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scene:3 魔術士の弟子

 三冊目の写本をマッシモに提出した。

 マッシモはアレッサンドロから褒められたようだ。褒美に幾らかの小遣いも貰ったようである。

 それを知って、少しくらい分けてくれるんじゃないかと期待した。

 期待した自分が馬鹿だったと知る。マッシモは根っからのケチである。自分の懐に入った金は穴銅貨一枚だろうが出そうとはしない。


 この国の貨幣は、穴銅貨・銅貨・穴銀貨・銀貨・金貨等の種類が有り、それぞれは一〇枚で価値の高い硬貨と同等となる。因みに先頭に穴の文字が付いている硬貨は五円玉のような穴が空いている硬貨である。

 大体だが、銅貨一枚が一〇〇円、銀貨一枚が一万円、金貨一枚が一〇万円に相当するだろう。


 最後の写本をマッシモに提出した後も、下男の仕事をしながら魔術について勉強を続けた。

 本当は書斎にある魔術の書籍を読んで学びたいのだが、魔術士やその弟子が許可してくれるとは思えない。

 魔術には幾つかの系統が有り、代表的な【火】【水】【風】【地】などは多くの魔術士が研究しているので、数多くの魔術が創り出され世の中に知られている。

 魔術士は、それらの中から自分に合った魔術や触媒が手に入り易い魔術を学び身に付ける。

 オリジナルの魔術を研究している魔術士も居るようだが、そういう者は大きな図書館や研究施設のある王都へ行くようだ。


 初級の魔術に成功したので、触媒について研究を始めた。【火】の触媒として灰や炭が使われるが、効果は炭の方が高い。同じ着火の魔術でも触媒に灰を使った時と炭を使った時では発生する炎の大きさが違う。

 炭の方が五割ほど大きな炎になるのだ。


 教本の『魔術における触媒論』には触媒の本質と歴史について書かれていた。

 触媒の中に【玄子】と呼ばれる元素が含まれており、触媒の効果は玄子の量により決まるらしい。

 玄子は一種類ではなく魔術の系統別に存在する。火系統なら【火玄子】、水系統なら【水玄子】という感じである。


 例えば【水】の触媒である貝殻には水玄子が含まれている。だが貝殻により水玄子の含有比率が違う。

 魔術士たちは経験則により深海で生息する貝の殻には水玄子が多く含まれているのを知り、深海に生息する貝を採取し触媒として使うようになった。


 上質の触媒は戦いにおいて戦略物資となる。貴族や王族は高品質の触媒を求めた。

 王の権力が強かった頃、王は貴族たちに最高の触媒を半年に一度献上するように命じた。それは貴族の義務であると同時に誇りともなった。これだけ良質な触媒を我が家では所有しているぞと誇示するのだ。

 その慣習は王権が弱まった今でも続いており、春と秋に貴族は王都へ上京し触媒を献上する。

 海辺の領地を持つ貴族は一角魔魚などの海の魔獣を仕留め、その素材を献上した。だが、貴族の中には海の魔獣を仕留めれられず深海の貝を粉々に砕いて献上する者も居た。海の魔獣を倒すのは難しいのだ。


 その難しさを示す逸話として、ある伯爵が一角魔魚を仕留めようとして三人のベテラン魔術士と十数名の兵士を失った話が残っている。陸上ならまだしも、海の上で化物を仕留めるのはリスクが大きいようだ。

