scene:33 実験飼育場の価値
魔術士が利用する食堂の料理は普通という感じだった。不味くはないのだが、味が単調で物足りない感じがする。これだったら従業員宿舎でロブソンたちと一緒に食べても変わりない。
特にパンの味が酷かった。ロブソンたちが食べている黒パンではなかったが、間違いなく同じ店のパンだろう。やけに塩味がきつくぱさついている。
こんなパンを食べるより御飯が食べたいと真剣に思った。この世界にも米に近い穀物が存在するので後で手に入れることは可能だ。だが、炊くのはどうすればいいのだろう。
リカルドは電気炊飯器でしか炊いた経験がなかった。
昔、使っていた電気炊飯器が故障し、不味い御飯が炊き上がったことがあったが、そんなものなら不味いパンと変わらない。何とか炊き方を研究し美味しい御飯が食べたいものだ。
食事が終わり、タニアたちと別れようとした時、タニアが言い出した。
「これからイサルコ理事と新しく出来上がった魔砲杖の試射を見物に行くんだけど来ない?」
リカルドとパトリックは興味があったので喜んで承諾する。
「行きます」
「もちろん、行くがね」
三人で訓練場に向かった。そこには王権派の魔術士たちと耳の早い商人たちが見物に集まっていた。中にはベルナルドの姿もあった。
ベルナルドはリカルドの姿に気付かないようで、商人仲間と話し込んでいる。
訓練場にはイサルコ理事が既に来ていた。
「おや、リカルドたちも連れてきたのか」
リカルドたちはイサルコ理事に挨拶をした。
魔砲杖の歴史は浅く、二年前に魔導職人のルチオ・チェファルが発明したものである。ルチオが発表すると初めは不評だった。
そんなもの役に立つものかと魔術士たちが反発したのだ。
魔砲杖は魔術士でなくとも魔術が放てるようになる魔術道具だった。そんなものが広まれば魔術士は存在価値を失うと思い、長老派は批判した。
一方、王権派は魔砲杖の構造や原理を研究し、その限界に気付いた。魔術士が魔術を放つ時より魔力の消費量が多く、魔砲杖一つで一種類の魔術しか放てられなかったからだ。
試射する魔砲杖を製作したのは、ルチオ・チェファルの弟子のエミリア・ゼルビーニ。珍しい三〇代の女性魔導職人だった。
リカルドは初めて見る魔砲杖を観察した。
中折式のライフルに似ており、砲身は杖かロッドのように見える。
イサルコ理事は魔砲杖を手に取り、レバー操作でロックを解除し魔砲杖を手元部分で折ると触媒が詰まったカートリッジを中に詰めた。
ガチャリと元に戻すと砲身を的となる板に向けた。
「その魔砲杖には【爆散槍】の魔術が組み込まれています。まずは威力を御覧ください」
魔導職人のエミリアが説明を始め、イサルコ理事に撃つように合図する。
イサルコ理事が引き金を引き砲身から【爆散槍】の魔術が放たれた。
石槍が宙を飛び的の板に命中すると爆散した。的となった板は木っ端微塵となる。
「素晴らしい」
王権派の魔術士たちから称賛の声が上がった。
「以前は初級上位までだった魔術を中級下位まで発動するように発展させるとは、さすがルチオ殿のお弟子さんだ」
今まで魔砲杖では、魔術回路に組み込む難易度や魔力場の安定性の問題から初級上位までしか魔術を再現できなかったのだ。
「誠に。ところでどこを改造なさったのですか?」
魔術士の一人がエミリアに尋ねた。
「魔術回路に新たな工夫を加え、砲身にユナボルタの魔成ロッドを使いました」
「ほほう、ユナボルタの魔成ロッドとは思い付かなかった。いや、この場合は魔術回路の新たな工夫の方を褒めるべきでしたか」
イサルコ理事は感嘆の声を上げた。
エミリアは首を振り。
「いえ、魔術回路の新たな工夫は既に目処が立っていたのですが、魔術発動時の魔力場が安定せず困っていたのです。ですが、昨日ユナボルタの魔成ロッドが入荷したとの連絡があり、一本手に入れ組み込んでみたのです」
リカルドはハッとした。そのユナボルタの魔成ロッドは自分が売ったものだと気付いたのだ。
その後、何人かの魔術士が新たな魔砲杖を試射して威力を確かめた。
