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scene:28 魔術士になる

 体長三メートルの巨大な体格をした熊が現れたのである。訓練場に居た人々は仰天し、次に恐怖した。

 普通の熊なら、そこまで恐怖心を抱かなかったかもしれないが、魔獣の巨大熊は本能的に恐怖を湧き上がらせるらしく、ほとんどの者が顔色を青褪めさせた。

 例外はイサルコとオクタビアス公爵、それにリカルドだけだった。

 この時、リカルドはモンタをパトリックに預けてきて良かったとしょうもないことを考えていた。


 双角鎧熊を召喚した本人であるレミジオは魔力切れを起こし、地面にへたり込んでいる。

 そのレミジオを双角鎧熊が見下ろしていた。召喚者が分かるのか、『こんな所に呼び出しやがって』という感じの怒りを込めた目で睨んでいる。

 突如、咆哮を放った巨大熊がレミジオ目掛けて突進を開始した。


「そんなぁー!」

 公爵の悲痛な叫びが耳を打つ。

 リカルドは双角鎧熊がレミジオを睨んでいる間に取り出した触媒を撒き、呪文を唱える。


「ファスナル《火と水よ》・ガヌバドル(マグマとなって)スペロゴーマ(弾け飛べ)


 【溶炎弾】の魔術が発動し、後一歩で巨大熊の爪がレミジオに届くというタイミングで溶岩の塊が熊の肩に命中した。

 系統詞を『ファスナル《火と水よ》』に変えることで威力が高まった【溶炎弾】は、巨大熊の肩の骨にヒビを入れ、高熱の溶岩が針金のような毛を焼く。

 双角鎧熊が悲鳴を上げ地面を転がり始める。肩にべったりと張り付いた溶岩を地面に擦り付け落とそうとしている。

 リカルドはレミジオの襟を掴むと引き摺って十メートルほど距離を取る。

 公爵の護衛が走り寄り、レミジオを肩に担ぎ上げると公爵と一緒に避難を開始した。

 周りを見ると受験生も試験官も大声でわめきながら逃げ出そうと訓練場の出口に向かって殺到していた。


 逃げ出さずに残っているのは、リカルドとイサルコ、タニアの三人だけだった。

 公爵の傍に居た理事のリューベンも逃げ出し影も形もない。

 意外にもスカウトに来ていた王家の者も逃げた。実戦派の宮廷魔術士ではなく、事務方の者だったようである。

「タニア、君も避難しなさい」

 イサルコが双角鎧熊を睨みながら言う。

「理事、私だって一人前の魔術士なんですよ。一緒に戦います」

 タニアは拒否し触媒を取り出した。イサルコは溜息を吐きリカルドに視線を向ける。

「リカルド君、君も避難した方がいい」

 リカルドは【爆散槍】用の触媒を取り出しながら苦笑する。

「そうしたいのですが、あいつの怒り方からすると絶対に追ってきます。ここで戦った方が良さそうです」


 呪文を詠唱する声が聞こえた。タニアが【爆炎弾】を放とうとしている。

 タニアの魔成ロッドの先に炎の玉が生まれ双角鎧熊に向かって飛翔する。地面を転げ回って大騒ぎしている巨大熊の背中に当たった炎の玉が爆発した。

 【炎翔弾】の爆発は炎が膨れ上がる感じだが、【爆炎弾】はダイナマイトが爆発したような感じであった。

 威力としては【爆炎弾】の方が断然上である。とは言え、双角鎧熊の毛皮は分厚く、爆発の威力を毛皮に吸収され、大したダメージは与えられなかったようだ。


 イサルコは双角鎧熊に大したダメージを与えられなかったのを悟り。

「【地爆槍】用の触媒を持ってないか?」

 イサルコがタニアに尋ねた。

「試験を見物に来ただけなんですよ。そんな物騒な触媒は持っていません」

 イサルコとタニアの腰には触媒ポーチが一つだけあった。中身は怪我人が出た時用の【癒やし】と【治癒】の触媒がほとんどで、攻撃魔術用の触媒は少ししか入っていなかった。


