹実晶は、その時の相場で上下するので、正確な金額は決められないが金貨数枚は必要らしい。おおよそで製作原価を割り出すと金貨二〇枚ほどになる。
その金額を聞いたタニアとパトリックが溜息を吐いた。
「とてもじゃにゃあが買えないがね」
「でも、売りに出されたら貴族や商人が飛び付くように買うと思うのよ。そうなったらリカルドは大金持ちよ」
タニアの言葉にリカルドは肩を竦め。
「製作するには、妖樹タミエルの魔功蔦が必要だからね。大金持ちになるほど作れない」
「そっか、残念ね」
リカルドから魔功銃が完成したと聞いたベルナルドは、魔功銃の威力を確かめると魔獣ハンターに妖樹タミエルの魔功蔦を採取させる依頼を出したらしい。
この国には特許制度は存在しないが、商人や職人の間には明確な発明者が存命する発明品と同じ物を発明者の許可なく製作販売してはならないという不文律が有る。
それに違反したからと言って法律に触れるわけではない。故に罰は受けないが、同じ商人や職人からは仲間はずれにされるようだ。
それでも製作販売する悪徳商人はいるが、これは特許制度が存在しても同じなので、どうしようもない。
また、ベルナルドはリカルドが手に入れた土地に近い郊外の土地を買った。商人らしい判断で、妖樹クミリが土壌改良してくれるなら、最安値の海岸付近の土地も高くなると考えたらしい。
ただベルナルドだけでなく、別の誰かも郊外の土地を手に入れようとしているらしい。その動きは巧妙に隠されていたが、ベルナルドが購入しようとした土地の半分ほどしか購入出来なかったので不審に思い、調査した結果、判明した事実だった。
2017/5/26 誤字修正
2017116 脱字修正