試射が終わった頃、ベルナルドがリカルドの姿を目にして傍に来た。
「感想はどうです?」
「素晴らしい威力でした。魔術士の自分たちが放つ魔術と遜色ないです」
「こういう武器を多く揃えられれば、魔獣の被害が減るのですが、現状では数を揃えるのに問題があるようです」
エミリアがベルナルドに近付き礼を言う。
「ベルナルド殿の御蔭で【爆散槍】の魔砲杖が完成しました。感謝致します」
「いやいや、私は仕入れた商品を売っただけ。礼などいりませんよ。それより、私の小さな友人を紹介します。魔術士のリカルド君です」
エミリアはどうして小さな魔術士をベルナルドが紹介するのだろうかと不思議に思った。
「このリカルド君はユナボルタの製作者マトウ殿のお弟子さんなのですよ」
「あの魔成ロッドの……なるほど、魔術士なのに魔導職人の技術も学んでいるとは勉強家ですね」
そこにイサルコ理事も加わった。
「リカルドは魔術士としても優秀なのですぞ。究錬局で研究して欲しかったのですが、本人が嫌がって……今は何をしているのやら」
話が自分のことになって、リカルドは慌てた。
「自分なんて魔術士になったばかりの新米ですよ。買い被らないでください」
「郊外に手に入れた土地で何か始めたようじゃないか。何をやっているのです」
ベルナルドが尋ねた。
リカルドは躊躇ったが、調べればすぐに分かることなので正直に話す。
「あの土地では、妖樹を育てています」
「なんだって……何のために?」
イサルコが驚いて問い質す。
「妖樹の生命力を利用して何かできないか実験しています」
ベルナルドは実験飼育場の話を聞いてゾクゾクするような興奮を覚え興味を示した。
こんな気持ちになったのは、若い時に【命】の触媒で一山当てた時以来である。
「その実験飼育場だが、見学させてくれないか」
ベルナルドが真剣な顔で頼んだ。
リカルドは承諾した。そうするとイサルコとエミリアまでも見たいと言い出した。タニアとパトリックも行きたそうにしていたが仕事があるらしい。
実験飼育場の存在は隠せるようなものではなかったので、明日一緒に見に行くことになった。
その時、リカルドたちは気付かなかったが、耳をそばだて盗み聞きしていた人物が居た。ベルナルドの知り合いで触媒商人のフィリッポ・トフォリである。
フィリッポはベルナルドが何やら興奮しているのを見て、金の匂いを嗅ぎ付けた。
そして、明日実験飼育場とか言う場所に見学に行くと聞き、使用人の一人に付けさせようと決めた。
雑務局の新人部屋に戻り、夕方まで報告書を作成した。結果、三枚の報告書を書き上げた。
その日書き上げた報告書は合計八枚、作成した報告書を二階にいるクラレッタに提出して帰路についた。
新しい我が家に帰るとセルジュとパメラ、それにモンタが待っていた。
寂しかったのか、リカルドを見るとモンタが駆けてきて、ピョンと胸に飛び付くと身体を登り肩の上で頭をリカルドの顔に擦り付ける。
「キュカ、キュイキュ」(リカと一緒がいい)
「寂しかったのか、セルジュとパメラが一緒に居ただろ」
「キュエキュ、キュキュ」(二人とも話が通じない)
モンタはセルジュとパメラの言葉が分かるのだが、二人にはモンタの言葉が理解できないので寂しかったようだ。
パメラが足に抱き付きよじ登ろうとする。モンタの真似をしているらしい。
リカルドは片手でパメラを抱え上げた。
「パメラは、今日何をしたんだ?」
「えっとね、庭の野菜にお水を上げて。お洗濯の手伝いをしたよ」
貸家には小さな庭が付いており、母親が手入れをして野菜を育てている。小さな菜園だが、セルジュとパメラも手伝っているようだ。
日が落ちる頃、アントニオが帰ってきた。疲れているようだ。
家から実験飼育場まで距離があり、歩いていくと一時間半ほどの時間が掛かる。往復で三時間も歩くのだから疲れるはずである。
「兄さん、実験飼育場だけど人を雇おうか」
アントニオが不安そうな顔をして。
「だけど、収穫もまだなんだぞ。実験に失敗したら、銅貨一枚だって手に入らないんだろ」