 双角鎧熊が溶岩を地面に擦り付け復活した。激しい怒りを込めた目でリカルドを睨んでいる。

 四つ足で地面を蹴り、物凄い勢いで向かってきた。

 リカルドはカウンターとなるよう【爆散槍】を放つ。

 空中に生まれた巨大な石槍は双角鎧熊の胸に命中し爆散した。その傷口は大きく、ボタボタと血が流れ落ちる。

 巨大熊が痛みに耐えている間に、リカルドは後ろに下がり距離を取る。

「【爆散槍】でも仕留められないのか。致命傷を負わせるには中級上位の魔術が必要なのかな。……でも、急所に命中すれば」


 リカルドがどうやって仕留めるか考えている間、イサルコが【重風槌】を放ち巨大熊を吹き飛ばした。

 だが、双角鎧熊は元気一杯という感じで跳ね起きると怒りの咆哮を上げた。

 イサルコは誰か応援が来ないかと愚痴る。


 リカルドは触媒ポーチから【爆散槍】の触媒を二つ取り出し、タニアに向かって放り投げた。

「【爆散槍】用です。それを使ってください」

「仕留められるかしら?」

「自分が奴の動きを止めます。頸か頭を狙って放ってください」

 タニアは頷き、触媒の一つをイサルコに渡した。

「熊の動きを止める? ……彼はどうするつもりなのだ?」

 イサルコは疑問をタニアに投げるが、タニアもリカルドが何をするつもりなのか分からなかった。


 双角鎧熊はゆっくりと近付いてきた。その視線はリカルドの一挙手一投足を注目し、変な動きをしたら飛び掛かろうと狙っている。

 リカルドは酷く喉が渇いているのに気付いた。双角鎧熊の姿が悪夢の中に出てくる化物のように見える。

 素早く触媒を振り撒くと早口で呪文を唱える。


「アムスナル《大地と水よ》・ヒュジナスカ(泥濘となって)グラジバイズ(引き摺り込め)


 リカルドが魔術を放とうとしていると気付いた巨大熊が二本足で立ち上がり、凶悪な爪をリカルドの頭上に振り下ろそうとした。

 その時、放った魔術が真価を発揮した。双角鎧熊の足元が泥沼のようになり、その巨体がズボッと泥の中に引き摺り込まれ、胸の辺りまで泥の中に埋まった。

 それを見た。イサルコとタニアが呆気に取られた顔をして立ち尽くす。

「止めを!」

 リカルドが叫ぶと二人ともハッとしたような顔をして魔術を放った。


 イサルコが放った【爆散槍】は巨大熊の頭に、タニアが放った【爆散槍】は首に命中し爆散し、その破片は眼を潰して脳まで破壊する。

 暫く泥の中で藻掻いていた巨大熊も次第に力を失い動かなくなった。


「仕留めたの?」

 タニアが掠れた声で尋ねた。

「ああ、死んだようです」

 イサルコが大きく息を吐き出した。そして、双角鎧熊に近付き泥沼と化した地面を触る。魔術の効果が切れた泥は急速に水分を失い、巨大熊が埋まったまま乾き始めていた。


「これは何という魔術なのかね?」

 リカルドは顔を顰めてから応える。

「【泥縛】……【地】と【水】の複合魔術です」

 イサルコとタニアの顔に驚きの表情が浮かぶ。

「ちょっと待て、複合魔術だと……」

 そう言うとイサルコが考え込み、やがて笑い出した。

「そうか……お前だったのか」

 タニアが怪訝な表情を浮かべイサルコを見る。


「マッシモの論文だ。おかしいと思っていたのだ。あんな馬鹿な若造に書ける論文ではなかった」

「えッ、あの論文を書いたのがリカルドだと仰るのですか?」

 タニアが大きな声を上げた。

「あの論文以来、マッシモの研究は全く進んでおらん。それなのにリカルド君は新しい複合魔術を見せてくれた。どういうことか判るか……リカルド君が行っている複合魔術の研究の方が進んでいるのだ」

