scene:30 小鬼族との戦い
「……うっ、止めろ……」
兄のアントニオが目を覚ました。
悪夢を見ていたようで酷い顔をしている。まあ、死に掛けたのだから無理もない。
「兄さん、大丈夫?」
「誰……あっ、リカルドか」
「久しぶり、身体は大丈夫?」
アントニオは何か思い出したようで左手を確認する。
「力が入らない」
左手は外見上治っているように見える。だが、一度寸断された神経や筋肉は完全には元に戻らなかったようだ。
【治癒】は中級下位の魔術である。止血や打撲などの回復には有効なのだが、重症の怪我は上級魔術である【再生治療】でないと駄目な場合がある。
アントニオの場合も【再生治療】が必要だったのだ。だが、リカルドは【再生治療】を習得していなかった。
リカルドは魔術を使ってアントニオの手を治療したが、完全には治せなかったと謝った。
「謝る必要はない。痛みが無いだけマシだ」
兄の手がちゃんと動くようになるには長いリハビリが必要かもしれない。それでも動くようになれば幸運だ。もしかすると一生完全には元通りにならないかもしれない。
「父さんは?」
リカルドが黙って首を振るとアントニオはよろめきながらも立ち上がり、母親の泣き声がする方へ歩いていった。
残ったリカルドは弟と妹をあやしながら待った。
「キュカ、キュワキュ」(リカ、終わった?)
バッグの中からモンタの声がした。セルジュとパメラがびっくりした顔でショルダーバッグを見ている。
「出てきてもいいよ」
ジッとしているのに飽きたモンタが嬉しそうにバッグから出てきた。周りを見回しセルジュとパメラを見ると急いでリカルドの背中を登り後頭部に張り付いて声を上げた。
「キュエ」(誰?)
「弟のセルジュと妹のパメラだよ。こっちはモンタ、兄さんの……使い魔みたいなもの」
魔獣ハンターの中には使い魔を飼っている者が居る。魔獣の優秀な感覚器官を使い索敵に役立てるためである。それらの使い魔は小さな頃から人間が調教した特別な魔獣である。
モンタがリカルドの肩に移動し、セルジュとパメラへピョコッとお辞儀をする。
「モキュエキュ」(モンタだよ)
「セルジュだよ」
「パメラぁ」
何故か会話が成立している。
小さな弟と妹はモンタとすぐに仲良くなった。
モンタと弟妹をあやしている間に、リカルドはどん底に落ちそうになる心を回復させた。
母親と兄が戻ってきた。アントニオがリカルドの顔を見ると尋ねた。
「これから、どうしたらいいと思う?」
「安全な場所に避難してもらっている間に、自分が小鬼族を何とかする」
「お前一人で大勢いる小鬼を」
アントニオが驚きの声を上げた。魔術士の弟子になったと聞いていても十一歳の弟に、凶暴な小鬼たちを倒せるとは思えなかったのだ。
だが、家には小鬼三匹の死体がある。間違いなくリカルドが倒したものだった。
「大丈夫なの?」
母親の心配そうな声が届いた。
「心配しなくても大丈夫。見てよ、一人前の魔術士になったんだよ」
リカルドは認定タグを見せ、王都で魔術士認定試験に合格し、魔術士協会に入ったことを告げた。
それでも母親と兄は心配そうな顔をしていたが、最後には納得してくれた。
「そうだ、マッテオ兄さんは?」
次男であるマッテオの存在を思い出して尋ねると、少し前に村を飛び出したそうだ。
「何もない村だからな。嫌になって飛び出したんだ」
どこに行ったのかは判らないらしい。村はこんな状態だから、マッテオは運がいいのかもしれない。
「ところで隠れる場所はあるの?」