 一方、山に囲まれたファビウス子爵の領地では、妖樹エルビルを倒し、その体を蒸し焼きにして炭を作り献上していた。

 妖樹は、その実や花が命系統の触媒になり、その幹を蒸し焼きにして炭にすると火系統の触媒になる。二系統の触媒が取れる珍しい魔獣だった。


「妖樹エルビルか……どんな化物なんだろ。見てみたいような。怖いような」

 年に二度、妖樹エルビルを狩るために城の兵士と魔術士が魔獣の住む山へ遠征する。その遠征に参加する魔術士は若手が多い。やはり年を取ると登山は体力的に難しいのだろう。

 マッシモは遠征に参加したことがあるのだろうか。


 一階の掃除が終わり休憩していた時、マッシモに呼ばれた。階段を登り二階に行くと買い物を頼まれた。

「炭屋に行って良質の炭を買ってこい。触媒に使うものだから最上質だぞ」

「エッ……最上質って、妖樹エルビルの炭ですか?」

 マッシモが呆れたような顔でこっちを見た。

「馬鹿か、炭屋に妖樹エルビルの炭が売っているわけないだろ」

 妖樹エルビルの炭は全て子爵が管理しているらしい。


 銀貨三枚を持って街へ出た。何度か買い物に来ているので道は判る。人や馬が踏み固めた道を歩いていると行き交う人が多くなった。

 夏の終わりの時期なので、半袖のシャツにズボンやスカートという服装が多い。女性は買い物カゴを持っている人が多いので食料を買いに来ているのだろう。

 物売りの声や客引きの声がする。露店ではスイカに似た果物を売っていた。


 炭屋は商店街の端にあった。大きな店で中で炭や薪を売っていた。店内には数人の客と店員が居て注文のやり取りをしている。

 リカルドが店に入ると十二歳位の少年が応対に歩み寄る。

「いらっしゃいませ、薪ですか?」

 首を振ってから。

「触媒に使う最上質の炭を下さい」

「ああ、魔術士のお弟子さんですね。少々お待ちください」

 間違いを正す間も無く、店のお兄さんは奥に引っ込み大事そうに大きな箱を持ってきた。


 最上質の炭というのは、ガシガジの樹を炭にしたもので貴重品らしい。

 銀貨三枚を渡すと砕いた炭の粉が入った小さな壷を渡された。壷を持ってきた風呂敷のような布で包む。用事を済ましたので、商店街を見物しながらぶらぶらと歩く。

 金物屋や八百屋、古着屋、仕立屋、肉屋、酒屋、アクセサリー店などが並んで中々賑やかだった。

 そして、日本には存在しなかった店もある。傭兵斡旋所、触媒屋、革屋、武器屋などである。


「触媒の炭は炭屋で買えと言われたけど、触媒屋にも有るんじゃないか?」

 突然、後ろから声を掛けられる。

「普通の炭は触媒屋には売ってないよ。有るのは妖樹なんかを蒸焼きして作った炭だけさ」

「えっ」

 後ろに腰の曲がった婆さんが立っていた。

「入っておいで」

 杖を突きながら婆さんが触媒屋の中に入った。中で店番をしているおじさんが声を上げる。

「母さん、どこへ行ってたんだよ?」

「墓参りじゃよ」

 お婆さんに続いて中に入ると店の中に様々なものが置かれているのに気付いた。一番多いのは魔獣の素材である。火炎亀の甲羅・風斬り鳥の羽根と骨・ワームの嘴・火吹き鳥の羽根と骨などの見たこともない魔獣の素材がカウンターの後ろの棚に並んでいる。

 店の広さは昔の駄菓子屋程度で広くない。婆さんは小さな出入り口からカウンターの向こう側へ移動し座り心地の良さそうな椅子によっこらしょと座った。


「お前さんは魔術士の弟子なのかい?」

 婆さんの質問に首を振り、下男として働いていると答えた。

「おや……あたしの勘が外れたか。魔術士特有の雰囲気があったんだがね」

「ちょっとだけ、魔術の勉強をしたからかな」

「誰に習ったんだい?」

「子爵様の所のご子息に魔術を教えているのが伯父さんなんだ」

「へえ、お前さんはアレッサンドロの甥なのかい……大変だね」

 何が大変なのだろうか? 首を傾げ不思議そうな顔をしたからだろうか。婆さんが教えてくれた。


「子爵家には三人の魔術士が居る。一人はアレッサンドロ、主に御子息様に魔術全般を教えとる。もう一人はフラヴィオ、【火】と【風】の魔術を得意とする実戦型魔術士、最後の一人はエドアルド、人の心を読み人心掌握に優れている魔術士じゃ」

 ……人の心を読む魔術もあるのか。気を付けなきゃいけないな。

「それぞれが何人かの弟子を育てておる。じゃが、春に行われた妖樹エルビルの狩りで、アレッサンドロは弟子を二人失った」

 ……二階に空き部屋があったけど、あれは死んだ弟子の部屋だったのか。


「毎年、春と秋に行われる妖樹エルビルの狩りには、魔術士か、その弟子が参加することになっておる。アレッサンドロは今まで弟子だけを参加させてきた。お前に魔術を教えているなら、弟子にして狩りに参加させる気かもしれんぞ」