リカルドは兄が誤解しているのに気付いた。妖樹の価値を理解していないのだ。
「そんなことはないよ。妖樹クミリは生きたまま売れば穴銀貨二枚、死骸なら穴銀貨一枚くらいはするはずだよ」
妖樹なので炭にすれば触媒となる。妖樹トリルの炭ほど品質は良くないが、需要が高まっている【火】の触媒なので妖樹自体も高値で取引されている。
また、妖樹から取れる樹肝油も薬の素材となるので売れる。
リカルドの説明を聞いたアントニオが首を傾げた。
「そんなに価値があるものなら、何で他の人は育てようとしないんだ?」
「それはコカラのせいだよ」
コカラというのは『すずめ』に似た小鳥で、妖樹クミリの双葉《芽》が大好物で見つけ次第食べ尽くしてしまうのだ。
平野部や人里付近には必ずと言っていいほどコカラが生息しており、小鳥が寄り付かない魔境や一部の山地でしか妖樹クミリが育たない原因となっている。
その他にも歩き回る前の妖樹クミリは病気になりやすく育てるのが難しいらしい。
だが、歩き回れるようになるとタフになり、生命力が旺盛となる。
リカルドが魔術を使ってまで妖樹クミリを一気に大きくしたのは理由があったのだ。
「そうなのか。でも魔術を使うのには触媒が必要で、触媒は高いんだろ」
「そのために、触媒となる実が生るシュラム樹を接ぎ木したんだ。順調に育っているんだろ」
「ああ、その触媒は高いのか?」
「シュラム樹の実は触媒格五級の触媒になる。一つの実が穴銀貨二枚で取引されているから、たくさん実れば大儲けになる」
穴銀貨の価値は日本円に換算すると一〇〇〇円ほどになると大雑把にリカルドは思っていた。果実一つが二〇〇〇円の果物は高級品である。
田舎で育ったアントニオには、それがどれほどの儲けになるのか想像がつかなかったが、魔術士となった弟の言うことは事実だろうと感じた。
「判った。人を雇おう」
アントニオが納得した。
「兄さんが扱いやすいように、スラム街から子供を三人ほど雇おう」
スラム街の労働力は安い。
「どうやって選ぶんだ?」
「ロマーノ棟梁が時々スラム街の人間を労働力として使っているみたいなんだ。相談してみる」
ジュリアが料理が出来たと知らせに来た。
献立は頭突きウサギの肉と野菜を炒めたものと水牛の骨から出汁を取ったスープ、近所のパン屋から買ったパンである。
料理の味はリカルドの好みに合わせ、十分な調味料を使って味付けしてあった。
セルジュが一口食べて声を上げた。
「お母さん、料理が上手くなったね」
子供は正直である。ジュリア自身もユニウス村に居た頃に作っていた料理は不味かったと分かっていた。
満足に調味料や食材が無かったのだから仕方なかったのだが、リカルドに料理を教わり、工夫が足りなかったかもと反省していた。
◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆
翌朝、ベルナルドは何か起こりそうな期待に胸をワクワクさせながら、馬車の用意をさせた。
案内役であるリカルドとイサルコ、魔導職人のエミリアがベルナルド邸に集合する。
「さあ、乗った乗った」
普段に比べてテンションの高いベルナルドに急かされ馬車に乗る。
ベルナルドの馬車が走り出す。王都の第二南門から外に出ると海の方へ向かう。すぐに実験飼育場へ到着した。
ベルナルドが最後に見た時は、何もない海岸近くの林だったが、堀と丈夫そうな塀が完成していた。
「ほう、ロマーノ棟梁の仕事だけに早いですな」
「ええ、ベルナルドさんに棟梁を紹介してもらい感謝しております」
リカルドの返答を聞いて、相変わらず子供らしくない喋り方だと思った。
全員が馬車を降りるとリカルドが実験飼育場を案内し始めた。
屋根と壁だけの大きな作業小屋は完成しており、棟梁達は宿泊施設の有る小屋の建設をしていた。
ベルナルドの知らない少年が出迎えた。
「リカルドの兄さんなのか。あまり似ていないね」
イサルコが正直な感想を言う。
「俺は別な作業があるので、ご自由に見学してください」