リカルドが尋ねるとセルジュが突然声を上げた。
「隠れ場所なら炭焼窯がいいよ」
弟のとっておきの隠れ場所らしい。
村の外れに炭焼き小屋が在り、中にある炭焼窯は家族全員が隠れられるほど大きいらしい。
早速移動を開始する。途中一匹の小鬼と遭遇したが、魔成ロッドの一撃で仕留めた。
その様子を見ていた家族は凄いと感心した。
炭焼き小屋に到着した。リカルドは炭焼窯の中に入り、ここなら安全に隠れていられるだろうと思った。
家族を炭焼窯の中に入れ、自分が戻ってくるまでここに隠れているように指示する。
この時、モンタをセルジュとパメラに預けた。
炭焼き小屋を出たリカルドは、村の南側に向かった。
気付かれないように村長宅に近付き物陰から覗くと、小鬼族が六〇匹以上で取り囲んでいた。
「誰か助けてぇー!」
「領主様に伝えてくれ。小鬼族に襲われたと伝えるんだ!」
土蔵の中から叫び声がした。最初の声は村長の娘だろうか。次は村長の声だった。
自分たちが見捨てられたとは知らず、領主に助けを求めているようだ。
小鬼族は土蔵の扉を破ろうとするが、棍棒くらいでは破れそうにない。
リカルドは小鬼の数を数え難しい顔になる。一人で退治するには多過ぎる数だった。
数を減らさなければと思い、【滅裂雨】の触媒を取り出す。リカルドが所有している範囲攻撃可能な魔術の触媒は【滅裂雨】が二つ、【嵐牙陣】が二つである。
【爆散槍】の触媒も所持しているが、これは範囲攻撃と言うより大物狙いの高威力魔術だった。
小鬼族が固まっている辺りに狙いを定め、【滅裂雨】を発動した。
上空で大気が渦巻き、数秒後に数十もの衝撃波の雨が地上の小鬼達を襲った。その一撃で倒れた小鬼の数は十数匹である。
小鬼族は何が起こったのか判らずギャアギャアと騒ぎ始め大混乱である。
リカルドはもう一度【滅裂雨】を放った。今度も十数匹の小鬼が倒れ、残ったのは三〇匹ほどになる。
一匹の小鬼が物陰に隠れていたリカルドに気付き大声を上げた。
小鬼たちが一斉にリカルドの方に視線を向ける。
「……やばい、慎重に作戦を考えてから攻撃すべきだった」
逃げ道を探して辺りを見回す。リカルドは物陰から出ると村の中央にある道を東の方へ走る。当然、小鬼たちが追ってきた。
走りながら【嵐牙陣】の触媒を取り出し魔術の準備をする。クルリと振り向いたリカルドが【嵐牙陣】の魔術を放った。
十数もの風の刃が追ってきた小鬼たちに襲い掛かり七匹ほどが倒れた。残った小鬼たちが鬼のような形相……普段の顔で怒声を放ち、小石を投げてきた。
リカルドは村の北側にある迷路のような路地に逃げ込んだ。
路地に逃げ込んですぐ、地面に【泥縛】の魔術を放つ。
先頭で追い掛けてきた小鬼がニヤリと笑って棍棒を振り上げ、リカルドに振り下ろそうとした時、ズボッと泥に沈み込んだ。辛うじて鼻から上だけが泥の上に出ている。
追い掛けてきた二匹目と三匹目が泥に落ちた時、やっと小鬼たちが状況を把握した。
リカルドと小鬼たちは小さな泥沼を挟んで対峙した。
路地の幅は狭く泥沼を避けては通り抜けられなかった。
正面の小鬼が泥の中に沈んでいる仲間を見て馬鹿にするように笑った。
笑った小鬼(仮称小鬼A)は泥と化している地面の長さを確認すると飛び越せると判断したのだろう。少し勢いを付けるとジャンプした。
空中をリカルド目掛けて飛んでくる。
リカルドは泥沼ギリギリまで踏み込み両手で小鬼Aを押し返した。
「グウォー」
小鬼Aは野太い叫び声を上げ泥に落ちた。泥の中で藻掻くも抜け出せず頭だけ出した状態で、恨めしそうにリカルドを見て口から泥を吐き出した。