 婆さんの考え過ぎだった。アレッサンドロはリカルドを弟子にする気はないし、狩りに参加させようとも思っていないだろう。


 その後、婆さんが楽しそうに触媒についての薀蓄うんちくを語り出した。どうやら薀蓄を語るために、リカルドを店の中に招き入れたらしい。

 お陰で触媒の知識が増えた。

 触媒屋を出て屋敷に戻ると珍しくアレッサンドロが一階のリビングで寛いでいた。

「ん……リカルドか、買い物にでも行っていたのか?」

「はい、触媒の炭を買いに行っていました」

「マッシモの使いか。やっと魔術の訓練を始める気になったか」

 魔術士の弟子は訓練嫌いらしい。そんなんで妖樹エルビルの狩りに行けるんだろうか。


 マッシモが上から降りてきた。

「父さん、本当に妖樹狩りに行かなきゃならないの?」

 アレッサンドロが不機嫌な顔になる。

「話し合いをした方がいいようだな。私の部屋に来い」

 二人は二階に上がりアレッサンドロの私室に入る。リカルドは何だか二人の様子が気になり、二階に上がって二人が入った部屋の前で聞き耳を立てた。


 中からアレッサンドロの声が聞こえる。

「弟子はお前一人になったんだ。お前が行くしかないだろ」

「ですが、兄弟子たちは狩りで死んだんだよ」

「運が悪かっただけだ」

「だったら父さんも一緒に行って息子の僕を守ってよ」

 マッシモの甲高い声には恐怖が混じっていた。

「馬鹿を言うな。いつまで甘えている。そろそろ真剣に修行しないか」

「父さんは狩りで僕が死んでもいいの?」

 アレッサンドロが机か何かを叩いたような音がした。


 震える声でマッシモが提案する。

「そうだ、別の弟子が居ればいいんでしょ。誰かを弟子にして、そいつを狩りに行かせてよ」

 アレッサンドロは大きく溜息を吐いたようだ。

「簡単に言うな。才能のある弟子を見付けるのが、どれほど大変か判っているのか」

「……代わりになるなら誰でもいいよ……それこそ、リカルドでもいい」

 マッシモの言葉を聞いたリカルドは、何を言ってるんだと思った。本人は必死に訴えているが、内容が下衆げす過ぎる。

 幾ら息子のためとは言え、アレッサンドロが許すはずがない。そう思った。


 アレッサンドロが沈黙した。考え込んでいるのだろうか。……嫌な予感を覚えたリカルドはまさかと思う。

「ふむ……それも一つの方法だな。狩りには弟子を出したという実績があれば顔は立つ」

 父親の返事を聞いて、マッシモが明るい声で言う。

「そうでしょ、いい考えでしょ」

「そうと決まったら、誰を弟子に選ぶ。やはりリカルドにするか」

 マッシモが元気に返事をした。

 リカルドは静かに部屋の前を離れ、一階へと下りた。


 その日、リカルドは魔術士アレッサンドロから弟子にしてやると告げられた。

 普通なら魔術士の弟子になれると聞いて嬉しいはずなのだが、全然嬉しくなかった。アレッサンドロが自分を弟子にする理由が、余りに自分勝手な理由だからだ。

 断ることも可能だったが、一人だけで妖樹狩りに行くわけではない。死ぬ確率は、それほど高くないと考えた。

 考えた末、魔術士の弟子になることを選んだ。


 アレッサンドロはリカルドを正式な弟子にすると厳しい顔をして告げた。

「妖樹狩りは二ヶ月後に行われる。お前はそれまでに初級の魔術ぐらいはできるようになれ」

「分かりました。書斎にある魔術の本を読んでもいいですか?」

「ああ、構わん。私に恥をかかせないだけの魔術を覚えろ。いいな」

 アレッサンドロはリカルドに魔力制御の秘技を勿体を付けながら教えた。既に知っていることだったが、殊勝な顔をして聞いた。

 それに【水】【風】【地】の触媒を少量ずつだが貰った。触媒がないと魔術を試せないからだ。


2017/7/6 誤字修正

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