「つまり複合魔術の第一人者はリカルドだと?」

「そうだ、マッシモとリカルド君の師匠であるアレッサンドロ殿の可能性もあったが、田舎でくすぶっている者に、あれほどの魔術論文が書けるはずがない」


 タニアが値踏みするような目で、リカルドを見る。

 リカルドは大きな溜息を吐き。

「バレるのは時間の問題だと思っていましたけど、魔術士になる前に勘付かれちゃいましたか」

「やっぱり、あんただったのね。……さあ、全部白状しなさい」

 タニアがリカルドを犯人扱いする。イサルコは苦笑しタニアを抑え、リカルドに説明を求めた。


 リカルドはアレッサンドロには恩があり、従兄弟であるマッシモのために書きかけの魔術論文を渡したと説明した。

 イサルコは真実を公表しマッシモが受けた栄誉をリカルドの手に取り戻すべきだと主張する。

「自分が書いた魔術論文はマッシモの手にあるので証拠がありません」

「む……そうか。証拠がないか───それなら新しい複合魔術の論文を書きなさい。必ずマッシモと同じほどの栄誉を手に入れられるはずだ」

 リカルドは苦笑いして。

「そうなると究錬局に入って、派閥争いに悩まされながら次の論文はまだかと尻を叩かれるわけですね」

 タニアがリカルドを睨み。

「何……究錬局に入りたくないの。名誉な事なのに」

「でも、最近の究錬局で新しい発見や素晴らしい論文が発表された事実はないですよね」

 イサルコとタニアが同時に顔を歪めた。

「痛い所を突いてくるね。確かにそうだが、魔術の研究をするなら究錬局の方が参考資料や設備が整っている」


 リカルドは首を振り拒否した。

「でも、どんなことを研究するかは局長の許可が必要じゃないのですか?」

「そうだが、優秀な人材なら希望通りの分野を研究する許可が下りるはずだ」

 副局長の言葉だったが信じられなかった。魔術士協会が求めているのは強力な攻撃魔術である。生活が便利になる魔術を研究している事例を聞いた覚えがない。

 生活が便利になる魔術を研究したいとリカルドが言い出した場合、許可が下りるかどうか微妙だった。

 それをイサルコとタニアに伝えると言葉を詰まらせ、大丈夫だとは言ってくれなかった。


 その頃になって、討伐局から魔術士たちが駆け込んできた。

 イサルコの姿を発見すると歩み寄り。

「イサルコ理事が仕留められたのですか?」

「あ、いや……我々で仕留めた」

 仕留めたのはイサルコとタニアの【爆散槍】だったが、戦いを主導したのはリカルドだった。

 イサルコはリカルドの迷惑そうな顔を見て、事実を公表しない方がいいと判断した。


 その後、野次馬が集まり始めたので、リカルドは従業員宿舎に戻った。

 実技試験は明日に延期となったようだ。

 次の日、リカルドは実技試験を無難な魔術で乗り切った。

 披露した魔術は初級上位の【流水刃】、中級下位の【爆散槍】、中級上位の【滅裂雨】である。

 結果は次の日に発表された。筆記試験と合わせ平均七〇点を超え魔術士認定試験に合格である。


 試験に合格した者は、魔術士の印である銅製の認定タグを受け取った。このタグには魔術士協会がリカルドを魔術士だと認めた旨が刻まれていた。

 意外にもレミジオも合格していた。公爵の威光は魔術士協会内部でも有効なようである。

 認定タグを受け取った後、レミジオがリカルドに歩み寄った。

「おい、一応礼は言っておく。だが、お前に助けられなくとも双角鎧熊ぐらい撃退できたんだ。あまり吹聴するんじゃないぞ」

 レミジオは公爵からちゃんと礼を言えと命令されたらしい。今の言葉から感謝の念があまり感じられなかったが、貴族などそんなものだと達観した。


 リカルドは予定通り魔術士協会に就職した。

 魔術士協会が発行してくれる身分証が欲しかったからだが、シドニーやロブソン、パトリックやタニアとの絆を感じ離れたくなくなっていた。