次に前に出た小鬼Bは、泥から頭だけだしている小鬼Aを見て何か思い付いたように変な笑いを浮かべた。
「グヒャヒャ」
不気味な笑い声を上げた小鬼Bも飛ぶつもりのようだ。少し後退り勢いを付け飛んだ。
小鬼Bの着地点は小鬼Aの頭だった。小鬼Aの頭の上に立ちリカルドを攻撃するつもりなのだ。
空中でドヤ顔になっている小鬼Bの姿が目に入った。
リカルドは用心して距離を取る。そして、小鬼Bが着地。
小鬼の頭はスキンヘッドである。俗に言うツルッパゲなのだ。しかも泥が付いて非常に滑りやすくなっていた。
小鬼Bはつるんと足を滑らせ泥に落ちた。
「阿呆か!」
リカルドは思わず叫んでいた。
あまりにも滑稽な小鬼の行動に、父親の死という事態により張り詰めていた気持ちが地崩れ起こし消えてなくなった。
「クソッ、緊張感を根こそぎ奪われた気がする。もしかして、こいつらの作戦か……そんな訳ないか」
後ろから物音が聞こえた。別の路地から入った小鬼が回り込んできたのだ。
魔成ロッドを握り締め物音の方へ駆け出す。路地を右に曲がると二匹の小鬼が居た。魔術を使う時間はなかった。棍棒と魔成ロッドの戦いとなり、棍棒の一撃を左肩に受けながらも二匹を仕留めた。
「痛っ……やっぱり接近戦は魔術士の戦い方ではないということか。真剣に何か対策を考えないとそのうち大怪我をしそうだ」
泥沼を飛び越えた小鬼たちがリカルドを追ってきた。【治癒】の魔術を使って肩の治療をしようと思っていたが、その時間もない。
迷路のような路地を駆け巡りながら戦う。魔成ロッドの衝撃波で小鬼を吹き飛ばし、残り少なくなった触媒を使って魔術を発動し小鬼を穴だらけにしながら確実に小鬼の数を減らした。
お陰で残る小鬼は三匹だけとなる。
「ま、まだ居るのか……疲れた」
走り回りながら魔術を使ったせいでリカルドはヘロヘロになっていた。
触媒ポーチを探り残っている攻撃用触媒を確かめる。
「中級下位用の【地】の触媒が一つだけか……【爆散槍】か【泥縛】だな」
リカルドは村の中央を通る道に出て最後の決着を付けることにした。
堂々と道の真ん中に進み出ると小鬼たちも追ってきた。
リカルドが呪文を唱え始めると小鬼達の中の一匹が吠えた。小鬼たちが纏まっている所に魔術を何度か放り込んだので、少しは学習したようだ。
その一匹が呪文が完成する前に片を付けようとダッシュする。その判断は正しかったが、タイミングが遅かった。呪文は完成し【爆散槍】が発動する。
空中に大きな石槍が現れ後方に居る二匹の小鬼目掛けて飛翔する。
爆散槍は左側に居た小鬼を貫き爆散し、右側に居た小鬼も破片で脇腹に穴が開き倒れた。
最後の一匹と接近戦となった。それからの戦いについては記憶が曖昧になってしまった。リカルドが気付いた時には、最後の一匹が地に倒れ、自分自身はボロボロになっていた。
「……終わった」
荒い息をしながら、その場で瞑想を始め体力と魔力の回復を行う。
暫らくして落ち着くと炭焼き小屋に戻った。
「皆、出てきていいぞ」
家族が炭焼窯から出てくると体中が真っ黒になっていた。
家に戻って身体を洗って着替えるとひと息ついた。
その後、小鬼族が退治されたことを村長宅の土蔵に立て籠もっている村人や他に隠れていた者たちに伝えると村人が外に出てきた。
リカルドが魔術士となって戻り、小鬼族を倒したのを知ると非常に感謝された。
だが、村人の表情は冴えなかった。昨日まで元気にしていた家族や知人の多くが小鬼に殺されていたからだ。