アントニオは妖樹の餌となる雑草を集めるために離れていった。
ベルナルドは建設中の小屋をチラリと見てから、リカルドに案内され妖樹クミリの居る飼育場の方へ向かった。三区画に区切られた飼育場の中から海から一番遠い区画に入った。
中には五体の妖樹クミリが走り回っていた。大勢の侵入者に驚き逃げ回っているようだ。
「妖樹クミリだね。こいつの飼育は難しいと聞いていたんだが、ここまで大きくなっているのを見ると何か飼育法を見付けたようだね……素晴らしい。ただ、規模が小さいようだが」
ベルナルドの感想に、リカルドが頷いた。
「妖樹の飼育法を確立するために、実験している段階ですから」
「なるほど、この広さで小さな妖樹五体ですか。少なくないですか」
「いえ、五体の妖樹クミリでも数日で生えていた雑草を食べ尽くしてしまいましたので、本格的に飼育を始めるなら、もっと広い場所が必要だと考えています」
「ほう、妖樹は雑草を食べるのですか。知りませんでした」
「食べると言っていますが、正確には根っこで掻き集めたものを酵素で溶かし根から吸収します」
「なるほど」
ベルナルドとリカルドの話を聞いていたエミリアが地面を見て、手で土を掴み目の前に広げた。
「この土、外の土とは違っているわね」
妖樹クミリは土に含まれていた塩分も吸収し、農地には不向きな土を少しだけ土壌改良していた。しかも雑草を分解し吸収しきれなかった栄養分が土の中に残ったので少しだけ肥沃な土となっている。
「えっ、なんだって」
イサルコも土を掬って観察する。
「妖樹クミリは土壌を改良する力があるようなのです」
リカルドの説明にベルナルドは驚いた。それが本当なら農地には不向きだと放置されていた海岸沿いの土地が重要な意味を持ってくる。
次に真ん中の区画に案内された。そこには変なクミリが居た。
良質の油が取れる果実を付けるサザミの樹をカボチャ型の幹の上に生やしている妖樹だ。
「これは何だね。普通のクミリとは違うようだが」
イサルコが変な妖樹を凝視しながら問う。
「ここで改良したサザミの実が生る妖樹クミリです」
リカルドの言葉を聞いて、ベルナルドは大いに驚いた。
「ど、どうやって改良したのです?」
「済みません。それは秘密なんです」
ベルナルドは残念という顔をしたが、仕方ないと納得する。改めてリカルドを観察する。外見はどこにでも居る普通の少年だ。しかし、ものの考え方や行動が普通ではなかった。
こういう存在を天才とか言うのだろうか。いや、もしかすると……
「リカルド君、この飼育場はマトウ殿から言われて始めたのかね?」
リカルドは首を振り否定する。
「自分の考えです。マトウ師匠には賛同してもらい資金の援助もしてもらってます」
「ふむ、マトウ殿が援助をね。それだけ有望だと考えたわけだ」
ベルナルドは考え込んだ間に、エミリアが別の質問をする。
「何故、妖樹にサザミの樹を?」
「妖樹の生命力がサザミにどう影響するか確かめるためです。普通のサザミより多くの実が生るんじゃないかと期待しています」
エミリアは感心したように頷いただけだったが、ベルナルドは無意識に両腕を組み考え込んだ。その技術がどれほどの価値があるか計算する。
もし、この技術により収穫量が格段に上がるなら……いや、妖樹を育てる手間を計算するとどうなる。普通に果樹を育てる場合の何倍もの人件費が必要だろう。
ベルナルドが頭の中で計算している間もリカルドは案内を続け、最後の区間に入った。ここには触媒となる実を着けるシュラム樹の枝を生やした妖樹がのそのそと歩いていた。
イサルコはカボチャのような幹の上に載っている枝を見て唸るような声を上げた。
「こ、これはシュラム樹じゃないのか」
「はい、そうです」
リカルドが答えた瞬間、ベルナルドは計算を止めた。シュラム樹の実が収穫できるなら人件費など問題ではなかった。ベルナルドはまじまじと小さな少年を見た。この少年は本当に天才かもしれない。
2017/5/26 誤字修正