 特に教え子のようなシドニーたちは、魔術の才能が芽生え成長し始めたばかりであり、ここで放り出したくはなかった。


 イサルコとタニアは複合魔術のことは内緒にしてくれたようで、希望通り雑務局に配属となった。今回雑務局に配属となったのは六人で、意外にもレミジオも一緒だった。

 あれだけの問題を起こしたので、最初から究錬局に配属とはいかなかったようだ。

 リカルドとしては雑務局より究錬局へ行ってくれた方が良かったのだが、魔術士協会も一応公平な立場で配属を決めたと思わせたかったみたいである。


 新しい身分証を作製してもらい、アレッサンドロの呪縛から自由になると一度故郷のユニウス村に帰らなければいけないなと思い始めた。

 この国では子供が働きに出ると二年間は故郷に戻らず新しい環境に馴染ませるという習慣がある。そして、リカルドがユニウス村を出てから約二年が経過していた。

 雑務局で働き始めるのは一ヶ月後からとなっているので、故郷に帰る時間はある。


 リカルドが正式な魔術士となった数日後、ベルナルドから連絡があり屋敷に向かった。

 ベルナルドと屋敷で落ち合い、そのまま街の外へと移動する。第二南門から外に出て海の方へ向かう。

「キュキュエ」(変な臭いする)

 ショルダーバッグから首から上を出したモンタが鼻をヒクヒクさせている。モンタは少し成長したようだ。生まれたばかりの子猫ほどだった身体が一回り大きくなっている。

「きっと海の香りですよ」

 モンタは生まれたばかりの頃、リカルドと一緒に船に乗って王都へ来ているので、海や潮の香りは知っているはずなのだが、その頃のことはあまり覚えていないらしい。

「キュキョ キュエ」(海って、何?)

「もう少ししたら見えてくるよ」

 モンタがリカルドの身体をよじ登り肩に乗ると前の方に視線を向けた。興奮しているのかふさふさしている尻尾をピンと伸ばし、それが潮風で揺れている。

 前方に美しい砂浜が見えてきた。


 ベルナルドが図面みたいなものを見ながら、四箇所に杭が打ち込まれている場所を指差した。

「杭に囲まれた場所がリカルド君の土地だ」

 その土地はボニペルティ侯爵にダミル製魔成ロッド二本を売った代金として貰った土地だった。贈った魔成ロッドの評判が良かったので、侯爵は奮発し予想以上に広い土地を手に入れてくれたようである。

 街壁の外側で耕作地に向かない土地だったので非常に安かった。三〇ヘクタールもある広大な土地で海沿いの砂浜から草地、針葉樹の林と植生が変わっている。

「実験用の土地が欲しいと言うから、ここになったが、本当にこんな土地で良かったのかね」

「ええ、申し分ありません。妖樹を使った実験をしたかったので、こういう場所の方がいいのです」

 ベルナルドは理解できないという顔をするが、リカルドは満足していた。

 この場所なら、妖樹を台木とした接ぎ木の実験ができると考えたのだ。

 一時は街の中で実験しようとも考えたのだが、万が一逃げ出した時に困ると思い街の外で行うことにしたのだ。

 ただ、王都周辺の土地は王家が所有する土地が多く、それを買い取るには貴族の権威が必要だった。それでボニペルティ侯爵に頼み、街壁の傍で海に近い土地をダミル製魔成ロッドの代金として手に入れてもらったのだ。


 ちなみに何故海に近い土地かというと、王都周辺の土地は海のある西から東に行くに従い土が肥沃な耕作地に向いた土地になり、海に近い西側は安いのだ。現に王都の東側は農地として使われており、土地の値段も十倍以上違う。

 リカルドは自分の土地となった針葉樹の林を見回した。

 最初は低い塀で囲った小さな実験飼育場を作り、簡単な小屋を作れば実験が始められるだろう。リカルドはちょっとワクワクするのを自分でも感じていた。



第1章 魔術士の弟子編の終了です

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