死んだ村人の埋葬や小鬼の死骸の片付けが行われた。
因みに小鬼の角は触媒となるのでリカルドがしっかり回収した。
村の中が一段落した後、リカルドは家族全員で話し合った。
「これからどうしたらいいんだろうね?」
母親のジュリアが不安を滲ませた声で尋ねた。
「俺が頑張って、父さんの代わりになるよ」
兄が悲壮な表情をして告げるのを聞き、リカルドは兄の左手をチラリと見て自分の意見を伝えた。
「兄さん、無理しなくていいよ。家族皆で王都に引っ越してくればいい」
「でも、リカルドだって魔術士協会に入ったばかりで大変だろ」
「心配しなくていいよ。王都には知り合いもできたし、土地も手に入れたんだ」
「土地だって……農業を始めるつもりなのか?」
「いや、妖樹を育てるつもり」
「ええっ、そんなもの育ててどうするんだ」
「妖樹は触媒の素材となるから高く売れるし、ちょっと実験をしたいことがあるんだ」
「実験? よく分からないけど、リカルドは変わったな。魔術士になるためにたくさん勉強したんだろう」
話し合った結果、家族で王都に引っ越すと決まった。
村長と相談し所有していた家と農地は買い取ってもらうことになった。但し村長が提示した値段は雀の涙ほどだった。リカルドには恩があるので高く買い取ってやりたいのだが、村長の懐具合も厳しいらしい。
村人に兄のマッテオが戻った時、王都の魔術士協会にいるリカルドの所へ行ったと伝言してくれるよう頼んだ。
荷物は収納碧晶に仕舞った。この様子を見た母親と兄は驚き、弟と妹は面白がって喜んだ。
「そんな道具も持っているのか。凄いな」
アントニオが感心する。
「こんな高価な魔術道具を持っていると知られたら、悪い奴らに狙われちゃうから秘密にしてね」
リカルドがセルジュとパメラに向って言うと弟と妹が頷いた。
「ねえ、リカ兄。それって僕にも使えるの?」
普通の収納碧晶は金属製保護殻や魔力制御回路、魔力伝導棒などを付け、魔力制御ができない者でも使えるようになっている。しかし、リカルドの使っている収納碧晶は、円筒形金属缶に綿を詰め碧玉樹実晶を入れてあるだけのものだった。
魔力制御は自分自身で行うので保護するものがあれば良いという発想だ。使う時は蓋を開け収納碧晶に触って魔力を流し込む。
「これは魔術士専用だから無理だよ」
「そうなの……だったらリカ兄みたいに魔術士になる」
「パメラも」
可愛い弟と妹である。魔術士になるかどうか別にして、十分な教育は受けさせようと思った。
母親がパメラを、アントニオがセルジュを背負って、まずはゆっくりした速度でデルブへ向かった。
三日でデルブに到着したリカルド達はデルブの町で二日ほど休養を取った。
デルブの街で聞いた情報によると鉱山町パキートにも小鬼族が現れたそうだ。しかも数百という数であり、パキートへ向かった兵士と魔術士が壮絶な戦いの末、退治したそうである。
家族が休養している間に、リカルドは妖樹トリルが多く棲息する森に狩りに出た。王都に戻れば色々と金が必要になるので魔成ロッドを作り資金にしようと考えたのだ。
二日間で六体の妖樹トリルを狩り、十二本の枝を手に入れた。
ベルナルドによるとリカルドが作る魔成ロッドは人気商品になっており、入荷待ちをしている者が何人も居るらしい。
鉱山町パキートでの戦いも気になったが、デルブに戻ったアレッサンドロと鉢合わせするのも嫌なので、三日目の朝にデルブを出発した。
それから順調に旅を続け、王都に辿り着いた。
2017/4/23 誤字脱字修正




